【九十八丁目】「皆、いくよ…!」

文字数 8,009文字

「待てぇぇぇぇぇい!」
「逃すかぁぁぁぁっ!」

 飢えた白い獣の群れ…「降神町(おりがみちょう)ジューンブライド・パーティー」の参加者である花嫁達が、土煙を上げて怒涛の爆走を展開していた。
 彼女達が血眼になって追っているのは、二人の女性だ。

 一人はウェディングドレス姿の女性。
 もう一人は普段着の少女。
 間車(まぐるま) (りん)朧車(おぼろぐるま))と十乃(とおの) 美恋(みれん)である。

 遅れがちになる輪の手を引きながら、美恋が振り向きつつ叫ぶ。

「間車さん、もっと気合い入れて走って!追い付かれちゃいますよ!?

「分かってるよ!けど、ドレス(こいつ)が邪魔で…!」

 ウェディングドレスのスカートの裾を掴みながら、輪は苛立ったように応えた。
 二弐(ふたに)二口女(ふたくちおんな))による「六月の花嫁大戦(ジューンブライド・ウォーズ)」の開幕宣言後、二人は程なくして花嫁達の追撃にさらされる羽目になった。
 そして現在「ウインドミル降神」の中を、かれこれ一時間近くこうして逃げ回り続けている。

 理由は一つ。
 それは、輪の手に握られた「白百合の花束(ブーケ)」である。

 この花束(ブーケ)は元々、美恋が輪を無理矢理ウェディングドレスに着替えさせた際、ドレッシングルームに置いてあったのを拝借したものだった。
 美恋は、てっきり自由に使って構わないただの小道具と考えていたのだが、二弐の説明でこの花束(ブーケ)が兄である(めぐる)との一日デート権を獲得できる賞杯(トロフィー)であると発表された。
 図らずしも、そうとは知らずに手にしてしまった二人は、当初盛大に慌てた。
 何せ、モノがモノだけに、いまさら不用意に捨てるわけにもいかない。
 そこで、ここまで花束(ブーケ)を隠しつつ、何とかやり過ごしていたのだが、うっかり発見されてしまい、結果、逃げ惑う羽目になったのである。
 背後に迫り来る花嫁達を見ながら、輪はうんざりしたように喚いた。

「えーい、クソ!こんなゾロッとしたモン、着るんじゃなかったぜ!いっそ脱いじまっても良いか!?

「そしたら、今度は警察に追い掛けられますよ!?

警察(サツ)に追いかけられるのは、結構慣れてるんだが!」

「貴女、公務員ですよね!?一応!」

 美恋が息を切らせながら、そうツッコミを入れる。
 目下、当の美恋にも打開策はない。
 時折、物陰に隠れたりしながら、辛うじて逃げ伸びてはきたものの、二人共そろそろ体力の限界も近い。
 それに反比例し、最初は少なかった追撃者の数は増え続ける一方だった。
 理由は分かっている。
 時折覗いていたオーロラビジョンの様子から、どうやら五つのうち四つの花束(ブーケ)は所持者が決まったらしい(一つは焼失してしまったようだが)。
 となれば、残った花嫁達も残された最後の賞杯(トロフィー)…巡との一日デート権を獲得するため、死に物狂いになるのは必然だった。

「こうなりゃ、もう顔が普通でも文句は言わないわ!」
「よく見れば、童顔でちょっと可愛いし?」
「それに、公務員ってのもポイント高い!」
「安定収入!福利厚生!ボーナス&退職金…!」

 呪詛のように口にしながら、一丸となって追いすがる花嫁達。
 その様は、まさに南米はアマゾン川に生息する鋸刺鮭(ピラニア)もかくやという迫力である。

「いたぁぁぁぁぁ!」
「こっちよ、こっち!」

 その声に、前を走っていた美恋がギョッとなった。

「げ」

 自分達が逃げる方向から、新しい花嫁の一団が接近してくるのが見える。
 一瞬頭を巡らせた後、美恋は輪の手を掴んで左手の広場へと駆け出した。

「間車さん、こっち!」

「お、おう!」

 懸命に後を追う輪。
 だが、やはりウェディングドレスが邪魔をして走りにくそうだ。
 走る速度を落としてやりたいところだが、状況が許してくれそうもない。
 走りながら、美恋は内心歯噛みした。

