第54話 私は……
文字数 3,298文字
「アイちゃんよ、お前、マサヒコの記憶全部持ってるって本当か?」
「持ってます。昔のものは少しぼんやりしていますけど」
「それを映像で見れるんだよな、データにしてもらえないかな?」
「うーん、今日の依頼者はタツさんなので、他の人のお願いは聞きません」
「タツは死んだ。だから俺が新しく依頼者になることはできないか? タツみたいに2度目の依頼も可能だったんだろ?」
このジンさんという人もしばらく前に私に人殺しを依頼した人だ。
でも依頼は街BBSで募集していて、アンリが連絡を受け取っている。
私が直で依頼を受けたことはない。
アンリは特に何も言っていなかったけど、タツさんが死んだなら、今は依頼者がいない状態だ。
そうするとアンリは別の依頼を受けるかもしれない。
その人のお願いと、このジンさんのお願いが相反するとエラーが出る。
「依頼は街BBSで受けることになっています」
「それが一向に見つからない。どうやったら見つかる?」
「うーん、それはわかりません。見つからないということは、重要性が低いか私に頼まなくても達成できるということではないでしょうか」
「なるほどな」
ジンさんはおもむろに鉄砲を取り出して撃った。
私の頭に穴が開いた。予想通りの物理反応。これがライフリングか。
「やっぱり死なねぇじゃねえか。困ったな。口外されちゃ困るんだ」
「聞かれない限り誰かにいったりしないですよ」
「聞かれたら言うんだろ?」
「言います。私には言っても良いことか悪いことかの判断できませんから。あの、できれば私もうかがいたいのですけど、どうしてタツさんは死んでしまったのでしょう」
「あぁ? タツのバカはなんで俺がマサヒコを殺したのか聞きに来たんだ。組織のブツ盗んだからですかってな。でもそんな情報、下っ端が知ってていいことじゃねぇんだよ」
「なぜでしょうか。私はマサヒコさんの記憶をタツさんに渡しました。だからマサヒコさんにタツさんがこだわる理由はないと思うのですが」
「本当かどうか確認したかったんだろ? だから、いきなりアイちゃん使って俺を殺しにくるんじゃなくて、直で話に来たんだ。アイちゃんいるともう戦争だからな、本当も嘘もないだろ」
どうしてわざわざ、知っていることを聞きにいくんだろう。
きちんと記憶として渡したんだから、間違いないことはわかるはずなのに。
「タツさんはすでに知ってることなのになぜジンさんに聞きに行ったのでしょう」
「別に事実が何かを知りたくて聞きに来たんじゃない。マサが好きだからはっきりさせたかったんだろ? 意味ねぇのにな」
好きだから?
「アイちゃんはタツからどういう依頼を受てるんだ? 俺を殺しに来てないってことは、俺を殺す依頼じゃないんだろ?」
今朝タツさんからの依頼があって、あってみたら、ひょっとしたら後でジンさんを殺すのをお願いするかもしれないといっていた。それからもし自分が死んだら、ジンさんを殺してくれってお願いされた。
でも死んでしまった後は依頼者がいなくなるわけだし、その時点で考えが変わっているかもしれないから、死んだ後のお願いは聞けませんって言ったら、そうかって言っていた。
「今のところ何もうけていません」
「そうか、どんな話したんだ?」
「後からジンさんを殺す依頼をするかもしれないといっていました」
タツさんはマサヒコさんが好きだから、ジンさんを殺そうとしたんだろうか。でもマサヒコさんがタツさんを大事に思っていなかったのは記憶を見ればわかるはずだ。
「そうか、困ったな」
ジンさんは何かを考えている。さきほどからのジンさんの発汗や体温の変化から、普通の人よりは随分わかりづらいけど、話すことにほとんど嘘は混ざっていない。
このパターンの応答から考えると、タツさんはおそらく死んでいる。部屋に入った時に少しだけ血の成分を検出した。タツさんの鼻血と同じ成分だった。
タツさんは死ぬのは嫌だと言っていた。生体反応からも、嘘ではなかった。そしてタツさんはマサヒコさんの記憶を見ている。わざわざジンさんに確認するまでもない。聞いても、なんの意味もない。
マサヒコさんの記憶からも、マサヒコさんの行為は組織の不祥事だ。他の人にとってタツさんの価値が低いことはタツさん自身もわかっているだろう。ジンさんは事実を隠蔽しようとしてマサヒコさんを殺したんだから、タツさんは自分も殺される危険性が高いこともわかっていただろう。
なんで聞きに行ったんだろう。
どのパターンを検討しても、ジンさんに会うことでタツさんになんらかのプラスの効果が発生することはない。
エラーだろうか。
なんで? なにか、納得できない。納得できない?
