第39話 6月8日 (3) 頭がおかしい僕へのお礼

文字数 3,371文字

「あー、もう、失敗しちゃった」

僕は落下した衝撃で少しくらくらした。上を見上げると、『外骨格』の足が見えた。『外骨格』の足は銀色の液体じゃなくて、普通の人間の足になっていた。

「わかった、失敗して、もう君に入れなくなったから、諦める。ああ、残念だな」

『外骨格』はひどく残念な表情を浮かべていた。あれ? 表情がある。でも、この人は信用できない。

「あぁ、そんなににらまないで。もう君の体は使えないから。えっと、説明だっけ」

『外骨格』は天井に指を突き刺してぶら下がったまま話し続けた。
彼の本体は液状だから、この世界のような地上を生活の場とする世界では、本体を守るための外骨格を装備する。通常であれば外骨格を装備した状態で次の世界に渡り、渡った瞬間に外骨格がその世界での形状として固定される。これは、外骨格の破損等によって不測の事態で外に本体が飛び出す危険を防止するためと、この世界に順応するための登録に必要だからとのこと。
ところが『外骨格』は事故でバラバラの状態で世界を渡り、全てのパーツがそろわないので、固定できなかったらしい。そこで足を捕まえようとした。きちんと固定できるまでは、機能は使えるけれども十全ではなく、仮の外装という扱いのようだ。

さっき僕が足を捕まえたとき、位置データと共に、現在の僕の足の状態、運動データも送られたそうだ。これ自体は他の生物、つまり僕からの影響有無の調査のためのものだったのだけど、『外骨格』はその性能に驚いた。外骨格の強度は高いけど柔軟性と拡張性に欠ける。その点、僕のような内骨格は、強度という点では不足はあっても、大きさを拡張できるし筋肉及び骨格の機構を利用して様々な動きも可能。だから僕の体を乗っ取った上でところどころ余裕を持たせて外骨格をまとえば柔軟さを兼ね備えた素晴らしい肉体を手に入れられると考えたらしい。

「この間の子は中身がつまってて全然入る感じがなかったんだけど、君はなんだかとてもすんなり入れたから、とてもいいと思って」

やっぱり2年女子の怪我も『外骨格』の仕業か。よく考えたら『外骨格』の足は足だから手のあざはつかないもんな。

「でも、その場合、僕は死んじゃうんじゃない?」

「死んじゃう? 操縦が俺に変わるだけだし、寿命はかえって伸びると思うよ」

脳や神経系統を『外骨格』の本体に互換するらしい。ようは、僕の脳の機能は消失する。それ僕は死んじゃうってことなんじゃないの? それとも生きていても体全然動かせなくなるってこと? それってたいしたことじゃないことなの? やっぱり体の構造が違うと考え方が全然違ってくるな……。

「あなたは大したことないみたいにいうけど、それは僕にとってすごく困るんだ」

「まぁ、困るだろうと思ったから勝手にやろうとした点は、悪かったなと思ってるよ。ごめん」

軽過ぎるよ……。

「それで、僕の体が使えなくなったっていうのは?」

「ああ、俺はもうこの外装で固定と登録がされちゃったから、違う体を使うことはできないんだ。変えちゃうと、他の世界に渡れなくなるし。でもなんか変なんだよね、普通、外装の固定化はこちらからセンターに連絡しないとできないのに、回収した足に触ると固定化しちゃった。やっぱり不具合があるのかな?」

勝手に……? 僕の足も勝手に動いた。そうすると、『外骨格』の足が守ってくれたのかな。ありがとう、足。

「でも固定化のおかげで外装の機能が全部使えるようになった、こんなふうに」

『外骨格』はにこやかにほほえみながら涙と鼻水を垂らすというよくわからない行為に及ぶ。

「そんなわけで、もう君の体をねらったりしないから。あと……勝手なお願いで申し訳ないけど、できれば君の足から俺の本体を回収したい。もちろん俺も君の体を奪おうとしたんだから、嫌っていうなら諦めるけど」

『外骨格』は申し訳なさそうにいう。本体なのに帰ってこなくてもいいの? やっぱりなんか、常識が違う……。僕の骨の中にいる彼の本体。そのせいで僕の足はとても性能がいい。オリンピックなんて目じゃないくらい。
でも、僕は僕のままでいたい。それに結局、僕は体を奪われなかったし。『外骨格』もないと困るんじゃないかな。

