第41話 奇妙な物体
文字数 3,938文字
上からたくさんの水の粒がバラバラと落ちてくる。
空は重くて黒くてもやもやしていて、終わりなく水のかたまりを落下させ続けている。空と地面は水の線でつながっているけど、決して関係が逆さになることはなくて、水のかたまりはもう空には帰れない。しかたがないから、水はまとまって、私のいるここに流れ込んでくる。
私も同じように落ちてきて、ここに収まった。
そんな光景をコンクリートに穿たれた二つのスリット、つまり排水溝のすき間から、あきることもなくぼんやりと眺めていた。
どのくらい眺めていたのかはわからないけど、突然、排水溝の中を何かキラキラしたものがのぞき込んだ。
「あなた、面白そうね? えいっ」
突然、排水溝のふたが取り払われ、薄暗かった世界に淡い光が降り注ぐ。そこにはなんだかきらきらと奇麗な生き物がいた。これまでも同じような生き物が動き回るのを排水溝の中から眺めていたけど、目の前にいるのは、他のと比べても、格段にきらめいている。
「私、アンリ。あなたのお名前は?」
アンリは私に手を差し出す。『名前』?
なんのことだろう。
「うーん? お名前はないのかな?」
そんなことを問いかけられるのは初めて。
アンリはきらきらしながらこちらを見ている。
「そっかそっか。お名前がないなら、とりあえず名前を決めちゃおう。アイちゃん。あなたはアイちゃんでどうかな?」
アイちゃん? ……私はアイちゃん。なんだかすごく不思議な感じ。
今までの私と、全く違うものになったよう。
私はアンリを見つめて、あいちゃん、と言った。
「そうそうアイちゃん。気に入ってもらえてよかった。私と一緒にいきましょう?」
アンリは、にっこり笑うと、排水溝の中に手を突っ込んで私を引きずり出す。
わ。わ。
私はとてもびっくりする。ここから出られるなんて知らなかった。
落ちてきて、下へ下へと流れるばかりだったのに上に上がるなんて。
外は、今までの排水溝の中とは違って、すごく広かった。広すぎて、ちょっとくらくらした。壁がない、私に何もぶつかってない。なんか変。アンリもひらひらしたものに包まれている。
急に不安になって、その辺のものを拾い集めて身にまとってみる。改めて周りを見回すと、とてもいろいろなものがあった。なんだかすごく不思議なかんじ。
私はアンリを見つめる。アンリも私をキラキラと見つめる。
「あれ? アイちゃんは歩けないのかな。困ったな。うーん?」
私、歩けないのかな? 歩くの?
「ええっと、じゃあ、つかまれる?」
目の前に白い手が差し出される。
それなら。私は手を伸ばして絡みつく。
手はほんのりあたたかかった。
「あ、大丈夫そうね、じゃあ行きましょうか」
行きましょう?
「え? あ、そっか。アイちゃんはどこに行きたい?」
どこ?
「うーん。……じゃあ、とりあえず、お話できるところ?」
『お話』。
私はとりあえず、ずるずると引きずられるままアンリについていった。
アンリ、ふしぎな生き物。
排水溝の下と違って、雨は私の全身にしとしととまんべんなくあたる。
こんなにたくさんのお水ははじめてで、いっぱい流れ落ちて、ぶつかって、ぱちぱち音がする。とても変な感じ。
すぐ近くの、『ベンチ』についた。
アンリは私を持ち上げて、ベンチの上に置く。
「ええと、じゃあ、何話そう? 排水溝って楽しいの?」
『楽しい』のかな。よくわからない。
「うーん、外と、排水溝の中とどっちが好き?」
外のほうが明るくていいかも。なんか、楽しいです。
「そう? よかった。えーとそれじゃあ……」
私はアンリといろんなお話をした。アンリは『高校生』で、楽しいことがすき。
『ハルくん』と、『とうやくん』もすき。『とうやくん』は『お菓子』をくれるんだって。
アンリは面白いものもすき。
ここは『辻切 センター』っていうところの『公園』で、たまたま歩いていたら排水溝の中の私を見つけたんだって。
「アイちゃんは、したいことある?」
私、アンリがほしい。全部ちょうだい。
きらきらしてて、とっても奇麗。
「うーん、私は、あげられないかな?」
そうなの。じゃあ、アンリになれる?
