【百十五丁目】「お気遣い、感謝しますわ」
文字数 3,410文字
黒田は現在、国会において野党中堅派閥のトップを務めるベテランの議員である。
そして、二十年前に世間を席巻していた「
当時、国を二分した「妖怪登録管理法」制定の是非をめぐっての論争では「賛成派」の中核として、舌鋒荒く「反対派」を糾弾したものだ。
「
こうした黒田が唱えた「弱者の正義」は、当時、未知の種族の出現に浮足立っていた民衆から、広く支持を得た。
しかし。
それを上回る「妖怪ブーム」が逆風となり、黒田の主張に耳を貸すものは徐々に減っていった。
その結果、
それを目の当たりにしながら、黒田は苦々しい思いで日々を過ごしていたのだった。
彼の元に外資系多業種企業「
「私は黒田先生のお考えに深く賛同する者です」
女性…
そして、烏帽子は話し始めた。
「
同時にその超常的な能力と、それらが及ぼす人間の未来への影響に脅威も感じている。
そのため、早急に彼らの能力の把握やその対策を講じる必要性があるとも判断している。
しかしながら、民間の一企業が彼ら
そこで「
それが民家企業が共同で構成する
つまり、本来監視すべき
そして、秘密裏に彼らの能力を把握し、人間社会への脅威を極力削ぎ落とす。
具体的には、彼ら
同時に「K.a.I」の施設内で、その能力を把握し、極秘で対策を講じることも可能になるという。
「それには、日本政府からのお墨付きがあれば、なお効果的です」
そう告げると、烏帽子は黒田に政府内への根回しを依頼し「K.a.I」へ補助金が回るように助力を乞うた。
黒田は快諾した。
建前とは言え、妖怪達に手厚い処遇を行うのは
そして、黒田にはそれが可能だった。
そうして動き始めた「K.a.I」は、世間から賞賛をもって迎えられた。
参加する妖怪の数もうなぎ上りになり、従来より運営されていた降神町役場の人間社会適応セミナーに所属していた妖怪も、少なからぬ数が移籍してきた。
その裏で、烏帽子達による各妖怪のデータ収集も始まった。
全ては順調だった。
が、つい最近、微妙な綻びが起きた。
それは「
最終的に「テストプロジェクト失敗」という結果に陥り「プロジェクト・MAHORO」は凍結されてしまったのである。
烏帽子は「想定済みの些細な誤差」と評していたが、黒田は収まりがつかなかった。
もし「プロジェクト・MAHORO」が発動されていれば、大多数の妖怪を人間社会から遠ざけることが出来たのだ。
憤慨する黒田に、烏帽子は駄々っ子をあやすように告げた。
「それほど
頷く黒田に烏帽子が告げたのが「
烏帽子によれば、夜光院には得難い
呆れて興味を無くした黒田に、烏帽子は微笑しながら告げた。
「但し、これはあくまで言い伝えですわ。ここだけの話ですが…我々が独自に調査した結果、夜光院に眠る『宝』とは、人間社会を混乱に陥れるほどの
その詳細を聞き、驚愕する黒田に烏帽子は囁いたのだ。
「これは、独り言ですが…先生ご自身が
艶然と微笑む烏帽子の言葉に、黒田は息を呑んだ。
「
だが、迅速に「妖怪排斥派」の発言力を強める方法として考えるなら、烏帽子のくれた情報は彼にとって十分な旨味がある。
烏帽子も「最終的に、宝を自分達に研究対象として譲与するなら」という条件で、助力を申し出てくれた。
更に「その筋に強い名うての
黒田は決心した。
そして、
「な、なんたることだ…」
期待の戦力として同行した錬金術師…
圧倒的な夜光院勢の戦闘力に、黒田は自分の目算が甘かったことを実感した。
(くそっ!この女狐の口車にまんまと
ジロリと傍らの烏帽子を見やる黒田。
が、散々たる戦果にも、烏帽子は動じることなく、悠然と腕を組んでいた。
「ありゃあ、イヴちんまで負けちゃうとわね~」
同じく緊張感の欠片もない声で、那津奈が頭を掻く。
それを目にした黒田は、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「き、貴様ァ!何なんだ、その余裕は!?こちらの手勢は総崩れなんだぞ!?一体どうする気だ!?」
「どうするも~、もう打つ手が無いよ~」
お手上げといった風に肩を
それを見た烏帽子が嘆息する。
「ちょっと、まだカードは残っているでしょ?あの『アダム』とかいうバカでかい“魔動人形”なら…」
「あ、アダムちんならお留守番だよ~」
「…えっ?」
目をパチクリさせる烏帽子に、那津奈はえへら~、と笑った。
「だってあの子、大きすぎて『
「…そういえば…そうね」
烏帽子は再度溜息を吐いた。
呆気に取られていた黒田が、我に返って怒鳴る。
「烏帽子君!一体どうする気だね!?」
「少し落ち着いてください、先生」
一転、烏帽子に
そこに夜光院の宗主、
「あー、もう降参するかい?」
耳の穴をほじっていた小指の先に息を吹き掛ける北杜。
その両翼では南寿と西心が、烏帽子達に鋭い視線を向けていた。
「まあ、このまま帰るってんなら見逃してやるよ。ただし…」
そこで、北杜は低い声で続けた。
「…二度とここに来るな。来れば
「お気遣い、感謝しますわ」
見る者を畏怖させる殺気を放つ北杜に動じた風もなく、烏帽子は慇懃無礼に告げた。
「でも、せっかく『
瞬間。
北杜達三人は、総毛だった。
余裕の笑みを浮かべる烏帽子の背後から、かつて感じたことのない
「…おいおい」
額を伝う汗をぬぐうことも忘れ、北杜は頬を引きつらせながら笑った。
「
そして。
威圧感(プレッシャー)の主が、静かにその姿を見せた。