シナモンは人を選ぶ(7)

文字数 622文字

 田堂の母の声はひんやりとした店内にふわんと広がる。

「わー!」

田堂の息子は大きな声を出す。

一定の間隔で繰り返し言う。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

田堂の母は息子の声に返すように繰り返す。

息子の口にテープを貼っていく。

「嫌だ! 嫌だ」

田堂の息子は言う。

声を発する口はテープに遮られて、「うー! うー」と籠った声になった。

完全に口は塞がれた。

田堂の母は腰から崩れ落ち、抜け殻のように俯いて動かない。

「とっても素直な子でしょ? 嫌な事、したい事を隠さないで言うのよ。素直に言う事が何で悪いの? 私も怖いわ。今すぐに逃げたい。皆も同じ気持ちでしょ? 怖いのを我慢する事が人なの? 感情を抑えるのが人なの? この子のほうがよっぽど人らしいわ」

田堂の母は床へ向けて呟く。

その声は震えている。

田堂の息子は、ずびびびと鼻をすする。

「うー!」

ずびびび。

「うー!」

ずびびび。

田堂の息子は声と交互に繰り返していた。

その時、ずびっと粘っこい鼻水が喉奥へ吸い込まれる音が聞こえる。

田堂の息子が静かになった。

転がり落ちてしまいそうなくらい目を見開いている。

その表情は青く、目線は天井をあおぐ。

固く強張った手足をばたつかせ、車椅子が揺れる。

何度も何度も顔を上下させて、何かを飲み込もうとする。

ごぐりと飲み込む音が聞こえた。

その途端、慌てた表情は穏やかになり、叫ぶ事も無くなった。

沈黙が店内を重くする。

私は田堂の母を情けの眼差しで見ていた。

それしか出来る事が見つからなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み