第10話 幕間 不幸な俺の日常 1/2

文字数 3,177文字

俺は藤友晴希(ふじともはるき)
新谷坂(にやさか)高校の1年だ。
俺は運が悪い。4月、学校が始まってまだ3日目のこの日も、いつもどおり運が悪かった。

いま俺は、電車で辻切(つじき)センター駅に向かっている。最寄りのターミナル駅だ。
新学期早々、買ったばかりの携帯が壊れた。気がついたら電源が切れている、ということが昨日から3度。もちろん充電は欠かしていない。
昼休みに診断ソフトを試してカスタマーに確認した結果、事務的な声でバッテリーの初期不良のようです、と言われた。そのまま今日の夕方に予約を入れる。
さすがに初期不良は対策の取りようがない、と思う。
郵送でも対応できるそうだが、その間携帯が使えないと困る。俺の周りにはLIME魔がいる。未読スルーは許されない。
それなら30分ほどかけて電車で辻切センターまで行って交換してくるほうがいいだろう。

そう思って先ほどから電車に揺られている。
俺がさっきからずっと夕陽に照らされた自分のてのひらをぼんやり見つめているのは、向かいの席の小学生くらいの男子にずっとにらまれているからだ。顔に見覚えはない。この新谷坂には4月に引っ越してきたばかりで、こっちにまだ知り合いもいない。俺が電車に乗った後に乗ってきたから、ぶつかって因縁をつけられてるというわけでもなさそうだ。
とりあえずなるべく顔を合わさないようにする。

次がようやく辻切センター。見つめていたてのひらにさっと影がさす。顔を上げると向かいに座っていた男の子がいた。拳を硬く握りしめ、今にも俺を刺し殺さんとばかりの憎悪を込めた眼で俺をにらみつけている。

「姉さんを返せ」

「は?」

少年特有のよく通る少し高い声。俺は突然のことに面食らう。

「あんたが先月姉さんを殴ったんだろ!」

「まて、俺は今月引っ越してきたばかりだ」

ちょうど電車が辻切センターにつき、ドアが開いた瞬間、少年の腕を引っ張って電車から引きずり下ろす。
少年が抵抗していたが知ったことか。俺を見る車内の視線がやばかった。ターミナル駅に向かう夕方の車内は、おおよその席は埋まり、隣の車両も見える程度にぽつぽつ立っている人もいるという絶妙な視認性を有していた。変なうわさにならないだろうな。畜生。胃が痛い。

電車から降りると少年は、何すんだよ、と叫んで俺の腕を振り払う。

「それはこっちのセリフだ。」

俺は少し上がる息を落ち着け、学生証を出す。1年というところを指で示す。

「俺はこの4月に引っ越してきて寮に住んでる。先月のことなら俺じゃない」

「あ……。ごめんなさいっ」

それに気づいた男の子はしばらく呆然としたあと、急に元気を失い、小さくなった。
まったく酷い言いがかりだ。にらまれているのに気付いた時点でとっとと引き返したほうが良かっただろうか。どのみちすでに手遅れか。

帰宅時間にざわつくのホームのベンチに腰を落ち着ける。電車を待つ人の列を眺めながら、少年に事情を聞く。他で似たような言いがかりをつけられても困るからな。

どうやら彼は今年小学校5年生で、中学2年のお姉さんがいる。そのお姉さんが先月中頃、家の近くで殴られて今も意識不明らしい。
それでお姉さんが殴られたところをお姉さんの友人が見ていた。犯人の特徴は新谷坂の制服を着て身長175センチ程度、中肉中背、左の額に傷がある。俺は普段、傷を髪で隠している。よく気付いたな。
ともあれ、少年の自宅があるといったあたりは行った覚えもないし、今のところ行く用事もないから間違えられることはなさそうか。それに、条件がこれだけしかないなら俺とは似ても似つかないやつの可能性はある。むしろこれだけの条件でよく俺に声かけてきたな。小学生恐るべし。
少年の家は住宅街で、特に用事がなければ立ち寄るような場所ではないように思われた。それなら寮生じゃなくて地元民ではないか、と思って聞いてみたが、初めてみた顔だったそうだ。情報がなく、警察もお手上げのようだ。


