【七十五丁目】「何事ですの!?」
文字数 6,514文字
【DAY 1】----------------------------------------------------------------------
「よーやく着いたか」
飛行能力を有する彼にすれば、自力で飛翔した方が早い道のりだったが、目的地の位置が分からないため、やむを得ず甘んじた海の旅だった。
今回、彼がこうしてこの名もなき島にやって来たのは、訳がある。
いま《ちまた》巷で噂になっている民間企業主催の
彼は、その主催企業である「
ひょんなことから「
飛叢にしてみれば「
行動を共にする巡達には、詳細を告げる時間もなかったのが気に病むところだが、こうなった以上仕方がない。
「…まあ、代わりにちょっとした
オマケ
が付いてきやがったけどな」「何か言いまして?」
「いいや、別に」
はぐらかすようにあらぬ方を見る飛叢を、着物姿の和風美人が睨みつけている。
言うまでもなく、
「K.a.I」の顧問を務める彼女だが、どういう訳かこうして飛叢同様、テストプレイヤーの妖怪達に混じっていたのである。
最初、それを目にした飛叢は、盛大に驚きの声を上げてしまった。
よもや、こんな場所で鉤野と出会うとは思っていなかったからだ。
「今回、
と、鉤野は驚く飛叢を見上げて、そう指を突きつけてきたのだった。
何が原因かは知らないが、心なし、飛叢を見る目にいつも以上のキツさがこもっている。
(くっそ~、そうと知ってりゃあ、
思わず胸の内でそう呟く飛叢。
思わぬタイミングで
天敵
が出現したせいで、何ともやりにくい。(…ま、いざとなりゃいくらでも誤魔化しがきくか。
「何か思いまして?」
「いーや、別にぃ?………………チッ、そのくせ勘は妙にするでぇんだよな」
こっそりと呟く飛叢。
そんな彼に、鉤野がニッコリ微笑む。
「なら、結構ですわ。テスト終了となる一週間後まで、大人しくしていてくださいましね?もし不祥事でも起こしたら…」
不意に。
鉤野の美しい黒髪が長く伸び、その先端が
そのまま、鉤野は手に持っていた飲み干したばかりのアルミ飲料缶の上へと放る。
それに鉤野の鉤毛針が一瞬で巻き付き、瞬きするうちにズタズタに切り裂いた。
降り注ぐアルミの破片の向こう側で、鉤野が変わらぬ笑顔で続ける。
「
こう
ですわ」「…おう」
いつも以上の迫力に、思わずゴクリと喉を鳴らす飛叢。
自分は彼女に何かしたんだろうか?…そんな疑問が頭をよぎる。
「ヘイ、ケンカは
不意にそんな陽気な声が背後から掛けられる。
見れば、背が高く、手足もスラリとした一人の男が、にこやかに話し掛けてきた。
レザーベストとテンガロンハットで、カウボーイを意識したファッションがえらく場違いである。
「これからしばらく一緒に過ごすんですから、
「喧嘩じゃねぇよ。いきなり出てきて話をややこしくするな、
そう言いながら、飛叢は男…
相馬は、飛叢や鉤野と共に
面長で愛嬌のある容貌と、
空気を読めないところがあるのがたまに傷だが、基本憎めない性格の好漢だ。
そして、こういうギスギスした雰囲気を仕切り直すには、まさに適任だった。
相馬は気を悪くした風も無く、飛叢に笑い掛ける。
「そうですか?でも、また鉤野サンを怒らせていたでショ?」
「コイツが怒ってるのは、いつものこったろ」
「その原因を作っているのは、いつも貴方でしょう!?」
牙を剥きだす鉤野を、相馬はまぁまぁと
「落ち着いてください、鉤野サン。ここでの
その言葉に、鉤野はぐっと口を閉じる。
相馬の言葉通り、ここには二十人程の
彼ら・彼女らは、飛叢や鉤野と共に選抜された今回のテストプレイヤーである。
いずれも「K.a.I」の受講生であり、何人かは降神町役場のセミナーから転向した者がいた。
「鉤野さん、全員準備はできております。早速ご指示を」
凛々しい口調でそう申し出たのは
黒髪を結い上げた、いかにも武道娘という出で立ちをしている。
愛用の朱塗りの大弓は、今日も片身離さず肩に背負っていた。
「いいですわ…では、これから皆さんにこの『
「『
「
