【七十九丁目】「…はーい、次行くよー♪」

文字数 8,803文字

()アアアアアアアッ!」

 暴れ回る巨熊…おそらく“鬼熊(おにくま)”だろう…が、剛腕を振るう。
 丸太を凌ぐ太さを持ったその腕が振るわれると、仮設住宅はあっという間に瓦礫(がれき)の山と化した。

「うわあ…すごい力」

 荒れ狂うその様を見ながら、釘宮(くぎみや)くん(赤頭(あかあたま))が、感心したように呟く。
 そんな彼の姿に“鬼熊”も気が付いた。

「グルル…?」

 三メートルを超える巨躯が、五歳児程の釘宮くんを見て、少し戸惑ったように首を傾げる。
 触れれば即死しそうな相手が、怖れもせずに自分を見上げているのが、不思議なのだろう。
 釘宮くんは、口に指を当てて「ん-…」と考え込んだ後、

「やっぱり、その位置じゃ届かないや…熊さん、ごめんね」

 トコトコと“鬼熊”に近付く釘宮くん。

「せーの…よっ、と」

「グォ!?

 釘宮くんは、その大木の幹のような足にしがみつくと、一気に“鬼熊”を持ち上げた。
 これには流石の“鬼熊”も驚いたようだ。
 無理もない。
 僕だって、よちよち歩きの赤ん坊にリフトアップされたら仰天する。

「そいや」

 そのまま、地面に向けて“鬼熊”を投げ飛ばす釘宮くん。
 派手な土煙と共に、巨熊は一瞬で倒れ伏した。
 あ、相変わらず、物凄い怪力だ。
 確か、伝承では“鬼熊”を仕留め、その毛皮を広げたところ、畳六畳分はあったとされる。
 いま目の前にいる“鬼熊”は、それ以上の大きさに見えるから、体重だって恐らく400キロはあるだろう。
 そんな巨熊を、あっさり投げ飛ばすのだから、彼の妖力【仁王遊戯(におうゆうぎ)】には、毎度毎度驚かされる。

「ごめんね。僕の背の高さじゃ、君の首まで届かなかったから」

 ああ、そうか。
 “鬼熊”の首には、例のセンサーがある。
 釘宮くんは、それを取り外すつもりなのだ。
 確かに、そうすれば“鬼熊”も正気に戻るだろう。
 そう言うと、釘宮くんは動かない“鬼熊”に近付いた。
 その瞬間、

(ゴオ)オオオオッ!」

「わ!」

ガシィ…!!!!

 一撃で倒されたと思っていた“鬼熊”が、不意にその剛腕を振るう。
 咄嗟に両手で受け止め、足を踏ん張る釘宮くん。
 が、踏み止まったものの、体重の軽さが災いし、2、3メートルは後方へ弾き飛ばされた。
 何と…どうやら“鬼熊”には大してダメージが無いようだ。
 結構派手に投げ飛ばされた筈なのに、恐ろしいタフさである。

「ああ、ビックリした」

()アアアッ!!喉雄(グオ)オオオオオッ!!

 目を見張る彼の前で“鬼熊”が怒りの咆哮を上げる。
 先程は釘宮くんの見た目に油断していたようだが、これで手負いの獣同然になってしまった。
 それを見た釘宮くんが、よいしょ、と四股(しこ)を踏む。

足柄山(あしがらやま)じゃないけれど、熊を相手に相撲の稽古(けいこ)なんて、金太郎さんみたいだなあ」

罵縷(バル)ルルルルル…!!

