【九十七丁目】「「何ですとぉぉぉっ!?」」
文字数 6,244文字
「
モニター内で起きた異常に、
画面の中では、
そして、秋羽の目は、妃道が放った【
そのモニターをチラリと見ながら、傍らの
「ようやく
「
思わず振り返る秋羽に、圓が頷く。
「ええ。彼女は『三ノ塚
「変性!?『二の首』…!?」
「
唐突にそう切り出すと圓。
それに、秋羽は頷いた。
怨霊“舞首”の伝承は、その血生臭さと深い業で知られている。
昔「
反目し合う三人の怒りは次第にエスカレートし、遂に争いは刃傷沙汰になる。
そして、それぞれの首を刀で切り落とすという結末を迎えた。
しかし、三人の首は死してなお争い続け、憎しみの炎を吐き散らしながら、海上を争いながら舞い飛んだという。
圓は映像チェックに意識を戻しつつ、続けた。
「彼女…三ノ塚さんは“舞首”の逸話になぞらえて、その身に三つの異なる
「三つの異なる個性…つまり、人間でいう『多重人格者』ということですか?」
「それよりもっと複雑です。彼女達はお互いに独立した人格を持ちながら、趣味・嗜好や行動原理は全くの別人です。そこまでは『多重人格』といっていいのでしょうが、彼女達には『
そこまで言うと、圓は溜息を吐いた。
「もっとも、一番多く表に出ている『巴』さんは、自分の妖力の使い方をよく分かっていないようで、意識を失ったりするなどしないと、他の二人にバトンタッチできないようです」
圓はそこで幾分声を落とした。
「それと“三の首”である人物の詳細は、我々も未だ確認できておりません」
秋羽は、先程の圓の言葉を思い出していた。
確か、圓はこう言っていた筈だ。
「
つまり、巴が意識を失い、別の存在である「翔燃」が出ることを予測しての発言だったのだ。
「いずれにしろ、
圓の言葉に、秋羽はモニターに目を戻した。
「『複合同時存在』“舞首”…ここからが本気という訳か」
------------------------------------------------------------------------------------------------------
「いくぜ!」
その声と共に、翔燃が棍を構えたまま突進する。
妃道との間にはそれなりの距離があったが、翔燃は矢の如く駆け抜け、一瞬で間合いを詰めようとした。
「!」
それを察知し、素早くバイクをターンさせる妃道。
至近距離では【炎情軌道】の発動は難しい。
何故なら【炎上軌道】は妃道が乗る乗り物の走行エネルギーを炎に変換する妖力だ。
なので、どうしても走行するための、一定の距離が必要になる。
「逃がすかよ!」
妃道の背に追いすがる翔燃へ、バイクの後輪から後方へ放たれた炎弾が迫る。
「チッ!」
翔燃は舌打ちしながら、機敏な動きでそれをかわした。
その間に距離を取った妃道が、再度反転し、ウィリー状態になる。
「誰だか知らないが、燃え尽きちまいな!」
炎に包まれたバイクの後輪から、再度炎弾が放たれた。
それに対し、翔燃は避ける代わりに大きく息を吸い込む。
そして、思い切り口を開けた。
「ファイアー!!」
ゴオオオオオオオッ!!