首を傾げる飛叢に、傍に立っていたインテリジェンス漂う小柄な若者が眼鏡を押し上げつつ、しかめっ面でそう説明する。
飛叢とは初対面の相手だ。
確か、
神無月は“
“紙舞”は神無月(10月)にのみ起こる怪異で、風も無いのにひとりでに紙が一枚ずつ舞うとされる。
船の中でも無愛想な顔で、一人本を読んでいた変わり者だ。
極度の
鉤野は居並ぶ
「レクチャーと言っても、大して伝えることはありません。このベースキャンプには仮設住居がありますから、そこで一週間程自由に過ごしてもらうだけです」
「ええと…それだけ?」
拍子抜けしたように、全員が顔を見合わせる。
「それだけです。それに島内であれば、ベースキャンプの外を自在に散策してもらっても構いません。島の内部は手つかずの自然が残っています。
「こいつはいいぜ!随分と楽な内容じゃないか。なあ、
「…ああ」
大柄でひげを生やした山賊のような風貌の男に、バンと肩を叩かれた“
その拍子に飛叢と目が合う太市。
が、太市は、フイと目を背けて飛叢を無視する。
飛叢は舌打ちした。
テストプレイヤーに選抜され、後日、説明会が開かれた。
そこで飛叢は、太市もメンバーに参加することを知ったのだった。
先日の出来事もあり、二人は意識しつつも言葉を交わす事は無かった。
太市が心優しい性格だったため、これまで飛叢と衝突したことは無かったが、どうやら太市から折れる様子は無いようだ。
かといって、飛叢からも折れるつもりも無かった。
「楽なのはいいんだけどさ…
コレ
はどうにかなんないのかな?何か、微妙に妖怪の一人が、首に巻かれた黒いネックバンドを軽く引っ張る。
見れば、鉤野も含め、
鉤野は苦笑し、
「済みません。不便とは思いますが、これはこの『
事前の説明では、入浴や睡眠の際にも外すことは禁じられている。
「フィット感を重視して最新素材で作られたものらしいですので、すぐに気にならなくなると思いますわ」
「ったく、犬コロじゃあるまいし…」
文句を言う飛叢を視線で黙らせると、鉤野は解散を告げた。
「では、今日はこれで。何かあれば、随時私にご相談くださいな」
【DAY 3】----------------------------------------------------------------------
「
海や湖でリゾート気分を楽しむ者。
森や滝などの散策を行い、景観を楽しむ者。
運動がてらに、標高の高い山の頂きを目指す者。
ベースキャンプで、読書や勉学に励む者。
当初肩透かしは食らったものの、特に束縛もなく、自由を満喫できる環境に、テストプレイヤーとして選抜された妖怪達はすぐに「
島内には、生活に必要な施設は設けられているので、衣食住には基本的に困らない。
が、中には、独自に開拓を進める者も出始めた。
例えば水事情である
元々、井戸は整備されていたが、水量にいささか難があったため、腕力のある妖怪達が中心となり、近くの湧水から水を引き、水周りの改善を行う作業が行われた。
人間にとっては時間のかかる作業だったが、彼ら妖怪にとっては造作もないことだった。
そのため、調子に乗って「温泉を掘ろう」と一部の妖怪が騒ぎ出した時には、鉤野が
時に様々なことを語り合い、時に力を合わせ、自由に毎日を送る。
そんな彼らの周囲には、昔懐かしい自然の数々が広がっている。
それは、まさしく妖怪達にとって、失ってしまった古き良き時代の再現に近かった。
「残りの連中も、この島に来れればいいのに」…そんなことすら口にする妖怪もいた。
目的があって今回のプロジェクトに潜り込んだ飛叢ですら、そう考えることに違和感を覚えなかった程である。
全てが順調に動いていた。
誰もがそう思っていた。
【DAY 5】----------------------------------------------------------------------
「やる気か、貴様ぁ!」
激しい怒号が突然響き渡る。
どうやら、ベースキャンプの中心にある広場からのようだ。
就寝前だった飛叢は、他の妖怪達と一緒に広場に集った。
そこには二人の特別住民が睨み合っていた。
