【百二十八丁目】「て、偵察任務ぅ?」
文字数 4,155文字
呪符は「
内閣府「特別住民対策室」の中でも、無線通信機などの機械に慣れない一部の妖怪に重用される装備である。
木葉天狗は、主に、要人警護や
戦団は“
今回、ここ
その警護を一手に任されたのが、精鋭部隊でもある彼ら「秋葉権現戦団」だった。
サミットに主賓として招かれた妖怪達は、いずれもその世界で名を効かせる大妖である。
仮に、彼らを害を及ぼそうとする輩が現れ、無法を働こうものなら、会場を提供している降神町は勿論、警備を受け持つ特別住民対策室にも、その責が及ぶ。
また、同時に、通時は敵対し合う間柄の大妖達もいるため、顔を合わせたら、いつ何時、一触即発の事態になるか。
もし、不測の事態が発生すれば、彼らは身を挺してそれを抑え込まねばならない。
サミットは「無礼講」が標榜される会合ではあるものの、まったくもって気が置けない状況なのだ。
こうして、対外的にも対内的にも全く予断を許すことが出来ない状況下で、彼らは任務に当たっていた。
『了解した。引き続き、付近の警戒に当たれ。あと、さっき西門付近でマスコミ連中が侵入を試みたそうだ。そちらも警戒しろ』
呪符から返ってきた本部からの情報に、木葉天狗は眉根を寄せた。
「マスコミが?『
『ああ。だが、有史以来初の人間界でのサミットだ。これをスクープとして、モノにしようとするマスコミは多いだろうさ』
「まったく迷惑な話だ。ほの十八番、了解した。そうした輩がいたら、丁重にお帰り願おう」
そう言うと、木葉天狗は呪符に込めた術式を解き、溜息を吐いた。
「外も内も気が抜けないとは…これほど胃が痛む任務も珍しい。指揮をお取りになっているお館様の気苦労は如何ほどばかりか」
そう言いながら、暮れなずむ空を見やる。
一番星が輝くその空を、一つの影がよぎったのはその時だった。
「!?」
慌てて目を凝らす木葉天狗。
暗視の力を持つ彼の目をもってしても、その影はあまりにも素早く、全容が見て取れなかった。
故に、彼の判断は迅速だった。
「待て、下郎!」
一足飛びで、即座に飛翔をする木葉天狗。
背の
術を施されたこの外套のお蔭で、彼らは地上も空中も戦場として活躍できるのだ。
「…早いな。間違いなく妖怪と見た」
前方を飛翔する影は、白く長い髪をなびかせ、来賓を迎えている
随行者も見当たらないところを見ると、明らかな部外者だろう。
木葉天狗はさらに加速し、影の前に回り込むと、棍を構えた。
「そこまでだ、怪しい奴め!」
眼前に現れた木葉天狗に、白い影はその飛翔を止めた。
木葉天狗は、改めて眼前の不審者を見やった。
影は二十代の若者だった。
雪のような白い長髪を背中で束ね、体にフィットしたボディスーツを身に着けている。
額には赤い神代文字が一画浮かび上がっており、それが木葉天狗の目を引いた。
「ここは関係者以外は立ち入りが叶わぬ場所。そこに忍び込むとは、
油断なく身構える木葉天狗を、金色の目で一瞥した後、若者は薄く笑った。
と、その姿が陽炎のように揺らめく。
「動く…」
「動くな!」と警告しようとした瞬間、木葉天狗は意識を失った。
若者が、想像を絶する
「俺は『妖魔』」
術が効力を失い、ゆっくりと墜落していく木葉天狗を見下ろしながら、若者は続けた。
「怪異を超えた『魔』だよ」
木葉天狗が地上へと消えたのを見届けると、若者…
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ほぼ同時刻。
百喜苑の中で、人知れず蠢く影が、もう二つあった。
「こちらサーペント、潜入に成功したでござる」
「…誰に言ってんだ、お前」
周囲をはばかるように声を潜める
苑内にある茂みの中。
彼らはその中に、身を潜めつつ、宵ノ原邸を目指していた。
飛叢のツッコミに、チチチ…と指を振る余。
「飛叢殿、これは様式美でござる。深く考えるのは、野暮ってもんでござる」
そう告げる余に、飛叢は肩を竦めた。
「よく分かんねぇけど、ふざけてないで、先を急ごうぜ。もう来賓の連中も到着しちまってる時間だぞ」
そう言いながら、周囲を伺う飛叢。
日が落ちつつある中、苑内の所々で
そんな中を、飛叢達は慎重に進んでいたのだった。
そもそも、何故こんなところに彼らがいるのか?
