夢と希望と、そして愛と

文字数 1,742文字

 


 真知子は元々東京都の教育公務員、つまりは都立高校の教師だった。
 12歳までをアメリカで過ごしていたので発音はネイティブそのものと言って良いし、リーディングでもいちいち日本語に脳内変換せずに英語のまま思考できるので、英文を理解するスピードが格段に速い、そしてそのようになるためのトレーニング方法も熟知している。
 そこを買われて私立有名進学校の英語教師にスカウトされたのだ。
 それも男子校の。

 真知子はスリムな上に顔も小さいので着痩せするタイプだが、そのEカップは当然目を惹く。
 それでも、男女共学の都立高では男子生徒にからかわれるようなこともあまりなかった。身近に女子がいるのであまり下品なジョークを飛ばしたりすれば吊るし上げられるのが目に見えていたからだ、まして真知子は女生徒にも人気があったからなおさらだ。
 だが、男子校となれば真知子の胸は当然注目の的になる、そして、女子がいない気安さもあって、話題の中心になる。
 とりわけ着任したばかりの頃は、生徒の話題の中心にはいつも真知子の胸があった、と言っても過言ではないほどだ。
「先生、そこ、何が詰まってるんですか?」
 そんな不躾な言葉をかけてくる生徒もいる、そんな時、真知子はいつもうこう答えていた。
「夢と希望が詰まっているのよ」
 12歳までアメリカで育った経験は、セクハラすれすれの質問にも軽いノリで返せるユーモアセンスも培っていたのだ。
 それどころか、注目されて賞賛されることを楽しんですらいた。

 そんなさばけた真知子なので、生徒からの人気は上がる一方。
「好きこそものの上手なれ」と言うが、真知子の授業を楽しみにしていれば、自然と興味も沸いて英語そのものが好きになって行くのだ、そしてさすがに有名進学校だけあって、真知子に熱を上げ過ぎて勉強がおろそかになるような生徒もいない、彼らの英語の成績はぐんと跳ね上がって行った。
 
 真知子の高校は有名進学校ではあるが、学校行事はきちんとやるし、生徒も楽しみにして参加する、受験一辺倒の勉強漬けよりも、締めるところは締め、息を抜くところはしっかり抜くと言うのが学校の方針、そして生徒もそれを実践しているのだ。
 夏休み前に開かれた水泳大会、さすがに三年生ともなればそのための練習までする時間はないが、ほとんどの生徒が参加していた。
 そこで真知子はちょっとした遊び心、サプライズを演出しようと考えた。
 ミニスカートにも見えるほど丈が長めのパーカーを羽織って参加していた真知子だったが、受け持っているクラスが優勝すると、パーカーをさっと脱ぎ捨てた。
 中身はちょっと大胆なピンクのビキニ、そして真知子は評判のEカップをふるわせてプールに飛び込んだ。
「おおおおおおおっ」
 生徒たちは歓声を上げ、真知子の後ろを雁の編隊飛行のように着いて泳ぐ。
 そして対岸に泳ぎ着いた真知子はプールから上がると、額に手をかざして追ってくる生徒を見やり、言った。
「みんな! 大学受かったら、この温水プールで送別会代わりの水泳大会やる?」
 その語尾が大きな歓声でかき消されたのは言うまでもない。


 半年後の卒業式。
 真知子はかっちりしたスーツに身を包んで参列していた。
 入試の結果は上々、中には浪人することになった生徒もいるが、希望の大学に今年は手が届かなかっただけのこと、下を向く生徒はいない。
 次々と名前を呼ばれる生徒の一人一人を見ていると、この一年の想い出で胸がいっぱいになる。
 夢と希望が詰まっているはずの胸だが、そこに『愛』も詰め込まれて、また少し大きくなったように感じる。
(約束の送別水泳大会だけど、あの水着、入るのかな……)
 受け持ったクラスの全員が卒業証書を受け取り終えると、真知子は腰掛けながら苦笑した。
 こんな年が毎年続いたら、一体何カップまで行ってしまうのだろうか。
(こりゃ、来年はまた水着を新調しないといけないかも……)
 そんなことを思うと、真知子の苦笑は心からの笑みに変わって行った。


                (終)
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