クリスマス・ディナーの惨劇

文字数 7,921文字



 あたしは『この人こそあたしの運命の人』だと思ったのよ。
 朝倉美奈代、36歳、とうとう巡り会えた。
 これが初恋だなんて言わない、初恋は小5の時クラスのスポーツが得意な男の子、中学でも高校でも恋をした。
 でも……高校を卒業してから18年間、その先にゴールを見据えられるような恋はなかったのよ。
 まるで男っ気がなかった、と言うわけじゃない、でも、あたしにはうっすらとゴールが見えてても、相手の人からするとあたしと一緒にゴールテープを切ることは想像もできないらしくて……。
 それはあたしの仕事のせいだって事はわかってた、でもあたしはその仕事から離れるつもりはなかったの、子供の頃から憧れた仕事だったし、18歳からは生活の全てを仕事に賭けていたから……。

 32歳の時、その仕事を辞めた。
 一生続けて行けるようなものではなかったし『やり切った』って実感を得られたから。
 それからのあたしは父がやってる花屋の手伝いをしてる、従業員は父を入れて3人、あたしと、もう1人はだいたい想像つくでしょ? 母よ。
 クリスマスとかバレンタインとか、年度替わりの3,4月には短期アルバイトを頼むことになるけど、いわゆる家族経営のお店だから普段はそんなに忙しくない。
 それで仕事に賭けた青春の日々を取り戻そうと思った。
 友達に紹介して貰ったことも一度や二度じゃなかった。
 男性も参加する飲み会には積極的に参加した。
 お見合いも経験した、それも何度も。
  
 自分で言うのもなんだけど、あたし、見た目そんなに悪くないと思うの。
 すごい美人顔ってわけじゃないし、愛嬌たっぷりってわけでもないけど、顔面偏差値ってものがあるなら50以上だって自負はある。
 スタイルならもっと自信ある。
 元々あんまり太らない体質だったし、仕事上食事制限には慣れっこだった、飲み会が続いたりして少し体重が増えてもすぐに元に戻す意志の強さと栄養面の知識も持ってる。
 華奢な感じとは違うかもしれないけど、良く締まった体つきをずっと維持してるのよ。
 だからね、お付き合いの始まりは良いのよ、いきなり『ごめんなさい』されたことはほとんどない。
 でもね、これまでやってきたことをずっと隠してるわけにはいかないじゃない? 付き合ってひと月もすればどんな仕事をしてたか明かさないわけには行かないよね。
 あたしが思い切ってそれを話すと、大抵の人は『ホント? 凄いじゃない』とか言ってくれるんだけど、よくよく考えてみると『やっぱムリだよなぁ、この女性を嫁にするのは……』って思うみたい。
 
 で、今回の人。
 鈴木宏さんって言うんだけど、平凡な名前でしょう?
 人となりも名前に劣らず平凡なの。
 10人の女性がいたら10人とも彼をイケメンだとは思わないでしょうね、柔和で親しみ易いってところは10人ともに同意してくれるだろうけど。
 背が高いわけじゃないし、ちょっとぽっちゃりしてるし、調理学校卒でお父さんが始めた中華料理屋さんを継いでる、従業員を2人使ってるけど1人はまあ修行中って所らしくて、いわゆる街中華ってとこ、収入もそんなに多くない、彼、38歳なんだけどその辺りの年齢で中小企業勤めの会社員が稼ぐお給料の平均がそれくらいかな、ってくらい。
 彼とは婚活パーティーで知り合ったの、まあ、向うもそう言うパーティーに参加するくらいだからお嫁さんが欲しいと思ってたんでしょうね。
 彼に話しかけられた時はあたしもそんなに気乗りしてるわけじゃなかったのよ、でも、なんかふんわり、ほんわかした感じが心地良くて……。
 仕事関係で知ってる男性はみんな野心家でストイックな自信家ばっかりだったからかなぁ……彼と話していると何か和む感じがして『案外良いかも』って思った。
 で、お付き合い始めたら、どんどん彼に惹かれて行ったし、彼も同じように感じてくれてたみたい。
 顔とか体型とか収入とか他の人より秀でてる部分が見当たらなかったのも却って良かったのかも……あたし、それまで何とか結婚相手を見つけようと目がギラギラになってたのかも知れないね、でも前のめりにならない分、彼とはゆっくり、ふんわりとお付き合いを深めて行ったの。
 あたしは自分がして来た仕事のことをしゃべらなかったし、彼も聞こうとしなかった。
 でもね……何となく二人してゴールラインが見えて来た感じがしてくると(いつか話さなきゃ)って焦りみたいな気持ちが会うたびに募って行って、ちょっと苦しくなってた。
 彼なら受け止めてくれるんじゃないかって思えたんだけど、今まで、それを話すとことごとくお付き合いがダメになって来てたし……。

