第18話 残された時間
文字数 3,073文字
「東矢くん、ひょっとして邪魔してる?」
放課後、急いで教室を出ようとした時、眉間にシワを寄せて怖い顔をしようとしている坂崎さんが僕の席の前に立ち塞がった。
この場合、花子さんの邪魔ってことだろうか。
「邪魔、してないよ」
「なんで邪魔するの。あの子、ハルくんがすきなんだよ?」
こちらの話は聞いてもらえてない感。でも、藤友君は、坂崎さんが藤友君を外に出そうと思えばでられるといっていた。
「あの人が藤友君が好きなのは知ってる。でも、藤友君はあの人が好きじゃない。藤友君の気持ちはどうでもいいの?」
「ハルくんは嫌じゃないと思うよ? 嫌がってないでしょ?」
??? 坂崎さんは何をいっているんだ? 藤友君はずっと外に出ようとしているのに。
「藤友君は外に出たいと思ってるよ」
「どうして?」
どうしてって、あたりまえじゃないの? 閉じ込められるのが好きな人っているの?
「捕まったままじゃ、したいこともできないでしょう?」
「ハルくんにしたいことはないよ?」
「ずっと一生でられないと、困るでしょう?」
「そうなの?」
坂崎さんは少し首をかしげて心底わからないという顔をする。藤友君がいう通り、藤友君の立場から説得するのは無理な気がしてきた。
「あの人は藤友君が好きだけど、他にもしてほしいことがあるんだ。僕はそれを手伝いに行く。問題ある?」
坂崎さんは、んんん?っと考えてにこりと笑った。
「わかった。それならいいよ。でも邪魔しないであげてね」
藤友君の言う通り、花子さんのための説得なら聞くのかもしれない。どうしたらいいのかはまだ思いつかないけど。
◇
坂崎さんと話してて少し遅くなったけど、僕は学校と寮の境目にほど近い木で、もぞもぞしている花子さんを見つける。昼とは場所が変わっていない。あまり動かない生き物なのかな。藤友君がいるから動けないとか? なんとなく満足している雰囲気を覚える。
「さっき坂崎さんとちょっと話したけど、邪魔するなって言われた。正直、説得は難しいかも。花子さんをうまくバラバラにしたらすき間から出れないかな」
「ここがどういう空間かにもよるな。俺ももう少し花子さんと話してみる」
始める前に少しだけ藤友君と打ち合わせして、携帯一旦切る。電源は予備を持っているらしいけど、節約しないと。外部との唯一の連絡手段だもんな。
なんだか、見慣れたせいか、花子さんを前より不気味に感じなくなっていた。よく見れば人のパーツだし、ちょっと傷んでるところもあるけど、基本的には僕と同じだよね?
とりあえず、当たり障りのないところから始めるのがいいかな。当たり障りのないところから始めるのがいいかな。
長い髪を取り除いてまとめ、崩れそうなところや中身が出てるところははなるべく手を出さずに、大き目のパーツを引っこ抜く。なるべく似ているパーツは似ているパーツとまとめて保管。
花子さんの外側はぶらんと腕が垂れ下がってたりするけど、中の方はギチギチにくっついている。むりに引っ張ってもいいのかな。
「痛くない? このくらいなら引っ張っても大丈夫?」
「だ「だいじ」ぶ「ょう」」
「あなたたちは、藤友君は外にいるより中に入っていたほうがいいと思う?」
腕を引っこぬく。この腕は藻が絡まっているから、あっちと同じ塊に。
「さわら、「だい」あ、ぶつかな、「んぜ」いいう」
そうか。花子さんは花子さんなりに外より安全なところを作っているつもりなのか。藤友君もぬるま湯みたいだって言ってたもんな。やっぱり花子さんはいい人っぽい。
頭っぽいものを切り分ける。目がキョロリとこちらを向いて目が合う。意外とまつげが長い。この子はちょっとひしゃげてるから、あっちの体と同じかな。そうやって、完全に分離してしまうと、そのたびに花子さんと繋がっている糸とは切れてしまうようで、感じ取れる意識は少なくなっていく。少し、寂しい。
そうこうしているうちに途中休憩をいれながら、二時間程度で花子さんは、なんとなく同じようなパーツが集まった4つの山と、紐のようなものがギチギチに固まった切り分けられない部分に分かれた。藤友君はでてこなかった。でも、GPSでは目の前にいる表示になっている。
「もしもし藤友君? 花子さんはわけてみたけど、藤友君はでてこなかった。どうしよう。まさか4つにわれてないよね?」
「こちらの様子は全く変わってないな。異次元かどこかなんだろうか。花子さんは喜んでいる」
よかった。でも新谷坂山の封印とは性質が違うのかな。あれは明確に入り口があったのだけど。藤友君はどうやったら出られるんだろう。
「僕の方はバラバラにしたら花子さんの声が聞こえなくなっちゃった。そっちはどう?」
「こちらはおそらく変わりないな。アンリは他になにかいってたか」
「えーと、藤友君が出たがっているっていったら藤友君は嫌がってないっていってた。あと、外に出てもやりたいことがない、とか」
