夜の息づかい(22)

文字数 544文字

「私は、生きてるんだ」

血に溺れた声で言う。

時折、血液が気管に入り、むせる。

「だって、ほら、血が出ているよ」

篠生は薄笑いを続けている。

私は、妻に視線を向けた。

その妻の姿に言葉を失った。

衣服が、びりびりに破れ、はだけている。

妻は両腕を胸に抱き寄せて、体を内側に縮こませている。

体は強張り、大きく震えている。

その妻の横で、倒れて動かない娘。

郷珠は白杖で細かく床を突きながら、妻へ、一歩一歩、近づいていく。

白状を持っていない手を前に出して、手探りで、妻を探している。

「弾かせてくれよ!」

篠生が大声を出すも、血液に溺れて、むせる。

むせる度に、ごぼっと、多量の吐血をする。

「もうすぐ、会いに行くから待っててね」

篠生は、以前の恋人の幻覚が見えているようだ。

「そんな事ないよ。初めから、死のうと思って、山に来たんだから」

篠生は、微笑みながら幻覚と話している。

篠生の顔から足まで全身が、血みどろに染まっている。

何を思ったのか、妻が突然、立ち上がった。

妻は、破れた衣類を身を覆い、篠生に近づく。

破れた隙間から、妻の柔肌が見える。

篠生の前で、妻は立ち止まる。

篠生は、立ち止まる妻を見上げた。

喉仏を掻きむしる手が止まる。

篠生の目の前で、しゃがみ込み、目線を合わせる。

妻の行動が予想外だったのか、篠生の瞳孔が泳ぐ。
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