 そんなこんなで、今日に至ったの。
 クリスマスディナーの約束は前からしてたんだけど、昨日になって彼から『ちょっとおしゃれして来て欲しい、僕も正装して行くから』ってメール、指定されたお店もかなり高級なフレンチレストランだった。
(え? もしかしてプロポーズしてくれるのかな?)って嬉しくなったけど、今まで仕事のことを全然話してなかったのがやっぱり気にかかる、気にかかるって言うよりも、不安な気持ちにドシンドシンと心を踏み鳴らされるって感じ……。
 よっぽど追伸のメール打とうと思ったんだけど、お店はもちろん予約してあるだろうし、その場で『ごめんなさい』されることは多分ないんじゃないかなって思ったら、メール打てなかった。
 そんな不安を抱えたまま、あたしは買ったばかりの大きく背中の開いたドレスに身を包んで出かけて行ったわ。

「これ、受け取ってもらえるかな……」
 デザートが済んでコーヒーが運ばれて来ると、彼はいつになく緊張した様子でビロードの小箱を滑らせて来た。
 中味は言われなくてもわかるよね。
「あんまり立派なものじゃないけど……」
 彼はそう言いながら小箱を開けた、もちろんダイヤの立爪リングだった。
 その輝きはあたしの心を鷲づかみにしようとしたけど、やっぱりあのことは気にかかる。
「あたし……」
「ダメかな?」
「そうじゃない、すごくうれしいの、でも……」
「君は今まで過去のこと全然話してくれなかったよね、それを気にしてる?」
「……」
 あたし、顔を伏せて小さく頷くのがやっとだった。
「人に言えないようなことをしてきたわけじゃないの、でも、これを話すと男の人はみんな離れて行ったから……」
「そう言うことじゃないかと思ってた、だから僕も聞かなかったんだ……何も言わずに受け取ってくれていいんだけど、どんな過去でも受け止められる覚悟あるから」
「ありがとう……」
 あたしは小さく頷いて左手を彼に差し出した。
 憧れの婚約指輪……それを薬指に付けてもらった。
 確かに大きいダイヤじゃなかった、でも青みがかった輝きは高品質なダイヤの証…。
 その輝きに背中を押されて、あたしはやっと決心がついた。
「実はあたしね……」