 一方の“鬼熊”も、腕をかっぽんかっぽん鳴らし、指を突きつけ、チョイチョイと手招きする。
 …理性がとんでいる癖に、芸の細かい熊である。

罵雄(バオ)ッ!()ババババ…!」

 更にジェスチャーで、胸元に手を持って来て、掌を下に向けて水平に動かしながら、器用に笑う。
 どうやら「やーい、チビ助」とでも言っているようだが…

 “鬼熊”アウト。
 それ、モロに

だから。

「はっけよいのこった!」

 突然、凄まじい早口で試合開始を告げると、釘宮くんは弾丸の如く“鬼熊”に突進した。
 “鬼熊”は知らなくて当然だが、釘宮くんに対し「ガキ」「チビ」「お子ちゃま」といった類の言葉やリアクションは、完全にNGである。
 いつもは気の優しい彼も、そうした言葉には容赦がない。
 笑い続けていた“鬼熊”は、慌てて迎撃の態勢をとるも、どてっ腹に釘宮くんの頭突きを喰らい、反対に数メートル吹き飛ばされた。

 あーあ。
 言わんこっちゃない。

「…はーい、次行くよー♪」

 天使の微笑みと、怒りの四つ角をこめかみに浮かべ、右腕をグルグル回しながらそう告げる釘宮くん。
 その後“鬼熊”は気を失うまで、釘宮くんに小突きまわされることになった。

 …皆も普段大人しい人を怒らせないよう、十分に気を付けようね。

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  ほぼ同じ頃。
 文字通り、大地を揺るがせる大決戦にも決着がつこうとしていた。

『デュニャアアアッ!』

『にゅうどおおぅ!?

 (ジャイアント)三池(みいけ)さん(猫又(ねこまた))vs“大入道(おおにゅうどう)”は、当初の予想を覆し、G三池さんが終始優勢という一方的な展開となった。
 普通に見れば、ほぼ同じ大きさとはいえ、男女の腕力の差があるため、パワー勝負では三池さんが分が悪い。
 が、代わりに大きくなってもほぼ変わらない猫特有の瞬発力と柔軟性、おまけに両手のツメが彼女を優位にしていた。
 パワーでは勝るものの、動きの鈍い“大入道”は、彼女の素早さに翻弄され、そのツメで引っ掻かれ、みるみる傷だらけになっていく。
 おまけに戦い慣れしていないのか、その攻めも甘く、三池さんに軽くかわされてしまう。
 今は戦いも佳境に入り、G三池さんが消耗した“大入道”の両足を小脇に抱え、ミスミスと振り回していた。
 俗にプロレス技でいう「ジャイアントスイング」である。

 …一体どこで覚えてくるんだろ、こういうの。

『デュニャッ!』

 十数回旋回させ、そのまま“大入道”の両足を離すG三池さん。
 凄まじい地響きを立てて“大入道”は地面に激突した。
 そして、そのまま動かなくなる。
 僕は思わず声を上げた。

 「チャンスです!三池さん、今のうちに彼のセンサーを……え?」

 何だ…?
 何だか、G三池さんの様子が変だ。
 フラフラと、酔っ払いみたいな足取りになっているような…

『デュニャ~…』

 …もしかして…
 目ぇ回してるーっ!?
 あーもう、やり慣れない技なんて使うから…!

「ちょっ…しっかりして、三池さん!」

 僕の声が聞こえているのか、手を上げて応じるものの、その足取りは怪しいくらいにおぼつかない。
 そうこうしているうちに…

『…にゅうどおぉぉ~!』

 何と“大入道”が復活してしまった!
 ま、マズイ!
 これは大ピンチである…!

「三池さん、前!前ー!」

 勝機を察した“大入道”が、G三池さんに迫る。
 が、目を回した三池さんはあっさり掴まり、羽交い絞めにされてしまった!

ぴこーん!ぴこーん!

 彼女が付けているチョーカーの鈴が、赤く点滅する。
 あ、あれって…もしかして、カラー○イマー!?
 …そうか!
 彼女の妖力【燦燦七猫姿(さんさんななびょうし)】は、変身能力を発揮し、巨大化すら可能だが、著しく大きさの異なるものへの変身は負担が大きいため、変身できる時間に制限があるのだ。
 そのリミットが、遂に訪れようとしているのである。

「頑張れ―!負けるな、三池さん!!