そうか、じゃあな、と別れるには何となく後味が悪い。ただ俺にできることは何もない。

「とりあえず、学校でそんな奴を見かけたら連絡する」

連絡先をどうしようかと思っていたら、携帯を持っていたので登録する。俺の携帯の電池はなんとかもっている。最近の小学生は普通に携帯持ってるのか? うらやましいな。

その後、携帯屋に行ったが何故か予約がされておらず時間がかかる。念のため予備に外付けのバッテリーも2本買っておこう。金がないな。
帰りがけに絡まれたのを走って逃げ、電車が事故で遅れて寮に帰り着いたのは、寮の夕食時間が終わった後だった。まあそう思って途中のコンビニで弁当を買ってきたからいいんだが。金がない。新学期は何かと金がかかる気がする。
今日もいつも通り運が悪かった。

翌朝教室に入る前、担任に、ちょっと、と声をかけられた。
朝のざわつく職員室で担任は少し言いづらそうにきり出す。案の定、昨日の電車の件だ。電車で話を聞いていた乗客が学校に電話したらしい。
少年から聞いた通り、お姉さんが襲われたのは先月で、俺は入学していないし、制服を持ってもいないと主張すると、担任は納得する。

「まあ、藤友はそんなことをするタイプじゃないもんな」

こういう時に疑われないよう、俺は素行をかなり良くしている。きちんと挨拶もしてゴミが落ちているのに気づけば拾う。こういう普段の積み重ねは意外と印象に残るものだ。
ついでに間違えられたのは心外だとアピールしながら他に該当しそうな人物がこの学校にいるか聞いてみた。ただやはり、制服と背格好、額の傷だけじゃ心当たりはないようだ。
俺は礼をして職員室を出て教室に向かう。おそらく教室にもこのうわさが流れているんだろうが、こっちはなんとでもなる。
教室に入ると一瞬視線が集まり、どこかヒソヒソとしたざわめきと視線を感じる。俺は坂崎安離(さかざきあんり)を探して、大きめの声で話しかける。

「アンリ、俺先月、この近所に住んでる中学生の女の子を殴ったって疑われてるんだ」

「えっ、ハルくんそんなことしないでしょ」

「しないよ」

「だよねー」

なんとなく、教室内の空気が緩和された気がする。これで一安心だ。
アンリは俺の幼なじみ兼同級生で、俺と同じく新谷坂高校に入学した。アンリは一見小動物のようなかわいさがあり、にこにこと愛想もいい。学校に入ってまだ4日目だが、アンリはすでに教室では人気者で、アンリのいうことはみんな信じるようになっている。これでしばらく寮にこもれば大丈夫か。ああでもバイト入れないと金が厳しいな。

「アンリ、ところで、その女の子殴った奴、この学校の制服着てて、俺と同じくらいの背格好で、額の左に傷があるらしい」

俺は少し髪をかきあげて額を指差す。

「えっ。ハルくんに似てる人がいるんだ、おもしろーい」

「その女の子の弟に犯人見かけたら教えてほしいって言われてるから、アンリも見たら教えてくれ」

「わかったー」

これで放っておいてもアンリのもとに情報は集まるだろう。アンリは灰茶色の髪をくるくる弄りながらパタパタと同級生のもとに走った。

まもなくチャイムが鳴り、午前の授業が始まる。
教室の窓からは、鮮やかな黄緑色の葉の中にまだ少しだけ朱色を残した大きな桜の木が見える。今週末にはすっかり緑になるだろうか。空は薄い青色が広がり、筋雲がたなびく。ぼんやり見ていると、どこかからフィチフィチというひばりの鳴き声が聞こえる。

授業中は誰も話しかけてこないし変なことも滅多に起こらない。平穏を少しばかり感じられる貴重な時間だ。


次話【第2章 幕間 不幸な俺の日常 2/2】
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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