人とは。悪魔とは。(16)

文字数 655文字

私は、高笑いする。

理由も無く、笑いが止まらない。

篠生の死体、老夫の死体、老婦の死体、老婆の死体、来訪者の死体。

一つ一つを見ると、何故か堪えがたい笑いが押し寄せる。

顔一杯に笑いが広がる。

抑えようにも収まらない。

妻の横たわった姿に視線を向ける。

その瞬間、口角は大きく下がり、目も細く、目尻が下がった。

妻の隣に、娘も横たわっている。

一瞬も余韻を残さずに、笑顔はしーんとした虚無を残して去っていった。

視界は細かく揺れ動き、光景を曖昧にする。

脳は明らかに違う解釈をでっち上げる。

寝ているだけだ。

誰かが、家族を殺したんだ。

そうだ、今、夢の中なんだ。

しかし、手に残った指圧の感触が、現実を突きつける。

再び、笑いが込み上がる。

高笑いが止まらない。

笑みで膨らんだ頬に涙が伝う。

首は、ぶるっと震える。

首から上の頭部は、勝手に前後左右、不規則に動く。

その動きは、まるで、壊れたロボットのようだ。

ギターが視界に入ると、あの旋律が頭の中で流れる。

その途端、高笑いも首の動きも止まった。

私は、徐に、ギターを持つ。

一番細い弦が切れているギター。

そのギターを見て、死に方が決まった。

「もうちょっと待っててね」

亡骸の妻と娘に言う。

私は、レストランのカーテンを開けてまわる。

全てのカーテンを開けた。

外は、白い朝陽に反射した霧が充満していた。

その霧は神秘的で、既に天界に居るように思えた。

私はレストランの中央へ戻る。

欠けた噴水の縁に座り、足を組んだ。

ギターを膝の上に乗せて、弦に指を置く。

そして、篠生から教わった曲の出だしのコードをぽろんと弾いた。
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