私は、自分の中で初めて起こったさざなみに混乱した。
これは、このパターンは、困惑?。
私はとりあえず口を開く。
「あの、どのみち私は明日でいなくなりますから、秘密は漏れないと思いますよ」
「……そうなのか?」
「そうです。だから帰ります。7時までには戻らないといけないので」
「それならなおさら明日まではいてもらわないと困るな」
ジンさんは携帯を取り出して電話をかけると、すぐに部屋に人が入ってきた。
拘束された東矢と一緒に。
「ジンさん、こいつ全部知ってる」
ジンさんとタイさんは目配せする。
「あれ? 東矢? どうしたんですか?」
「ハハ、僕もつかまっちゃった」
「アイちゃん、お願いだ、明日までここにいてもらっちゃダメかな。7時に約束したこいつはちゃんと連れてきたから」
ジンさんは私をまっすぐ見て言う。
私は自分の中で再び巻き起こる波に混乱する。
これは、このパターンは、後悔?
私が7時に帰るっていったから、東矢は捕まった。
だから東矢は死んでしまう。
私の中で起こる小さなざわめき。
言ってはいけないことだったのかな。
でも、他と何が違うんだろう。わからない。
それに私はどうしてそう思ったんだろう。
東矢が死ぬ。
タツさんは気付いていなかったけれども、あのデータの中身から考えると、マサヒコさんの横領なんてどうでもいい規模の内容だ。マサヒコさんは、おそらくデータを持ち去ったから殺された。流出したらこの組織は潰れる。マサヒコさんの完全な記憶を持つ私は、マサヒコさんがあのデータを大金で他の組織に売って高飛びしようと計画していたことを知っている。そして、組織に見つかったら自分が殺されるとマサヒコさんが考えていたことを。だから、アンリにしか分からないような場所に身を潜めていた。
それならデータの存在を知っている東矢も殺される。
それは、いけないことなのだろうか。
東矢は何もしなくてもそのうち死ぬ。
それとは何が、違うのだろうか。
なんだか、自分の中がざわざわする。
「ジンさん、大丈夫なんすか? もしこの化け物が俺らを殺そうとしたら敵わねぇ」
「最初に言っただろ、俺はアイちゃんのヤバさを知って徹底的に調べた。アイちゃんはただの道具だ。持ったやつの意思通りに動くだけで、アイちゃん自身は何も判断しない。今解放して、仲介のアンリとかいう女と接触されるのが1番危険だ。例えばこのガキとかにタツの敵討ちとか依頼されたら、そっちの方がやばい」
「ずっとここに置いとくわけにもいかないでしょう?」
「アイちゃんは明日居なくなるらしい。アイちゃんは嘘をつかない。だから本当にいなくなるんたろう。肝心のデータも帰ってきた。あとは、知ってる奴がいなくなれば解決だ」
やっぱり、ジンさんは明日私が消えたら東矢を殺すだろう。
でもそういう行為は、よくあること。この世界では自然なこと。
いろいろな事由で人は死ぬ。容認される一事例。
マサヒコさんも、タツさんも、長崎も、他の人たちも同じように死んだ。
私がこれまで組み上げた人格プログラムの大部分は、不合理な死というカテゴライズで東矢の死を認容した。
ただ一部分だけ、エラーが出ている。
先ほどの、困惑、後悔、それから。
雷のような小さなエラーが感電するように、プログラム全体に影響を及ぼし始めて、新しいシミュレートが開始される。
その瞬間、窓ガラスが割れる音がして何かが投げ入れられ、部屋に煙が充満した。
これは硝酸カリウムとショ糖が燃焼する匂い。
つまり煙幕弾。
「持ってます。昔のものは少しぼんやりしていますけど」
「それを映像で見れるんだよな、データにしてもらえないかな?」
「うーん、今日の依頼者はタツさんなので、他の人のお願いは聞きません」
「タツは死んだ。だから俺が新しく依頼者になることはできないか? タツみたいに2度目の依頼も可能だったんだろ?」
このジンさんという人もしばらく前に私に人殺しを依頼した人だ。
でも依頼は街BBSで募集していて、アンリが連絡を受け取っている。
私が直で依頼を受けたことはない。