(マズイわね。少しずつだけど、逃走ルートを塞がれてる…このままじゃあいつかは…)

 その時だった。
 また、別の花嫁の一団が美恋達の行く手に現れた。
 今まで追撃を受けていた一団と、少し前に姿を見せた一団。
 これで、更にもう一方向が塞がれてしまった。

「んなろぉっ!なら、こっちだぁっ!」

 思わずそう叫びながら、再度逃走経路を切り替える美恋。
 だが、程なくして二人の足は止まってしまう。

「うそ!?こっちも…!」

 絶句する美恋。
 その視線の先には、接近する新たな花嫁達の一団があった。
 それに気付いた輪が舌打ちした。

「くそっ!ここまでか…!」

「そんな、まだ何か手が…!」

 そう言う美恋に、輪は覚悟を決めた表情で告げた。

「よーし…おい、妹!こうなりゃ、お前だけでも逃げろ!ここはあたしが何とかするから…!」

 花束(ブーケ)を美恋に差し出しながら、輪が言う。
 ウェディングドレスの自分を連れていては、どうあっても逃げることが難しい。
 そう判断しての言葉なのだろう。
 確かに、身軽な美恋一人ならば、何とか逃げのびられるかもしれない。
 一瞬躊躇(ためら)った後、しかし、美恋は首を横に振った。

「そんなこと、出来ません」

「おい!」

「私、諦めが悪いんです…!」

 美恋は足を軽く前後に開くと、僅かに重心を落とした。
 そのまま、両手を前に出し、半身の構えを取る。
 幼い頃から修めている合気道の構えだ。
 それを見た輪が怒鳴った。

「バカ!二人であの数をどうこうできるわけないだろ!それより、とっとと逃げろ!連中はあたしが何とか抑えるから…!」

「…でも、これより絶望的なシチュエーション、経験してますよね?私達」

 美恋はニッと笑った。
 輪はそれに面食らった表情を浮かべた後、何か思い出したようになる。
 かつて、矛を交えた妖怪神との激闘が輪の脳裏に浮かんだ。

「…言うじゃねぇかよ。人間にしとくのは惜しいな、お前」

 不敵に笑い返しながら、輪は身構えた。

「OK、こうなりゃヤケだ!車輪(あし)が無くてもやってやる…!」

 花束(ブーケ)を抱えながら、輪がそう気勢を吐く。
 “朧車”である輪は、車輪の付いたものならば一輪車から戦車まで自在に駆ることが出来る妖力【千輪走破(せんりんそうは)】の持ち主だ。
 さすがに今日ばかりは乗り物はおろか、愛用のローラーブレードも持っていない。
 美恋同様、素手で乗り切るしかない状況だった。

「来ますよ…!」

「ははっ、素手喧嘩(スデゴロ)は久し振りだぜ!来やがれ、牝狼ども!花束(コイツ)は絶対渡さねぇ…!」

 背中合わせに身構える二人。
 そこに殺到する白い獣たち。

「もらったぁ!」
花束(ブーケ)をよこせぇっ!」

 血眼になって襲い掛かる花嫁達。
 その時だった。

「舞え」

 声と共に、一陣の風が攻め寄せようとしていた花嫁達をなぎ払った。
 一瞬で弾き飛ばされた花嫁達に、他の花嫁達が思わず二の足を踏む。
 そして、唖然となる二人の傍に、小柄な影が降り立った。
 その手には身の丈ほどはある大きなブーメランが握られている。
 影の正体を認めた輪と美恋は、目を見開いた。

「貴女は…!」

摩矢(まや)っち!」

「間に合った」

 驚く二人に、摩矢(野鉄砲(のでっぽう))は、いつもの無表情のままVサインをする。

「よく逃げ延びた、二人共。えらいえらい」

(なご)んでる場合じゃないぜ、摩矢っち!実は…」

 事情を話そうとした輪が、ふと押し黙る。

「…っつーか、何でお前さんまでウェディングドレスを着てんのさ?」

 それに摩矢は目を閉じ、溜息を吐いた。

「やんごとなき事情。あまり突っ込まないでくれると嬉しい」

「わ♡可愛い♡似合ってる!凄く似合ってるよ、摩矢さん!実は前から『いい素材持ってるな』って思ってたんですよね、私!」

 一方、目を輝かせる美恋。
 摩矢は少し赤面しながら、視線を外した。

「…あ、ありがと」

 しかし、すぐに咳払いし、摩矢はブーメランを構える。

「輪、そっちの事情は大体知ってる。その花束(ブーケ)は、()()()()()()()()()()()

