第33話 6月5日 追いかける足音のうわさ

文字数 4,717文字

なんとなく、赤司れこの発言が気になってTwiterを開く。


赤司れこ@obsevare0430
赤司です! いろいろ書いちゃうよ!

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赤司れこ@obsevare0430  4時間前
フォロワーさん見てるー?
見てくれる人がいるとはりきっちゃう♪
体育祭の注目はやっぱりリレーかな?
次に探すとすれば、放送とかかなぁ? だから早く帰ったほうがいいよー?
体育倉庫行っちゃだめっていったのにぃ。


赤司れこ@obsevare0430 6月5日
あ! 初めてのフォロワーさんきたっ!
よろしくお願いシャス!
えっと、せっかくだし。
あっ怪我注意です! 寮のとこぬかるんでるから!
それから誘われても体育倉庫に行ってはいけません!


赤司れこ@obsevare0430 6月4日
今日から梅雨入りだってーやだなー。
俺雨きらい。
帰りはめっちゃ豪雨だから、気を付けてね!





やっぱり体育倉庫。でも次に探すってなんだろう。
あれ? なんだかわからないけど違和感がある。

「ボッチー、とりあえず係は中止だってさ。朝早くから悪かったな。」

ぼんやり考えている僕に、係の集まりから戻ってきたナナオさんの声がかかる。ボッチーは僕の『一人』という名前からついたナナオさん特有のあだ名だけど、僕らの関係は良好だ、と思う。

「人がたくさんいたけど、なにがあったの?」

「あー、2年の係の子が怪我したみたいなんだけど……なんか変なんだよね、先生たちの様子」

「変?」

「なんか隠してる感じ」

「そんなひどい怪我だったのかな」

「どうだろう? あっちで先生が何人か集まって話し合ってる。単なる怪我なら、あんな風に話し合ったりしないんじゃないかな?」

ナナオさんが指差すのは体育倉庫の裏。5人くらいの先生が真剣な顔をして話し合っている。確かに、なんだか変な雰囲気。時折、体育倉庫の屋根を指さしている。
体育倉庫の屋根から落ちた? でも体育倉庫はプレハブで、はしごでもなければ上に登りようがない気がする。それに女子がいたのは体育倉庫内だよね? そのうち先生の1人が僕らのことに気がついて、あっちに行け、という風に手を振った。

体育倉庫の入り口は今は施錠されていて、ひき結んだ口みたいに硬く閉ざされていた。





6月5日の午前中は、特に何事もなく平穏に過ぎ去った。
存在感の薄すぎる僕は先生に当てられもせず、今日もナナオさんに羨ましいと言われる。でも、3人以外から話しかけられもしないのも、大変なんだよ? 慣れてはきたけど、正直ちょっと寂しいな。

いつもは学校の屋上で昼ごはんを食べているんだけど、今日は雨がザァザァ降り続いている。仕方なく購買でパンを買って教室に戻ると、同じように行き場をなくしたクラスメイトで教室は騒がしくごった返していた。
席に戻り、窓の外の灰色の雨をぼんやりと見ながらカレーパンをかじる。聞くとはなく教室の声に耳を傾けていると、今朝の体育倉庫の件が話題に上っていた。

タンカで運ばれたのは2年性の女子。文系の部活に所属する真面目なタイプの子だったらしい。その子はどうやら、今週の初めから校内で何者かにストーカーされていたようだ。

朝登校する時や昼休み、夕方に部活に行く時、学校を出る時や一人で行動する時、いつも少し遅れて足音がついてきた。その子を追いかけているように、歩けば後ろから足音がして、止まればピタリと音がやむ。振り返っても誰もいない。
だから、その子は友達に相談して離れて後をつけてもらった。その時も後をつける足音がしたけど、振り返ると遠くに友達が立っていて、間には誰もいなかった。途中の教室のドアは閉まっていたし、ドアが開く音もなかった。友達もその子の後をつける人影もみていない。
結局、考えすぎじゃないの?、ということになったそうだ。

