【百十三丁目】「じゃあ、行ってくる…!」
文字数 5,138文字
「ちょっと…揺れてない!?地震…!?」
突如、細かく鳴動し始めた
僕…
夜光院の宗主、
北杜さんの話では、現在、この夜光院に保管されたあるものを狙って、正体不明の一団が出没しているという。
たまたま僕達がこの夜光院に辿り着いた時期に重なり、その一団が夜光院に忍び寄っているらしい。
北杜さんや
「絶対にここから出るな」という言葉と共に。
その言葉が意味するのは、これから迎え撃つ相手が夜光院にとって「敵」である可能性が高く、引いては僕達がその「敵」との戦いに巻き込まれないように、という配慮があったからだろう。
一方で、この「
そのため、夜光院に忍び寄る正体不明の一団が「K.a.I」絡みである可能性は…極めて高い。
僕としては「
いかんせん、僕自身は普通の人間で、北杜さん達の手助けなど、到底出来そうもない。
それに…相手は殺し屋まで雇ってくるような輩だ。
事情を知らない雄二達を、迂闊に「K.a.I」絡みの案件に巻き込む訳にもいかない。
「
ふと、ひとり天井を見上げていた
すると、早瀬さんは僅かに目を細めて、小さな声で言った。
「凄い妖気を感じるの…誰かが、妖力を使おうとしてるみたい…」
僕はハッとなった。
早瀬さんはこの中では唯一の
妖気の感知はお手の物だろう。
そして、彼女の言葉通りなら「妖力の発動」が意味するのは…間違いなく、戦いが始まったということだ。
僕は思わず立ち上がった。
「巡、どこに行く気だよ!?」
部屋から出ようとする僕に、雄二が慌てたようにそう言う。
僕は一瞬
「…ごめん、みんな。僕、ちょっと様子を見てくるよ」
それを聞いた雄二達が驚いた。
「お、おい!何言ってんだよ!」
「さっき北杜さんに止められたでしょ!?」
「うん…分かってる」
僕だって、いま自分が無用な危険に首を突っ込もうとしているは重々承知だ。
だが、僕はどうしても見極めたいことがあった。
それは「K.a.I」の思惑である。
現状、彼らの目的などは一切不明なのだ。
彼らが示した妖怪達に対する悪意を世間に対して糾弾出来ない以上、せめてその手掛かりだけでも掴んでおきたい。
そう言う意味では、これは貴重な
僕は顔を上げた。
「これは完璧に僕のワガママになるんだけど…」
雄二達に振り返り、僕は真剣な表情で告げた。
「みんなはここに残っていて欲しいんだ。ここから先は…本当に来てはいけない」
「いきなり何言ってんだよ!?意味分かんねぇぞ、お前!」
「雄二、頼む」
そう言って、僕は雄二に頭を下げた。
その勢いに、一歩踏み出しかけた雄二の動きが止まる。
「織原さんと早瀬さんを、無事に現世に送り届けてくれ」
「巡…お前」
僕は顔を上げると、笑って見せた。
「大丈夫、僕だって命は惜しい。だから、無茶はしない。約束する」
「
そう言いかけて、雄二は溜息を吐いた。
「…いや、やっぱいい。聞いても、どうせ無駄だろうし」
「ちょっと!そんなんでいいの!?」
簡単に説得を諦める雄二に、思わず声を上げる織原さん。
それに肩を竦める雄二。
「しょうがねぇんだよ。
「…悪い」
「だから、謝るなって。どうせ、お前の頼み事は聞けねぇんだからよ」
「え?」
驚く僕に、雄二は親指を立てて見せた。
「俺が送り届けるのは『
「雄二…」
「あーもう!どうして男の子って、こういうノリばっかなのよ!」
お手上げといった風に、織原さんが頭を抱える。
「もういいわ!十乃君、事情は知らないけど、絶対無茶はダメだからね!もし十乃君に何かあったら、
「…おい
織原さんに指を突きつけられた
「はは…分かったよ」
苦笑する僕に、早瀬さんもおずおずと言った。
「十乃君、気を付けてね…」
「ありがとう、早瀬さん」
笑い掛けてから、僕は障子に手を掛けた。
「じゃあ、行ってくる…!」
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「おらおらぁ!」
押し寄せる青銅の
手にしたチェーンソーのような巨大な
四本の腕に金属の棍棒を持ち、数に任せて次々に攻め寄せる
「どうしたどうした、ガラクタ共!見てくればかりで、大したことないじゃねぇか!」
打ち降ろされた棍棒を片手で受け止め、南寿が牙を剥いて笑う。
その隙に左手に回り込んだ一体を、見もせずに大鉈で一薙ぎ。
両断はされなかったものの、その
そして、金属が軋むような呻き声を上げる。
「な、何だ、あのザマは!?全然役に立たんではないか!?」
その様子に
タブレットを片手に、戦闘状況を見守っていた那津奈は頭を掻いて笑った。
「あはは~、こりゃあ強いや~。さすがのなっつんさんもおったまげだよ~」
「~ッ!烏帽子君っ!」
「落ち着いてください、黒田先生」
怒髪天をつく黒田に「K.a.I」総責任者の
そして、那津奈に向かって、
「六堂さん、遊んでいる場合ではなくてよ?」
「いや~、遊んでないよ~?