「いいよ、返すよ。でも、本当に僕に何もしないんだね?」

「返してくれるの? 本当に? もちろん何もしないよ。というか、しようがないから。ありがとう。うれしい」

『外骨格』は奇麗な白い歯を見せて僕に笑いかける。表情があるとますます人っぽい。警戒心をつなぎ止めるのに努力が必要。
一応、『外骨格』の理屈には納得できた。本体を返す時に間違って封印に落としちゃ困るから、ということで、井戸の外に出て返すことにした。警戒しながら封印のふたから出たけど、『外骨格』は僕の警戒なんてちっとも気にしていないようで、バキバキと音を立てながら、雲梯を渡るようにさっさと天井を進んで、そのまま井戸の壁を登って外に出て行った。僕はその後ろ姿を追いかける。井戸は飛び降りる時は一瞬だったけど、さすがに『外骨格』の性能でも一足で10メートルを登ることはできない。前と同じように井戸の内壁に両手足をかけて登ったけど、『外骨格』の足のせいか、以前と比べて上りきるのが格段に早かった。

僕は鳥居の下の石段に座り、『外骨格』はそれより何段が下の石段に跪いて僕の左膝と右足首に触れる。僕は昨日の痛みを思い出して思わず体が硬直したけど、昨日と逆で最初に足の感覚が全て喪失して、そのしばらく後僕の左膝の脇と右くるぶしにぷつっと穴が開く音がして、『外骨格』の銀色の本体がにじみ出てきた。

「ふぅ、回収できた。ありがとう。痛みは大丈夫だった? 痛くないようにしたつもりだけど」

「うん、痛くはなかった。まだ痺れてるけど」

彼は右手首をポキッと折って、そのすき間から本体を収納する。

「そう、よかった。ええと、それでお礼だけど、どうしようかな。今希望はある?」

彼は僕の隣の石段に座り直して僕に尋ねる。

「うーん、急に言われても、思いつかないよ」

「まぁ、そうだよね、でも俺もずっと君の近くにいるわけにもいかないし。あ、そうだ」

彼は自分の右足小指をポキリと折り取り、外装部分の幅1センチくらいをピリリと引き裂いた。小指一関節分の外周サイズの、1センチ×5センチくらいの小さな欠片。それを僕に渡して言う。

「この外装をあげるよ。君にも馴染んでいるみたいだから、使えると思う」

「使える?」

「そう、この外装は僕を守るためのものだから、結構硬い。その辺のものじゃなかなか貫通しない。あと、簡単な形なら変形できる、ただし、外骨格は拡張性がないから、面積はこのままだけど。ああ、君の体やっぱりいいよね、あっ、大丈夫だから、取らないから」

ビクっとする僕に『外骨格』はあわてて取り繕う。

「その外装は、僕に入ったりまざったりはしないもの?」

「しないよ。服みたいなものかな」

そう言って『外骨格』は笑って自分のTシャツを指し示す。

「それは小指の部分だから、とりあえず小指に巻いて、必要な時使って。あ、でも俺がまた世界を渡る時、外装は脱いでいく。その時にはそれも機能が停止するから使えなくなる。その時は勝手にはがれ落ちるから、処分して」

足との思い出があるから、捨てるのは心苦しいな。僕は欠片を右足の小指に巻きつけると、すぅと小指に同化して見えなくなった。でも、カリカリと端っこを引っかけば簡単にはがれたから、着脱は容易そう。

「君しか外せないから、落としたりなくしたりはしないと思うよ」

「もらった分、減っちゃうけど大丈夫なの?」

「君にあげたのはほんの少しだからね。まあ少し小指が短くなるだけで問題ない、じゃあ、俺はそろそろ行くよ。もう会うことはないと思うけど、今回は本当に助かった、ありがとう」

「うん、じゃあ、元気で」

『外骨格』は手を複雑に動かすと、ブゥンという音がして、彼の目の前で空間が裂けた。『外骨格』は裂け目に足をかけて、最後に僕の方を振り返り、にこりとほほえんで、裂け目の向こうに消えて行った。

次話第4章最終話
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み