 鋭い視線のまま、そう述べる摩矢、
 摩矢と付き合いの長い輪は、そこに何かを感じ取った。

「…何かあったのか?」

 輪の問いに、摩矢はチラリと視線だけを向けた。

「この会場に、巡を誘拐しようと狙ってる奴がいる。そいつは、巡に近付くためにその花束(ブーケ)を手に入れようとしてる可能性がある」

 唐突すぎるその告白に、輪は勿論、美恋も血相を変えた。

「お兄ちゃ…いえ、兄を!?一体、どういうことです!?

「説明している時間はないし、証明できる根拠も無い…でも、信じて」

 いつもの淡々とした口調だったが、真剣な表情でそう言う摩矢に、二人は顔を見合わせた。
 そして、輪が溜息を吐きながらぼやいた。

「ったく、ホントに(あいつ)は妙な連中を引き寄せるよな。“戦斎女(さつき)”に“天逆毎(ひめさん)”の次は誘拐犯ときた…付き合う身にもなって欲しいぜ」

「顔、笑ってますよ?間車さん」

 そう言いながら、美恋も苦笑する。
 輪の言う通り、巡の周囲では何かと騒動が絶えない。
 しかも、自身は大抵巻き込まれている立場なのだが、気が付けばいつもその渦中の中心に立っているのである。

「『みょうなれんちゅう』とはあんまりです、まぐるまさま」

 不意に。
 そんな声と共にもう一つの影が輪達の元に降り立った。

「沙槻さん!?

 目を丸くする美恋に、微笑みながら軽く会釈する沙槻。
 その白無垢姿に、輪が目を丸くする。

「おいおい、お前さんも花嫁姿かよ!?摩矢っちの言う『やんごとなき事情』ってのが、ますます気になるな、こりゃあ」

「沙槻、首尾は?」

 摩矢に問われると、沙槻は頷いて見せた。

「はい。『ぶーけ』なる“はなたば”は、これに」

 そこで、いささか疲弊した表情になる。

「…てにいれるのに、くろうしました…」

 それに美恋が思い出したように言った。

「あー、聞いてたわよ、歌。結構イケてた。マジで驚いたわ」

「ああ、良かったぜ。ちゃんとこぶしも利かせてたしな」

 追従した輪が、ふとニンマリ笑う。

「…で、いつ芸能界デビューすんだ?」

「しません!『げいのうかい』なる“まかい”にはぜったいおちませんよ、わたし!」

 両腕でしっかりと身を守るようにしながら、涙目でそう叫ぶ沙槻。
 沙牧(さまき)(砂かけ婆)に説明されたものの、どうやら「芸能界」への歪んだイメージは健在らしい。

「みんな、そこまで。今はこいつらを何とかするのが先」

 摩矢の言葉に、三人がハッとなる。
 見れば、先陣を摩矢のブーメランに一掃され、一時(ひる)んだ花嫁達だったが、再びじわじわと包囲の輪を狭め始めていた。

「まずは、飛び道具を封じるのよ!」
「全員で囲んで!今度こそ逃がさないで!」
「いい?花束(ブーケ)は早い者勝ちだからね!」
「名も無きモブキャラの底力、いまこそ見せてあげる…!」

 人妖混ざった花嫁達が、声を掛け合いながら油断なく迫る。
 そんな中、摩矢は猟銃と共に背負っていた何かを輪へと放った。
 慌てて受け取った輪の腕には、布の袋があった。
 中身が何なのか悟った輪が、摩矢に驚いた顔を向ける。
 摩矢は油断なく身構えたまま言った。

「二人が逃げ回っているのを見て、取って来た…必要でしょ?」

 すると、輪はニヤリと笑った

「もっちろん!さすがは摩矢っち!愛してるぜ!」」

 そう言いながら、輪は袋の中身…ローラーブレードを取り出すと、空中に投げた。
 続けざまに自ら跳躍し、一瞬で足に装着する。

「へっへっへ…これで百人力だぜ!」

 着地と同時に、全身から蒼い陽炎を立ち昇らせる輪。
 それに花嫁達が呼応する。

「何よ、それ!」
「そんなんでこの数に勝てると思ってんの!?

