シナモンは人を選ぶ(12)

文字数 1,065文字

 「わかった、そのアーが来るのを待とう」

老父はそう言うと、四人席の長椅子に上体を横にした。

「今日は一段と体が怠い」

老父は横になったまま独り言を話す。

その独り言の声は、客の皆に聞こえるように大きい。

 しばらくして、老婦は戻ってきた。

「誰か料理を運ぶのを手伝って欲しいわ」

老婦は言う。

「私が行きます」

妻は答えると立ち上がった。

私は厨房へ歩いていく妻の背を見る。

老婦と妻はお盆を両手で持ち、戻ってきた。

各席に、料理が運ばれていく。

私の分は妻から頂いた。

老婦と妻は全員分を運び終えると、席へ戻った。

「食材はほとんど無くて、野菜が少しあったから、ポトフにしてみたのよ、どうかしら」

私は一口啜る。

喉からすうっと温かなスープから胃へ運ばれていくのを感じる。

コンソメの味だろうか、薄く優しい味。

一口一口飲む度に、緊張した体がほぐれるのを感じる。

客の皆もポトフを頂いている。
その皆の表情もほっこりしている。

「かっは!」

突然、老父は、むせ返った。

「まあまあ、起き上がってすぐ食べるから」

老婦はそっと茶々を入れる。

「な、何なんだ一体、こんな味のポトフなんて食べた事ないぞ」

老父は目を丸くして老婦に言う。

確かに薄めの味だが、言う程ではない。

「皆、ごめんな。いつもはもっと美味い料理を作れるんだけどな」

老父は客の皆に言う。

客の皆は、返答に困った。

「いや、全然美味しいですよ」

妻は言う。

両手にはポトフの入る食器を持っている。

「皆、狂ったのか? 悪魔に侵されたんじゃないか?」

老父は顔を引き攣り上げて言う。

「まあ、皆も食べていますし、夕飯もこれ以外に無いのですから、文句を言わずに食べてください」

老婦は言う。

どことなく、微笑んでいるように見える。

その笑みは子供が悪戯したような不敵な笑みに思えた。

この後、食べる物が無いと悟った老父は、ポトフを一気に口へかき込む。

苦い物を食べるような表情で咀嚼する。

ごぐり。

飲み込む音が聞こえ、喉仏が大きく上下に動いた。

「じゃりじゃりするぞ、これ」

老父は舌を出し、吐き出そうとするも、何とか止める。

「人の前でも、私の料理を馬鹿にするのね」

老婦は、横目に言う。

「違う。こんなに不味いのはおかしいだろ?」

「皆と一緒の食事だわ」

老婦は言う。

老父は客の皆を見る。

客の皆は老父を怪訝そうに見る。

「おい、嘘だろ?」

老父は客の皆に動揺する。

「そんなに美味しくなかったなら、お口直しに、シナモンティーでも飲んでみたらどうかしら」

老父は言われるがまま、冷えたシナモンティーの入った自らのコップを手に取る。

違和感を飲み込むように、くっと飲み干した。
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