電話口で舌打ちが聞こえる。
「俺は出たい、が確かに外に出てやりたいことはないな。もっと嫌がるべきか?」
なんだか独り言のような声。
「そりゃ、急に言われても、やりたいことなんて浮かばないでしょ」
ぼくも怪異を封印しないといけない。封印のためには藤友君には出てきてもらわないと困る。藤友君ごと封印なんて無理。まあ封印の方法なんて知らないんだけど。
そこで僕はアレッと思った。花子さんに感じた細い糸みたいなもの、新谷坂山との封印のつながりがどこにもなくなっていた。4体分の何かからも感じない。4体のうちのどれかか全部が怪異だと思ってたけど、違うのかな。4体はもとの人の形に戻るわけでもなく、ばらばらのままのたのたと蠢 いている。やはり怪異が影響して、4体はもとにもどれないのだろうか。藤友君もつかまったままだし。
「藤友君、そっち、花子さんから何かが増えたり足りなくなったりしてない?」
「うん? 特に違いは感じないが……それより東矢、そろそろ寮の晩飯が終わる時間だ。一度戻ったらどうだ」
携帯の時刻は20時半を示していた。寮の食事時間は21時まで。いつのまにか、あたりはすっかり暗くなっていて、学校と寮の間の塀沿いに設置された照明灯だけが冷たく光っていた。
「あっもうこんな時間。そういえば藤友君もご飯いるよね」
「いや、何故だがわからないが腹が減らない。体力が落ちてる様子もない。こちらは気にしなくていい」
その言葉に、僕はちょっといやな感じがした。ご飯も何もいらないなら、藤友君はずっとこのままかわらない。お腹が空いて藤友君が苦しめば、ひょっとして花子さんは出してくれるんじゃないかと少し思ってた。でも状態が固定されて、お腹も空かず中にいても困ることがないなら、花子さんには藤友君を外に出す理由はない。
そうするとずっとこのまま?
この中では年をとるのか?
永遠に1人ぼっち?
僕は急に、もの凄く怖くなった。それはいくらなんでも酷すぎる。僕なんてたった3日話しかけてくれる人がいないだけで結構ダメージなのに。
携帯の電池が切れたら、藤友君は誰とも連絡がとれなくなる。中からは出られない。外からも探せない。藤友君を助けられる時間はもうあまりないのかもしれない。
僕は茂みの中にそっと花子さんを隠して一旦寮に戻った。
次話【その袋の中はあたたかいですか?】
放課後、急いで教室を出ようとした時、眉間にシワを寄せて怖い顔をしようとしている坂崎さんが僕の席の前に立ち塞がった。
この場合、花子さんの邪魔ってことだろうか。
「邪魔、してないよ」
「なんで邪魔するの。あの子、ハルくんがすきなんだよ?」
こちらの話は聞いてもらえてない感。でも、藤友君は、坂崎さんが藤友君を外に出そうと思えばでられるといっていた。
「あの人が藤友君が好きなのは知ってる。でも、藤友君はあの人が好きじゃない。藤友君の気持ちはどうでもいいの?」
「ハルくんは嫌じゃないと思うよ? 嫌がってないでしょ?」
??? 坂崎さんは何をいっているんだ? 藤友君はずっと外に出ようとしているのに。
「藤友君は外に出たいと思ってるよ」
「どうして?」
どうしてって、あたりまえじゃないの? 閉じ込められるのが好きな人っているの?
「捕まったままじゃ、したいこともできないでしょう?」
「ハルくんにしたいことはないよ?」
「ずっと一生でられないと、困るでしょう?」
「そうなの?」
坂崎さんは少し首をかしげて心底わからないという顔をする。藤友君がいう通り、藤友君の立場から説得するのは無理な気がしてきた。
「あの人は藤友君が好きだけど、他にもしてほしいことがあるんだ。僕はそれを手伝いに行く。問題ある?」
坂崎さんは、んんん?っと考えてにこりと笑った。
「わかった。それならいいよ。でも邪魔しないであげてね」
藤友君の言う通り、花子さんのための説得なら聞くのかもしれない。どうしたらいいのかはまだ思いつかないけど。
◇
坂崎さんと話してて少し遅くなったけど、僕は学校と寮の境目にほど近い木で、もぞもぞしている花子さんを見つける。昼とは場所が変わっていない。あまり動かない生き物なのかな。藤友君がいるから動けないとか? なんとなく満足している雰囲気を覚える。
「さっき坂崎さんとちょっと話したけど、邪魔するなって言われた。正直、説得は難しいかも。花子さんをうまくバラバラにしたらすき間から出れないかな」
「ここがどういう空間かにもよるな。俺ももう少し花子さんと話してみる」
始める前に少しだけ藤友君と打ち合わせして、携帯一旦切る。電源は予備を持っているらしいけど、節約しないと。外部との唯一の連絡手段だもんな。
なんだか、見慣れたせいか、花子さんを前より不気味に感じなくなっていた。よく見れば人のパーツだし、ちょっと傷んでるところもあるけど、基本的には僕と同じだよね?