 声援を送るものの、スリーパーホールドに移行されたG三池さんは、頸動脈を絞められ、半ば意識朦朧となっているようだ。

『デュ…ニャ…』

『にゅうどおおお~』

 勝利を確信したかの様に“大入道”が笑う。
 その瞬間、僕は閃いた。
 そして、あらぬ方向を指差し、大声で叫ぶ。

「あーっ!あんなところに高級スーツに身を包んだ、金持ち風のイケメンボンボンがーっ!」

『デュニャッ!?

 グッタリしていたG三池さんの頭が、やおら跳ね上がる。
 その拍子に、

ガツン!

『にゅどっ!?

 油断していた“大入道”の顎に、三池さんの後頭部がモロに激突した。
 その拍子にガッチリ決まっていたスリーパーホールドが、あっさり解かれる。
 おお!
  まさか、これ程上手くいくとは!
 以前、プロレス好きの友人に付き合わされ、試合を見に行った時の記憶がこんなところで役に立つなんて、夢にも思わなかった。

『デュニャ~…』

「三池さん、今がチャンスです!」

 痛かったのか、後頭部を押さえていたG三池さんが、僕の声に反応し、頷く。

『デュニャアアアアアアアアーッ!!
(訳:100万妖力+100万妖力で200万妖力ーっ!!

 掲げた両手のツメが鋭い光を放つ。
 そのまま、空高くジャンプするG三池さん。

『デュニャニャアアアアアーッ!!
(訳:いつもの2倍のジャンプが加わり、200万×2の400万妖力ーっ!!

 更にそこからドリルのように回転しながら降下する。

『デュニャ!デュニャニャ!デュニャニャアアアアアーッ!!
(訳:そして、いつもの3倍の回転を加えれば、400万×3、“大入道”あんたを上回る1200万妖力よーっ!!

 怪しげな理論でパワーアップしたG三池さんの身体が、光を放ち、矢のごとく飛来する。
 狙いは“大入道”の首だーっ!!

ばつん!

 G三池さんの鋭いツメは、狙い違わず“大入道”の首にはまっていたセンサーを断ち切った。

「にゅう…どおぉぉぉ~…」

ずしーん!!

 膝から崩れ落ち、倒れ伏す“大入道”
 そのまま、元の人間大の大きさになるを見届け、

『デュニャッ!!

 G三池さんは一つ頷くと、空を仰ぎ、ジャンプした。
 そのまま、どろん!という音と共に、元の大きさになる三池さん。

「あー、疲れた~」

 ぐったりする彼女を背に、僕は空を見上げる。
 そして、勝手なモノローグを胸の内で呟く。

“かくして、罪のない妖怪がまた一人救われた。
ありがとう、G三池さん!行け行け、僕らのG三池さん!”

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 同じ頃。

「これでどうですか」

ザザザザザ…!

 津波と化した大量の砂が、法螺貝(ほらがい)を携えた僧形の大男に迫る。
 そのまま飲み込まれるかと思いきや、大男は法螺貝を口に咥えた。

ブオオオオオオオオオオオオーッ!!

 低く大きな法螺貝の音色が、砂の津波を一瞬で蹴散らす。

余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)!」

 薄く笑う大男。
 対する沙牧(さまき)さん(砂かけ婆)は、珍しく固い表情だ。

 そう。
 何と、沙牧さんは予想外の苦戦を強いられていた。

 無論、地の利は彼女にある。
 しかし、彼女の相手となった僧形の大男…“貝吹(かいふ)(ぼう)”は、沙牧さんが操る砂を、ことごとく法螺貝の音で崩してしまうのである。
 “貝吹き坊”は、備前国(いまの岡山県)和気郡に伝わる妖怪だ。
 熊山城という城跡の堀に棲んでいたとされ、法螺貝を吹く音のような声をあげるものの、姿を見た者はいないとされる。

