【二十七丁目】「…LA TESTADURA!!」

文字数 3,465文字

 降神町(おりがみちょう)で毎年8月に行われる「降神祭(おりがみさい)」は、町一番の盛り上がりを見せる祭りだ。
 とはいえ、祭りの内容自体はそう珍しいものでもない。
 ちょうど、町の中心部にある「降神神社(おりがみじんじゃ)」で神事が行われた後、出店が並び、神輿(みこし)や花火が町を賑わいをもたらす。
 だが、祭りの花形でもある「降神神輿(おりがみみこし)」は、地元の人間にとっては、少々特別なものだった。
 古くから担ぎ手は成人男性のみで、地元の人間から選抜される。
 それこそ、戦前は長男だけに限られ、担ぎ手たちは一月前から御祓(みそぎ)を行い「神を降ろす存在」になるため清められ、祭りに臨んだという。
 今でこそ慣例化しているが、そうした歴史もあったため、当時、担ぎ手に選ばれることは、地元の男達にとって何よりも名誉なことだった。
 打本(うちもと)の家は、代々蕎麦屋「玄風(げんぷう)」を営んできており、古い時代からこの町に根差してきた家柄だ。
 そんな家だから、打本の父、祖父、曾祖父も降神神輿の担ぎ手に選ばれてきた。
 打本自身も、神輿の担ぎ手に選ばれた時の感動は、忘れることができない。
 それは一人前の男、ひいてはこの降神町を背負うに値する人間として認められた証のように思えたからだ。

 だから…

「地元の人間だけが担ぐなんて、勿体ない。新しく移住してきた人も参加できるグローバルなものにしてはどうでしょう」

 そんな織部(おりぶ)の提案に違和感を感じた。

 織部はイタリア修行を経て、この降神町に外からやってきた新住民だった。
 見た目はキザでなよっとした優男だったが、やや封建的な降神町の在来地区の人間とも積極的に交流し、会合にも顔出しては独創的な意見を述べていた。
 そうした織部の提案は、時には苦笑で迎えられたこともある。
 だが、地域を盛り立てようと決してめげない彼の信念を、打本は高く評価していた。
 それ故、二人で誘いあい、酒を酌み交わしたこともある。
 考え方の違いから時に言い合いになったこともあったが、結局、最後は「降神町が好きだ」という一点で仲直りし、また喧嘩する…そういう気さくな間柄になった。
 そんな織部の放った一言が、二人の仲を打ち壊す。

「古いしきたりも良いですが、このままでは担ぎ手の確保だって難しい。ただうるさいだけのイベントになり下がってしまう」

 今思えば、あれは織部なりに祭りの現状を憂い、考えた末の打開策だったのだろう。
 最近は、祭りによる神輿の掛け声や花火の音を、快く思わない新住民も多いと聞く。
 だが、彼らも取り込んでしまえば、少しは理解が深まり、新しい交流が始まるかも知れない。

 だがその時は、自分の愛する地域の誇りが、けなされた気がした。
 だから、言ってしまったのだ。

「所詮、他所者(よそもの)の考え」と。

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 打本大将の麺棒を、織部シェフが紙一重でかわす。
 代わりに放たれたピザ手裏剣を、打本大将が打ち砕く。
 ステージ上で始まった二人の一騎打ちは、佳境に入っていた。
 ピザ手裏剣を放つ方も迎え撃つ方も、相応の体力・精神力を伴うのだろう。
 最初こそ人間離れした応酬をしていた二人だが、今は疲労の色が濃い。
 どちらも肩で息をし始め、服もボロボロになっている。

「い…いい加減…か、観念、しやがれ…イタリア野郎…」

「そ、そちら…こそ…往生際が…わ、悪いですよ…」

 何だかボクシング映画のラストバトルみたいな風景だ。
 最早、どちらも「相手より先には倒れない」なんて、意地だけで立っているような感じである。
 そんな二人に観客達は興奮して喝采を送り、両者の闘志を鼓舞している。

「負けるな、大将!そう、その右…ああ、違うって!」

「織部さん、危ない!避けて!」

「どうしたどうした!『玄風』の看板が泣いてんぞ!?

「M・I・S・T・R・A・L!レッツゴー『MISTRAL(ミストラル)』!」

カーン!