とりあえず、当たり障りのないところから始めるのがいいかな。当たり障りのないところから始めるのがいいかな。
長い髪を取り除いてまとめ、崩れそうなところや中身が出てるところははなるべく手を出さずに、大き目のパーツを引っこ抜く。なるべく似ているパーツは似ているパーツとまとめて保管。
花子さんの外側はぶらんと腕が垂れ下がってたりするけど、中の方はギチギチにくっついている。むりに引っ張ってもいいのかな。
「痛くない? このくらいなら引っ張っても大丈夫?」
「だ「だいじ」ぶ「ょう」」
「あなたたちは、藤友君は外にいるより中に入っていたほうがいいと思う?」
腕を引っこぬく。この腕は藻が絡まっているから、あっちと同じ塊に。
「さわら、「だい」あ、ぶつかな、「んぜ」いいう」
そうか。花子さんは花子さんなりに外より安全なところを作っているつもりなのか。藤友君もぬるま湯みたいだって言ってたもんな。やっぱり花子さんはいい人っぽい。
頭っぽいものを切り分ける。目がキョロリとこちらを向いて目が合う。意外とまつげが長い。この子はちょっとひしゃげてるから、あっちの体と同じかな。そうやって、完全に分離してしまうと、そのたびに花子さんと繋がっている糸とは切れてしまうようで、感じ取れる意識は少なくなっていく。少し、寂しい。
そうこうしているうちに途中休憩をいれながら、二時間程度で花子さんは、なんとなく同じようなパーツが集まった4つの山と、紐のようなものがギチギチに固まった切り分けられない部分に分かれた。藤友君はでてこなかった。でも、GPSでは目の前にいる表示になっている。
「もしもし藤友君? 花子さんはわけてみたけど、藤友君はでてこなかった。どうしよう。まさか4つにわれてないよね?」
「こちらの様子は全く変わってないな。異次元かどこかなんだろうか。花子さんは喜んでいる」
よかった。でも新谷坂山の封印とは性質が違うのかな。あれは明確に入り口があったのだけど。藤友君はどうやったら出られるんだろう。
「僕の方はバラバラにしたら花子さんの声が聞こえなくなっちゃった。そっちはどう?」
「こちらはおそらく変わりないな。アンリは他になにかいってたか」
「えーと、藤友君が出たがっているっていったら藤友君は嫌がってないっていってた。あと、外に出てもやりたいことがない、とか」
電話口で舌打ちが聞こえる。
「俺は出たい、が確かに外に出てやりたいことはないな。もっと嫌がるべきか?」
なんだか独り言のような声。
「そりゃ、急に言われても、やりたいことなんて浮かばないでしょ」
ぼくも怪異を封印しないといけない。封印のためには藤友君には出てきてもらわないと困る。藤友君ごと封印なんて無理。まあ封印の方法なんて知らないんだけど。
そこで僕はアレッと思った。花子さんに感じた細い糸みたいなもの、新谷坂山との封印のつながりがどこにもなくなっていた。4体分の何かからも感じない。4体のうちのどれかか全部が怪異だと思ってたけど、違うのかな。4体はもとの人の形に戻るわけでもなく、ばらばらのままのたのたと
「藤友君、そっち、花子さんから何かが増えたり足りなくなったりしてない?」
「うん? 特に違いは感じないが……それより東矢、そろそろ寮の晩飯が終わる時間だ。一度戻ったらどうだ」
携帯の時刻は20時半を示していた。寮の食事時間は21時まで。いつのまにか、あたりはすっかり暗くなっていて、学校と寮の間の塀沿いに設置された照明灯だけが冷たく光っていた。
「あっもうこんな時間。そういえば藤友君もご飯いるよね」
「いや、何故だがわからないが腹が減らない。体力が落ちてる様子もない。こちらは気にしなくていい」
その言葉に、僕はちょっといやな感じがした。ご飯も何もいらないなら、藤友君はずっとこのままかわらない。お腹が空いて藤友君が苦しめば、ひょっとして花子さんは出してくれるんじゃないかと少し思ってた。でも状態が固定されて、お腹も空かず中にいても困ることがないなら、花子さんには藤友君を外に出す理由はない。
そうするとずっとこのまま?
この中では年をとるのか?
永遠に1人ぼっち?
僕は急に、もの凄く怖くなった。それはいくらなんでも酷すぎる。僕なんてたった3日話しかけてくれる人がいないだけで結構ダメージなのに。
携帯の電池が切れたら、藤友君は誰とも連絡がとれなくなる。中からは出られない。外からも探せない。藤友君を助けられる時間はもうあまりないのかもしれない。
僕は茂みの中にそっと花子さんを隠して一旦寮に戻った。
次話【その袋の中はあたたかいですか?】