【三十五丁目】「貴様、面白いな」

文字数 2,421文字

 黒い軍服・軍帽を身に付けた六体の貌の無い死霊“七人ミサキ”の一団が、僕…十乃(とおの) (めぐる)を取り囲む。
 完全に包囲されてしまったため、最早完全に逃げるすべはない。
 だが、仕事柄こんな状況は過去に何度かあった。

 器物の小妖怪“猪口暮露(ちょくぼろん)”の一団を説得しに行った時は、爪楊枝みたいな尺八で合奏され、高周波攻撃を受けた。
 あの時は頭が割れるかと思った。

 凶暴な性格の“ノウマ”に行政執行で出向いた時は、相手が怒り、追い掛け回された揚句、危うく頭から(かじ)られるところだった。
 あの時は、間車(まぐるま)さん(朧車(おぼろぐるま))が駆けつけるのが遅かったら、命は無かったかも知れない。

 他にも、似たような状況を枚挙すればいくらでもある。
 僕みたいな、特別住民(ようかい)に関わる仕事している職員(にんげん)には、そう珍しくない日常なのだ。
 そもそも、彼ら妖怪はいずれも人間を超越した能力を持っている。
 本来、人間である僕達には立ち向かう方法はないのだ。
 だが、それでは仕事にもならない。
 だから、僕の様な何の力も持たない人間の職員は、とっておきの装備が与えられていた。

「我がここに在るのは、上意也(じょういなり)!」

 僕は背広の内ポケットから取り出したものを、高く掲げた。
 それは小型の絵馬のような形をしており、表面には何やら古い文字が書かれ、複雑な形をした朱印が押された木片だった。
 この木片、名前を「天霊決裁(てんりょうけっさい)」という。
 特別住民支援課に配属された時に役場から支給された備品で、僕のような人間の職員にしか扱えない装備である。
 この木片には、ある高位の神霊…即ち「神様」による勅令文(ちょくれいぶん)と、その神霊の意思を伝える朱印が決裁印として押されているという。
 何でも、この勅令文は妖怪や怨霊といった怪異達に向けて「おう、お前ら、コイツの言う事聞けよ?聞かなかったらどうなるか分かってんだろうな、あぁーん!?」(間車さん:訳)というメッセージを発する効果がある。
 つまり「水戸黄門の印籠(いんろう)」と同じような効果があり、これのおかげで僕達の様な非力な人間でも、妖怪達は下手に危害を加えることが出来なくなるという訳である。

「むっ!?

 エルフリーデさんとはじめとす「SPTENTORION(セプテントリオン)」の無貌達が動きを止める。
 妖怪ではないものの、伝承に名を残す死霊軍団“七人ミサキ”にも効果はあったようだ。

「この凄まじい霊圧(プレッシャー)…そうか、聞いたことがあるぞ。それが『天霊決裁』か…!」

 僕を睨みつけながら、そう呟くエルフリーデさん。

「すみません。個人的にはあまりこれには頼りたくないんですが、貴女達はこうでもしないと話もできなさそうなんで」

「謝る必要はないだろ、まったく」

 間車さんが、口を尖らせる。

「こいつらが連続失踪の犯人なのは間違いないんだし。とっとと口を割らせて、警察に突き出しゃいいんだよ」

「それはそうですが…この人達には何か理由があるのかも知れません。人間を(さら)うのは犯罪ですが、結果、開放しているのは辻褄(つじつま)が合わないですし」

 そう。
 誘拐して家族を脅すでもなく、人質を殺害するのでもなく、彼らは一定期間をおいて、ただ開放している。
 その行為に何の意味があるのだろう。

「僕達、特別市民支援課は、特別住民(ようかい)と人間の共存を守るための仕事をしています」

 僕はエルフリーデさんを真っ直ぐに見つめ、語りかけた。

「死霊とはいえ、貴方達も特別住民(ようかい)に連なる存在です。だから、僕達は貴女達の力になりたいんです」

 翡翠の瞳が見開かれる。
 僕は続けた。

「話してくれませんか?何故、こんなことをしているのか。そして、僕達に力になれることがあるなら、ぜひ相談して欲しいんです」

「…」

 エルフリーデさんは、無言で僕を見つめ返している。
 そして、不意に微笑した。

「貴様、面白いな」

「えっ?」

「気に入ったぞ」

 それまで不動だったエルフリーデさんが、不意にその手にある馬上鞭を振るった。
 鞭は一瞬で長さを増し、僕の身体に巻きついて自由を奪う。

「うわっ!」

「巡!?

「おっと、動くな妖怪(ゲシュペンスト)。動けば、この男の身体が八つ裂きになるぞ」

 咄嗟(とっさ)に反応した間車さんを、エルフリーデさんが牽制(けんせい)する。
 間車さんは、動きを止めると悔しげに歯を剥き出しにした。

「何で動けるんだ、テメェ!」

「『天霊決裁』か?まぁ、簡単な話だ」

 ニヤリとエルフリーデさんが笑う。

「確かに『天霊決裁(そいつ)』の効果は絶大だ。だが、その決裁はこの国の神霊のものだろう?異国の出で、異なる信仰を持つ私には、いささか効果が落ちているのだろうな」

 …そんなんアリか!?
 間車さんがエルフリーデさんを睨みつける。

「巡をどうするつもりだ!?