 ゴング代わりなのか、観客の誰かが唐突に鍋を打ち鳴らす。
 荒い息をつきながら、ステージの両端に分かれた二人へ、近くの観客がペットボトルの水を差し入れるわ、見ず知らずの眼帯のおっちゃんが何やら熱くアドバイスを入れるわ、挙句、マウスピースを取り出すは、最早完全にボクシングルールにすり替わっていた。
 織部シェフなんか、いつの間にかチアリーダーが揃ってるし…

「…どうする?十乃(とおの)兄ちゃん」

 傍らにいた釘宮(くぎみや)くん(赤頭(あかあたま))も、さすがに困惑顔だ。
 無理もない。
 この後の段取りとしては、両者を彼ら妖怪トリオで無傷で取り押さえることになっていた。
 妖怪である間車(まぐるま)さん(朧車(おぼろぐるま))達を取り押さえるのに比べれば、一番簡単なパートだったのだが…

「いや、どうするって聞かれても…」

 観客を巻き込んだ両者の戦いは、今や一番の盛り上がりを見せ、僕らが下手に手を出せば、ブーイングの嵐が巻き起こりそうだ。
 うーむ、どうしたものか…

カーン!

 そうこうしているうちに、再び鍋ゴングが鳴らされる。
 満身創痍のまま立ち上がる二人。
 しかし、その目に闘志を燃やし、一歩ずつステージ中央に歩み寄って行く。

「いい加減、その(つら)も見飽きたぜ…ここでケリをつけてやらぁ…!」

 拳を鳴らす打本大将。
 その手に麺棒はない。
 完全な無手だ。

「それはこちらの台詞です…これで終幕フィナーレにさせていただきますよ…!」

 前髪を優雅に撫でる織部シェフ。
 こちらも徒手空拳だった。
 二人は手を伸ばせば届く間合いで立ち止まった。
 それは近いようで、遠い距離だった。

「うおおぉぉぉぉぉ…!」

「はあぁぁぁぁぁぁ…!」

ごすぅっ!
ざんっ!

 打本大将の鉄拳が織部シェフの左頬に炸裂すると同時に、織部シェフの手刀が打本大将の鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。
 完全に相打ちだった。
 だが、二人は倒れない。
 お互いに相手を睨み、一歩も退かない。

「こんの、キザ野郎…!!

 打本大将が、再び鉄拳を振るう。
 それは的確に織部シェフの顎を捕らえた。
 やはり、純粋な肉弾戦では、力で勝る打本大将に分がある。
 そう思いきや、織部シェフは吹っ飛びながらも驚異的なタフネスさで踏み止まった。

「…LA() TESTADURA(テスタドゥラ)!!」(※イタリア語で石頭・頑固者)

 織部シェフが再度手刀を突き入れる。
 打本大将が「力」なら、彼は「技・スピード」に長けていた。
 大将の喉・鳩尾などに、一瞬で数発の手刀が的確に突き刺さる。
 この辺はピザ作りなどで鍛えたハンドスピードが生きているのかも知れない。
 鍛えようのない人体の急所に打たれた打本大将は、しかし、膝を屈することなく、歯を剥き出しにして耐えきった。
 双方、すごい精神力である。
 そんな二人のガチンコ勝負に、会場は更にヒートアップした。
 だが、どちらもフラフラである。
 次の一撃で、勝負が決まりそうだ。

『くらえぇぇぇ…!!!』

 図らずしも二人とも同じ掛け声を発し、互いに肉薄したその時だった。

「…ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」

どげしッッッ!

 突然。
 真上から落下してきたグルグル巻きの妃道(ひどう)さん(片輪車(かたわぐるま))が、二人を直撃した。
 そのまま、動かなくなる二人+妃道さん。
 完全にノックダウンされたようである。
 妃道さんに絡まっているのは、鉤野(こうの)さん(針女(はりおなご))の鉤毛針(かぎけばり)だ。
 どうやら、上もケリがついたようだった。

 それにしても…本日の妃道さんは、とことんツイてない気がする…

ザワザワ…

 完全に予想外の結末に、会場がざわめき始めた。
 うーむ…
 結果的に両陣営を押さえることには成功したけど、事後処理は考えてなかったな…
 そう考えた時だった。

「えー、ただいまをもちまして『玄風』と『MISTRAL(ミストラル)』による合同PRイベントを終了させていただきます。御観覧ありがとうございました」

 突然、柔らかな女性の声で、アナウンスが入る。
 これって…鉤野さんの声!?