優勝劣敗(ゆうしょうれっぱい)!」

 先刻から四字熟語のみで会話をする“貝吹き坊”
 ちなみに「優勝劣敗」とは「能力が勝っている者が勝ち、劣る者が負ける」という意味だ。
 口惜しいが、状況的には事実だ。
 砂は振動に弱いため“貝吹き坊”の持つ法螺貝から発する振動音波は、沙牧さんの操る砂を無力化してしまう。
 正直に言えば、地の利を得ても、相性が悪すぎる相手だった。

栄枯盛衰(えいこせいすい)!」

「あらあら、縁起でもないことを言わないでください。うちの経営が傾いたら、どうしてくれるんです?」

 困った顔でそう言う沙牧さん。
 そして、手を水平に伸ばし、目を閉じる。

「【砂庭楼閣(さじょうろうかく)】・第一楼“倒兇砂瀑(とうきょうさばく)”…!」

 沙牧さんの掛け声と共に、周囲の砂が渦巻き始める。
 それは見る間に激しさを増し、天へと登って行った。
 凄い…!
 まさに砂の竜巻だ。
 本来“砂かけ婆”にここまでの力は無い。
 余程ここの砂と相性がいいのだろう。
 沙牧さんが指を指すと、うねる竜巻が“貝吹き坊”に迫る。
 先程の砂津波を上回る砂の竜巻に、しかし“貝吹き坊”は不敵に笑った。

万古不易(ばんこふえき)…」

 そう言うと“貝吹き坊”は大きく息を吸った。
 そして、今まで片手で持っていた法螺貝を両手で支え持つ。
 同時に足で大地を踏みしめ、腰を落とす。
 明らかに今までと吹き方が違う…!

「【響鳴浄土(きょうめいじょうど)】!」

 そのまま妖力を発動させ、法螺貝を思い切り吹く“貝吹き坊”

ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…!!!

 大気を振動させる法螺貝の音が、放たれる。
 迫る砂の竜巻に、凶悪な威力を秘めた不可視の指向性音波が衝突した。

「っ!」

 瞬間、砂の竜巻が見事に吹き散らされる。
 それだけでなく、その向こうにいた沙牧さんが、大きく吹き飛ばされた。

「沙牧さんっ!」

 宙を舞う彼女の身体を、地上から伸びた砂の膜が受け止める。
 そのまま減速し、地上に降り立つ沙牧さん。
 良かった、無事のようだ。
 と、僕は慌てて視線を逸らした。
 彼女に外傷は無いようだが、髪が解ほつれ、着物が一部破けている。
 特に、着物の裾が乱れ、白く艶めかしい足が露出していた。
 何とも際どい格好である。

「…これ程とは。参りましたね」

 乱れた着物を正しながら、沙牧さんは耳に手を当てる。

「お陰で耳が聞こえなくなってしまいました」

 どうやら、あの音波にはそんな効果もあるようだ。
 沙牧さんは、困ったように頬に手を当てた。

「それにしても…やはり、私の妖力はことごとく無効化されるようですね…仕方がありません」

「敗北宣言?」

「…何か仰っているようですが、聞こえませんわ」

 勝ち誇る“貝吹き坊”に、沙牧さんは髪に巻き付いていたリボンを解き、片端を口に咥える。
 そのまま、着物の袖を固定し、たすき掛けにする。
 そして、太ももを晒すのも厭わず、裾を短くまとめた。
 動きやすい格好になると、沙牧さんはニッコリ笑った。

「では、参りますよ?」

 そう言うと、沙牧さんは地を蹴った。
 驚いたことに、その速度が尋常ではない!
 良く見れば、彼女の足元の砂が、高速で動くベルトコンベアーのように動いている。
 しかし…

「…諸行無常」

 駄目だ、距離があり過ぎる!
 案の定“貝吹き坊”は再度大きく息を吸い、法螺貝を構えた。
 まずい…このままでは、至近距離で先程の殺人的な音波を受けることになる!
 そんな中、沙牧さんは滑るように移動しながら、右手を大地に当てた。

「【砂庭楼閣】・第五楼“堕下砂野(たかさごや)”…!」

 瞬間。
 “貝吹き坊”の足元が流砂と化す。

「驚天動地!?