「まあ、論より証拠…ってね!」

 ローラーブレードを一蹴りする輪。
 すると、その身体は滑るように一瞬で加速した。
 普通の速度ではないその滑走に、花嫁達が瞠目する。

「は、速い…!」
「ちょっと、逃げる気!?

「逃げるわけないだろ!さあて、準備運動がてらにちょいととばすぜ!」

 ウェディングドレス姿のまま、居並ぶ花嫁達に突進する輪。
 その目が青く輝いた。

「行くぜ!【千輪走破】!」

 輪の全身から立ち昇る蒼い陽炎が、朧に揺れる。
 そのまま、取り囲む花嫁達の周囲を一周するように滑った輪から、不可視の衝撃波が生じ、彼女達を一瞬で蹴散らした。
 手品めいたその光景に、花嫁達が驚愕の声を上げる。

「な、何、今のは!?
「気を付けて!あの娘も妖怪よ!」

 土煙を上げて停止した輪が、不敵に笑いながら見栄を切った。

「ふっふっふ…人呼んで『蒼き流星』…妖怪“朧車”たぁ、あたしのことさ!さあ、()き散らされたい奴からかかってきな…!」

「ちなみに、スピード違反は前科ン十回」

「だから!一応、公務員ですよね!?あの人!」

 横からそう呟く摩矢に、美恋が再びツッコミを入れる。
 一方の花嫁達が、そんなやりとりに激昂した。

「ちょこざいな!」
「者ども、かかれぃ!」

 一斉に襲い掛かる花嫁達。
 輪がペロリと口元を舐める。

「来たぞ!みんな、(ふんどし)締めてかかれよ!」

「おー」

「ふ、褌って…」

「わ、わたし、そんなの、はいてませんよ?」

 摩矢、美恋、沙槻がそれぞれ応じる。
 今まさに両者が激突しようとした時だった。

「あいや、双方ともしばらく、しばらく~!」

 不意にそんな声が響き渡る。
 何事かと周囲を見回す一同の中、輪達を取り囲んでいた花嫁の一人が園内に立つ街路灯を指差した。

「あ、あそこ!」

 全員が視線を向けた先…街路灯の上に、一人の女性の姿があった。
 色鮮やかな桜柄の打ち掛け姿に一振りの日本刀。
 吹き荒ぶ風に揺れる黄金の髪。
 そこまではいいとして、牛若丸が被るような被衣(かつぎ)とおたふくの面に、一同の目が点になる。
 おたふく仮面は、胸を張って続けた。

「見たところ、多勢に無勢とお見受けいたしマース!ここはこの『正義の無頼侍』こと『お助け無流(むりゅう)仮面』にお任せあレー!」

ヒョオオオオオオオオオオ…

 一迅の、何とも白けた風が吹き抜けていく。
 無言で立ち尽くす一同に、おたふく面が再び胸を張った。

「見たところ!多勢に無勢と…!」

「「「「「「いや、聞こえてたし、そういう沈黙じゃないし!」」」」」

 その場にいた全員から総出でツッコミが入る。
 ただ一人、街灯の真下で慌ててパチパチと手を叩いていた三ノ塚(さんのづか) (ともえ)舞首(まいくび))に、隣りに立っていたフランチェスカ(雷獣(らいじゅう))が、首を横に振って告げた。

「ミス・三ノ塚、この場合、拍手は完全に無用です」

「え?そ、そうなんですか…?」

「はい。これは俗に言う『大事故』というやつです。それも壮絶な自爆事故かと」

「Hey そこ!Shut up(シャラップ)ネー!あと、その憐れな者を見るような視線もNo thank youヨー!」

 プンスカ怒るお助け無流仮面に、摩矢がいつもの無表情で言った。

「…結局、何がしたいの?リュカ」

「え?あの方は、りゅかさまなのですか!?

