夜の息づかい(21)

文字数 545文字

「お願いします、お願いします、お願いします」

篠生は何度も、額を床に叩き付ける。

額は無数の食器の破片が刺さり、血だらけになる。

篠生は土下座を止めて、老婆を見る。

老婆は恐怖に固まって動けない。

「どうしてですか! ギターしかないんですよ」

老婆は震える手で、分厚い本を抱きしめて、顔を横に振った。

「あー!」

篠生は、叫んで、頭を抱える。

それも束の間、篠生は、床に座り動けない妻へにじり寄る。

「え、何?」

妻は怯えた表情で言う。

「私が悪魔を殺したんだ。凄いでしょ? 皆が願っていた事なんだ。誰でも出来る事じゃない。私が悪魔をやっつけたんだ」

私は妻の前に立ち塞がる。

「どけよ! お前には用は無い」

篠生は、力一杯、私を突き飛ばす。

突き飛ばされた勢いで倒れ込んだ。

その拍子に、机の角に頭を打ち付ける。

視界がぼやける。

僅かな意識の中で、妻に逃げろと言う。

しかし、それは言葉にはならなかった。

意識が遠のいていく視界の中で、篠生は、妻に馬乗りになった。

ふと気が付けば、私は、意識を失っていた。

上体を起こす。

篠生は、壁に、もたれかかって座っている。

両足は、だらんと前に伸ばしている。

その篠生の首から多量に出血していた。

篠生は、喉仏に両手で爪をたてて、掻きむしっている。

爪の間に、血が溜まり、両手は血だらけになっていた。
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