 思い切り足を踏ん張っていた“貝吹き坊”は、思わぬ事態に驚愕した。
 既にその(すね)までが砂に飲まれつつある。

 或いは。
 ここで構わず妖力を解き放っていたら、彼の勝利だったかも知れない。
 この一瞬の隙が、彼にとって後の悲劇を招いたと言えた。

「失礼しますね~、それっ!」

 “貝吹き坊”の目の前まで到達した沙牧さんは、ジャンプすると、そのままお尻から“貝吹き坊”の厚い胸板に着地した。
 丁度、身動きできない彼を押し倒す格好になる。
 慌てふためく“貝吹き坊”の上で、沙牧さんは右手を天に掲げて、柔らかな微笑みを浮かべた。

「いきますよ?【砂庭楼閣】・第八楼“砂手朱屠(さでぃすと)”…!」

パアン!

 笑顔のまま、強烈なビンタを“貝吹き坊”に見舞う沙牧さん。

 …へ?

パアン!
パン!
パアン!
ビビビビビビビビ…!

 驚愕する僕の目の前で、笑顔の沙牧さんは容赦のない往復ビンタの嵐を繰り返す。

「ホラ!ホラ!まだまだいきますよ!」

(どう)(じゃく)(きょう)(たん)…!」

 成す術なく、目を白黒させる“貝吹き坊”
 その頬がみるみる腫れていく。
 一方の沙牧さんは、高揚しているのか、その頬に赤みが増し、心なし瞳が潤んで見えた。

「どう!ですか!私の!妖力は!」

 際どい格好で男に跨り、容赦呵責が一切無い責めを加え続ける女王様(さまきさん)

 いや。
 もはや妖力関係ないし。
 それどころか、沙牧さんには「センサーを解除する」という選択肢すらなさそうである。

「か…完全…敗…北…!」

「ですから!何も!聞こえません!から!」

パアン!
パン!
パアン!
ビビビビビビビビ…!

「た、他…力…本願んんんん~!!

 悪鬼の如き沙牧さんのビンタに、遂に僕に助けを求めてくる“貝吹き坊”
  彼が犯したもう一つの失敗。
 それは、不可抗力とは言え、彼女を敵に回してしまったことだった。

「因果応報」

 凄惨を極める蹂躙劇を前に、僕は“貝吹き坊”に合掌した。
 くわばらくわばら。

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 そして同じ頃。

 “針女(はりおなご)”の鉤野(こうの)さんは、一組の男女を相手に奮闘していた。
 男女はそれぞれ蒼紅の鬼炎を操り、鉤野さんを挟み打ちにしている。

「ひゃははは!どうした、それが全力ジャン!?
「全然歯応えがないじゃーん!」

 チャラい格好をしたこの男女は、どうやら“じゃんじゃん火”らしい。
 “じゃんじゃん火”は、奈良県各地に伝わる怪火である。
 「じゃんじゃん」と音を立てることがその名の由来で、心中した男女などの霊が、火の玉に姿を変えたものとされていた。
 “じゃんじゃん火”は、男性が蒼い鬼炎、女性は紅い鬼炎を繰り出し、まるでジャグリングのように高速で打ち出しては受け止め、更に相棒へと打ち返している。
 挟まれた鉤野さんは、鉤毛針を繰り出そうとするも、鬼火に阻まれ、身動きもままならない。
 いや。
 いつもの鉤野さんなら、これくらいの攻撃などものともしないだろう。
 どうやら彼女は、これまでの経緯から彼ら…凶暴化した妖怪達に本気を出せないようだった。