「ちょっと、冗談でしょ?貴女、アレ一体で『並みの
「うん、そうなんだけどね~」
眼鏡に手を掛け、那津奈は珍しく真剣な表情で続けた。
「どうやら『
「『マナ』?」
聞きなれぬ単語に、首を傾げる烏帽子。
那津奈は頷いた。
「そう『マナ』はね~、言ってみれば魔術や超能力といった特別な力の源だよ~。そして『神秘』や『幻想』に類する
そう言いながら、那津奈は石段上に陣取ったまま、動かない北杜を見上げた。
「無論、妖怪も『神秘』や『幻想』に属する生物だからね~。濃い『マナ』…彼ら風に言うと『妖気』かな~…の恩恵は受けてると思うよ~」
「つまり…
「まあ、そんな感じだね~。いや~、これは貴重なデータだよ~。有史以来、ここまで『幽世』について電子的な観測が出来た例はないだろうしね~。う~ん、こんな
そんな那津奈の呟きに、ひとり戦況を見ていた北杜が、にへら、と笑った。
「あ、それだったら
「本当~!?わーい、そいつはラッキー~♪」
「だから、敵と
のほほんとした那津奈に、黒田の怒声が飛ぶ。
「ええい、このままではこちらが全く不利ではないか!」
黒田の視線の先では、八体の
那津奈の言葉通り「神秘」に溢れたこの幽世では、妖怪達の力は現世に比べて各段に底上げされるようだ。
しかし、黒田達は知らなかったが、そもそも南寿達は、古くから夜光院に眠る宝物を手に入れるべく押し寄せてきた人妖達をことごとく退けてきた
今回より多勢を相手に、何度も死線をくぐり抜けて来ているのだ。
「仕方ないな~…じゃあ、こっちも
そう言いながら、那津奈は懐から別の試験管を取り出す。
そして、小さく呪文を唱えた。
「
呪文の詠唱と共に放られた試験官が、空中で砕け散る。
細かい霧のように降り注いだ薬液が、苦戦する
「ちっ!こいつら…!」
先程まで、南寿に圧倒されていた
加えて、繰り出される棍棒の重みも増していた。
「何が起こったんだい…!?」
たちまち余裕がなくなった南寿が、決死の表情で大鉈で斬りつけるも、
戦況は、あっという間に逆転した。
「おお、いいぞ!やればできるではないか!」
興奮する黒田とは逆に、那津奈は軽く溜息を吐く。
それに烏帽子が不思議そうに聞いた。
「どうしたの?」
「うん…“
「耐久性?」
那津奈が頷く。
「さっき言ったドーピングって、そういう意味なの~。要は、
「それって…」
烏帽子は南寿を取り囲み、なぶり殺しにしつつある
「杞憂じゃないの?」
「だといいんだけどね~。もって、あと二、三分だからケリはつけられると思いたいね~」
繰り出される棍棒を受け、南寿が大きく跳ね飛ばされる。
派手に土煙を上げて、夜光院の塀に激突する南寿。
それを見た北杜が、感心したように言った。
「ほーお…西洋の
味方がやられているのにも関わらず、北杜の口調はいつも通りだった。
そんな北杜に、
北杜は微動だにせずそれを見詰めつつ、言った。
「いつまで寝てる?早く
ガラガラ…!
北杜の呟きに応じるように、瓦礫に中から南寿が立ち上がる。
「チッ…仕方ねぇな。コイツら、固そうだから遠慮したかったんだがよ」
言うや否や、南寿の口腔内に、
その身体から立ち上る妖気に、とどめを刺しに殺到した
「【
呟くと同時に。
南寿は鉈を捨て、爪と牙を剥いて一体の
まさにすれ違いざまといったスピードで、その
と、着地した南寿が、
石段に転がったそれは、今まさに消え失せた
無残な姿になった
「ケッ、やっぱり対して美味くもねぇな」
口元を
妖怪“古庫裏婆”…山寺の
その姿さながらの南寿に、北杜がニヤリと笑った。
「悪いなァ、六堂の。この
「うるせぇ。人を見境なしみたいに言うな。あと、せめて、あっちの女共を喰わさせてくれよ」
不平を言いながら、烏帽子達を指差す南寿。
それに黒田は更に戦慄した。
「ば、化け物め…!」
「何だい今更。知ってて、喧嘩を売りに来たんだろ?」
北杜の眼が鋭くなる。
「ホレ、南寿。喰い残しは良くねぇ。全部平らげちまいな」
結局。
八体の