【百二丁目】「とりあえず、歯ァ食いしばれ…!」
文字数 3,801文字
「天高く駒肥ゆる秋」とはよく言ったもので、ここ最近は青空が広がり、心も晴れやかになる。
秋は、吹き抜ける風が心地よいものになり、木々の葉も色づき始め、夕陽が美しい時期だ。
そして、僕…
そんな秋晴れの空に恵まれた、僕達、
対象は、男女合わせて30人程の役場に配属になって二年以内の新人職員(
当然、二年目の僕や腐れ縁の悪友、
今回の研修では、法律や接遇、集団行動などを重点的に学ぶことになっている。
それ以上の詳細は不明だが、気心の知れた年若い職員同士、通常業務を離れての庁外研修という事もあり、行きのバスの中は早くも盛り上がっていた。
「…よーし。じゃあ準備は良いな?」
移動中のバス座席後部。
男の職員のみがひっそりと集まり、顔を突き合わせていた。
座の中心に居るのは、同期の中でも取りまとめ役になっている雄二である。
その雄二が手にした細長い紙のクジを、居並ぶ男性一同が神妙な顔で見詰めていた。
そして、雄二が一人ずつクジを引かせる。
僕も何だか無理矢理引かされた。
「全員行き渡ったな?じゃあ、いっせいーの…」
「せっ!」の掛け声で、全員がクジの端を確認する。
その瞬間、
「だあああああっ!くそっ!ハズレたーっ!」
「んだよ、もぉぉぉぉっ!」
多数の男性職員から絶望の声が上がる中、
「ぃよおおおおおおおしッ!きたッきたぁぁぁぁぁッ!」」
雄二が心底嬉しそうに快哉を上げる。
居並ぶ男達から、羨望の視線が注がれる中、雄二は「2」と書かれたクジを握り締め、強敵を倒した後、リング上でコーナーポストに駆け上がったボクサーの様に両手を掲げた。
説明せねばなるまい。
先程から男性一同が白熱しているこのクジ、実は研修中の「班分け」を決めるのものである。
たかが班分け…なのだが、大の男が血眼になっているのは理由がある。
それは、沙槻さんの存在だった。
「役場内で恋人にしたい女性職員ナンバーワン」であり「今世紀最強・最後の大和撫子」「リアル
今回の研修に彼女が参加すると決まり、同期の男性陣はもとより、前年の参加者からも志願者が現れたというから、もはや滅茶苦茶な人気ぶりだ。
一部の男性職員からは、毎年研修を企画している人事に対し、脅迫やクレームめいた意見も出たというのだから、本当に恐ろしい。
と、ここまで言えばご理解いただけたと思うが、この悲喜こもごもの状況は、彼女と同じ班になれたか否かの結果なのである。
一同の反応から、どうやら沙槻さんは「二班」に振り分けられたようだ。
それに雄二は見事に同じ班に割り振られたようである。
「くっそー、七森に行ったのかよ!」
「お前、細工したんじゃないだろうな!?」
ブーイングの中、雄二は親指を下に向け、
「カッカッカッ…バーカ、そんな訳ないだろ。クジは別の奴が作ったんだしよ。ま、これも『日頃の行い』ってヤツよ。悪いね、諸君!」
「うるせー」「引っ込め、空手バカ」と、男性職員一同から丸めた紙クジを投げつけられる雄二。
それを勝者の余裕で受け止めていた雄二は、ふと何かに気付いたように、僕に尋ねた。
「そういやぁ、巡、お前は何番だった?」
こっそりその場を離れようとしていた僕は、ビクッと背中を震わせた。
その様子に、居並ぶ男性陣(雄二ですら)の視線が剣呑なものに変わる。
ズカスカと進んできた雄二が、(表面上は)にこやかに僕の肩を掴んだ。
「十乃君、どこに行く気だい?」
「………………少し、
「…バスの走行中に…?」
「…」
「とりあえず、答えてごらん?何番だった?」
「……黙秘します」
肩を掴む雄二の手に、力が込められる。
あっ、痛い。
地味に痛いんだけど。
「お前に黙秘権はない」
遂に真顔になった雄二の口調が、うって変わって低くなる。
「言え。もしくは引いたクジを寄越せ」
瞬間。
クジを丸めて口に中に放り込み、飲み込もうとした僕に、男性陣一同が群がった。
「させるかコイツ!吐け!」
「喉を押えろ!