女の子は、今朝左足が折れた状態で見つかった。解放骨折というやつで、かなり酷い怪我だったらしい。で、やっぱりストーカーは本当にいて、襲われたんじゃないかっていううわさ。

僕はこういう、足音だけが聞こえる妖怪の話を聞いたことがある。
『べとべとさん』という妖怪で、姿は見えないのに足音だけが聞こえるものだ。ただし、べとべとさんは足音が聞こえるだけで、『先にお通りください』というとおいこして歩き去っていくし、人に危害は加えない。

「くだらねぇ」

隣の席の藤友君が、右の頬を右てのひらにのせて、窓の外を眺めながらぼんやりつぶやいた。

「藤友君はうわさ話嫌いだよね」

「嫌いだ。……お前、これも首つっこむのか」

藤友君と目が合う。この間の『腕だけ連続殺人事件』で僕が首を突っ込みすぎたことをとがめているんだろう。

「うーん、これは違うかなと思う」

「そうか」

ぶっきらぼうにそう言うと、藤友君はまた窓の外に視線を移した。
藤友君は怪異のうわさが嫌いだ。うわさをするとかえって怪異が寄ってくるっていう。それはなんとなく、わからなくもない考え方。

「そういえば、ペットの件なんとかなった?」

「ならねぇ。アンリは決めたら諦めないからなぁ。そのうち何か拾ってきそうで怖い」

「大型犬とかはやめてほしいよね。小型犬だと騒がしいみたいだけど」

2人でぼんやり窓の外を眺めながら、ゆっくりとした時間が流れる。

「東矢は動物飼ったことあるのか? あぁ、そういえば猫がいるんだっけ」

「いるといえばいるけど、ニヤは飼ってるとかそういうのじゃないよ」

「せめて、そういう理性的なものがいいな……」

藤友君はすでにあきらめが入っているように見えた。何を飼うつもりなんだろう……。

それにしても、と僕は先ほどのうわさに頭を戻す。
僕は新谷坂から逃げた怪異を封印しないといけない。新谷坂から逃げ出した怪異と封印を解いた僕は、細い糸のようなものでつながっていて、新谷坂の怪異が近くにいれば僕にはわかる。
でも、今朝の体育倉庫では、事件直後なのにそんな気配は全くなかった。怪異が現世に干渉しようとする時、僕はそのつながりを強く感じる。干渉の度合いが強い場合は特に。だから、これは新谷坂の封印とは関係ないんじゃないかな、と思う。
体育倉庫にはいろいろな資材があるから、きっと何か事故がおこったんだろう。

昼休みの最後にやってきたナナオさんから、今朝予定されていた倉庫の整理が放課後に回ったことを聞かされた。
昼休みのうわさ話はこれでおしまい。





放課後。
僕とナナオさんは体育倉庫の前に集まった。僕らの他にはあと3人の生徒。体育の先生から、今朝2年性の女子が体育倉庫の中の物が崩れて怪我をした、だからお前らも気をつけるように、という注意があった。
今日の作業は体育祭で使う用具をチェックして、体育館の中に移動しておくこと。僕とナナオさんはそっと体育倉庫の中をのぞき込む。体育倉庫の中は電灯がついていたけど、窓が高いところと足元にしかなくて、なんだか薄暗いし、ほこりっぽい匂いがした。古いマットのしけった匂いっていうのかな。

「ナナ、今朝のこと聞いた?」

「ん? 2年の子が怪我したって話?」

「そうそう、実は文芸部の先輩なんだ」

ナナオさんに不安そうに話しかけてきたのは隣のクラスの女子、名前がわからないから仮にA子さん。僕はカラーコーンを積み上げながらこっそり耳を傾ける。
A子さんは今朝僕らより早く体育倉庫について、その先輩と一緒に体育倉庫に入ったらしい。
別々のところで作業していると、急に先輩の、やめて、という声を聞いて、そのすぐ後に大きな悲鳴が聞こえた。急いで見にいくとすでに体育の先生がいて、大きな声でくるなと言われたそうだ。
A子さんは、先生との間に何かあったのかな、と心配そうに言っている。
そんな話を聞いているとふと雨音が急に途切れた気がして、体育倉庫の天窓を見て、目があった。

