夜の息づかい(18)

文字数 520文字

「どうしたの? ねえ、しっかりして!」

田堂の母が息子の体を揺する。

しかし、ぐったりしたまま動かない。

首がすわらずに、顔を自らの肩に乗せたまま、亡くなっていた。

田堂の息子の頬に血の滲んだ涙が一つ伝う。

その涙は、頬の膨らみや、頬骨の凹凸により、緩やかな曲線を描く。

「あー!」

田堂の母は、奇声を上げて、包丁を手に取った。

頭の上に包丁を振り上げる。

田堂の母は、見開いて、篠生を見る。

篠生は腰を抜かして、田堂の母を見上げる。

田堂の母は、瞳孔を震わせて、篠生を見下ろす。

「あー!」

田堂の母は、何度も奇声を上げる。

感情を言葉にする事も、もう出来なかった。

田堂の母は、包丁を逆さに持ち替え、包丁の柄を両手で握った。

包丁の先端が、田堂の体に向けられる。

「あー!」

再び、奇声を上げた瞬間、その包丁の先端を田堂の母の腹部に突き刺した。

あっという間の出来事だった。

どくどくと脈動に合わせて、刺し傷から血液が溢れ出る。

その脈動も見る見るうちに弱まり、溢れる血液も少なくなっていく。

田堂の母は、すとんと体勢を崩し、倒れた。

息も散り散りで、息子の顔に手を伸ばした。

あともう少しで届く所で、力尽きた。

「はは」

篠生は、薄笑いしている。

篠生の目は一点を見て、瞬きをしていない。
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