「ふざけやがって!往生際が悪いんだよ!」
もみくちゃにされ、強引に口に中からクジを取り出される僕。
男性陣が一斉にクジを奪取した雄二の手に注目する。
「…2だ…」
「ウソだろ」
「コノヤロウ…どこまでリア充を地で行けば…」
「ゴゴゴゴゴゴ…!!」という文字を背景に、殺気に満ちた目で僕を見る男性一同。
あわわわ…こうなるから、一人静かに立ち去ろうとしたのに…!
と、そこへ雄二が分け入った。
「待て、皆。落ち着けよ。これは正真正銘、運による結果だ。気持ちは分かるが、コイツをいたぶっても仕方が無いだろ?」
雄二の言葉に、顔を見合わせた後、男性職員達は渋々頷いた。
「そりゃあ…まあ…」
「元々『正々堂々、どんな結果になってもお互い恨みっこなし』って趣旨だったしな」
「だろ?まあ、確かに
そう言うと、雄二は拳をグッと握り締めた。
「安心しろ。その代わりと言っちゃあ何だが、
おお、と声を上げる男性陣。
「よし!いいだろう。ここは七森に任せるぜ!なあ、いいだろ、皆…!」
「おう!頼むぜ、七森!よーく見張っといてくれよ!」
「命拾いしたな、十乃!七森に感謝しろよ!?」
何故か、散々な言われようの僕。
一方で、雄二は何人かの男性職員達と固く握手を交わす。
同時に、雄二がこっそりと僕に目配せをしてきた。
ううむ。
何となく釈然としないが、ここは雄二の機転に感謝するしかないか…
何せ、普段でも美女・美少女に取り囲まれている僕に対し、同性職員達からのやっかみは激しい。
加えて、この前に行われた「
そんなこんなワイワイやっていると…
「とおのさま」
鈴の様な声と共に、沙槻さんが傍に寄って来た。
今日も
渦中のアイドルの突然の登場に、場が静まり返った。
僕は、少し慌てながら、
「さ、沙槻さん、どうしたの?何か用かな…?」
僕がそう問い返すと、沙槻さんは花の様に微笑みながら、言った。
「はい。ほかのかたから、こちらでだんせいのみなさまが『はん』をきめるそうだんをされているとうかがいまして」
そこで、沙槻さんは少し心配そうに僕を見上げた。
「とおのさまは、もう『はん』はきまったのですか?」
「あ、ああ、うん…えっと、二班かな…一応」
すると、沙槻さんは、ぱあっと明るい表情になり、僕の手を取った。
「ほんとうですか!?では、わたしといっしょの『はん』なのですね?」
「う、うん…」
この背後から感じる殺気の渦は、決して気のせいではないだろう。
はっきり言って、振り向くのが怖い。
そんな僕の気も知らずに、沙槻さんは子どものようにはしゃいでいる。
その時だった。
カーブに差し掛かったのか、不意にバスが大きく揺れる。
「きゃっ」
「あ、危ない!」
無邪気にはしゃいでいた沙槻さんがバランスを崩し、倒れそうになる。
それを僕が慌てて抱き止めた。
ふんわりと。
香木の香りが焚きこまれた白衣が、鼻を刺激する。
とても、いい香りだ。
初めて触れる沙槻さんの身体は“
「す、すみません、とおのさま」
僕の腕の中で、抱き止められた形となった沙槻さんが、頬を染めながら、見上げてくる。
くっ…!
これは…何という破壊力だ…!
心臓が早鐘のようになるのを意識しながら、僕は慌てて彼女を引き剥がした。
「だ、大丈夫?怪我はない?」
「はい…とおのさまが、しっかりとだきとめてくださいましたから…」
恥じらいつつ、少し名残惜しそうに僕を見詰めてくる沙槻さん。
何というか…役場の男性陣が騒ぎ立てるのもむべなるかな。
荒事で霊力をふるう凛々しい彼女と、普段の少しうっかり屋さんな彼女のギャップがまた…
「こたびの『けんしゅう』でも、いっしょの『はん』になれて、うれしくおもいます…とおのさま、ふつつかものですが、どうかこんごもすえながくよろしくおねがいします」
「はあ…こちらこそ」
丁寧にお辞儀をする沙槻さんに、思わず応じてしまう僕。
静々と立ち去る沙槻さんを見送ってから、僕は自分の置かれた状況を思い出した。
「巡ゥ…」
そんな低い声と共に肩に置かれた手が、やけに重く感じる。
振り向きたくはないが、チラリと後ろを振り向くと、そこにはこめかみをひくつかせた雄二と男性陣の姿が見えた。
雄二がボキボキと指を鳴らす。
「とりあえず、歯ァ食いしばれ…!」
その後。
嫉妬に狂った男達による熾烈な