「うーん、どうだろう? なれそう?」
わかんない。アンリはきらきらしすぎてて、無理かも。
どうやったらそんなにきらきらするのかな。
「えーと、どういう人ならなれそう?」
『人』? 人になるの? どうだろう? もうちょっと、簡単なもの?
「簡単……かぁ。えーと、わかった、じゃあ、一緒にいこう」
そして私はまたアンリにずるずると引きずられ、がたんごとんと揺れる『電車』に乗った。地面の方が動くなんてへんなの。
それからまた、ずるずると引きずられて、四角い『建物』についた。
四角い建物の中をまたずるずると引きずられて、『部屋』の前に立つ。
「ハルくんきたよー。あけてー」
しばらく待つと、『扉』が開いた。
アンリよりちょっと大きいけど、ぜんぜんキラキラしてない生き物が出て来た。
「あのね、このこ、ハルくんのまねをさせてあげて?」
「はぁ?」
「ええとね、いい子だと思うの。まねしたいんだって」
「俺をか?」
「うん、いいでしょ?」
あの、だめならいいです。
「ええー? でも、まねしたいんでしょ?」
まね、したい。
「じゃあ、いいんじゃないかな」
「おいアンリ、俺を抜かして話をするな」
まね、していい?
「こいつはなんで俺の真似したいんだ?」
えっと、まね、できるかなと思って。
「まねできそうだからって」
「俺の真似をしてどうする、真似て何をするつもりだ」
まねするの。
なにをしよう?
「よくわかんない」
「……またこのパターンか。おいアンリ、こいつは俺に危害を加えたり閉じ込めたりはしないやつか?」
「ええー? しないと思うよ。ねっ」
しないとおもうよ。
「しないって」
「……。おい、お前、話通じてるか? 通じてるなら、動いてみろ」
うん。
えっと。とりあえず、ゆさゆさしてみる。
「……今から俺の部屋に入れてやるが、俺が出て行けといったらすぐ出ていくか? それから、俺に触らない。これが絶対条件だ」
ゆさゆさ。
「アンリ、お前もこいつ連れて来たんだったら、責任持て。俺が嫌がったら、外に出せ。わかったな。約束しろ」
「わかったっ」
私はアンリといっしょにハルくんの『部屋』にいれてもらった。
◇
新谷坂 高校1年の6月。
俺の名前は藤友晴希 という。新谷坂高校の寮で暮らしている。俺のことを説明するのは簡単だ。ただ一言でいい。「運が悪い」。しかも尋常じゃなく。きっと俺は何かに呪われている。
その日も朝から奇妙だった。早朝5時半。俺はたたき起こされた。
「ハルくんきたよー。あけてー」
…………ねみぃ。
「おーい」
この声はアンリだ。坂崎安離 。俺の狂った幼なじみ。俺とは対照的に、幸運に包まれて生きている。みんなアンリが大好きで、アンリは何をやっても許される。何だそれ? って思うよな。でも紛れもない事実だ。
ドンドンと扉をたたく音がする。頭が全然働かないが、このままだと隣の部屋に迷惑だな。うー。
「開けるからちょっと待ってろ」
声をかけて最低限の身だしなみを整える。眠くて頭が回らない。
目を擦りながらドアを開けると、びしょぬれのアンリと奇妙な物体がいた。
廊下には点々と、というレベルではなく川のような染みができている。そういえば、雨の音がする。そうか、外から雨の中これを引きずってきたのか。アンリの傘嫌いは相変わらずだな。
これの第一印象は、「なんだこれ?」だった。
例えるなら、体長50センチ程度デカいミノムシか。
なんだかよくわからないが、木の枝を束にしたようなものの先端をアンリがつかんでいた。
「あのね、このこ、ハルくんのまねをさせてあげて?」
「はぁ?」
我ながら間抜けな声が出る。
アンリの話はいつも訳がわからないが、眠い頭では解読はさらに困難だ。
「ええとね、いい子だと思うの。まねしたいんだって」
「俺をか?」
「うん、いいでしょ?」
ミノムシを見る。これが俺を真似る?