時間は少し前にさかのぼる。
それは先日、
飛叢や余だけでなく、
「先程、ネットで国のサーバーを覗いていて分かったのでござるが…」
余の言葉に、飛叢はギョッとなった。
「お前、またやらかしてたのかよ?」
「安心めされい。いつものように、身バレするような痕跡は残してはござらん」
そう低く笑いながら、眼鏡を光らせる余。
彼の有する妖力【
例えば、彼が「○○についてのを覗きたい」という欲求を持ち、インターネットを使ってその情報に接続すれば、その過程がどんなにいい加減な方法であれ、国家機密クラスの情報でも簡単に覗き見することが可能となるのである。
便利ではあるが、色々と制限もあり、仮にバレれば、余は間違いなく牢屋行きだろう。
「で、今度は一体何を覗いてたんだ?」
「サミットに出席する来賓の逗留先でござる」
この男にしては珍しい内容に、飛叢は思わず余に目をやった。
「はあ?んなもん調べて、どうしようってんだよ?」
「無論、事前のリサーチでござる」
辺りをはばかるように、余は告げた。
「さっきも言ったように、来賓の中には見目麗しい
肩掛けのカメラケースをポンと叩きながら、余は言った。
それに、ジト目になる飛叢。
「おめー、また風呂を覗こうってのかよ?」
「無論…と言いたいところでござるが、今回は相手が相手でござる。ごく普通のスナップ写真で我慢するつもりでござる。基本的に」
「基本的に、ねぇ」
「応用的には、覗くつもりだな、コイツ」と考える飛叢に、余は続けた。
「そこで、飛叢殿に手助け願いたいでござるよ」
飛叢は、目を剥いた。
「俺が!?」
「そうでござる。来賓の逗留先になる『百喜苑』には、国の特別住民対策室の部隊が警備に配置されるようなのでござる」
当然だろう。
何せ、来賓全てが大妖クラスで、中には歩く火薬庫みたいな連中もいる。
国の精鋭部隊でも出張らなければ、不足に事態には耐えられまい。
「見たところ、
「で、俺に白羽の矢が立ったと」
頷く余。
「飛叢殿は運動神経もいいし、空も飛べるという強みがあるでござる。それに【
「褒められて悪い気はしねぇけどよ…」
飛叢は頭をボリボリと掻いた。
「要は盗撮の片棒を担げってんだろ?そいつがなぁ…」
「何を言っているでござる、飛叢殿!これは立派な偵察任務でござる!」
突然ドアップで詰め寄られ、飛叢は思わず仰け反った。
「て、偵察任務ぅ?」
「そうでござる。先程、十乃殿から受けた依頼は知っての通り。しかし、某達はいずれ相対する相手の詳細なデータを全く知らないでござる!性格や実力、好き嫌い、あと、入浴時にどこから洗うかとか、どこが一番感じるのかとかっ!」
「最後の方の奴は、あんまり関係ないような気がするけどな…」
「とにかく!」
トドメとばかりに、余は飛叢に詰め寄った。
「仕入れた情報は、間違いなく十乃殿の手助けになるはずでござる!
「わ、分かった!分かったから、それ以上、ドアップになるな!」
余から身を離すと、飛叢は腕を組んだ。
(
喧嘩が三度の飯より好きな飛叢の脳裏に、物騒な想像が浮かぶ。
もっとも、それを実現させるつもりはない。
そうなれば、どんな結果になるかは、火を見るより明らかだ。
さすがに、飛叢にもその辺の良識はある。
だが、あわよくば、滅多に見ることが出来ない彼ら・彼女らの実力を、間近で目にすることが出来るかも知れない。
それは今後、手ごわい相手を前にした時に、役に立つかも知らない。
「…よし、乗った。偵察ってのが性に合わねぇが、強ぇ奴を間近で見れるなら、何か収穫があるかも知れねぇからな」
頷く飛叢に、余が顔を輝かせる。
「おお!飛叢殿なら、受けてくれると思っていたでござるよ!」
差し伸べた余の手を、飛叢がグッと握る。
かくして。
ある意味、危険極まりないタッグがここに結成されたのだった。