瞬間、翔燃の口腔から物凄い火炎が吐き出される。
文字通りの
それを見た妃道が目を剥く。
「ドラゴンかい、あいつは…!?」
「はっはぁ、驚いたか!火を使えるのはあんただけじゃねぇんだよ…!」
そう言いながら、翔燃は棍を勢いよく回転させる。
そこに突っ込む妃道のバイク。
ウィリー状態のまま、炎の軌道で大地に焼き尽くしつつ加速する。
「図に乗るんじゃないよ、ドラゴン女!今度は本気でいくよ!」
妃道のバイクが、最大の咆哮を上げた。
「こいつがフルスロットルだ!」
妃道の掛け声と同時に、無数の炎弾が放たれる。
その全てが翔燃へと向かった。
炎弾は、いずれも凄まじい熱量を放っていた。
離れた位置にいる翔燃自身が、熱を感じるほどだ。
だが、それに翔燃が不敵に笑う。
「へへっ、上等!」
棍を一閃し、腰を落として身構える翔燃。
そして、再び大きく息を吸い込む。
「ファイアー!!」
再度放たれる
その真芯を突くように、翔燃は棍を突き出した。
「いっけぇ!!」
突き出された棍に節が生じ、瞬時に
それはいかなる技なのか。
三節棍は吐き出された
「そうら、よっと…!」
翔燃は炎の鞭と化した三節棍を投げ縄のように頭上で振り回すと、何と迫り来る炎弾の一つへと叩きつけた。
炎の三節棍に弾き返された炎弾は、別の炎弾に衝突。
そのまま別の炎弾が全く別の炎弾へと衝突していく。
そうして炎のビリヤードと化した無数の炎弾の一つが、妃道のバイクへと肉薄した。
慌てて首を竦め、直撃を避ける妃道。
炎弾は、
派手に上がる爆炎に、妃道が吐き捨てるように言った。
「あのドラゴン女、何て真似を…!」
「はっはぁ!自分の炎で燃え尽きちまえ!」
炎弾の着弾により、あちこちで炎の柱が噴き上がる庭園の中、翔燃が炎の三節棍を振り回しながら哄笑する。
しかし。
不意に翔燃は頭痛を押さえるように、頭を抱えて苦しみだした。
「…チッ!また、いつもの
苦虫を噛み潰したように、不機嫌な表情でそう呟く翔燃。
同時に、その赤髪が先端から徐々に黒く変色し、長く伸びていく。
それに伴い、翔燃自身の身長や体つきも変化を見せた。
「ええい、クソったれ!あと一歩だったのによ!」
絶叫する翔燃。
そして、手にした三節棍の炎が消失すると、一瞬後には「翔燃」の姿は再び「巴」へと変化していた。
「…はれれ?私、一体何をしてたんだっけ…?」
状況が分からず、周囲を見渡す巴。
そして、辺りの惨状を見るや、ギョッとなったように一歩退いた。
「ひっ!?か、かかかか火事!?大変、早く消防車ーっ!」
途端にわたわたと慌て始める巴。
そこに妃道がバイクをターンさせ、再度突っ込んでくる。
「ふざけてんのかい、あんた!」
巴の変貌にも動ずることなく、そのまま【炎情軌道】の発射態勢に移る妃道。
だが、その前に一つの影が躍り出た。
「Hey!Good jobね、巴!後は私に任せなサーイ!」
翔燃に蹴り飛ばされた結果、無傷でいたリュカが、腰の刀を抜きながら巴にウインクした。
「どきな、ワン公!」
そこに妃道が正面から接近する。
リュカはニッと笑い、刀を口にくわえた。
「お断りネー!Come on!ファイアーガール!」
避ける代わりにリュカは腰を落とし、再び四足獣のように身構えた。
それを認めた妃道が、妖力を発動させる。
「いきな!【炎情…】」
「
四肢をたわめていたリュカが、勢いよく疾走を始める。
そして、その直後。
何と、リュカの姿が四つに分裂した。
「…何!?」
妃道が驚愕の声を上げる。
疾走しながら、妃道に向かって左右、上空、正面から、四人のリュカが迫る。
妃道にはそのどれもが残像ではなく、完全な分身に見えた。
「Hey!本物はこっちネー!」
「こっちが本物かもヨー?」
「いやいや、こっちネー!」
「No!
四人のリュカが一斉にPRを始める。
「くそっ!」
完全に意表を突かれた妃道は狙いが定まらず、思わず【炎情軌道】の発動を
そこに一瞬の隙が生じた。
「もらったネ…!」
正面から突進していたリュカが、ニカッと笑う。
その瞬間、他の三人のリュカが陽炎のようにぼやけて消失した。
「無流 剣伝『
刀を脇構えの形に持ち、更に加速するリュカ。
そのまま、妃道のバイクと交錯する。
やや進んでから妃道のバイクが停止し、リュカも刀を横薙ぎに振り抜いた形で止まった。
その一部始終を見ていた巴をはじめ、実況席の
互いに動かない中、妃道は笑みを浮かべた。
「…フッ、ご大層な名前の技だけど、不発だったようだね」
「それはどうかナ?」
刀身を鞘に収め、チンと鯉口を鳴らすリュカ。
「何…って、うわっ!?」
妃道は、不意に両手に違和感を覚えた。