 その時だった。
 隣のテーブルでちょっとした騒ぎが起こったのは。
「この店じゃ客に虫を食わすのか!?」
 高級レストランに似つかわしくない怒号。
「お客様、何か粗相がございましたでしょうか……」
 ギャルソンが慌てた様子でやって来た。
「見ればわかるだろう? デザートのシャーベットに虫が入っていたんだよ」
「まさかそのようなことは……」
「ああ? 俺が嘘ついてるとでも言うのかよ!」
「滅相もございません」
 見れば高級そうだけどあんまり品のないスーツに身を包んでる、いかにもDQNって感じの男。
 まともに働いてるような男にも見えないから、多分親が金持ちなんだろうね。
 連れの女もギャルっぽい感じで、DQNが偉そうに言いがかりをつけるのをケラケラ笑いながら見ている。
「あれ……多分自分で入れたな……」
「自分で? 虫を?」
「これほどの店であんなミスをするとは思えないし、シャーベットを作る時や盛り付ける時に見落とすはずもないよ、ああやって言いがかりをつけて代金を踏み倒そうとしてるんだよ、きっと」
「お金ありそうに見えるけど……」
「まあ、金がどうこうじゃないんだろうな、ああやって威張り散らして店をへこますのが快感なんだろう」
 彼は最後の方に向かって声を大きくしてた。
 フレンチと中華、高級店と大衆店の違いはあっても同じ飲食業者として腹に据えかねてたんだと思う。
 そしたらその声を聞きつけたのか、DQNが。
「ああ? 何だ? てめえ、なに訳の分からねぇ事言ってるんだよ」
「あんた、自分で虫を入れたんだろう? よくある踏み倒しの手口だよ」
「証拠でもあるっつーのかよ、ザけんなよ!」
 DQNが椅子をひっくり返す勢いで立ち上がるとギャルは小さく手を叩く、無駄にイキってる彼をカッコイイとでも思ってるんだろうか、男もますます調子に乗って来た。
「おい! てめぇ、ちょっと顔貸せや」
 ケンカを売られて彼も立ち上がった。
(え? 強いのかな、柔道かなんかの心得があるとか?)
 一瞬そう思ったけどそうじゃなかったみたい。
 彼は男に胸ぐらをつかまれると、あっさり突き飛ばされてあたしたちのテーブルを巻き添えにしてひっくりかえってしまった。

 その時よ……あたしの中で何かが弾けたのは……久しぶりにアドレナリンが身体を駆け巡るのを感じてた。
「ちょっと、あたしの大事な彼になんてことするのよ!」
 倒れてる彼に近寄ろうとするDQNの前に立ちふさがると、あいつはあたしを見下すようにせせら笑った。
「大事な彼だぁ? その冴えないのがか? どうでもいいけどすっこんでないとあんたも痛い目見ることになるぜ、俺は女だからって容赦しないからな」
「やれるもんならやってみなさいよ、まあ、見たところガタイは良いし、その様子だとケンカ慣れもしてるんでしょうね、でもね、生兵法はケガの元とも言うわよ」
 あたしは貰ったばかりの指輪を外すと、ようやく上半身を起こした彼に渡した。
「ごめんなさい、やっぱりこれは受け取れないわ……」
「え? やめなよ、ケガでもしたら……」
「大丈夫、ケガするのは向こうだから」
 あたし、右の拳を、指輪を外したばかりの左の掌でさすりながら言ってやったわ。
「どこからでもかかってらっしゃいな、あんたにその度胸があればだけどね」
 冷ややかな目でそう言ってやると、DQNの顔が紅潮し始めた。
「このアマ!」
 頭に血が上ってる相手をいなすのはたやすい。
 DQNが繰り出して来た右ストレートを、身体を右に捩るようにして避けると、その勢いのまま左のボディフックを右わき腹にめりこませた。
「ぐあっ! 痛えっ!」
 肝臓って身体の右側にあるのよ、喧嘩自慢なら腹筋くらいは鍛えてるんだろうけど、脇腹って筋肉でガード出来ない、あたしの左フックは肝臓に直接響いたはず、受けてみればわかるけどレバーショットをまともに食らうと滅茶苦茶痛いのよ……。

 そう、あたしは元キックボクサー。
 小学生の頃、父の花屋の関係で選手に花束を渡すフラワーガールを務めたことがあって、まばゆいライトに照らされたリングに上がったの、そして会場の熱気をひしひしと感じて舞い上がったわ、『うわぁ、こんな世界があるんだ』って。
 あたしが花束を渡したのは、破竹の勢いでランクを上げて来た日本人の美人ファイター、当時無敵と謳われたアメリカのチャンピオンに挑戦したの。
 これから試合だっていうのににっこりと微笑みかけてくれた彼女、あたしはいっぺんで熱烈なファンになったわ。
 で、試合は最終ラウンドに挑戦者得意の踵落としが決まってKO勝ち、それから10年間、彼女はチャンピオンの座を誰にも譲らなかった。
 小さい頃のあたしはお転婆で、見かねた両親が空手を習わせたくらいだから格闘技には元々なじみがあったの、で、高校を卒業すると親の反対を押し切ってキックボクシングのジムに入門したわ、それから4年間経験を積んで、22歳の時、ずっと目標にしてたあのチャンピオンに勝利してベルトを巻いた、そして彼女と同じように10年間それを誰にも渡さなかった。
 32歳で引退したのは憧れだった前チャンピオンの連続防衛記録を破って『もう充分にやり切った』って思えたから、それからはもうひとつの憧れだった『お嫁さん』の座を奪取すべく婚活に励んでたってわけ。