 沙槻が驚いたように摩矢を見る。
 それに、摩矢はこめかみを押さえながら、珍しく疲れたように言った。

「…いや、やっぱり答えなくていい。こっちにも()()()()がいた」

「よくわかりませんが…まやさま、ひどいです」

 抗議する沙槻を横目に、脱力した輪が尋ねる。

「あー…要するに味方でいいのか?アレ」

「不本意だけど」

 頷きながらそう答える摩矢。
 すると、街灯の上に立っていたお助け無流仮面が、不意に跳躍した。

「とうっ!」

 そのまま、鮮やかに一回転し、着地を決める。

「この『お助け無流仮面』の目が黒いうちは、無法者の好きにはさせないネー!」

「翻訳すると『支援に駆けつけた』ということです」

 両手をガッシリ組み合わせるフランチェスカ。
 そこから周囲にほとばしる電流の飛沫に、取り囲んでいた花嫁達が息を飲む。

「お、及ばずながら、私も…!」

 ガクガク震えながら、巴も気丈に(こん)を身構える。

「おさんかたとも…ありがとうございます」

 いずれも、先程まで「守護花嫁(ガーディアン・ブライド)」達と熾烈な戦いを繰り広げたばかりである。
 にも関わらず、自分達の窮地に駆け付けてくれた三人に、沙槻が感じ入ったように感謝の言葉を述べた。
 摩矢もそれに頷く。

「これだけ頭数があれば、何とかなる」

 そして、すぐ横に立つ輪へと視線を向けた。

「輪、ここは私達に任せて、美恋とステージへ向かって」

 それに輪と美恋が目を剥いた。

「おいおい、そりゃあ…」

「わ、私達だけで行くなんてできませんよ!」

「もう時間がないのです」

 躊躇う二人に、フランチェスカがそう告げた。

「ミス・二弐が告げた『二時間以内』というタイムリミットまで、残り14分26秒。ここからステージまでの距離を考慮すると、この中で一番足の速いミス・間車の移動速度でギリギリです」

 沙槻がそれに続く。

「『ぶーけ』がこちらにあるいじょう、とおのさまのみはあんぜんでしょうが、はんにんがべつのしゅだんにうったえるかもしれません。なれば、このなかのだれかが、いっこくもはやく、とおのさまのもとへかけつけるほうがよろしいとおもいます」

「巴、Youも一緒に行くネー」

 お助け無流仮面(リュカ)の言葉に、驚く巴。

「え?えっ!?私もですか!?

「Yes!ここは私達に任せて、二人のフォローをしてあげなサーイ」

「ミス・間車とミス・十乃は、例の映像データを見ていません。犯人の顔が分かる人間が同行するのは、万が一を考えると悪くない選択肢でしょう…ミス・リュカオンにしては良い判断です」

「OH!ミス・リュカオンじゃないネー!私は『お助け無流仮面』ヨー!?

 冷静に意見を述べるフランチェスカに、お助け無流仮面(リュカ)がそう抗議する。
 少し逡巡した後、巴は頷いて見せた。

「わ、分かりました!行きましょう、お二人共!」

 巴に促されると、輪と美恋は頷き合った。

「悪い!貸しにしといてくれ、摩矢っち!」

「皆さん、気を付けて…!」

 輪が美恋とそう言いながら背を向けると、花嫁達が一斉に気色ばむ。
 不意に現れた邪魔者を前に、包囲の輪が一層厚みを増していった。

「逃げる気!?
「させないわよ!最後の花束(ブーケ)は、絶対に手に入れるんだから!」
「あんた達、そこを退きなさい!」

 押し寄せる花嫁軍団を前に、摩矢、沙槻、フランチェスカ、お助け無流仮面(リュカ)の四人が毅然と立ち塞がる。

「もうしわけありませんが、ここからさきへはなんぴとたりともいかせません…!」

「ダメージ修復(リペア)、43%まで終了。対象(ターゲット)多数補足…『虚空の心臓(ファクーム・ヘルツ)』起動…戦闘を継続します」

「『其の流れに形無く。ただ(こと)()に刻まれしのみ(なり)』…Come on!『無流』の神髄、味わいたい奴から前に出るネー!」

 それぞれ臨戦態勢に入る三人。
 それに摩矢が続いた。

「皆、いくよ…!」

 かくして。
 「六月の花嫁大戦(ジューンブライド・ウォーズ)」最大にして最後の戦いがここに始まった…!