「お願いです!私の話を聞いてくださいまし…!」

「はあ?そもそもアンタ、誰ジャン?何言ってるか分かんねぇジャン!」
「いいから、とっととこの女も燃やすじゃん、ダーリン♡」

 どうやら、理性を失うのと同時に、鉤野さんのことも忘れてしまったようだ。
 女の“じゃんじゃん火”…面倒だから、仮に「じゃん子」としよう…が、そう言うと、男の“じゃんじゃん火”…同じく仮に「ジャン男」とする…が、頷いた。

「OK!来るジャン、ハニー!二人で一気に決めるジャン!」

 そう言うと、ジャン男は両手に蒼炎を(まと)わせた。

「了解じゃん!とうっ!じゃん!」

 一方のじゃん子も、両手の紅炎をなびかせ、宙を飛び、ジャン男の傍らに立つ。

「いくジャン、おばさん!」
「二人の愛の炎で、燃え尽きるといいじゃん!」

「お、おば…!?

 こめかみを引くつかせる鉤野さんの前で、ジャン男とじゃん子は、互いの両手をつないだ。

「さあ、最後の仕上げジャン!」
「うん!いくじゃん、ダーリン!」

 まるで社交ダンスのようにくるくると舞い、ポーズを決める二人。

「「二人の拳がじゃんじゃん燃える!」」

 どこかで聞いたようなフレーズで“じゃんじゃん火”が口上を述べ始める。

「全てを燃やせとッ!!」
(きら)めき放つ!」

 二人の拳の炎が、大きく燃え上がる。
 これは…まさに「愛の炎」!?

「「よおおおりょくッ!!」」

(あい)!」

(えん)!」

「「ラァァァブラブゥッ!!(れん)()…」」

「【恋縛鉤路(れんばくこうろ)】」

 長ったらしい口上がようやく終わろうというその瞬間、鉤野さんの鉤毛針が、一瞬で二人をグルグル巻きにする。
 硬直したまま突っ立っていた“じゃんじゃん火”達は、我に返ると自ら置かれた状況に気付き、騒ぎ出した。

「な、何ジャン!?これはどうしたことジャン!?
「人が決め台詞を言ってる時に、何てことするじゃん!?

 ギャーギャー喚く“じゃんじゃん火”に、鉤野さんが髪を掻きあげて言う。

「だって…あまりに長すぎるものですから、つい」

「あり得ないジャン!あんた、セオリーってものを知らなさ過ぎるジャン!」
「ヒーロー・ヒロインが口上を述べてる時、悪役は攻撃しちゃいけないじゃん!」

 こめかみを押さえる鉤野さん。

「あ、悪役って…あのですね、私はあなた達を正気に戻そうと…」

「これだからおばさんは困るジャン!」
「年寄りは頭が固くて駄目じゃん!」

 再びこめかみをヒクつかせる鉤野さん。

「いえ、私はそんな歳では…」

「言い訳無用ジャン!見た目ですぐに分かるジャン!」
「ケバい化粧で誤魔化しても、寄る年波は隠せないじゃん!」

 一応弁明すれば、鉤野さんは大人っぽい顔立ちをしてはいるが、そんなおばさんみたいな顔立ちはしていない。
 もっとも、ここのところ続いた騒動で、憔悴(しょうすい)した感じはあるが。
 沈黙する鉤野さんに、二人は調子に乗って更に声を上げる。

