第6話 口だけ女と夜食をともに
文字数 3,324文字
さて、封印を調べると言ってもどうしていいのか見当もつかないや。
ナナオさんは、とりあえず石碑とかないかなってつぶやいて、一緒に境内をうろうろ動き回ったけど、石碑どころか何かが書かれたもの自体が何もなかった。普通、神社のいわれとかって入り口とかに書いてあるものだよね。事前に調べた、伝承が喪失したってこういうことなのかなって思う。
僕が調べたことは当然ナナオさんは調査済ってことだろうし、これ以上できることはないように思われた。
「手がかり、何もないね」
「うーん、ないなぁ。絵馬とかにヒントがあったりしないかなぁ?」
絵馬掛所の絵馬も片っ端からのぞいてみたけど、8割がたの恋の絵馬と2割がたの普通のお祈り絵馬が奉納されているだけで、ヒントのようなものはなかった。
社務所は鍵がかかっていて、無理にゆすると扉を壊しそうだったのであきらめた。薄く曇った窓ガラスから懐中電灯を照らしててみても、もの自体があまりない。空っぽのスチールラックと簡易の机と椅子くらい。
本殿の方ものぞいてみたけど、神殿が作られていて榊 やお神酒がささげられ、神鏡 や御幣 、大麻(ふさふさした白いやつ)や灯明なんかはあったけど、他のものは何もなかった。最低限のものだけお祀りしてある感じでヒントになるものってなにもなさそう。
そもそも普段は誰もいないだろうから、貴重な資料とか置いてたらかえって危険だよね。盗難とか考えたら。
その後も僕らは境内をうろうろ歩き回る。さい銭箱、手水舎 、井戸、鳥居、狛犬、灯篭。一通り調べてはみたけど、どこにも文字の記載はなかった。
「うーん、ちょっと手詰まり、どうしたもんかなぁ?」
「やっぱり、無理なんじゃないの? そもそも封印がどこにあるのかもわからないし」
「そうはいってもさ、私の勘が、何とかなるといっている」
ナナオさんは断言する。ナナオさんの勘はわりとあたるからなぁ、いい方と悪い方と均等に。
仕方がないので、口だけ女の子のところに戻って、作戦会議を続けることにした。
僕は口だけ女状態を見てないし、声はかわいかったから、時間がたつとなんとなく怖さは薄れていた。
でもナナオさんは口だけ女状態の姿を見ている。怖くないのかな、怖いんだろうな。でも多分怖い以上に、なんとかしてあげたいっていう気持ちが勝っているんだと思う。
もう時刻は午前2時。正直寒い。
石畳に座っていると、冷気があがってきてちょっと冷える。上着はナナオさんに貸してしまったし、と思って僕は簡易クッキングセットをリュックから引っ張り出す。僕の父さんは多趣味な人で、二人でキャンプにいったことを思い出す。
小さなガスバーナーとコッヘルのセットとドリッパー、それにインスタントラーメンにインスタントコーヒー。コッヘルっていうのはキャンプ用品で、マトリョーシカみたいにいくつもの皿替わりにもなる軽量鍋が組み合わさって入ってる。僕はバーナーに火をつけて、一番大きい鍋、といっても手鍋サイズだけど、に水筒から水をいれてお湯を沸かす。お湯の一部はドリッパーでコーヒーを作って、残りはそのままラーメンを作る。
「ボッチーすげえ。なんでこんなもんもってきたん」
「えぇ? だってどう考えたって一泊ルートじゃない。徹夜だと夜食は必要じゃない?」
さすがに山の上の真っ暗な神社でのんきに寝てらんないでしょ。野犬も出るって話だったし。
ナナオさんは森の奥の暗闇を見つめる。
「あの子は一緒に食べらんないよな」
「さすがにラーメンだからなぁ。お菓子ならあるよ」
僕はクッキーの袋をナナオさんに渡す。
ナナオさんは、おーい受け取って、と暗闇に声をかけてクッキーの袋を投げ入れる。
パサっという袋が落下した音がした場所に、ガサガサと何かが移動する音がする。
