第55話 俺の残念な日常

文字数 5,248文字

「おいアンリ、ケーキ買ってこれないってどういうことだ」

「えー? 東矢君つかまっちゃったから、買ってこれないでしょ? どうしよう、あのピンクのケーキすごく美味しそうなのに」

ピンクのケーキ?

「捕まったって誰に」

「んー、おじさん?」

糞。翻訳機がほしい。まぁ、聞き方が悪いんだな。

「東矢がケーキを買うにはどうすればいい?」

「えっと、連れてくる?」

「連れてくるにはどうしたらいい?」

「迎えに行く?」

「このまま放っておいたらいつ東矢は帰ってくる?」

「うーん、帰ってこないんじゃないかな、ケーキ食べたいのに、もう!」

帰ってこない……だと?
ちょっとまて、それは……本当に帰ってこないっていう意味だよな。
多分、それなりに危険な状況にある。いや、かなり危険だろう。
迎えにいくと俺も危険に巻き込まれる、わけだ、よな。それは……。

「俺が迎えにいったら、二人で一緒に帰れるか? どうすれば帰れる?」

「ええー私も行くのー?」

アンリが一緒に来るなら、2人で帰れる。
1人で行くと、帰れない。
帰るにはアンリのラックが必要。リスクは高い。
アンリの幸運は俺の予測を軽く超えていくけど、俺の不運もアンリの予測を超えていく。
だから、アンリの予想は大体の場合俺の不運自体は加味されていない。

普段なら、行かない。こんな危険に手をつける選択肢は全くない。
でも行かないと、東矢は帰ってこない。
そうすると東矢を見捨てるか、否か。
……リスクの、検討。
最も優先すべきは俺の生存。これはいつもかわらない。異論はない。

東矢がいるメリット、多岐にわたるが、1つ1つのメリットは小さい。
東矢がいないデメリット、決定的なものは、ない。これまでと変わらない。
俺のリスク、事情はわからないが、おそらくとても、高い。
東矢はアイと買い物に行くといっていた。
そうするとアイが絡んでいる可能性が高い。
東矢はアイが人を殺して、普通なら死んでいたといっていた。多分そういう世界に今あいつらはいる。アイが以前まとっていた濃い血の匂いが思い浮かぶ。
俺の頭は、検討の余地もないほど、東矢を見捨てるべきで占められた。
東矢を見捨てる、べき、なのか?
少しでも危険があるのであれば、避けるべきだ。
そして今回のリスクは高い。そう表示される。
今までと同様に行動すべきだ。今回を例外とする理由もない。
そう頭の中に表示される。

「こういう時に切り捨てるためにあえて事情を聞かなかったんだろ?」

関与しないように。そう、そうだったな。
だから東矢に押しつけた。押しつけた?
そうだ、押しつけた。アイはもともと俺の事情だった。

「勝手に引き取ってったのは東矢のほうだ。お前は止めた」

だが、断れば確実に関与は止められた。
俺は、止めなかった。止めないと、こうなるのは予想できた気がする。
なにせ、東矢だからな。

「東矢に押し付けることでよりアイの影響下におかれることを防止した。意義ある選択だ」

東矢がアイを受け持ってくれたから、俺がアイと接触する時間、つまりリスクを最低限に減らしたまま大きな利益が享受できている。

「東矢も東矢の意思で動いている。その結果だから、加味する必要はないだろう」

あいつバカなんだよな。すぐ巻き込まれる。

「この間の事件も東矢が勝手に巻き込まれて危険にさらされた。一緒にいる方がリスクは高い」

まあ、あいつ、何回言っても首突っ込むよな。多分今後もかわんなさそうだから、俺が危険になることもあるんだろうな。

「だから縁を切る方がいい」

客観的にはそうかもな。
だが。だからこそ理解した。
東矢が新谷坂神社で薄めて、アイが今日1日分を受け持ってくれた。だからようやく思い出した。
俺の呪いの中核は俺の中に存在する。不自然に俺の生存を強要する思考回路に隠れた悪意こそが呪いの意思。なるべく長期間不運を俺という1箇所にとどめ置くための機構。俺の俺に対する不快感の根源。首筋と、額の傷が鋭く警告を発する。

頭の中に神社で見た満天の星空を思い浮かべた。
それから耳に侵入して不運をかき出すアイの細い触手。

「つまらないな。まぁアイはすぐにいなくなる。東矢もすぐに死ぬ。いずれ自分の考えかどうかも分からなくなるし、今考えてることもすぐに忘れるさ、今までみたいに」

だから俺は今、俺の意思が生きているうちに東矢を助けに行こう。
友達、だからな。
アイも今日の分の不運は持っていってくれている。
死なないさ。この程度の修羅場は慣れている。





