第20話 ラブレターの結末

文字数 3,332文字

藤友君は土日の2日は入院していたようで、その翌月曜に学校に来た。
僕は昇降口に入る藤友君のあとをこっそりつける。藤友君は靴箱からかわいらしいピンク色の封筒を取り出して器用に右手だけでさっと開き、目を走らせる。少しだけ藤友君の眉があがり、何とも言えない表情になった。そして、僕は振り返った藤友君に見つかった。

「東矢、おまえの仕業か」

「まぁ、入れたのは僕だけど、中身を考えたのは花子さんだよ」

「返事はここに入れれば届くのか」

「手紙を書くなら僕が預かる。花子さんはここまで来れないから。直接返事してもいいと思うけど」

「……花子さんが幽霊なら俺は見えない。放課後行くからついて来てくれ」

あ、そういえば藤友君は幽霊が見えないっていってたっけ。えっ本当に『見えない』ってだけの意味だったの?

教室に向かいながら怪我について聞いたら、動脈に傷がついていたから手術をして、手に痺れがあるらしい。大丈夫なのって聞いたら、坂崎さんにおまじないをしてもらうから大丈夫だ、と言った。
藤友君はガラリと右腕で教室の扉をあけ、ツカツカと坂崎さんに近寄る。

「アンリ、お前のせいで腕をケガした。痛いし痺れる。治るよう祈れ」

「えっごめん。なおれーなおれー」

そう言って坂崎さんは難しい顔をしながら藤友君の左腕の上でおまじないをかけるようにもぞもぞと手を動かした。
これって本当に効くの? って聞いたら本当に効くらしい。本当に!?
坂崎さんは藤友君が外に出ていることについて、何もいわなかった。花子さんのことも何も。あんなに邪魔するなって言ったのに、坂崎さんはよくわからない。藤友君は、気にしたら負けだ、という。

このほかにも授業が始まる前に藤友君にいろいろ聞いた。きれいに洗ったナイフも返す。
腕を刺す以外に他に方法はなかったのか、とかいろいろ。

腕の件については、やっぱり携帯の電池に危機感を持っていたそうだ。まだ1,2日なら大丈夫だったらしいけど、ぎりぎりになって選んだ方法がダメだったら取返しがつかないから、できる方法から試したらしい。一応あらかじめ止血がうまくいくようにいろいろ対策したし、場所的に死なないだろうと思ったとか。でも神経を損傷して腕が動かなくなるかもしれないと考えてたって聞いて血の気が引いた。なんでこれを最初に選ぶのさ。
もうちょっと何かなかったのってきいたら、真面目な顔で、東矢は他に何か思いつくか、一生閉じこめられるよりマシだと思った、と言われて二の句が継げなかった。
確かに僕には坂崎さんを説得する自信はない。

なんで事前に教えてくれなかったか、については事前に説明すると花子さんに止められそうだったから。まぁそうかも。
救急車については、藤友君はものすごく運が悪いらしいから、自分で呼んだら渋滞とかで来ない可能性があると言っていた。この時は、なんだそれ、と思った。けれど、この後も藤友君と付き合ううちに、あまりの不運っぷりに、この言葉に納得するようになった。





昼休み、僕は桜の下で花子さんと話をしながら昼ご飯を食べる。たくさんのさわさわと揺れる青い葉のすき間からやわらかい光がこぼれる。
花子さんに、放課後に藤友君と一緒に返事しにくるよ、と告げると、花子さんはうれしそうな、そして少し不安そうな顔でうなずいた。
僕と花子さんが一昨日の夜に話し合った作戦は、藤友君に正式にラブレターを出すこと。
僕が花子さんからきいた、彼女の『学校の怪談』はこういう内容。

彼女は好きな男子にラブレターを書いて靴箱にいれたら、みんなの前で公表されてぼろくそに言われて、その男子に死ねよといわれて桜の木で首を吊って自殺した。それで、死んで幽霊になった後もその男の子のことを忘れられず、校庭から探している。

普通、そこまでされた人をまだ追いかけたいものなのかな。でも、花子さんは新しい恋をみつけた。
付き合いは短いけど、僕は藤友君は優しくて、酷いことをしない人だと思う。花子さんは藤友君に、「結構好き」と言われたとちょっと恥ずかしそうに言う。見守るくらいは許してくれないかな、とつぶやく。