「それ、クッキー。おいしいから、開けて食べて」
ありがとう、と小さい声がした。
僕たちは、暗闇を挟んで夜食を食べながら話し合いを再開した。
女の子は、お母さんと一緒にかなり前にこの山に封印されたけど、しばらく前に女の子だけ外に出たらしい。でも、戻り方はわからなくて、ずっとこの山のあたりにいた。
封印されたときのことはよく覚えていないけど、神社のほうから何かがやってきて、気が付いたら封印されていたようだ。封印されている間の記憶はあまりなくて、結構長い時間だと思うけど、よくわからないって。
直接は詳しくは聞けなかったけど、人とか動くものがいると無意識に襲い掛かってしまうようで、野犬被害っていうのは多分この子の仕業だと思う。恐怖が少し、帰ってきた。
それから、女の子はこの神社の中には入れないらしい。
そこで、僕は、あれ? と思う。
「ねぇ、神社の中に入れないってことだけど、君が封印から出た時はここの神社から出たんじゃないの?」
少し考えるような間ののち、女の子の声が聞こえる。
「私が出たのは、もっと山の下のほう。でもどこかはもうわからないな。私は神社の中には全然入れないし、ここから出たわけじゃないと思う……」
そうすると、封印はもっとふもとのほうにあるんだろうか。でもふもとといったって山の外周なわけで、手当たり次第に探すわけにはいかないし。
「あれ? 私、昔えらい人がここで悪いものを、あっごめん、とにかくここで封印したからここに神社ができたって聞いたんだけど」
「封印はふもとと神社と2つあるのかな。お母さんはふもとのほうにいる?」
「……ううん、よくわからないけど、お母さんは神社の中にいる気がするの」
僕はいれたてのコーヒーをラーメンをすするナナオさんに渡しながら考える。
女の子とお母さんは一緒に封印に入って、同じ封印の中にいて、女の子はふもとから出て来た。お母さんは山の上のここにいる。
あれ?
『……新谷坂 山はいい山で、昔えらい人が超悪いのをたくさん封印して……』
というナナオさんの言葉を聞いて、僕は新谷坂山は霊山なのかなって思った。
ひょっとして、山全体が封印で、ふもとも神社も含めた山全体で『わるいもの』を封印しているんだろうか。
『トンネルを掘る話』があって、進めてたらなんかよくわかんないけど『わるいこと』が起こった。
そうすると、山全体が封印で、山を掘ったら封印に行きつく……? なんだかすごく規模が大きくなってきたな。
僕はその仮説をナナオさんに話す。僕らに山を掘るなんてできない。それに、そもそも僕らは封印を開放したいんじゃなくて、手紙とか何かつなぎをつけたいと思っているだけだ。
ちょっともう手におえるレベルじゃないと思う。女の子にもそう告げようと思ったとき。
ナナオさんはパチっと指で音をならした。
「ナイス、ボッチー! やるじゃん!」
え、今の話のどこにそんな前向きになる余地があるの。スコップとか持ってきてないよ。
「ようするにさ、山の地面の中に封印があるわけだろ? 地面の中に入ればいいわけだよな」
そういって、ナナオさんが指さしたのは、境内の井戸だった。
◇
我は少し崩れかけた社の瓦の上から2人の人間と1つの怪異の会話を聞いていた。
なんと面白き者どもよ。
我がこれほど驚いたのは初めてかも知れぬ。
よもや自らを襲った怪異に情けをかけるとは。
それほど強い怪異ではないにせよ、あの者共に比べれば圧倒的だ。封印の守りがなければ、以前に封印を解いた人間と同じくあっという間に食われていただろう。
彼の方も慈悲深い方ではあったが、怪異にまで慈悲を向けることはなかった。
それに……思い返してみれば、我は怪異をとらえ封印はするものの、怪異自身に目を向けることはなかった。怪異に話しかけるなど、考えたこともなかったのだ。
