【七十三丁目】「ああああああ~!!どうしよう!どうしたら!どうする時!!」
文字数 6,073文字
僕…
最近はすっかり僕達専用の作戦会議室と化した
室内には、僕の他に
そして、今日はもう一人。
「ほ、本当だよ!
息を切らしてそう訴える釘宮くん。
釘宮くんの話では、最近姿を見せなくなった飛叢さん(
室内のテーブルには「悪い。少し留守にする」という書き置きだけが残っていたという。
最近、妙に口数も少なくなり、一人で考え事していることが多かったので、何となく気になってはいたのだが…
それがこんなタイミングで起ころうとは。
「これは…やはり、
二人
に何かあったということでしょうね」考え込む沙牧さん。
彼女は今「二人」と言った。
そう。
実は飛叢さんと同様に消息を絶った
それは鉤野さんだ。
彼女の下にいた柏宮さんがここに居るのは、実はそれが理由だった。
数日前、鉤野さんに突然「長期出張に行くことになった。しばらく留守を任せる」と告げられた彼女は、詳細も告げず出立した鉤野さんを心配していた。
そして、その後全く音信が途絶えた鉤野さんの身を案じ、僕達に相談に訪れたのだった。
「そんな…社長に続いて、飛叢さんまで…」
不安そうに頭を抱える柏宮さん。
それに三池さんが真剣な顔で頷く。
「これはもう、やっぱり
アレ
しかないわね」「
アレ
って?」釘宮くんが首を傾げると、三池さんは拳を握りしめて立ち上がった。
「ズバリ“駆け落ち”よ」
…は?
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ドン…!
誰も居ない夕暮れのオフィス。
壁に腕を突いた飛叢は、壁際に追い詰められ、脅えたように身を
「…いつまでこのままなんだ、俺達」
飛叢は鉤野を真っ直ぐに見詰めていた。
普段見られない悲哀のこもった目と声が、鉤野の胸を締め付ける。
その視線から逃れるように、彼女は僅かに顔を逸らした。
「止めてくださいまし。お願いだから、もう
誰もいないことは分かっていたが、鉤野は聞かれるのを恐れるように、小さな声で告げる。
「これは会社の為に必要なこと。それに今が大事な時であることは、貴方も分かってくださっていたはずですわ」
「ああ。だから、今まで我慢してきた」
飛叢の視線は揺るがない。
鉤野はそれに捕らわれることを恐れるように、顔を逸らしたままだ。
飛叢の声に熱がこもる。
「けど、それももう限界だ…今週だって、こうして二人きりで会える時間がどれだけあったと思ってんだ?」
「し、仕方がないではありませんか。私には『
「本当か?あの
その言葉に、鉤野が目を見開き、ハッとなって顔を上げる。
「違いますわ!私は貴方のことが……っ!!」
そして、彼女は後悔した。
飛叢とまともに視線が合う。
日頃荒々しい言動が多い彼の眼には、
それを目にした瞬間、鉤野の胸が締め付けられるようにキュンと鳴る。
「許さねぇ」
飛叢の手が、そっと鉤野の顎に添えられる。
そのまま、身動きできない鉤野の顎がくいっと持ち上げられた。
飛叢が顔が近付いてくる。
「いや…だ、駄目、ですわっ…」
そうは言うものの、鉤野は飛叢から目を離すことが出来ない。
か弱い抵抗の声は上げるものの、身体も動かなかった。
飛叢が更に熱く、囁くように続ける。
「お前は俺のもんだ。他の野郎なんかには…絶対に渡さねぇぞ」
「あ…ああ…」
「だから、俺について来い。嫌だと言っても…このまま
燃えるような夕日に照らされた二人の影が重なった。
鉤野の頬を、涙がひと筋伝い落ちる。
それは
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「そ、それから!?それからどうなるのっ!?」
興奮した柏宮さんが鼻息荒く尋ねると、三池さんは自分の身を抱きしめ、ウットリと言った。
「そして、二人は北へ向かうの。途中、方々から追跡を受けたり、時には離れ離れになりながら、旅を続けるのよ。そして最後には、誰も知られない楽園の島に辿り着き、そこで結ばれるの…!」