アンリは特に何も言っていなかったけど、タツさんが死んだなら、今は依頼者がいない状態だ。
そうするとアンリは別の依頼を受けるかもしれない。
その人のお願いと、このジンさんのお願いが相反するとエラーが出る。
「依頼は街BBSで受けることになっています」
「それが一向に見つからない。どうやったら見つかる?」
「うーん、それはわかりません。見つからないということは、重要性が低いか私に頼まなくても達成できるということではないでしょうか」
「なるほどな」
ジンさんはおもむろに鉄砲を取り出して撃った。
私の頭に穴が開いた。予想通りの物理反応。これがライフリングか。
「やっぱり死なねぇじゃねえか。困ったな。口外されちゃ困るんだ」
「聞かれない限り誰かにいったりしないですよ」
「聞かれたら言うんだろ?」
「言います。私には言っても良いことか悪いことかの判断できませんから。あの、できれば私もうかがいたいのですけど、どうしてタツさんは死んでしまったのでしょう」
「あぁ? タツのバカはなんで俺がマサヒコを殺したのか聞きに来たんだ。組織のブツ盗んだからですかってな。でもそんな情報、下っ端が知ってていいことじゃねぇんだよ」
「なぜでしょうか。私はマサヒコさんの記憶をタツさんに渡しました。だからマサヒコさんにタツさんがこだわる理由はないと思うのですが」
「本当かどうか確認したかったんだろ? だから、いきなりアイちゃん使って俺を殺しにくるんじゃなくて、直で話に来たんだ。アイちゃんいるともう戦争だからな、本当も嘘もないだろ」
どうしてわざわざ、知っていることを聞きにいくんだろう。
きちんと記憶として渡したんだから、間違いないことはわかるはずなのに。
「タツさんはすでに知ってることなのになぜジンさんに聞きに行ったのでしょう」
「別に事実が何かを知りたくて聞きに来たんじゃない。マサが好きだからはっきりさせたかったんだろ? 意味ねぇのにな」
好きだから?
「アイちゃんはタツからどういう依頼を受てるんだ? 俺を殺しに来てないってことは、俺を殺す依頼じゃないんだろ?」
今朝タツさんからの依頼があって、あってみたら、ひょっとしたら後でジンさんを殺すのをお願いするかもしれないといっていた。それからもし自分が死んだら、ジンさんを殺してくれってお願いされた。
でも死んでしまった後は依頼者がいなくなるわけだし、その時点で考えが変わっているかもしれないから、死んだ後のお願いは聞けませんって言ったら、そうかって言っていた。
「今のところ何もうけていません」
「そうか、どんな話したんだ?」
「後からジンさんを殺す依頼をするかもしれないといっていました」
タツさんはマサヒコさんが好きだから、ジンさんを殺そうとしたんだろうか。でもマサヒコさんがタツさんを大事に思っていなかったのは記憶を見ればわかるはずだ。
「そうか、困ったな」
ジンさんは何かを考えている。さきほどからのジンさんの発汗や体温の変化から、普通の人よりは随分わかりづらいけど、話すことにほとんど嘘は混ざっていない。
このパターンの応答から考えると、タツさんはおそらく死んでいる。部屋に入った時に少しだけ血の成分を検出した。タツさんの鼻血と同じ成分だった。
タツさんは死ぬのは嫌だと言っていた。生体反応からも、嘘ではなかった。そしてタツさんはマサヒコさんの記憶を見ている。わざわざジンさんに確認するまでもない。聞いても、なんの意味もない。
マサヒコさんの記憶からも、マサヒコさんの行為は組織の不祥事だ。他の人にとってタツさんの価値が低いことはタツさん自身もわかっているだろう。ジンさんは事実を隠蔽しようとしてマサヒコさんを殺したんだから、タツさんは自分も殺される危険性が高いこともわかっていただろう。
なんで聞きに行ったんだろう。
どのパターンを検討しても、ジンさんに会うことでタツさんになんらかのプラスの効果が発生することはない。
エラーだろうか。
なんで? なにか、納得できない。納得できない?
