ミコトバの乳(11)

文字数 1,001文字

 私はマッチを擦り、ランタンに火を着ける。

辺りを明るく照らす。

その炎が揺めき、周囲の温かな橙色の明かりもゆらゆらと照らす。

妻の表情もほんのり明るくなる。

私はランタンを噴水の縁に置いた。

「まあ、そのうち、警察や自衛隊が来て助けてくれるだろうよ」

老父は言うと、背もたれに寄り掛かる。

老父の言葉に返す人は居ない。

沈黙が続く。

「神は善良な者をお守りくださる」

老婆はそう言うと、分厚い本のページを一枚めくる。

「神か、今まで信じた事が無かったけど、どんな姿だろうな」

老父の問いかけに誰も反応しない。

徐に、老婆が立ち上がった。

客の皆の視線が老婆に向く。

老婆は小さな歩幅で歩き出す。

その両手には分厚い本を抱えている。

老婆の歩く先にお手洗いがある。

お手洗いの扉を開き、老婆は入っていった。

「なんだよ、何かのお告げかと思ったら、ただのトイレかよ」

老婆が居なくなった店内では、体の緊張がほどけるのを感じた。

娘も緊張が解けたのか、席から降り、歩き始める。

ちらりちらりと私の表情を見ながら一歩一歩足を動かす。

私は一つ小さく頷くと、娘は、たたたたっと妻の元へ駆け寄った。

妻は娘を膝に乗せる。

娘の頬が緩み、笑みがほころぶ。

それを篠生はじとっと見ている。

その目は、体の輪郭を這うように見続ける。

私はその目にねちっこい不快を覚えた。

田堂の母は息子の頭を撫で、老夫婦は何やら話している。

郷珠は何する事も無く、座っている。

私は、静かに立ち上がった。

妻は私を心配そうに見上げる。

「何でもないよ。すぐに戻る」

私は今も悪魔を信じる事は出来なかった。

私は配達員の居る場所へ足を進める。

確かに一人亡くなり、ニュースでは悪魔が闊歩していた。

それは間違いない。

しかし、実際に目の前で悪魔の姿を見ていない。

悪魔がどのような姿をしているのか。

そして、悪魔が地上にやってきた理由は何だろうか。

町を破壊する理由は何だろうか。

疑問だけが膨れ上がり、老婆の発言の真偽を疑ってしまっていた。

私は、配達員さんの居る場所に着いた。

配達員は拘束されて、横になっている。

配達員は、私に怯えていた。

動かない体を何とか這わして、私から遠ざかる。

「すみません、縛ってしまい。本当は今すぐにでもこのロープを解きたい」

私はそう言いながら、片膝を立てて座った。

遠ざかっていく配達員は壁にぶつかった。

これ以上、遠ざかる事は出来ない。

「お、お前達はイカれてる」

配達員は怯え震えた声で言い放つ。
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