あまり選べなかったけど、購買でピンクの封筒セットを買って、花子さんの言葉を書いた。

『ハルくん、ごめんなさい。
 もういちど、あいたいです。
 とじこめたりしません。』

短い言葉。でも、花子さんの気持ちがたくさんこもっているのを知っている。
花子さんはどきどきしながら、手紙を僕に託した。

藤友君がどういう返事をするのかはわからないけど、もう一度会いたいという花子さんの願いだけはかないそうだ。
僕は、放課後にまたくるよ、と花子さんに言って別れる。花子さんは桜の木の下から、僕に小さく手を振った。





放課後、僕は藤友君を桜の木に案内する。
藤友君は少し緊張しているようだったけど、花子さんを信用しているようで、閉じ込められるとかは思っていないようだった。
閉じ込めてたのはあの怪異の力だから、今の花子さんにはそんな力はないけど。

桜の前では花子さんが頬を染めて緊張しながら待っていた。
藤友君は少しキョロキョロして、視線を桜の木に向けた。
微妙に視線が合っていない。本当に見えないのか。

「花子さん、そのへんにいる?」

花子さんはうなずいて、いる、と答えてるけど藤友君には聞こえていないようだ。
藤友君は僕をちらりと振り向く。僕は軽くうなずく。

「手紙を受け取った。残念ながら俺には幽霊は見えないんだ。だから花子さんを見たり一緒に話をしたりはできない。だから、つきあったりできないし、一緒に何かしたりもできない」

「それに、見えたとしても、俺と花子さんではいろいろ違うからうまくいかないと思う」

花子さんは悲しそうな顔をしたけど、しかたがないね、という感じでうなずいた。
確かに、見えも聞こえも触れもしないなら、どうしようもない、と思う。住む世界も違う。

「それに3年経ったら出ていくしな……ただまぁ」

藤友君はそこで1度言葉を切り、花子さんを探すように視線を彷徨わせる。

「それまでの間にたまに会いに来るくらいなら、可能だ。それでもいいなら、俺もたまに会いたい」

一瞬花子さんは驚いた表情を浮かべたあと、桜の花がほころんだような笑顔を浮かべ、ふわりふわりと浮かれるような風が吹いた。
藤友君は面食らったように振り向いて僕に尋ねる。

「東矢、花子さんは嫌がってるか?」

無責任なことをいってる自覚はあるが、と小さな声で続ける。

「すごく喜んでるよ」

僕には花子さんがいまにも藤友君に抱き着きそうな姿がみえた。季節外れの桜が咲きそうな勢い。こうして、花子さんは藤友君を見守る同意を取り付けた。

この日以降、僕が昼ご飯をたべに屋上に上った時、時々桜の木にもたれて昼ご飯を食べている藤友君を見るようになった。





僕は新谷坂山の井戸の底の封印に来ていた。
僕が回収した緑の石は、僕とのつながりをうっすらとは感じるけれども、なんの反応もしない。

「ニヤ、これが今回の『学校の怪談』の原因だと思うけど、これは一体なんなの?」

「それは災厄のもとだ。それ自体は害をなすものではないが、災厄を集め、かき回し、より巨大な災厄となす」

「この程度でとどまっていたのは僥倖だ」

えっこれそんなにやばいやつなの?
見ている分には、くすんだ緑の石にしか見えない。

「もっと『学校の怪談』がたくさんあったら危険だったのかな」

「可能性はある。ただ、4体にとどまっていたのはサカザキの影響もあるように思える」

坂崎さん? あの人本当になんなの?
僕は封印の中に石を投げ入れると、石はなんの抵抗もせず、そのまま沈んでいった。

「これなる返還により、主との縁は解消された。ここよりは我が封印にて守られる」

再び解放されぬ限りは、とニヤは続ける。
僕はニヤに、よろしく、と言って封印に背を向ける。
僕は新しい怪異を探しに、井戸を後にした。

次話【第3章 5本の腕と向日葵のかけら 『ナナオ』の友人】
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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