夜の息づかい(13)

文字数 980文字

 「私も良いですか?」

篠生はギターを背負って来た。

郷珠に居る四人席が満席になった。

「あなたに聴いて欲しいです。私の曲」

篠生は妻に言うと、演奏を始める。

妻は少し戸惑いを感じるも、微笑みを返す。

「そこ、何をこそこそと話している! 離れよ!」

老婆は、私達に気が付いて、怒鳴り付ける。

「私達はもう、離れない!」

私は言い返した。

悪魔は、ごほっと吐血して、倒れ込んだ。

老婆は立ち上がり、私達の元へ歩いてくる。

その歩みは、すたすたと早い足取りだ。

篠生は演奏を止めて身構える。

私は、妻と娘と郷珠の前に立つ。

「音があるから、集まるんだ! 代弁者を信じ、代弁者に集まりなさい! 私が代弁者なのだから」

老婆は鬼に取り憑かれたかのような形相で、篠生のギターに手を伸ばす。

とても早い手さばきで、ギターの柄を握る。

片手で分厚い本を持ち、もう片方の手でギターを持っている。

そして、老婆はギターを奪った。

「やめてくれ! 大事なギターなんだ」

篠生は取り乱して、奪い返そうとする。

私も老婆からギターを奪い返そうと試みる。

老婆はギターの柄を握り、攻撃を振ってきた。

ギターのボディが私の顔をかすめる。

老婆はギターを振り回す。

何度も何度も振り回し、私達を近づけまいとする。

その勢いに、私も篠生も近づく事すら出来ない。

「やめて! 頼むから。ギターをそんな扱いしないで」

篠生は、へっぴり腰で両手を老婆へ伸ばして、なだめようとする。

しかし、老婆は止めない。

ギターが篠生の腕に当たる。

びん!

ギターの弦が切れる音がした。

ギターの一番細い弦が切れている。

「お願いします。返して、返してください」

篠生は食器の破片が散乱している床に土下座する。

「お前が音を出したから、こうして、悪魔に居場所が、ばれた。お前の罪は重い」

老婆はギターを振り回しながら言う。

人に攻撃を向けているという罪悪感や手加減は全く無い。

私は老婆に近づくことさえも出来ない。

「私はアーの代弁者だ。代弁者を信仰する者はアーの加護を得て、生き延びられる。代弁者を信じよ。私を愛せよ」

老婆は私達にギターを振り回しながら、老婆の席へ後ずさりする。

「お前の独りよがりと、皆の命。どちらが大切か。代弁者はいつも皆の事を思っている」

老婆は自らの席に座ると、動作が落ち着く。

ギターを机の上に、どさっと置き、篠生を見ている。

篠生は土下座をしたまま、床に向けて泣いていた。
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