俺の何を?
「ええー? でも、まねしたいんでしょ? ……じゃあ、いいんじゃないかな」
俺をよそに、アンリはミノムシと会話ができているようだ。できてるのかな、どうなんだろう? 起きろ、俺の頭。
「おいアンリ、俺を抜かして話をするな。こいつはなんで俺の真似したいんだ?」
「まねできそうだからって」
「俺の真似をしてどうする、真似て何をするつもりだ」
「よくわかんない」
俺もよくわかんないよ。
なんとなく、先月の花子さんのことが思い浮かぶ。あのあとアンリには散々俺の意思を確認するよう言ったはずなんだけどな。
……あぁ、確認がこれなのか。頭が痛い。
「……またこのパターンか。おいアンリ、こいつは俺に危害を加えたり閉じ込めたりはしないやつか」
「ええー? しないと思うよ。ねっ。……しないって」
アンリに聞いてもらちがあかん。そもそもこいつはピクリとも動かないが、意志があるものなのか?
「……。おい、お前、話通じてるか? 通じてるなら、動いてみろ」
ゆさゆさ。全体がゆれる。
意思疎通は、できているのだろう、か? ただいつまでも廊下で騒いでちゃ迷惑だよな。
ちょっと冷静に検討する。こいつには悪い予兆はない。俺に悪いことや嫌なことが起こる前には、防衛反応なのか首筋がチリチリすることが多いが、今はそんな予兆もない。
安全、なのかな。
仕方がない。
「……今から俺の部屋に入れてやろうと思うが、俺が出て行けといったらすぐ出ていくか? それから、俺がいいと言わない限り、俺に触らない。これが絶対条件だ」
ゆさゆさ。
イエスかノーかもよくわからないが、大丈夫なのかな。うーん。
「アンリ、お前もこいつ連れて来たんだったら、責任持て。俺が嫌がったら、外に出せ。わかったな。約束しろ」
「わかったっ」
俺は仕方なく、変なものたちを部屋に入れることにした。
空は重くて黒くてもやもやしていて、終わりなく水のかたまりを落下させ続けている。空と地面は水の線でつながっているけど、決して関係が逆さになることはなくて、水のかたまりはもう空には帰れない。しかたがないから、水はまとまって、私のいるここに流れ込んでくる。
私も同じように落ちてきて、ここに収まった。
そんな光景をコンクリートに穿たれた二つのスリット、つまり排水溝のすき間から、あきることもなくぼんやりと眺めていた。
どのくらい眺めていたのかはわからないけど、突然、排水溝の中を何かキラキラしたものがのぞき込んだ。
「あなた、面白そうね? えいっ」
突然、排水溝のふたが取り払われ、薄暗かった世界に淡い光が降り注ぐ。そこにはなんだかきらきらと奇麗な生き物がいた。これまでも同じような生き物が動き回るのを排水溝の中から眺めていたけど、目の前にいるのは、他のと比べても、格段にきらめいている。
「私、アンリ。あなたのお名前は?」
アンリは私に手を差し出す。『名前』?