おおおおおおおおおぉぉぉぉぉ…!

 来場者達からは一瞬の沈黙の後、万雷の拍手が巻き起こった。
 どうやら、一連の戦闘は両店のPRアトラクションとして受け取られたらしい。

「上手くいったな」

 そう言いながら、いつの間にか背後に居た飛叢(ひむら)さん(一反木綿(いったんもめん))が、僕と釘宮くんの肩を叩く。

「飛叢さん!?

「ほれ、ボーっとすんな。回収回収」

 ステージ上で、折り重なって伸びる三人を顎で示す飛叢さん。
 慌てて僕と釘宮くんがステージ上に飛び出し、引きつった愛想笑いで三人をステージ端に運び込んだ。

 こうして。
 昼下がりの攻防は、多くの人間が真相を知らないまま、幕を閉じたのだった。
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登場人物紹介

■十乃 巡(とおの めぐる)

 種族:人間

 性別:男性

 「妖しい、僕のまち」の舞台となる「降神町(おりがみちょう)」にある降神町役場勤務。

 主人公。

 特別な能力は無く、まったくの一般人。

 お人好しで、人畜無害な性格。

 また、多数の女性(主に人外)に想いを寄せられているが、一向に気付かない朴念仁。


イラスト作成∶魔人様

■黒塚 姫野(くろづか ひめの)

 種族:妖怪(鬼女)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 人間社会に順応しようとする妖怪をサポートする「特別住民支援課」の主任で、巡の上司。

 その正体は“安達ヶ原の鬼婆”こと“鬼女・黒塚”。

 文武両道の才媛で、常に冷静沈着なクールビューティ。

 おまけにパリコレモデルも顔負けの、ナイスバディを誇る。

 使用する妖力は【鬼偲喪刃(きしもじん)】


イラスト作成∶魔人様

■間車 輪(まぐるま りん)

 種族:妖怪(朧車)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 特別住民支援課保護班に所属(送迎・運転担当)。

 その正体は“朧車(おぼろぐるま)”

 姉御肌で気風が良い性格。

 本人は否定しているが、巡にほのかな好意を寄せている模様。

 常にトレードマークのキャップを被ったボーイッシュな女性。

 使用する妖力は【千輪走破(せんりんそうは)】


イラスト作成∶魔人様

■砲見 摩矢(つつみ まや)

 種族:妖怪(野鉄砲)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 特別住民支援課保護班に所属(保護担当)。

 その正体は“野鉄砲(のでっぽう)”。

 黒髪を無造作に結った、小柄で無口な少女。

 狙撃の達人でもある。

 自然をこよなく愛し、人工の街が少し苦手で夜型体質。

 あまり表面には出さないが、巡に対する好意のようなものが見え隠れすることも。

 使用する妖力は【暗夜蝙声(あんやへんせい)】


イラスト作成∶魔人様

■三池 宮美(みいけ みやみ)

 種族:妖怪(猫又)

 性別:女性(メス)

 降神町に住む妖怪(=特別市民)。

 正体は“猫又(ねこまた)”

特別住民支援課の人間社会適合プログラムの受講生の一人。

 猫ゆえに好奇心は旺盛だが、サボり魔で、惚れっぽく飽きっぽい気まぐれな性格。

 使用する妖力は【燦燦七猫姿(さんさんななびょうし)】 


イラスト作成∶きゃらふとを使用

■妃道 軌(ひどう わだち)

種族:妖怪(片輪車)

性別:女性

 走り屋達が開催する私設レース“スネークバイト”における無敗の女王。

 正体は“片輪車(かたわぐるま)”

 粗暴な口調とレースの対戦相手をおちょくる態度で誤解を生み易いが、元来面倒見が良く、情が深い。

 使用する妖力は【炎情軌道(えんじょうきどう)】


※「片輪車」の呼び名は、資料に忠実な呼び名を採用しており、作者に差別的な意図はございません。


イラスト作成∶Picrewを使用

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