「どうするか、か…そうだな」

 グイッと鞭を引くエルフリーデさん。
 大した力を込めた風ではなかったが、僕の身体はコマのように回り、鞭ごと引き戻された。
 一瞬後には、エルフリーデさんの腕に抱きかかえられるように捕まってしまう僕。
 その拍子に、手にしていた天霊決裁を落としてしまう。

「巡っ!」

 追い掛けようとして踏み止まる間車さん。
 先程より悪い状況に、間車さんにも成すすべがなかった。

「ふう…効き目が落ちていたとはいえ、なかなか(こた)えたぞ」

 額を(ぬぐ)いながら、動けない僕を見降ろすエルフリーデさん。
 そして、氷の様な微笑を口元に湛える。
 美人の腕に抱えられるというのは、男なら本来喜ぶべきシチュエーションなのだろう。
 だが、伝承に恐怖を刻む“七人ミサキ”が相手では、肝が冷えるだけだ。
 鞭で捕縛されているので、親指を隠すまじないで姿を眩ましても、もはや逃げようがない。

「…僕を、どうする気ですか…?」

 情けないが、声が震える。
 言うまでもなく、生殺与奪の権利は、彼女の手の中にある。
 エルフリーデさんは、その様を楽しむように告げた。

「そうだな…とりあえず、先程の偉そうな口上が二度と叩けぬよう…」

 エルフリーデさんが、艶めかしく唇を舐めた。

()り殺して、永遠に私の(モノ)にしてやろうか」

 そして、そのまま。
 彼女は僕の唇を奪った。
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登場人物紹介

■十乃 巡(とおの めぐる)

 種族:人間

 性別:男性

 「妖しい、僕のまち」の舞台となる「降神町(おりがみちょう)」にある降神町役場勤務。

 主人公。

 特別な能力は無く、まったくの一般人。

 お人好しで、人畜無害な性格。

 また、多数の女性(主に人外)に想いを寄せられているが、一向に気付かない朴念仁。


イラスト作成∶魔人様

■黒塚 姫野(くろづか ひめの)

 種族:妖怪(鬼女)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 人間社会に順応しようとする妖怪をサポートする「特別住民支援課」の主任で、巡の上司。

 その正体は“安達ヶ原の鬼婆”こと“鬼女・黒塚”。

 文武両道の才媛で、常に冷静沈着なクールビューティ。

 おまけにパリコレモデルも顔負けの、ナイスバディを誇る。

 使用する妖力は【鬼偲喪刃(きしもじん)】


イラスト作成∶魔人様

■間車 輪(まぐるま りん)

 種族:妖怪(朧車)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 特別住民支援課保護班に所属(送迎・運転担当)。

 その正体は“朧車(おぼろぐるま)”

 姉御肌で気風が良い性格。

 本人は否定しているが、巡にほのかな好意を寄せている模様。

 常にトレードマークのキャップを被ったボーイッシュな女性。

 使用する妖力は【千輪走破(せんりんそうは)】


イラスト作成∶魔人様

■砲見 摩矢(つつみ まや)

 種族:妖怪(野鉄砲)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 特別住民支援課保護班に所属(保護担当)。

 その正体は“野鉄砲(のでっぽう)”。

 黒髪を無造作に結った、小柄で無口な少女。

 狙撃の達人でもある。

 自然をこよなく愛し、人工の街が少し苦手で夜型体質。

 あまり表面には出さないが、巡に対する好意のようなものが見え隠れすることも。

 使用する妖力は【暗夜蝙声(あんやへんせい)】


イラスト作成∶魔人様

■三池 宮美(みいけ みやみ)

 種族:妖怪(猫又)

 性別:女性(メス)

 降神町に住む妖怪(=特別市民)。

 正体は“猫又(ねこまた)”

特別住民支援課の人間社会適合プログラムの受講生の一人。

 猫ゆえに好奇心は旺盛だが、サボり魔で、惚れっぽく飽きっぽい気まぐれな性格。

 使用する妖力は【燦燦七猫姿(さんさんななびょうし)】 


イラスト作成∶きゃらふとを使用

■妃道 軌(ひどう わだち)

種族:妖怪(片輪車)

性別:女性

 走り屋達が開催する私設レース“スネークバイト”における無敗の女王。

 正体は“片輪車(かたわぐるま)”

 粗暴な口調とレースの対戦相手をおちょくる態度で誤解を生み易いが、元来面倒見が良く、情が深い。

 使用する妖力は【炎情軌道(えんじょうきどう)】


※「片輪車」の呼び名は、資料に忠実な呼び名を採用しており、作者に差別的な意図はございません。


イラスト作成∶Picrewを使用

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