 あたしのレバーショットをまともに食らったDQNは痛みのあまりかがみこむように膝をつきそうになったけど、それを許すあたしじゃない。
「ぐへっ!」
 左の膝蹴りを鼻にお見舞いして親切にも体を起こしてさしあげたわ、膝の感触からすると鼻骨が折れたでしょうね、お医者さんに行けば鼻を両手で挟むようにして、引っ張り出すみたいにして整えてくれるけど、それって折れた時より痛いのよね、あれは二度とごめんだわ。
 DQNの上体が起きたのは良いけど、今度はそのまま尻もちをつきそうになる、でもまだまだこんなものじゃ終わらせてあげない、重心が後ろにかかってる状態で右の前蹴りを胸板にかましてやったわ……ピンヒールで。
 そしたら壁際まで吹っ飛んで飾ってあったアンティーク調の椅子に倒れ込んだ。
 そこから崩れ落ちるか降参するかすればそこで止めてあげたんだろうけど、あいつ『畜……生……』って呻きながら立ち上がろうとしたのよ。
 まだ向かって来ようとする相手にトドメを刺しに行くのはファイターの本能よね。
 お尻を浮かせたDQNの正面で思い切り足を振り上げたの。
 そう、踵落としよ、あたしの得意技にして最『凶』のフィニッシュ技。
『ぎゃっ』 
 椅子から立ち上がろうとしてるところで頭の位置も低かったから、思いっきり踵が脳天にめり込むみたいに決まったわ。
 バキッ。
 あらら、アンティーク椅子の猫足が四本とも折れちゃった、DQNは正座から脚を開いてお尻を付けたみたいな、いわゆる女の子座りになって燃え尽きた時の矢吹丈みたいに腕と頭をだらんと垂らしてる。
 完全に失神したDQNを冷ややかに見下ろすと、中華料理店のガスバーナーみたいに囂々と音を立てて燃え盛ってたあたしの闘志が、ガス栓を閉じたみたいにすっと引いて行ったわ。
 それと入れ替わりに、今度は氷水をバケツで浴びせられたみたいに血の気が引いて行った。

(やっちゃった……)
 もうね、『元はキックボクシングのチャンピオンだった』ってカミングアウトしたなんてもんじゃない、彼の目の前でDQNを叩きのめしちゃったんだから……完膚なきまでに、容赦なく、無慈悲に……どう見ても病院送りになってるし……。
 おそるおそる彼の方に振り返ると、目が真ん丸になって、本当に『ポカン』って音がするくらいに口をあんぐり開けてる。
 やっぱこんな女はお嫁さんにしたくないよね、夫婦喧嘩する度に病院送りなんてシャレにならないもの……。
『ごめんなさいっ!』
 あたし、お店から走り出して行ったわ。
 走りながら泣いた、だって、すっごく彼のお嫁さんにして欲しかったし、彼も指輪まで用意してくれてた、なのにあんな大立ち回りを演じちゃったんだもん、もうオシマイよね……彼のことは本当に本当に好きだった、彼と一生一緒に居られたらどんなに幸せだろうって夢見てたのに……。

 どこをどう走ったのか憶えてない。
 気が付いたら人気のない公園でブランコに揺られてた。
 コートをお店に置いたまま飛び出して来ちゃったから、むき出しの背中に夜風が冷たいし、ハンドバックも置きっぱなしにしてきちゃったからあったかい飲み物も買えないし、それどころか家に帰る電車賃もない。
 もうね、すっごく惨めで心細かった。
 でね、それよりも辛かったのは彼を失ってしまったってこと。
 彼とだったらきっとあったかい家庭を築けただろうと思うと悔しい。
 彼の赤ちゃんを産んで育てられたらきっと幸せだったろうと思うと淋しい。
 彼の両親と家の両親に孫の顔を見せてあげたかったのにと思うと辛い。
 試合で思いっきりボコられたことはあるわ、あの時は(やってやる)って闘志が湧いて来たけど、今はもう立ち上がる気力も湧いてこない……。
 何てことやっちゃったんだろう……あたし、もう一生ひとりで生きてくんだろうなと思った、現役の頃はキックボクサーになったことを後悔したことなんて一瞬たりともなかったけど、今は後悔でいっぱい……。