「ねー、それでケーキは?」

我に帰った途端ケーキの催促かよ。ゲンナリするな。

「アンリ、ケーキ5個分やるからついてこい」

「わかった♪ 5個だよ! やった!」

俺はライオ・デル・ソルを検索する。東矢が気に入っているのは確かこの喫茶店だ。さわやかな男性の声が聞こえる。

ピンクのケーキの持ち帰り予約はできますか? ピンク? ルバーブケーキですね? いくつお求めでしょうか。 ええと、10個ありますか。 ……よかった、ギリギリ10個です。 では、閉店までには伺います。 お待ちしております。税込で6600円になります。 ろっ……わ、わかりました。藤友と申します。携帯は……。

6600円だと! 金が飛んでく……。
アンリ、よかったな、3000円分のケーキだよ。
ハァ、まあ背に腹は代えられないな。

食材を片付けて、いろいろ使えそうなものをカバンに詰め込む。普段なら職質されるとヤバいものでもアンリが一緒に来るなら問題ない、ほんとに幸運だからな。





アンリに導かれるままついていくと、4階建のビルにたどり着く。新谷坂駅の裏通り。薄暗く雑居ビルが立ち並ぶごみごみした灰色の一画。
いつの間にかしとしとと最後の雨が降り出していた。この雨が上がったら、アイはいなくなるのだろう。

「このビルの4階にいるよ」

4階……ちょうど隣のビルも4階建だな。2つのビルのすき間は30センチほどで、問題のビルのほうからベランダが突き出ている。あつらえむきだ。
アンリと一緒に隣のビルの屋上に忍び込む。都合よく屋上の鍵は開いていた。アンリといると本当に都合がいいよな。
問題のビルの4階はちょうどこの隣のビルの屋上から見下ろせる位置にあった。袖看板にはなんの変哲もない建築事務所の名前になっていたが、眺め下ろした光景は、言うなれば『組事務所』。取り急ぎ検索してみたが、登録事務所にはなっていない。だが、極めて危険だ。今は真っ昼間だから人はあまりいないようだが、首筋がチリチリするし額の傷も痛む。

「アンリ、俺と東矢が生還した方が、ケーキが増える」

「そうなの?」

「俺のケーキをわけてやる。東矢もたぶん、くれるだろ。それに俺の名前で予約したから俺がいないとケーキはないぞ? だから俺のいう通りにして、生還をいのれ。特に余計な援軍が来ないことを」

「わーい、ケーキ7個♪」

見下ろした部屋の一つにアイと背の高い男がいて、その隣の部屋で東矢と頭の赤いガタイのいい男がいた。
どういう状況なんだこれ。音が聞こえないとよく分からないな。角度的に唇も読めない。

あ、やばいな、アイの頭に穴が開いた。サイレンサーか。
糞、やっぱ飛び道具持ってる系か。どうすりゃいんだこれ、さすがに防弾チョッキなんて持っていない。
圧倒的に死にやすいのは東矢だが、逃げるにはアイを確保した方がよさそうだよな。だが2部屋に別れているとどうしようもない。どちらか片方をなんとかしているうちに援軍が呼ばれる。さすがにヤクザ大人数を相手は無理だ。それに、アイは今誰の味方だ?

「アンリ、アイちゃんの依頼者になる条件はなんだ?」

「えー? 掲示板にメールくれた人?」

「今日の依頼者はどうなってる?」

「うーん、今日の人は死んじゃった」

なら、アイに襲われる可能性は少ないか。
お、東矢と赤い男がアイの部屋に入ったな。

「新しい依頼者が来る可能性は?」

「もう来ないよ」

じゃあ、なんとかなるかな。
カバンを探って自家製の発煙弾を出す。ホームセンターの材料と片手鍋があれば簡単に作れる。1番効果時間が短くて派手なやつ、これだな。
導火線に火をつけて頃合いを見計らい、部屋の窓に向かって投げ込んで、煙が充満したとこで叫ぶ。

「アイちゃん、俺のお願いだ。今すぐその部屋にいるやつ全員を制圧しろ。後から入ってくる奴も同様だ、俺とアンリを除く」





ハルくんの声に私は部屋にいる全員を拘束した。
ハルくんのお部屋を借りるときに、なるべくお願いを聞くという約束をしているし、無理でも嫌でもない。
ここにいる全員ってことは私も含むのかな? どうだろう。とりあえず巻いとこう。しゅるしゅる。