今の世はこういうものなのだろうか? 彼の者らは封印を解放するといっていたが、もしそうなら解放したほうが良いのであろうか? しかし、我はただの封印のふたである。判断する役目は持たぬ。今しばし、見守ろう。
次話【真っ暗な、井戸の中】
ナナオさんは、とりあえず石碑とかないかなってつぶやいて、一緒に境内をうろうろ動き回ったけど、石碑どころか何かが書かれたもの自体が何もなかった。普通、神社のいわれとかって入り口とかに書いてあるものだよね。事前に調べた、伝承が喪失したってこういうことなのかなって思う。
僕が調べたことは当然ナナオさんは調査済ってことだろうし、これ以上できることはないように思われた。
「手がかり、何もないね」
「うーん、ないなぁ。絵馬とかにヒントがあったりしないかなぁ?」
絵馬掛所の絵馬も片っ端からのぞいてみたけど、8割がたの恋の絵馬と2割がたの普通のお祈り絵馬が奉納されているだけで、ヒントのようなものはなかった。
社務所は鍵がかかっていて、無理にゆすると扉を壊しそうだったのであきらめた。薄く曇った窓ガラスから懐中電灯を照らしててみても、もの自体があまりない。空っぽのスチールラックと簡易の机と椅子くらい。
本殿の方ものぞいてみたけど、神殿が作られていて
そもそも普段は誰もいないだろうから、貴重な資料とか置いてたらかえって危険だよね。盗難とか考えたら。
その後も僕らは境内をうろうろ歩き回る。さい銭箱、
「うーん、ちょっと手詰まり、どうしたもんかなぁ?」
「やっぱり、無理なんじゃないの? そもそも封印がどこにあるのかもわからないし」
「そうはいってもさ、私の勘が、何とかなるといっている」
ナナオさんは断言する。ナナオさんの勘はわりとあたるからなぁ、いい方と悪い方と均等に。
仕方がないので、口だけ女の子のところに戻って、作戦会議を続けることにした。
僕は口だけ女状態を見てないし、声はかわいかったから、時間がたつとなんとなく怖さは薄れていた。
でもナナオさんは口だけ女状態の姿を見ている。怖くないのかな、怖いんだろうな。でも多分怖い以上に、なんとかしてあげたいっていう気持ちが勝っているんだと思う。
もう時刻は午前2時。正直寒い。
石畳に座っていると、冷気があがってきてちょっと冷える。上着はナナオさんに貸してしまったし、と思って僕は簡易クッキングセットをリュックから引っ張り出す。僕の父さんは多趣味な人で、二人でキャンプにいったことを思い出す。
小さなガスバーナーとコッヘルのセットとドリッパー、それにインスタントラーメンにインスタントコーヒー。コッヘルっていうのはキャンプ用品で、マトリョーシカみたいにいくつもの皿替わりにもなる軽量鍋が組み合わさって入ってる。僕はバーナーに火をつけて、一番大きい鍋、といっても手鍋サイズだけど、に水筒から水をいれてお湯を沸かす。お湯の一部はドリッパーでコーヒーを作って、残りはそのままラーメンを作る。
「ボッチーすげえ。なんでこんなもんもってきたん」
「えぇ? だってどう考えたって一泊ルートじゃない。徹夜だと夜食は必要じゃない?」
さすがに山の上の真っ暗な神社でのんきに寝てらんないでしょ。野犬も出るって話だったし。
ナナオさんは森の奥の暗闇を見つめる。
「あの子は一緒に食べらんないよな」
「さすがにラーメンだからなぁ。お菓子ならあるよ」
僕はクッキーの袋をナナオさんに渡す。
ナナオさんは、おーい受け取って、と暗闇に声をかけてクッキーの袋を投げ入れる。
パサっという袋が落下した音がした場所に、ガサガサと何かが移動する音がする。
「それ、クッキー。おいしいから、開けて食べて」
ありがとう、と小さい声がした。
僕たちは、暗闇を挟んで夜食を食べながら話し合いを再開した。
