紳士協定

文字数 1,960文字

 

 俺たちはごく小さい頃からずっと一緒だった。
 俺と修二と雄太、それに由佳の四人……。
 過疎化が進んでいる村のこと、同級生は俺たち四人だけだったからクラス替えもへったくれもない、小学校一年生から中学三年までの九年間、俺たち四人は机を並べて勉強し、遊ぶのもずっと一緒だった。
 そんな村からだと進学先にさほど選択肢はない、俺と修二と雄太、男共三人は同じ地元の高校に進み、一人ずばぬけて勉強が出来た由佳だけが遠い別の高校へ進んで寮生活を始めた。
 そんなわけで由佳とだけはあまり顔を合わせなくなり、高校を卒業すると俺は漁師を、雄太は農家を継ぎ、次男の修二は県内の土木建設会社に就職、毎日一緒と言うことこそなくなったが、それでもちょくちょく会っては遊んだりもした、ただ一人、東京の大学へ進学した由佳を除いては……。
 


「可愛いな……」
「ああ、眩しいくらいだ」
「ああ……キラキラ輝いて見えるよ……」

 大学生になって始めての夏休み、由佳が帰省して来た。
 四人揃って浜で遊ぶのは中学校時代以来……、四年ぶりに見る由佳の水着姿に俺たちは一撃KOされちまった。
 最後に見たのは中学校のスクール水着姿、その時ですら少し女らしさを備え始めた由佳にドキドキさせられていた、その由佳が大学生になり、都会の香りが漂う鮮やかなビキニを身に着けているのだ、眩しくなかろうはずもない。


 実は俺たち男三人には紳士協定がある、それも中学時代からの。
「抜け駆け禁止」。
 三人とも由佳が好き、しかしお互いの友情も大切にしたい。
 由佳がこの中の誰かを選ぶのならそれはそれで良い、でも他の二人に内緒で由佳をデートに誘い出したり手紙やプレゼントを渡すのはやめよう、そう言う取り決めだ、まあそのおかげで今日まで俺たち三人の、由佳を含めれば四人の友情は保たれて来たのだが……。


「あの取り決めだけどさ……」
 修二がポツリと言い出した……視線の先には夕日を浴びて半ばシルエットになっている由佳、波がキラキラと輝いて眩しいくらいだ。
「由佳が東京で彼氏作っちゃったらどうする?」
 俺もそのことを考えていた……由佳は大都会の一流大学に通っている、廻りはエリート候補に溢れているはず、俺の頭の中にも洗練された服装、落ち着いた物腰のイケメンと並んで歩く由佳の姿が浮かんでいて、それをかき消せそうとすればするほど想像の中の二人は寄り添ってしまう……それに引き換えこっちのアドバンテージは幼馴染だと言う実績と頑丈な体くらい、どう考えても分は悪い。
「俺は……気持ちも伝えないまま由佳を知らない奴に取られるのは嫌だな……」
「俺も……」
「俺もそうだけど……」
「だったら……方法は一つなんじゃないか?」
「そうだな……しないって決めたのは抜け駆けだけだもんな」
「ああ……それしかないな」
「結果がどうでも恨みっこなし……いいな?」
 生まれた時から一緒のようなもの、はっきり言葉にしなくても気持ちは通じる。
 俺たちは一緒に立ち上がり、一緒に波打ち際に進んで由佳の前に並んだ。
「いいか?『せーの』で一緒に言うぞ……せーのっ……・」



 あれから十年経った。
「おーい、支度出来てるか?」
 修二が車で迎えに来てくれた、助手席には雄太、二人とも慣れない黒スーツが窮屈そうだ、俺もだが……。
 今日、俺たち三人は東京へ行くことになっている。
 由佳の結婚式に出席する為にね。

 あの時、一斉に「「「俺は由佳が好きだぁ!」」」と叫んだ俺たち三人に対して、由佳はきっぱりと恋愛感情を否定した上で、「これまで育んで来た友情は大切に思っているし、それはこれからもずっと変わらない」と言った。
 男どもは揃って玉砕したわけだが、それで良かったのかもしれない。
 嫌われたわけじゃなかったしね……以前と何も変わらないし、一応気持ちだけは伝えられてスッキリもしたからね。
 俺たち四人は友情を壊すことなく軟着陸することが出来て、以前と変わらない関係にすぐに戻ることが出来た。

 由佳が自分の結婚式に招待してくれたのは、その友情が今も続いている証と言うことだ。
 ……あくまで「友情」がね……。
 正直なところ、あの時由佳が俺を選んでくれてたら、と思うことがないわけじゃない、でも、それはたぶん雄太と修二も同じだろう……。
 
 俺たち三人とも由佳のことが好きだったって事実は、今日をもって想い出に変っちまう、と言うより変えなきゃいけなくなるわけだ……適当にしょっぱくて苦味も利いてて、でもちょっとだけ甘い……舌に馴染んだ蕗の煮つけみたいな味の想い出にね。
 
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