慌てて手元を見ると、手にしていたバイクのハンドルが、根元からきれいに切断され、バイクの本体から分離している。
「~~~~ッ…!?」
無残な姿に変わり果てた
そこにリュカがVサインを決めた。
「I´m Win!飢えた狼の牙は、鋼をも食い千切るのデース!」
「け、決着ーッ!文字通り白熱の展開を見せた『火の宮』の戦い!最後に制したのは謎の犬っ娘だーっ!」
「『
二弐が興奮したようにマイクを握る。
観客もそれに歓声を上げた。
「…ムゴいですわ」
ハンドルを失ったバイクの前にへたり込み、呆然自失となっている妃道の姿に、気の毒そうに鉤野がそうコメントする。
「リュカさーん!」
歓声に応えていたリュカの元に、巴が駆け寄ってくる。
それをリュカが笑顔で迎えた。
「巴、Thank youね!Youのお陰で、何とか勝てましタ―」
それに不思議そうな表情になる巴。
「え?私のお陰って…わ、私、何かしました…?」
「…覚えてないノー?」
「え、えっと、スミマセン!何か、リュカさんの背中にいる間に気を失ってしまって…本当にゴメンナサイ!グズで役立たずで、本当にゴメンナサイ…!」
ペコペコと頭を下げる巴の肩に、リュカがそっと手を置く。
「…リュカさん?」
キョトンとなる巴に、リュカは首を横に振った。
「巴、Youは役立たずなんかじゃないネー」
そして、
「言ったでショー?巴は『YDK』だって!」
「…『やっとできる子』ですか?」
「No!『やっぱりできる子』ネー!」
そう言いながら、ウィンクするリュカ。
それに巴は笑顔を浮かべた。
「あ、ありがとうございます!」
握手を交わす二人。
と、リュカが何かに気付いたように、顔を上げる。
「
「そ、そうでした。確か
そう言いながら、妃道のバイクに近付く二人。
そして、二人は同時に凍りついた。
巴の言葉通り、妃道が守っていた「バラの
それも
「
思わずそう呻くリュカ。
巴も呆然と立ち尽くす。
二人の視線の先には、バイクの後部に括りつけられたまま、無残にも
リュカの脳裏に、先程、妃道の炎弾を打ち返していた翔燃の姿が浮かぶ。
「Fuuuuu○k!あの時に紅いトモエが打ち返した
両手で頭を抱えるリュカと、自分の名前が出たので、反射的に謝り出す巴。
「す、スミマセン!ホントもう、何が何だか分かりませんが…とにかくスミマセンン~!」
「おおっと、これはまたまた予想外の結末だーっ!バラの
「これで
特別実況席の二弐が、そう叫ぶ。
その横で、鉤野が一つ溜息を吐いた。
それにニヤケ顔になる二弐。
「…おやおやぁ?どうしたんですか、鉤野さん」
「何だかホッとされたようですが…?」
「べ、別に何でもありませんわ!それより、これで残す
鉤野がそう尋ねると、二弐はオーロラビジョンへと向き直った。
鉤野の言う通り、残された
しかも、二弐にとって最も重要な
「おっと、そうでしたね。それでは最後の
「最後に残されたのは『風の宮』…この『降神町ジューンブライド・パーティー』の会場にもなっております『大風車』です!」
「すぐ隣りじゃありませんか!?」
思わず声を上げる鉤野に応えるように、オーロラビジョンの映像が切り替わる。
すると、大風車を背景に一人の花嫁が後ろ向きに立っている映像が映し出された。
風になびく純白のヴェール。
可愛らしさを追求したプリンセスラインのフリル付きドレス。
最後の「
「にゃふふふふ…遂にあたしの出番と言う訳ね…!」
そう不敵に笑う花嫁。
すると、鉤野が納得したように言った。
「ああ、やっぱり
派手にコケる最後の「
満を持しての登場シーンを台無しにされた三池は、モニター越しに牙を剥いて抗議した。
「ちょっと、お
それに鉤野が苦笑した。
「あ、あら、御免なさい。『やっぱり』というか、もう大体想像がついていたというか…」
「うう…最近、あたしの扱いが雑な気がする…」
ふてくされる三池に、二弐が尋ねた。
「それはそうと…宮美ちゃんの所には、花嫁さん達は来なかったの?」
「見たところ、誰もいないようだけど…」
それに、三池がピキーンと固まった。
「あ、あははは…え、ええと、その、来たことは来たんだけど…」
しどろもどろになりながら、目を泳がせる三池。
「何かありましたの、宮美ちゃん?」
その様子を不審に思った鉤野が尋ねると、三池は滝のような汗を流しながら、上目使いで二弐達に言った。
「ここに来た人達なんだけどぉ…皆、帰っちゃった」
「帰った?」
「どういうこと?」
眉根を寄せる二弐に、三池は「にゃはは」と笑った。
「えーとね…その…平たく言えばぁ…あたしが
瞬間。
「「何ですとぉぉぉっ!?」」
二弐は、絶叫した。