 俯いて涙をこぼしてると、不意に後ろからコートを着せかけられた。
「やっと見つけた、あちこち探しまわって足が棒になっちゃったよ」
 振り向くと彼の柔和な笑顔がそこにあった。
「コートも着ないで走り出して行っちゃったから、風邪ひくんじゃないかって気が気じゃなかったよ」
「あたし……」
「すごかったねぇ、鮮やかな失神KOだった」
「あたしね、キックボクサーだったの……隠すつもりはなかったんだけど、それを話すと男の人はみんな離れて行っちゃったから言い出せなくて……ごめんなさい」
「いいんだ、恥じる様な事じゃないだろ? むしろたくさんの人に勇気を与えて来たんじゃない?」
「でも、こんな狂暴な女、お嫁さんにしたくはないでしょう?」
「ああ、確かに夫婦喧嘩は出来ないね、あいつ、救急車で運ばれて行ったよ」
「でしょうね……」
「でもさ、ようは夫婦喧嘩しなけりゃいいんだよ、今日だって僕が突き飛ばされたのみてキレてくれたんだよね?」
「……うん……」
「だったら、もし夫婦喧嘩してももうちょっと手加減してくれると思うよ、まあ、僕に勝ち目がないことは確かだけど」
 彼はそう言いながらポケットからあの指輪を出した。
「これ、もう一度つけてくれる?」
「……いいの?」
「当たり前じゃない、君のために用意して、受け取ってもらえるかドキドキしながら差し出したんだからさ」
「あたしの正体を知っても?」
「美奈代は美奈代さ、キックボクシングのチャンピオンだったってだけで、今は花屋さんの店員で、素敵な女性で、僕の大事な彼女さんだよ、改めてちゃんと言うよ」
 彼はあたしの前に回って、膝をついてあたしの左手を取って指輪を通してくれた。
「僕と結婚してください」
「……」
 あたし、もう何も言えなかった、ただ彼のぽっちゃりした身体に思い切りしがみつくのが精一杯だった……。

「いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ」
「え~と、チンジャオロースー定食ね、それと餃子にビールも貰おうかな」
「はい、ロースー定食に餃子一丁!」
「はいよ」
 カウンターから厨房を覗くと彼の丸い顔から笑みがいっぱいこぼれ落ちる。
 あたし、この瞬間が大好き。

 あたし、今は旦那様のお店で彼が作ったお料理を運んでる。
 父の花屋? 今までウエイトレスしてた彼の妹さんが代わりに行ってるわ、交換っこしたわけ、妹さんは『お花のいい香りに包まれて仕事できるなんて幸せ』って言ってるけど、あたしはやっぱちょっと男っぽいのかな、お花の香りよりも中華料理のおいしそうな香りの方が性に合ってるみたい。
 でね、あたしのお腹には新しい命が宿って、今はまだちっちゃいけどすくすくと育ってる。
 秋ごろには彼とあたしの両親に孫の顔を見せてあげられそう。
 女の子だってわかったら、あたしの母親はもういそいそと編み物とか始めてるし、彼のお母さんも涎掛けとか縫い始めてる、両方の父親は名前を『ああでもない、こうでもない』って考え始めてるみたい、意見が合わなくて言い合いになるけどしばらくするとお酒を酌み交わして肩を組んでる。
 でもね、女の子とわかって、あたしにはちょっと心配事があるの。
 それはね。
 キックボクシングやりたいって言い出したらどうしよう……って。
 彼は『もしそうなったら全力で応援する』って言ってるけどね、あたしとしてはちょっと微妙だなぁ……。

 




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