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「は、始まってしまったか」

 本部テント内。
 (つぶら)目目連(もくもくれん))が展開する妖力【万照冥眼(ばんしょうみょうがん)】が見せる映像を見ながら、秋羽(あきは)三尺坊(さんじゃくぼう))が呻くように言う。
 その視線の先では、空中に映し出された幾つもの映像のうち、摩矢達と花嫁軍団との乱戦の模様が映し出されていた。
 少数ながら、摩矢や沙槻達は押し寄せる花嫁達を何とか押し止めている。
 その場に駆け付けたい衝動を抑えながら、秋羽は圓に尋ねた。

「圓秘書官、犯人はまだ見付からないのですか?」

「…見付かりませんね」

 それに、圓が少し疲れた様に答える。

「園内にいる人間・妖怪は全て映像照合が済んでいるのですが…例の映像に映っていた女性の姿は全く見付けられません」

 “目目連”である圓が有する映像解析・処理能力は人知を超越するものだ。
 その彼女が「見付けられない」と言っている以上、犯人はこの会場に本当にいないということになる。

「くっ…どこだ?どこにいる?」

 秋羽が歯噛みする横で、圓は一つの映像に目を止めた。
 そして、心の中で呟く。

(犯人探しも重要ですが、私としては()()()が気になりますね…運が良ければ『あの時』の力の一端を目にする事が出来るかも知れません。日羅(ひら)戦士長には気付かれないよう、モニタリングを継続しましょう)

 その映像には、輪や圓と共に走り続ける美恋の姿が映し出されていた。 
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登場人物紹介

■十乃 巡(とおの めぐる)

 種族:人間

 性別:男性

 「妖しい、僕のまち」の舞台となる「降神町(おりがみちょう)」にある降神町役場勤務。

 主人公。

 特別な能力は無く、まったくの一般人。

 お人好しで、人畜無害な性格。

 また、多数の女性(主に人外)に想いを寄せられているが、一向に気付かない朴念仁。


イラスト作成∶魔人様

■黒塚 姫野(くろづか ひめの)

 種族:妖怪(鬼女)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 人間社会に順応しようとする妖怪をサポートする「特別住民支援課」の主任で、巡の上司。

 その正体は“安達ヶ原の鬼婆”こと“鬼女・黒塚”。

 文武両道の才媛で、常に冷静沈着なクールビューティ。

 おまけにパリコレモデルも顔負けの、ナイスバディを誇る。

 使用する妖力は【鬼偲喪刃(きしもじん)】


イラスト作成∶魔人様

■間車 輪(まぐるま りん)

 種族:妖怪(朧車)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 特別住民支援課保護班に所属(送迎・運転担当)。

 その正体は“朧車(おぼろぐるま)”

 姉御肌で気風が良い性格。

 本人は否定しているが、巡にほのかな好意を寄せている模様。

 常にトレードマークのキャップを被ったボーイッシュな女性。

 使用する妖力は【千輪走破(せんりんそうは)】


イラスト作成∶魔人様

■砲見 摩矢(つつみ まや)

 種族:妖怪(野鉄砲)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 特別住民支援課保護班に所属(保護担当)。

 その正体は“野鉄砲(のでっぽう)”。

 黒髪を無造作に結った、小柄で無口な少女。

 狙撃の達人でもある。

 自然をこよなく愛し、人工の街が少し苦手で夜型体質。

 あまり表面には出さないが、巡に対する好意のようなものが見え隠れすることも。

 使用する妖力は【暗夜蝙声(あんやへんせい)】


イラスト作成∶魔人様

■三池 宮美(みいけ みやみ)

 種族:妖怪(猫又)

 性別:女性(メス)

 降神町に住む妖怪(=特別市民)。

 正体は“猫又(ねこまた)”

特別住民支援課の人間社会適合プログラムの受講生の一人。

 猫ゆえに好奇心は旺盛だが、サボり魔で、惚れっぽく飽きっぽい気まぐれな性格。

 使用する妖力は【燦燦七猫姿(さんさんななびょうし)】 


イラスト作成∶きゃらふとを使用

■妃道 軌(ひどう わだち)

種族:妖怪(片輪車)

性別:女性

 走り屋達が開催する私設レース“スネークバイト”における無敗の女王。

 正体は“片輪車(かたわぐるま)”

 粗暴な口調とレースの対戦相手をおちょくる態度で誤解を生み易いが、元来面倒見が良く、情が深い。

 使用する妖力は【炎情軌道(えんじょうきどう)】


※「片輪車」の呼び名は、資料に忠実な呼び名を採用しており、作者に差別的な意図はございません。


イラスト作成∶Picrewを使用

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