女の子は、お母さんと一緒にかなり前にこの山に封印されたけど、しばらく前に女の子だけ外に出たらしい。でも、戻り方はわからなくて、ずっとこの山のあたりにいた。
封印されたときのことはよく覚えていないけど、神社のほうから何かがやってきて、気が付いたら封印されていたようだ。封印されている間の記憶はあまりなくて、結構長い時間だと思うけど、よくわからないって。
直接は詳しくは聞けなかったけど、人とか動くものがいると無意識に襲い掛かってしまうようで、野犬被害っていうのは多分この子の仕業だと思う。恐怖が少し、帰ってきた。
それから、女の子はこの神社の中には入れないらしい。
そこで、僕は、あれ? と思う。
「ねぇ、神社の中に入れないってことだけど、君が封印から出た時はここの神社から出たんじゃないの?」
少し考えるような間ののち、女の子の声が聞こえる。
「私が出たのは、もっと山の下のほう。でもどこかはもうわからないな。私は神社の中には全然入れないし、ここから出たわけじゃないと思う……」
そうすると、封印はもっとふもとのほうにあるんだろうか。でもふもとといったって山の外周なわけで、手当たり次第に探すわけにはいかないし。
「あれ? 私、昔えらい人がここで悪いものを、あっごめん、とにかくここで封印したからここに神社ができたって聞いたんだけど」
「封印はふもとと神社と2つあるのかな。お母さんはふもとのほうにいる?」
「……ううん、よくわからないけど、お母さんは神社の中にいる気がするの」
僕はいれたてのコーヒーをラーメンをすするナナオさんに渡しながら考える。
女の子とお母さんは一緒に封印に入って、同じ封印の中にいて、女の子はふもとから出て来た。お母さんは山の上のここにいる。
あれ?
『……
というナナオさんの言葉を聞いて、僕は新谷坂山は霊山なのかなって思った。
ひょっとして、山全体が封印で、ふもとも神社も含めた山全体で『わるいもの』を封印しているんだろうか。
『トンネルを掘る話』があって、進めてたらなんかよくわかんないけど『わるいこと』が起こった。
そうすると、山全体が封印で、山を掘ったら封印に行きつく……? なんだかすごく規模が大きくなってきたな。
僕はその仮説をナナオさんに話す。僕らに山を掘るなんてできない。それに、そもそも僕らは封印を開放したいんじゃなくて、手紙とか何かつなぎをつけたいと思っているだけだ。
ちょっともう手におえるレベルじゃないと思う。女の子にもそう告げようと思ったとき。
ナナオさんはパチっと指で音をならした。
「ナイス、ボッチー! やるじゃん!」
え、今の話のどこにそんな前向きになる余地があるの。スコップとか持ってきてないよ。
「ようするにさ、山の地面の中に封印があるわけだろ? 地面の中に入ればいいわけだよな」
そういって、ナナオさんが指さしたのは、境内の井戸だった。
◇
我は少し崩れかけた社の瓦の上から2人の人間と1つの怪異の会話を聞いていた。
なんと面白き者どもよ。
我がこれほど驚いたのは初めてかも知れぬ。
よもや自らを襲った怪異に情けをかけるとは。
それほど強い怪異ではないにせよ、あの者共に比べれば圧倒的だ。封印の守りがなければ、以前に封印を解いた人間と同じくあっという間に食われていただろう。
彼の方も慈悲深い方ではあったが、怪異にまで慈悲を向けることはなかった。
それに……思い返してみれば、我は怪異をとらえ封印はするものの、怪異自身に目を向けることはなかった。怪異に話しかけるなど、考えたこともなかったのだ。
今の世はこういうものなのだろうか? 彼の者らは封印を解放するといっていたが、もしそうなら解放したほうが良いのであろうか? しかし、我はただの封印のふたである。判断する役目は持たぬ。今しばし、見守ろう。
次話【真っ暗な、井戸の中】