「きゃあああああ☆イイっ♥!それイイよ、みやみ-♥!」
「でしょ?でしょ?すごく絵になるし、ロマンチックでしょ♥!?」
ツッコミどころ満載の妄想に、きゃあきゃあ騒ぐ「恋ボケ女子二人」
…そもそも「北」に向かった先に「楽園の島」って、一体どんな北方領土やねん。
ってゆーか、実は割と余裕があるんだな、柏宮さん…
「ほ、本当に駆け落ちしちゃったのかな、二人とも」
持ち前の純真さで三池さんの話を信じてしまったのか、釘宮くんが少し赤くなりながらあたふたする。
「あの空飛ぶ
一方、清楚な仕草でお茶を
「まあ、
そして、相変わらずの親友の評価である。
僕は咳払いをした。
「冗談はともかく、二人がほぼ同時に姿を消したことには、何か関連があるのは間違いないですよ。更に言えば『K.a.I』絡みであるのはまず間違いないでしょうし、タイミングといい、やはり例の“プロジェクト・
「それについて、一つ確証のある情報を『K.a.I』のサーバー内で見つけたでござる」
最近はもっぱら「K.a.I」のサーバー監視に徹していた余さんが、ノートPCの画面を全員に見せながら続けた。
「これはつい先日、連中のサーバーを覗いていた際に見つけたものでござる」
…
……
………
「“あなたのお好みの女の子と簡単に出会えます。いますぐお電話を♥”…って、あるね」
画面上に表示された情報を、釘宮くんが忠実に読み上げる。
そして、不思議そうに、
「ねぇ、このお姉さん、何でこんなに薄着なの…?」
ざぁりっ!ばりばりっ…!
ぎゅっ…!ぐいいいいいいいっ!
「…し、失礼…間違えたでござる…」
顔面には三池さんの爪痕。
喉元には柏宮さんのマフラーによる締め付け痕。
その双方を付けたまま、
程なくして、画面に一覧表みたいなものが表示された。
「これは…何かの名簿ですか?」
「左様。ここの所にあるタイトルを見て欲しいでござる」
僕は名簿のタイトルに目を見張った。
「“プロジェクト・
「…察するに、どうやら“プロジェクト・
画面を見ながら、思案していた沙牧さんが目を細める。
「…あら、いやだ。いま話題になっていた木綿男の名前がありますよ」
「ええっ!?」
僕は慌てて名簿を見た。
た、確かに飛叢さんの名前がある…!
「ね、ねぇ!これ!ここ見てよ!」
三池さんが指差す部分には「同行者:鉤野顧問」という明記もあった。
これは…どうなってるんだ!?
「しゃ、社長が“プロジェクト・
余さんの首を締め上げんばかりに詰め寄る柏宮さん。
「そ、
「ああ、社長…一体何をお考えになって、こんな怪しげな計画に…」
頭を抱え込んでしまう柏宮さんに、僕は慌てて言った。
「落ち着いてください、柏宮さん。鉤野さんだけならともかく、飛叢さんも一緒なんですから、そうそう大事には…」
そこまで言いかけ、僕は笑顔のまま、冷や汗を流す。
そして、小声で、
「…なるかも知んないですね。あの二人なら」
「なりますね」
「なると思う」
「さもありなん」
沙牧さん、三池さん、余さんがそう追従すると、柏宮さんが更に頭を抱えて絶叫した。
「ああああああ~!!どうしよう!どうしたら!どうする時!!」
「し、しっかりして、柏宮姉ちゃん!マフラーで余兄ちゃんの首を絞めても、どうにもならないよ!?」
不意を突かれて絞殺されかかる余さんから、慌てて柏宮さんを引き剥がす釘宮くん。
あやうく死にかけた余さんは、チアノーゼ状態から回復すると、切り出した。
「と、とにかく!こうなった以上、二人の居場所を特定し、もしもの場合に備える必要があるでござる」
「それはそうですが…でも、二人がどこに行ったのかすら分からないんじゃあ…」
「社長はパスポートをお持ちなっておられませんでしたから、国内に居るのは間違いないと思います」
ひとまず落ち着きを取り戻した柏宮さんが、溜息を吐く僕にそう告げる。
それを聞くと、三池さんは顎に手を当てた。
「じゃあ、二人はやっぱり北へ…?」
「それも根拠がないでしょ!」
三池さんにツッコミつつ、僕は指を折って考える。
「まず、『K.a.I』絡みであること。そして、今見た二人の名前が一緒に掲載された名簿、それが“プロジェクト・