天窓に逆さまに張り付いた、人の顔。
僕はひょっとしたらそこで恐怖を感じるべきだったのかな。天窓に張り付いた彼は無表情に倉庫内を見渡していた。薄暗い体育倉庫内にいる僕らより、彼は明るい外にいた。彼の後ろには明るい灰色の曇り空があり、まるで僕の方が薄暗い怪異みたいに感じられて、妙な現実感のなさを感じた。真昼の幽霊とでも言うような。

彼は光を背にぱちくりと瞬きして、僕を見る。
次の瞬間、彼の背後がさらに明るくなって、そのあとバリバリというとても大きな音が響き、同時にナナオさんたちの悲鳴が上がる。
僕は一瞬、ナナオさんの方を見て、振り返ると彼はもういなくなっていた。
なんだったんだろう、ひょっとしたら見間違いかもしれない。新谷坂の怪異の気配は全くしなかったし、現実感も全然なかった。

その後つつがなく体育倉庫の整理は終わる。
体育倉庫をでた僕は倉庫をぐるりと周り、さっきの顔が見えた窓を探す。朝に先生が指さしていたその窓は、2メートルより上についていて、周りにははしごも足場もまるでなかった。到底登れない、人ならば。やっぱり見間違いなのかな。

ナナオさんに、どうした? と聞かれたけど、なんでもないと答えて寮に戻ることにした。





部屋に戻った僕は、座布団でくつろぐニヤに話しかける。
ニヤは猫の姿をしているけど、新谷坂山の封印を守っている神様のようなもので、怪異には一番詳しい。僕が封印を解いた時に少し意識がまざったのが原因で、意思疎通が可能。

「今日さ、学校で変なのをみたんだ。倉庫の高いとこから男の人がのぞいてたんだけど、多分人じゃないと思う。でも新谷坂の怪異の感じはなかった。なんだったんだろう?」

ニヤはちらりと僕をみて答える。

「怪異は現世と隠世の壁を超えてくるものだ。新しくきたものであれば、新谷坂の封印には縛られておらぬ」

そっか。僕は封印されていた怪異のことしか考えていなかったけど、新しく来ることがあるのか。

「そういう時って、僕はどうしたらいいのかな」

「お主が気にする必要はない。新しく隠世から来たものであれば、必要があれば我が封じる。ただし呪いの場合は封じることはできぬ」

呪い?

「呪いや、お主らがいう『都市伝説』というものは、現世のことわりによって生じる実体のない現象だ。新谷坂の封印は主に隠世の怪異、そして実体のある物を封じるものだ」

そういうものなのかな。確かに呪いは、現世の人が現世の人を呪うものだよね。それを捕まえるっていうのは想像もつかないし、無理なのかもしれない。そういう場合ってどうするんだろう。

「呪いは呪物を用いるものでなければ、時がたてば薄まる。呪物を用いたものであれば、この間お主が行ったように、封じることは可能だ」

この間、というと花子さんたちとのことかな。あれは確かに新谷坂の封印のつながりを感じた。そうすると、あの男の人は新しくやってきた怪異か、呪いなのかな。物っていう感じは全然しないんだけど。
よくわからないや。

でも、藤友君も言った通り、不用意に近づかない方がいいよね。体育倉庫の準備はもう終わったし、近づかなければ大丈夫だと思う。
今日はなんとなく、いつもよりニヤとおしゃべりしたせいか夜がふけるのが早い気がする。
じゃあ、おやすみなさい。
電気を消すと、いつも通りニヤは闇に溶けたけど、小さな息遣いが聞こえた。そういえば、ニヤって生き物なのかな?
昼休みの藤友君との会話を少しだけ思い出した。
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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