ミコトバの乳(4)

文字数 962文字

 「は! これは困った事になった」

席に戻った老婆は、ひと息つく間もなく、声を上げる。

客は老婆を見た。

老婆は窓を見ていた。

建て付けが歪んでいるのか、閉まる窓と窓枠に隙間があった。

「霧に触れた者は魔物になる」

老婆は焦燥感に駆り立てられた声が店内に広がる。

「どこかにガムテープ位あるだろ」

老父が言う。

「僕、持っています」

ギターの男性は言うと、カバンからガムテープを取り出した。

老父は徐に立ち上がると、その男性へ近づく。

老父は手を男性の目の前に伸ばす。

男性は、ガムテープを渡した。

老父は、窓の隙間をガムテープで塞いだ。

「よしっと」

老父はガムテープを片手に持ち、腕を組む。

 「なあ、婆さん、霧に当たったらいけないんじゃ、窓際に居ないほうがいいんじゃないか?」

老父は仁王立ちで言う。

「そうだ。霧に触れたり、吸い込んだりすると悪魔になる」

「なら、一箇所に集まったほうが良くないか?」

「いいですね、皆の事を知っておきましょ」

女性客の一人が賛同する。

「噴水の周りにしようか」

老父は言う。

客は席を離れ、噴水の周りに集まる。

老婆も分厚い本を胸に抱え、集まった。

その歩幅は小さく、いそいそとしているように見えた。

妻は娘を抱きかかえて立ち上がる。

私と妻も噴水の周りに集まった。

「すまないが、僕は目が見えないから誰か手伝ってくれないか?」

男性の声が聞こえた。

そこには、一人の男性が残っていた。

その男性は、白杖を持ち、席から立ち上がっている。

レストランの外で会った白杖を持った男性だった。

私は自然と体が動き、白杖を持つ男性へと近づいた。

肩を叩くべきなのか、腰に手を回すべきなのか。

それとも、白杖を取って、持っていた手と繋ぐべきなのか。

私はどうする事も出来ず、男性に手を近づけるも、すぐに手を引っ込める。

そのしどろもどろな私の動作は、男性には見えていない。

床を細かく突く白杖が、私の足に当たった。

「そこに誰か居ますか?」

男性は言う。

「あ、はい。どうしたらいいですか?」

私は、その男性に言う。

「すみません、手を繋いでも良いですか?」

白杖を持っていない手を前に出してきた。

「わかりました」

私はその手と繋ぎ、皆の集まる噴水へ近づく。

その間も、男性は一歩先を白杖で突き、確認をしながら歩く。

私と白杖を持った男性は、妻と娘の元へ戻った。

男性は私達と同じ四人席に座る。
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