シナモンは人を選ぶ(6)

文字数 926文字

 田堂の母は、必要な分だけテープを出した。

息子を見る。

田堂の息子は、下顎を左右に強く動かし、歯を擦り合わせる。

ギリギリと歯ぎしりが聞こえる。

田堂の母は息子の口にテープを近づける。

その手の筋肉は緊張し、ぎしぎしと少しずつ動く。

その浮き出た細い筋肉から、田堂の母の複雑な思いがわかる。

我が子の口を塞ぎたくない。

しかし、我が子が大声を出せば、皆に迷惑がかかる。

田堂の息子の口元に少しテープを近づけると、ほんの少し遠ざかる。


二つの意思が相反しているように窺い知れた。

田堂の母の表情は情意が現れる度に顔を歪ませて、息子から目をそらす。

田堂の息子は、ぱちぱちと素早く瞬きして、母を見る。

遂に、田堂の母は、息子の口にテープを付け始めた。

田堂の息子の左頬からゆっくりと口元を覆っていく。

左の口角まで貼った時、田堂の母の手が止まる。

その手は震えを抑えるので精一杯だった。

田堂の母は、情意を捨てるように強く瞼を閉じる。

田堂の母の瞼に隠しきれなかった涙がほろりと滴る。

田堂の母は強く瞼を閉じたまま目を開けない。

私も自然と目を閉じた。

暗闇だった。

瞼の内側にランタンの火が僅かに揺らめくだけで何も無かった。

このまま眠ってしまいたかった。

目が覚めた時に、嫌な夢を見たよと家族に話している想像が暗闇に上映される。

それを聞いた妻も娘も、笑顔が溢れた、幸せが走馬灯のように上映される。

「どうしたの」

突然、こもった声が聞こえ、上映会は幕を閉じた。

舌が固く、思うように動かず、上手く発音できない声。

それを聞いた私は、はっと目を開ける。

その声は、田堂の息子だった。

田堂の母も涙に濡れた目を大きくして驚いている。

「どうしたの」

「どうしたの」

田堂の息子は繰り返し言う。

「なんでも無いわよ。だめね、私。私が強くなくちゃ。私が強くなくちゃいけないのにね」

田堂の母は奥歯を噛み締める。

しかし、堪えようとすればする程、涙が溢れ出る。

「どうしたの、お母さん」

田堂の息子は上手く動かない舌で言う。

田堂の母は噛み締める歯の隙間から、堪えきれない涙声が漏れる。

「ねえ、皆聞いて、何年ぶりかしら。この子が、お母さんって呼んだわ」

田堂の母の目から、ほろほろと涙が頬を伝い、止まらない。

その涙は、田堂の息子の膝に滴る。
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