「そら見ろ、言い訳できないジャン!」
「分かったら、すぐにこれを解くじゃん!」

「…分かりましたわ」

 鉤野さんの声が、これ以上なく低い。
 やや(うつむ)いた顔には、不穏な影が差していて、表情が見えないのが、余計に怖い。

「穏便に説得で終わらせようと思っていましたが…」

 その顔が上がる。
 それを見た“じゃんじゃん火”は、息を飲んだ後、ガクガクと震え出した。

「な、何ジャン…?」
「おばさん、顔が怖いじゃん…」

「どうやら、それは過ちでしたわね。あなた達に必要なのは説得の言葉ではなく…」

 丁度、鉤野さんが背を向けているので、こちら側からは彼女の表情は見えない。
 見えないが…“じゃんじゃん火”の脅えた様子を見た限り、それで良かったと思う。

「ひ、ひいいジャン!?
「ダ、ダーリン、マジで怖いじゃん!」

、ですわ」

 鉤野さんがそう宣告する。

「「ひぎゃああああああああああああ!?」」

 こうして。
 “じゃんじゃん火”達は、限界まで鉤野さんに鉤毛針を引き絞られ、痙攣しながら絶息したのだった。
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登場人物紹介

■十乃 巡(とおの めぐる)

 種族:人間

 性別:男性

 「妖しい、僕のまち」の舞台となる「降神町(おりがみちょう)」にある降神町役場勤務。

 主人公。

 特別な能力は無く、まったくの一般人。

 お人好しで、人畜無害な性格。

 また、多数の女性(主に人外)に想いを寄せられているが、一向に気付かない朴念仁。


イラスト作成∶魔人様

■黒塚 姫野(くろづか ひめの)

 種族:妖怪(鬼女)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 人間社会に順応しようとする妖怪をサポートする「特別住民支援課」の主任で、巡の上司。

 その正体は“安達ヶ原の鬼婆”こと“鬼女・黒塚”。

 文武両道の才媛で、常に冷静沈着なクールビューティ。

 おまけにパリコレモデルも顔負けの、ナイスバディを誇る。

 使用する妖力は【鬼偲喪刃(きしもじん)】


イラスト作成∶魔人様

■間車 輪(まぐるま りん)

 種族:妖怪(朧車)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 特別住民支援課保護班に所属(送迎・運転担当)。

 その正体は“朧車(おぼろぐるま)”

 姉御肌で気風が良い性格。

 本人は否定しているが、巡にほのかな好意を寄せている模様。

 常にトレードマークのキャップを被ったボーイッシュな女性。

 使用する妖力は【千輪走破(せんりんそうは)】


イラスト作成∶魔人様

■砲見 摩矢(つつみ まや)

 種族:妖怪(野鉄砲)

 性別:女性

 降神町役場勤務。

 特別住民支援課保護班に所属(保護担当)。

 その正体は“野鉄砲(のでっぽう)”。

 黒髪を無造作に結った、小柄で無口な少女。

 狙撃の達人でもある。

 自然をこよなく愛し、人工の街が少し苦手で夜型体質。

 あまり表面には出さないが、巡に対する好意のようなものが見え隠れすることも。

 使用する妖力は【暗夜蝙声(あんやへんせい)】


イラスト作成∶魔人様

■三池 宮美(みいけ みやみ)

 種族:妖怪(猫又)

 性別:女性(メス)

 降神町に住む妖怪(=特別市民)。

 正体は“猫又(ねこまた)”

特別住民支援課の人間社会適合プログラムの受講生の一人。

 猫ゆえに好奇心は旺盛だが、サボり魔で、惚れっぽく飽きっぽい気まぐれな性格。

 使用する妖力は【燦燦七猫姿(さんさんななびょうし)】 


イラスト作成∶きゃらふとを使用

■妃道 軌(ひどう わだち)

種族:妖怪(片輪車)

性別:女性

 走り屋達が開催する私設レース“スネークバイト”における無敗の女王。

 正体は“片輪車(かたわぐるま)”

 粗暴な口調とレースの対戦相手をおちょくる態度で誤解を生み易いが、元来面倒見が良く、情が深い。

 使用する妖力は【炎情軌道(えんじょうきどう)】


※「片輪車」の呼び名は、資料に忠実な呼び名を採用しており、作者に差別的な意図はございません。


イラスト作成∶Picrewを使用

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