第14話 呼び出しは3回目で

文字数 3,288文字

俺は自室のドアを閉め、電気もつけずにベッドに倒れこむ。
ヤバい。トイレで何かに関わった。今も首筋がチリチリする。この感触は逃げられていない。これはどのくらいヤバイ奴だ? 『トイレの花子さん』なのか?
まずは原因の特定が必要だ。その次に対策方法を考える。闇雲に動いても仕方がない。


前提として、俺は常軌を逸するレベルで運が悪い。不可視の呪いの装備を身に着けているんじゃないかと最近思っている。悪いことはだいたい俺に降りかかって来るし、人間関係もろくなことが起きない。
アンリは俺とは真逆で、幸運という海の中を泳いで生きているような奴だ。アンリの望むことはだいたいかなうし、誰も彼もがアンリに喜んで従う。でもアンリにとってそれはつまらない。だからアンリはいつも予想のつかないもの、面白いものを求めている。
俺はアンリの『面白い』枠に入っている。俺の圧倒的不幸がアンリの圧倒的幸運とせめぎ合っているのか、俺はアンリに従わない。それがアンリには面白い。アンリの幸運の波しぶきがかかるのか、アンリと一緒にいる時は、俺はなんとか『ちょっと運の悪い常人』並の幸運にあずかれる。なんとなく、小判鮫みたいだな。

原因の特定のために、俺は今日のことを振り返る。
昼休みの終わり、アンリは俺の隣の席に話しかけた。

隣の席は東矢一人。中肉中背、やけにきれいな顔立ちをしているが、自信なさげでもともとあまり目立たない奴だった。
ただ、今週の初め、変化があった。ただでさえ目立たないのにもっと目立たなくなった。空気みたいな奴っていうのか? 窓から教室に差し込む光が東矢を無視してそのまま透過しているかのように、注意を向けないといるのかわからないくらい存在感が薄くなった。東矢に何かあったのか、とは思ったが、関わってもろくなことがない気がしたから、気にしないことにした。
俺の不運は、妖怪変化や都市伝説の類も呼び込む。誰も気がつかなくとも、そういうものは普通に隣に歩いて、目が合うと近づいてくる。巻き込まれないコツは、こちらが『気がついている』ことを気づかせないことだ。


今日、アンリが東矢に話しかけた時。驚いたことに、東矢は普通に困惑し、返答をためらった。アンリの幸運の支配を受けない東矢の反応に、アンリは目を輝かせた。

アンリは客観的には狂ったトラブルメーカーだ。俺は幸運のかけらを求めてアンリに付き合っているが、アンリの『面白いこと』はたいていの他人にとってはろくでもない。だから、俺は老婆心で無視するよう忠告した。
けれどもこいつは、最悪な形でアンリのハートを撃ち抜いた。

「好きなもの、怖い話……とか」

最悪だ。それはアンリの好物だ。
こいつは間違いなくアンリの『面白い』枠に入る。俺もかかわらざるを得ない。
淡々と進む数学の講義を耳から耳へと流しながら、午後いっぱい頭をひねって考えた最適解。どうせかかわるなら東矢と良好な関係を築き、リスクを最大限減らす。可能なら味方に引き込む。当面は当たりさわりなく観察して適度に愛想は振りまいておこう。近い人間関係でもめるのは最悪だからな。

放課後、案の定アンリは東矢を誘う。アンリは今夜の探検に目を輝かせている。経験上も放置するのはやばい。
不要なリスクを背負い込まないよう、俺は極力危険を避ける方向で誘導する。最終的に残したのは、アンリの話の間にサラっと差し込んだオーソドックスな『トイレの花子さん』だった。七不思議を探したいアンリの題材として不足はない。多分ここで、アンリの希望に沿った『トイレの花子さん』が発生した可能性が高い。怪異ですら、狂ったアンリの幸運にに従う。

『トイレの花子さん』は小さな女の子の幽霊のはずだ。幽霊なら俺は見えない。俺の運はこれ以上下がりようもないほど悪いから、追加で一体見えないものに付きまとわれてもたいして影響はない。それに最悪のパターンでもトイレに引きずりこまれる程度だ。昔のぼっとん式ならともかく、今の学校のトイレは水洗で引きずりこまれることはない。
俺はうまく誘導できたと思う。屋上やプールだと、不運な俺は万一死ぬ可能性があるからな。