私は、自分の中で初めて起こったさざなみに混乱した。
これは、このパターンは、困惑?。
私はとりあえず口を開く。
「あの、どのみち私は明日でいなくなりますから、秘密は漏れないと思いますよ」
「……そうなのか?」
「そうです。だから帰ります。7時までには戻らないといけないので」
「それならなおさら明日まではいてもらわないと困るな」
ジンさんは携帯を取り出して電話をかけると、すぐに部屋に人が入ってきた。
拘束された東矢と一緒に。
「ジンさん、こいつ全部知ってる」
ジンさんとタイさんは目配せする。
「あれ? 東矢? どうしたんですか?」
「ハハ、僕もつかまっちゃった」
「アイちゃん、お願いだ、明日までここにいてもらっちゃダメかな。7時に約束したこいつはちゃんと連れてきたから」
ジンさんは私をまっすぐ見て言う。
私は自分の中で再び巻き起こる波に混乱する。
これは、このパターンは、後悔?
私が7時に帰るっていったから、東矢は捕まった。
だから東矢は死んでしまう。
私の中で起こる小さなざわめき。
言ってはいけないことだったのかな。
でも、他と何が違うんだろう。わからない。
それに私はどうしてそう思ったんだろう。
東矢が死ぬ。
タツさんは気付いていなかったけれども、あのデータの中身から考えると、マサヒコさんの横領なんてどうでもいい規模の内容だ。マサヒコさんは、おそらくデータを持ち去ったから殺された。流出したらこの組織は潰れる。マサヒコさんの完全な記憶を持つ私は、マサヒコさんがあのデータを大金で他の組織に売って高飛びしようと計画していたことを知っている。そして、組織に見つかったら自分が殺されるとマサヒコさんが考えていたことを。だから、アンリにしか分からないような場所に身を潜めていた。
それならデータの存在を知っている東矢も殺される。
それは、いけないことなのだろうか。
東矢は何もしなくてもそのうち死ぬ。
それとは何が、違うのだろうか。
なんだか、自分の中がざわざわする。
「ジンさん、大丈夫なんすか? もしこの化け物が俺らを殺そうとしたら敵わねぇ」
「最初に言っただろ、俺はアイちゃんのヤバさを知って徹底的に調べた。アイちゃんはただの道具だ。持ったやつの意思通りに動くだけで、アイちゃん自身は何も判断しない。今解放して、仲介のアンリとかいう女と接触されるのが1番危険だ。例えばこのガキとかにタツの敵討ちとか依頼されたら、そっちの方がやばい」
「ずっとここに置いとくわけにもいかないでしょう?」
「アイちゃんは明日居なくなるらしい。アイちゃんは嘘をつかない。だから本当にいなくなるんたろう。肝心のデータも帰ってきた。あとは、知ってる奴がいなくなれば解決だ」
やっぱり、ジンさんは明日私が消えたら東矢を殺すだろう。
でもそういう行為は、よくあること。この世界では自然なこと。
いろいろな事由で人は死ぬ。容認される一事例。
マサヒコさんも、タツさんも、長崎も、他の人たちも同じように死んだ。
私がこれまで組み上げた人格プログラムの大部分は、不合理な死というカテゴライズで東矢の死を認容した。
ただ一部分だけ、エラーが出ている。
先ほどの、困惑、後悔、それから。
雷のような小さなエラーが感電するように、プログラム全体に影響を及ぼし始めて、新しいシミュレートが開始される。
その瞬間、窓ガラスが割れる音がして何かが投げ入れられ、部屋に煙が充満した。
これは硝酸カリウムとショ糖が燃焼する匂い。
つまり煙幕弾。