ミコトバの乳(3)

文字数 1,035文字

 再び停電した。

照明の明かりもテレビの映像も消えた。

私は急いで妻と娘の元へ向かった。

浮き足だち、私の足取りに動揺が見える。

私は妻の隣へ座ると、すかさず妻と娘を強く抱擁した。

妻と娘を抱擁しながら、私の思考が目まぐるしく処理を始める。

レストランの外で起きていることを理解しようとした。

確かに、霧の中には、見た事のない異形の姿をした何かが居る。

しかし、まるで想像上の物語のような光景の数々。

それらを現代と繋げる事は困難だった。

第二次世界大戦以降、国は豊かになり、今では戦争も無く、カルトによる事件も無い。

過激派も、とうの昔に解体された。

最近では暴走族も少なく、反抗する子供も見かけない。

時々、無差別事件などがあるが、身近では聞いた事が無かった。

悪魔?

そのような生物が居るはずが無い。

それが私の脳が導き出す、唯一の答えだった。

思考回路がどうしても安易な考えに傾く。

これまでの生活の中で問題は多々あった。

家庭内で喧嘩もあった。

職場で問題もあった。

しかし、それらの問題は、時間が経てば解消された。

命を脅かす事なんてあるはずが無かった。

ただ、今回は違う。

目前に死が迫ってきている。

理解が追いつかない私の思考は、段々と一つ言葉を産まれる。

不可解な出来事をその言葉でまとめ、無理矢理、解釈した。

必ず家族は守る。

娘は今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

うるうるとした目の中には澄んだ瞳が溺れていた。

私は、家族を励まそうと笑みを作る。

精一杯の笑みを作るも、頬が石のように硬い。

娘も一所懸命、笑みを真似しようと頬を上げた。

頬が上がり、下まぶたが押し上がる。

その拍子に、娘の目尻に涙が集まる。

そして、すうっと小さな一筋の涙が頬を伝った。

それに気が付いた娘の我慢は決壊した。

娘は私の顔を見上げながら、声をひっくり返して泣く。

涙がほろほろと頬を伝う。

その涙は、妻の太ももに滴り、ズボンを濡らす。

「静かにしなさい」

老婆の声がすぐ隣で聞こえた。

私と妻は、びくっと驚き、顔を向ける。

私達の席の前に、老婆が立っていた。

妻は咄嗟に娘の顔を胸で抱擁した。

その妻の表情は、子猫を守る母猫のようだった。

娘なりに泣くのを止めようと努力しているのだろう。

うー、うーと唇を噛んでいるような声が聞こえる。

「早く泣き止ませなさい。ここに居る事が悪魔にばれてしまう」

老婆はそう言って、自らの席へ戻っていった。

私は、その老婆の背を目で追う。

ふと、周囲の視線が私に集まっている事に気が付いた。

それはどことなく冷ややかな眼差しだった。
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