なんのことだろう。
「うーん? お名前はないのかな?」
そんなことを問いかけられるのは初めて。
アンリはきらきらしながらこちらを見ている。
「そっかそっか。お名前がないなら、とりあえず名前を決めちゃおう。アイちゃん。あなたはアイちゃんでどうかな?」
アイちゃん? ……私はアイちゃん。なんだかすごく不思議な感じ。
今までの私と、全く違うものになったよう。
私はアンリを見つめて、あいちゃん、と言った。
「そうそうアイちゃん。気に入ってもらえてよかった。私と一緒にいきましょう?」
アンリは、にっこり笑うと、排水溝の中に手を突っ込んで私を引きずり出す。
わ。わ。
私はとてもびっくりする。ここから出られるなんて知らなかった。
落ちてきて、下へ下へと流れるばかりだったのに上に上がるなんて。
外は、今までの排水溝の中とは違って、すごく広かった。広すぎて、ちょっとくらくらした。壁がない、私に何もぶつかってない。なんか変。アンリもひらひらしたものに包まれている。
急に不安になって、その辺のものを拾い集めて身にまとってみる。改めて周りを見回すと、とてもいろいろなものがあった。なんだかすごく不思議なかんじ。
私はアンリを見つめる。アンリも私をキラキラと見つめる。
「あれ? アイちゃんは歩けないのかな。困ったな。うーん?」
私、歩けないのかな? 歩くの?
「ええっと、じゃあ、つかまれる?」
目の前に白い手が差し出される。
それなら。私は手を伸ばして絡みつく。
手はほんのりあたたかかった。
「あ、大丈夫そうね、じゃあ行きましょうか」
行きましょう?
「え? あ、そっか。アイちゃんはどこに行きたい?」
どこ?
「うーん。……じゃあ、とりあえず、お話できるところ?」
『お話』。
私はとりあえず、ずるずると引きずられるままアンリについていった。
アンリ、ふしぎな生き物。
排水溝の下と違って、雨は私の全身にしとしととまんべんなくあたる。
こんなにたくさんのお水ははじめてで、いっぱい流れ落ちて、ぶつかって、ぱちぱち音がする。とても変な感じ。
すぐ近くの、『ベンチ』についた。
アンリは私を持ち上げて、ベンチの上に置く。
「ええと、じゃあ、何話そう? 排水溝って楽しいの?」
『楽しい』のかな。よくわからない。
「うーん、外と、排水溝の中とどっちが好き?」
外のほうが明るくていいかも。なんか、楽しいです。
「そう? よかった。えーとそれじゃあ……」
私はアンリといろんなお話をした。アンリは『高校生』で、楽しいことがすき。
『ハルくん』と、『とうやくん』もすき。『とうやくん』は『お菓子』をくれるんだって。
アンリは面白いものもすき。
ここは『
「アイちゃんは、したいことある?」
私、アンリがほしい。全部ちょうだい。
きらきらしてて、とっても奇麗。
「うーん、私は、あげられないかな?」
そうなの。じゃあ、アンリになれる?
「うーん、どうだろう? なれそう?」
わかんない。アンリはきらきらしすぎてて、無理かも。
どうやったらそんなにきらきらするのかな。
「えーと、どういう人ならなれそう?」
『人』? 人になるの? どうだろう? もうちょっと、簡単なもの?
「簡単……かぁ。えーと、わかった、じゃあ、一緒にいこう」
そして私はまたアンリにずるずると引きずられ、がたんごとんと揺れる『電車』に乗った。地面の方が動くなんてへんなの。
それからまた、ずるずると引きずられて、四角い『建物』についた。
四角い建物の中をまたずるずると引きずられて、『部屋』の前に立つ。
「ハルくんきたよー。あけてー」
しばらく待つと、『扉』が開いた。
アンリよりちょっと大きいけど、ぜんぜんキラキラしてない生き物が出て来た。
「あのね、このこ、ハルくんのまねをさせてあげて?」
「はぁ?」
「ええとね、いい子だと思うの。まねしたいんだって」
「俺をか?」
「うん、いいでしょ?」
あの、だめならいいです。
「ええー? でも、まねしたいんでしょ?」
まね、したい。
「じゃあ、いいんじゃないかな」
「おいアンリ、俺を抜かして話をするな」
まね、していい?
「こいつはなんで俺の真似したいんだ?」
えっと、まね、できるかなと思って。
「まねできそうだからって」
「俺の真似をしてどうする、真似て何をするつもりだ」
まねするの。
なにをしよう?
