濃霧(5)

文字数 1,418文字

 車を走らせて、再び山を登っていく。

所によって道幅が狭くなる。

対向車とすれ違うことができない、一車線道路もあった。

その場合は、手前の停車位置ですれ違う。

小さな橋を幾つか通り過ぎ、トンネルを抜ける。

「もう少しで着くぞ」

私はバックミラーをちらりと見て言う。

妻と娘の表情に少しだけ疲労感が伺える。

気分が下がっているのがわかった。

「だいぶ登ってきたね」

妻が窓越しに木々を見ながら言う。

妻の顔に木漏れ日がほろほろと当たる。

いつも見慣れている妻の顔が一段と艶やかに見える。

私の中で何かがそわそわと高ぶり、心ときめいた。

 開けた場所に到着した。

百台以上、駐車できる程の大きな駐車場があった。

山を削り、埋め立てて建設したのだろう。

山から水平に駐車場が広がり、整備されている。

地面はコンクリートが敷かれ、所々にひび割れがある。

白線や矢印で通行案内が記されている。

駐車場の出入り口の近くに路線バスのバス停がある。

崖側は人の滑落を防ぐための鉄の柵で囲われている。

山側は木製のレストランが建っていた。

駐車スペースの半分以上は車が駐められ、多くの人で賑わっていた。

歩行者に気をつけながら徐行する。

崖側の駐車スペースに駐めた。

私達は車から降りる。

崖側を見ると、山並みや市街地が一望できた。

山並みは大山小山と重なり合い、地平線へと続いている。

地平線は僅かに曲線を描いている。

地平線に近づくにつれて、景色が白くぼんやりと見えた。

視界の下には色とりどりの屋根が広がり、市街地を彩る。

建物一つ一つが小さく見え、まるでジオラマの中に入ったようだった。

私達もあの小さな建物の一つに住んでいる。

行き交う車が小さく微かに見える。

一定の間隔で車の流れが止まる。

信号が赤になって止まっているのだろう。

青になれば、どの車も動き出す。

私もそうしてここまで来た。

当たり前で考えることはなかったが、ふと、無機的だなと小さく嘲笑した。

「思っていたよりも遠かったな」

私はそう言いながら背伸びする。

「お疲れ様」

妻は私を労う。

「いやいや、車に長時間乗っているほうも大変だよ、お疲れ様」

私は返した。

「うん、少し疲れちゃった」

妻もそう言うと背伸びした。

「あのレストランで少し休憩しようか」

私はレストランの方向へ顔を向けて言う。

「そうだね」

 私は娘の左手と手を繋ぎ、妻は娘の右手と手を繋いだ。

私達は、レストランへ向かって駐車場を歩いていく。

駐車場内の車の通路には各所に横断歩道がある。

私達は、横断歩道を通り、駐車場を渡っていく。

「横断歩道はね、手を挙げて渡るんだよ」

娘は私と妻と手を繋いだまま、両手を挙げる。

「両手は挙げなくてもいいんだよ?」

私は娘に言う。

「だって、お父さんもお母さんも挙げないから挙げさせてあげてるの」

娘は返した。

「確かにお父さんとお母さんが挙げないのはおかしいな」

私は不意に頭を掻く。

私は娘に返す言葉が見つからなかった。

「ねえ、凄いんだよ! 見て見て!」

娘は突然、大きな声で言う。

娘は私と妻の顔を見上げていた。

娘は目を大きく見開き、屈託のない笑顔だった。

娘の大きな黒い瞳は好奇心に溢れている。

娘は私と妻の手を強く握ると、両足を地面から浮かせた。

突然、片方の腕に強い重さが加わり、私の体勢が傾く。

しかし、すぐにその重さの分の力を加えて体勢を立て直す。

両足を浮かせた娘は、膝を曲げて、空中で屈伸している。

「重たいってー」

妻が笑みを浮かべながら眉を下げる。

娘はきゃきゃっと笑い声を出して遊ぶ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み