「“プロジェクト・MAHOROマホロ”の
この島
に行った…と考えるのが、まず自然でしょうね」沙牧さんが頷いて先を引き継ぐ。
「この名簿のタイトルにある『テストプレイヤー』という言葉から推測するに『
室内に沈黙が下りる。
未だにその全容が分からない“プロジェクト・
先日見た島内のCG処理された風景と「妖怪移住計画」というキーワード。
それが妖怪にどんな形で関わり、影響を及ぼすことになるのかが、僕達にはまだ掴めていない。
「そうなると、問題はこの島がどこにあるかでござるな。方々も知っての通り、現段階では『K.a.I』のサーバーからは、この島に関する位置情報は覗けていないでござるが…」
「それはアンタの集中力が足りないせいでしょ!何とかしなさいよ」
三池さんの指摘通り、余さんの妖力【
「簡単に言ってくれるでござるな」
余さんは肩を竦めた。
そして、画面に移る島を指でトントンと叩く。
「反論させてもらえば、某の妖力はもともと100%確実に成功する保証はないでござる。それに、現状ではこの島の位置データ自体が『K.a.I』サーバー内にあるという確証すらないのでござる。まあ、このまま延々と時間をかけて覗き続けていてもいいでござるが、仮に最初からサーバー内に島の位置情報そのものが無かった場合、無為に時間を浪費して終わるでござるよ」
そして、眼鏡をクイッと押し上げて、画面を見る。
「…最悪、それが分かった時には、全てが
手遅れ
になっている可能性だってあるでござる」「せめて、サーバーの中に情報があるか無いかだけでも分からないの?」
釘宮くんの質問に、余さんは苦笑した。
「【
「そんな…じゃあ、僕達には何も出来ないってことですか!?」
僕は思わず声を上げた。
二人を支援しようにも、その居場所が分からない以上、ここから動く術がない。
その時だった。
「…私がやってみます」
柏宮さんが立ち上がる。
全員の視線が集まる中、柏宮さんは首に巻いたマフラーを手にした。
「私の妖力なら、もしかしたら、社長の足取りを追う事が出来るかも…」
「そうか!柏宮殿の【
余さんが手を打って立ち上がる。
柏宮さん…“機尋”は、家を出たまま帰らぬ夫を待つ妻の恨みや執念が、その織った
その伝承通り、彼女の持つ妖力【執縛蛇帯】は、彼女の編んだ布類を疑似生命体の蛇に変え、標的を追尾・捕縛させることが出来る力を持っている。
僕も、彼女の放つ蛇帯の執念深さは知っていた。
セミナー受講時代、二股が発覚した彼氏の所在を柏宮さんの蛇帯が追尾。
遠く九州で浮気相手と旅行中だった彼氏を見事捕縛したという伝説は、聞くも恐ろしい実話である。
「そうなると…あとは足の確保ですね」
沙牧さんが続ける。
「島まで行くには、空路か海路を行くことになるでしょう。まあ、飛行機で空から乗り込むのは目立つでしょうし、ここは船一択でしょうね」
「それについては、某にツテがあるでござる」
余さんがそう名乗り出た。
僕は尋ねた。
「お知り合いに船を持っている人がいるんですか?」
余さんは頷き、
「船どころか、
金も持っていそうな御仁
でござるよ」そう言うと、例の悪代官のような笑みを浮かべる余さん。
「
新作映像
の編集も終わったところでござるから、丁度良かったでござる。デュフフフフフ…」………また、
いや、自業自得って奴だろうか。
「では、早速各自で準備に取り掛かりましょう。いま言ったように、柏宮さんは二人の位置情報の割り出しを、余さんは足の確保をお願いします」
「分かりました」
「承知でござる」
僕の言葉に、柏宮さんと余さんが二人が頷く。
「釘宮くんと三池さんは、僕と渡航の準備を頼むよ。色々と物入りになるかも知れないからね」
「うん!分かったよ!」
「まーかせて!」
しっかりと頷く釘宮くんと腕まくりをする三池さん。
「沙牧さんは…」
「私は独自で準備したい事があります。よろしいかしら?」
「は、はあ…」
そう言うと、沙牧さんはいつもの清楚な笑顔を浮かべ、言った。
「では、皆で友人甲斐のないあんぽんたん共をとっちめに参りましょう」