煙はすぐに消えて、ベランダに隣のビルから飛び降りてくるハルくんが見えた。アンリもぴょんと飛んで降りてきた。

「アイちゃん、別に自分を制圧する必要はない」

そっか。しゅるしゅる。

「ケホケホッ、藤友君、きてくれたの?」

「まあ、友達、だからな、でもやっぱお前バカだな、顔隠してきた意味がないじゃないか」

「どうなってやがる、誰だテメェ」

「そこの2人をいただきにきただけだ。他は何もしない。もらってく」

「だめです。今逃げてもこちらのジンさんはおいかけてきて東矢を殺します」

あれ?
それは、だめなことなの? そういうものなのではないの?
どうしてダメなのかな。

「ん、どうすっかな、そっちの赤い髪の人はどうなの?」

「こちらの人はわかりません」

「タイさんは多分大丈夫な人だよ」

そうなんですか?
そういえば東矢はタイさんと一緒に来た。何か約束とかしたのかな。

「んん、困ったな。両方殺してアイちゃんに片付けてもらうのが1番安全か?」

「だめっ藤友君やめて」

「あのな、少なくともあの赤い方は、お前が俺の名前言ったからこういう話になってるんだ。そろそろ口を開く前に一回考えることを覚えろ」

「え? ええっと、赤いバンダナの人?」

「おせぇよ」

ふふ。
あれ? なんだろう。この感じ。

「てめぇ、アイちゃんこれほどけ。そいつは新しい依頼者か?」

「違いますが、この人のお願いはなるべく聞くと約束しています」

「そういうこと、けど、あんま悠長にしてらんないんだよな、もう消えたけど煙出たから通報されてるかもしれない。赤いのは置いといて、そっちのジンさん? は殺す。そうじゃないと助けに来た意味がないだろ? 少なくとも俺はないな。追われるのは勘弁だ、いいな? 東矢」

「えっとえっと、アイさんは記憶をいじれるから、僕らの記憶を全部消してもらえればいいんじゃないかな」

「アイちゃん、そうなのか? それはすぐできるのか?」

「5秒もあれば可能ですが、目的達成のためには関連記憶も含めて広く消す必要があります」

「じゃあそっちのジンさんはそれでいい、すぐやってくれ。それでそっちの、タイさん、はどうするかな、おいタイさん、お前の立場はなんだ、よく考えて簡潔に答えろ」

ジンさんを拘束する触手を伸ばして耳から脳に侵入する。
アンリと東矢の記憶、それから私の記憶。あれ、私の記憶を消すなら、タツさんの記憶も消さないと不自然? あれ、じゃあマサヒコさんもか。ええと、そうするとマサヒコさんに関連する事件と、この間ジンさんが指定したリストに関係する人たちの記憶。……結構、消しちゃった。何年分か飛んだ気がするけど、まあ、いいかな。

「俺はジンさんの下でここの3番目だ。お前らと敵対しない。そっちの東矢と話したがそいつが言いふらすと思わないしアイちゃんもいなくなるんだろ? こちらがそちらに関わる理由は何もない。こちらの組織はうまく収めるつもりだ。俺をこのまま生かした方がそちらのメリットにもなる」

「……一応は納得できるが、担保がほしい」

「担保?」

「免許証を写メらせろ。それから何かヤバい写真、何かは任せるがわかるだろ?」

タイさんは免許証をハルくんに渡して、隣の部屋からタツさんの死体を引きずってきて、ナイフでタツさんの胸を刺した。
もう死んでいたから血は出なかったけど、その姿をハルくんが写メに収める。

東矢が悲しそうな顔をしている。
タツさんの死体はどうなるのかな。
マサヒコさんの記憶だと専門の業者に依頼するみたいだけどそこから先はわからない。
なぜタツさんはジンさんに話に行ったんだろう。
気になる。記憶が見たい。
あれ? 私はタツさんが欲しい。
何かを欲しいって思うのも、初めてかも。

「あの、タツさんの死体をもらってもいいでしょうか」

「こちらとしてはありがたいが、死体がなければ犯罪の証拠にはならないだろう? そっちのバンダナはそれでいいのか?」

タイさんはハルくんを見る。
ハルくんは少し考えて、タイさんにタツさんの首を切れと言った。ハルくんがその様子を動画で撮影している途中で東矢は気を失った。
半分くらい切ったところで微かにサイレンが聞こえる。

「十分だ。アイちゃん、奇麗に回収して。とっととずらかるぞ、アンリ、ついてこい」

「わーい♪ ケーキ7個♪」

私がタツさんを回収する間にハルくんは東矢を担ぎ上げてドアから出る。私たちがビルから出た直後に、消防士がビルに突入した。
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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