一人は初日に太市に馴れ馴れしく絡んでいたひげ面の大男だ。
名前は
“
“鬼熊”は年を経た熊が妖怪になったもので、二本足で立って歩き、山から人里にやって来ては家畜をさらい、食らうという。
非常に力が強く、力持ちの男が十人がかりでも動かない巨岩も楽々と動かすとされている。
伝承通り、夷旛は怪力の持ち主で、土木作業では頼りにされていた人物だ。
豪快かつ荒っぽく、喧嘩っ早いが、似た者同士の飛叢とは妙にウマが合った。
その夷旛が、太市と睨み合っている。
激昂する夷旛に対し、太市は冷めた目で大柄な夷旛を見上げていた。
「何事ですの!?」
慌てたように鉤野が二人に近付く。
「このイタチ野郎が、俺のことを小馬鹿にしやがったんだ!」
夷旛は相当頭にきているようだった。
「こっちが下出になって飲みに誘ってやったのに、つけあがりやがって!」
「…本当ですの、太市さん?」
夷旛を宥めながら、鉤野がそう問うと、太市は鼻を鳴らした。
「『力以外に能がない』って事実を言ったまでさ」
「何だと、この野郎!」
掴みかからんばかりの夷旛を、鉤野が押し止める。
「落ち着いてくださいまし!太市さんも、そんなことを言うものではなくてよ!?」
「悪いけど、俺は
興味を失ったように背を向ける太市。
それに夷旛がキレた。
「上等だ、オカマ野郎が!」
夷旛の身体が膨れ上がり、毛皮で覆われていく。
顔も熊そのものに変化し、獰猛な唸り声をあげた。
【
夷旛は本気だった。
「夷旛さん、いけません!」
「
鉤野を振り払い、太市に肉薄する夷旛。
「くっ…仕方ありませんわ!」
鉤野の黒髪が伸びると鉤状に変化し、夷旛の全身を絡め取る。
あと一歩というところで捕縛された夷旛は、殺気漂う目で鉤野を振り返った。
「おい、こいつを解け!じゃねえと、あんたから潰すぞ!」
鉤野の妖力【
さすがの“鬼熊”も容易には動けないようだ。
「ここでの争い事はご法度です!原因が何であれ、私達は仲間ではありませんか!?」
「うるさい!そんなのは、あんたらが勝手に決めた事だろうが!大体、俺は女がリーダーってとこから気に食わなかったんだ!」
夷旛が怒気を納める様子はない。
その怒りの矛先も、邪魔をした鉤野へと向かってしまったようだ。
本人も激昂が行き過ぎて、何を言っているのか分からないのだろう。
「言葉が過ぎますよ、夷旛さん!鉤野さんは、『K.a.I』の顧問でありながら我々を見守るためにわざわざ同行してくださったのです!それに、リーダーが男とか女とか、どうでもいいことではありませんか!」
同じ女性として、夷旛の暴言を看過出来なかったのか、弓弦が毅然と反論する。
が、夷旛は、弓弦にも牙を剥いた。
「
骨董品
は黙ってろ!古いだけのガラクタが俺に指図するんじゃねぇ!」「なっ!?」
「誰がガラクタですか!?訂正してください…!」
「はっ!この島にごみ収集車がなくて良かったな、ガラクタ!」
馬鹿にしたように笑う夷旛に、弓弦はついに弓に矢をつがえた。
「下郎!吐いた唾を飲まされたいか!」
「おい、落ち着け。お前まで興奮してどうすんだ!?」
見かねた飛叢がそう声を掛けると、弓弦が殺気だった目で睨んでくる。
「飛叢さんは黙っていてください!」
弓弦は、武道を修める者として日頃礼節を重んじ、滅多に心を乱さない性格だ。
それが夷旛のやすい挑発に、ここまで過剰反応していることに飛叢は違和感を覚えた。
(そういやぁ…ここのところ、妙に落ち着きのない奴が多くなったよな)
これほどの
今回の計画に際し「妖怪を日本古来の環境に近い場所に住まわせ、ストレスの軽減を図る」という説明が「K.a.I」側からあったが、これでは逆効果ではないか。
鉤野もそのことで頭を痛めていたようだが…
「やるのはいいけど、そのザマじゃ話にならないな」
背を向けて立ち去る太市。
「待ちやがれ、貴様!」
吠える夷旛。
「相手なら私がしてやる!来い、畜生!」
矢を向ける弓弦。
「皆さん、落ち着いて!どうか落ち着いてくださいまし!」
鉤野は憔悴した顔で、何とか場を収めようとする。
結局。
飛叢や神無月が鉤野を加勢して夷旛や弓弦を
そして、六日目の朝。
半数を超える