「よくわかんない」
「……またこのパターンか。おいアンリ、こいつは俺に危害を加えたり閉じ込めたりはしないやつか?」
「ええー? しないと思うよ。ねっ」
しないとおもうよ。
「しないって」
「……。おい、お前、話通じてるか? 通じてるなら、動いてみろ」
うん。
えっと。とりあえず、ゆさゆさしてみる。
「……今から俺の部屋に入れてやるが、俺が出て行けといったらすぐ出ていくか? それから、俺に触らない。これが絶対条件だ」
ゆさゆさ。
「アンリ、お前もこいつ連れて来たんだったら、責任持て。俺が嫌がったら、外に出せ。わかったな。約束しろ」
「わかったっ」
私はアンリといっしょにハルくんの『部屋』にいれてもらった。
◇
俺の名前は
その日も朝から奇妙だった。早朝5時半。俺はたたき起こされた。
「ハルくんきたよー。あけてー」
…………ねみぃ。
「おーい」
この声はアンリだ。
ドンドンと扉をたたく音がする。頭が全然働かないが、このままだと隣の部屋に迷惑だな。うー。
「開けるからちょっと待ってろ」
声をかけて最低限の身だしなみを整える。眠くて頭が回らない。
目を擦りながらドアを開けると、びしょぬれのアンリと奇妙な物体がいた。
廊下には点々と、というレベルではなく川のような染みができている。そういえば、雨の音がする。そうか、外から雨の中これを引きずってきたのか。アンリの傘嫌いは相変わらずだな。
これの第一印象は、「なんだこれ?」だった。
例えるなら、体長50センチ程度デカいミノムシか。
なんだかよくわからないが、木の枝を束にしたようなものの先端をアンリがつかんでいた。
「あのね、このこ、ハルくんのまねをさせてあげて?」
「はぁ?」
我ながら間抜けな声が出る。
アンリの話はいつも訳がわからないが、眠い頭では解読はさらに困難だ。
「ええとね、いい子だと思うの。まねしたいんだって」
「俺をか?」
「うん、いいでしょ?」
ミノムシを見る。これが俺を真似る?
俺の何を?
「ええー? でも、まねしたいんでしょ? ……じゃあ、いいんじゃないかな」
俺をよそに、アンリはミノムシと会話ができているようだ。できてるのかな、どうなんだろう? 起きろ、俺の頭。
「おいアンリ、俺を抜かして話をするな。こいつはなんで俺の真似したいんだ?」
「まねできそうだからって」
「俺の真似をしてどうする、真似て何をするつもりだ」
「よくわかんない」
俺もよくわかんないよ。
なんとなく、先月の花子さんのことが思い浮かぶ。あのあとアンリには散々俺の意思を確認するよう言ったはずなんだけどな。
……あぁ、確認がこれなのか。頭が痛い。
「……またこのパターンか。おいアンリ、こいつは俺に危害を加えたり閉じ込めたりはしないやつか」
「ええー? しないと思うよ。ねっ。……しないって」
アンリに聞いてもらちがあかん。そもそもこいつはピクリとも動かないが、意志があるものなのか?
「……。おい、お前、話通じてるか? 通じてるなら、動いてみろ」
ゆさゆさ。全体がゆれる。
意思疎通は、できているのだろう、か? ただいつまでも廊下で騒いでちゃ迷惑だよな。
ちょっと冷静に検討する。こいつには悪い予兆はない。俺に悪いことや嫌なことが起こる前には、防衛反応なのか首筋がチリチリすることが多いが、今はそんな予兆もない。
安全、なのかな。
仕方がない。
「……今から俺の部屋に入れてやろうと思うが、俺が出て行けといったらすぐ出ていくか? それから、俺がいいと言わない限り、俺に触らない。これが絶対条件だ」
ゆさゆさ。
イエスかノーかもよくわからないが、大丈夫なのかな。うーん。
「アンリ、お前もこいつ連れて来たんだったら、責任持て。俺が嫌がったら、外に出せ。わかったな。約束しろ」
「わかったっ」
俺は仕方なく、変なものたちを部屋に入れることにした。