何もない(3)

文字数 593文字

何もなければ、私の存在を証明する事は出来なかった。

とても静かだ。

ふと、何もない静寂に、物足りなさを感じた。

視界は白を映すだけで何もない。

私は耳で周囲を確認する。

霧が、私の体をじとっと湿らせて重い。

霧は、何の音も発してはくれない。

何もない環境では、死を奮起させる。

死ぬ為に、ここで悪魔を待っている。

しかし、耳の奥へ奥へ侵攻する無音の軍勢がが、死の恐怖を煽り立てる。

その無音の軍勢に、脳の守衛は反撃する。

死が怖いのは何故か!

痛いからか!

苦しいからか!

もう楽しい事を経験出来ないからか!

そうなら、お前は何故知っている。

死んだ者しか味わえない、この死を生きているお前は何故知っている。

死がどういうものかわからない以上、死が怖いものかもわからないではないか。

怯んだ無音は、耳の中で、ありもしない音を作り始めた。

その音は高音、中音、低音が混ざっている。

娘の透き通った繊細な高い声。

老父や篠生が争うような中音の声。

老婆の説得力と預言の信憑性を高める低音の声。

お互いが別々の主張をして不協和音になっている。

その一つ一つが聴こえる度に、視界に広がる霧に映像が流れる。

映像は断片的な光景を走馬灯のように現れては消える。

時折、妻と娘の光景が映ると、仄かにほっこりした。

段々と、妻と娘の光景を求めるようになり、まだかまだかと、娘の声を待ち望む。

次第に、私の中で、優劣がつき、娘の声以外に不満を感じるようになる。
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