トイレは校舎の東西の端近くにあるり、影が濃い。全員がトイレに入ってしまうと逃げ道がない。アンリがトイレを探検している間、俺は廊下と階段に視線を送り、異変がないかを見張る。万一にも怪異に巻き込まれないようトイレには入らないようにした。途中休憩で東矢がうかつなことを言ったが、まあ何とかなった。

問題は3階西側のトイレだ。
見た目は他のトイレと同じ。廊下と細い金属で区切られたリノリウムの床が冷たく張られ、水場のせいか、少し湿りを感じる。入り口から奥は見えない。
俺には違いはわからなかったが、東矢の様子はトイレに差し掛かった時から何かおかしかった。一瞬ピクリと不自然に動きを止めて瞬きをして、目だけで左右を窺った。表情も何かに戸惑っている様子だった。その後アンリはドアが開かないと騒ぎ始め、東矢に様子を見に行ってもらった。しばらくは静かになったが、またガチャガチャとノブを回す音がしはじめた。

初見の東矢にはアンリの止め方もわからないだろう。このままじゃらちがあかない。俺がさっさと回収するしかない。トイレに入り、俺は『トイレの花子さん』はいないとアンリを説得した。
その時だ。ふいに、首筋にチリチリとした悪寒が走った。これは俺が怪異に巻き込まれるときに感じる合図だ。
何が引っかかった? トイレの中の様子は別段変わらなかったし、何かした覚えはない。俺がアンリが希望した『トイレの花子さん』を否定したのがまずかったのだろうか?
念のため、『トイレの花子さん』についての東矢の認識も聞いてみたが、俺の認識とそう齟齬はなかった。

相手はおそらく『トイレの花子さん』。ただし巻き込まれた原因がわからないと対策がたてられない。
あの時は急いで退散したが、今も合図は続いている。俺は怪異に巻き込まれかけている。そういえば東矢はトイレの中でも妙に緊張していたな。仕方がない、明日少し聞いてみるか。





翌朝、俺は夜更かしで眠い頭をゆすりながら学校に向かう。太陽が眩しくて目が痛い。学年別に並んだ木製の靴箱がにじんで見える。昇降口で何人かと挨拶しながら靴箱を開けると、対処に困る事象が発生していた。上履きの上にそっと茶封筒が置かれていた。しわ一つない、新品の茶封筒?
日に透かして剃刀が入っていないかだけ確かめて封筒をあけると、

「放課後に待ってる」

とだけ書いてある紙が几帳面に三つ折りになって入っていた。
俺の靴箱には時折ラブレターやら呪いの手紙やらの類が入っていることがある。だがその場合はもう少しマシな、というか、かわいい封筒やおどろおどろしい封筒に入っていることが多い。茶封筒には入れないだろう。紙もコピー用紙のようだ。なお、果たし状の場合は紙そのままで封筒には入っていないし、入っていても表面に筆ペンで『果たし状』と律儀に書いてある。
茶封筒という形式はどことなく事務的な感じがして、外形から意図が読めない。それに、肝心の名前も場所も書いてない。事務連絡に必要な用件も満たされていない。

ただ、俺には心当たりがあった。封筒を触った瞬間、首筋がちりりとした。昨晩の関係のように思える。
暗闇で襲ってくるのではなく手紙で呼び出すという穏当な手段を取るのなら、差し迫った危険はないのかもしれない。ただし、手続きとして呼び出しに応じるという必要があるのかもしれない。吸血鬼が家に入るには招待が必要なのと同じように。
……見つかってしまったのなら、放っておくのも得策じゃない。関係が終わらないからな。時間がたつほどにこじれても困る。会話ができるなら直接聞いてみるのが早道かもしれない。どうしたものかな、と思い、ポケットから取り出したペンで手紙の裏に書置きをして、靴箱に戻した。

『17時半に校舎西側の保健室の裏で』

次話【放課後、校舎の裏で】
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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