第22話 『くまにゃん』の腕
文字数 6,014文字
放課後、僕らは『ライオ・デル•ソル』でお茶をしていた。
ここは新谷坂高校から20分ほど歩いたところにある遊歩道沿いの北欧風カフェ。白い壁に青いドアというさわやかな色合いのお洒落なカフェで、店内もオーク材の色合いを残した雲形の机が広々と設置され、落ち着く雰囲気のお店だ。学校からもそれなりに離れているし、少しお高めのカフェなので、新谷坂の学生はあんまりこない。秘密は守れそう。
僕とナナオさんが飲み物を頼んで待っていると、カラカランというベルの音とともに女性が入ってきた。
ウェーブのかかった明るい茶色の髪、白いサマーニットに萌黄色のフレアスカートの大学生くらいの女性。服は明るい色相なのに、その表情は暗かった。
「キーちゃんこっち」
ナナオさんが大きく手を振る。飲み物を追加で注文して、まずは自己紹介。ナナオさんの友達っていうからなんとなく同年代だと思ってたけど、予想に反してキーちゃんさん、キーロさんは神津の大学に通う女子大生だった。
「キーちゃん、こいつボッチー。私とちょくちょく探検行くし、怖い話とか詳しいから連れてきた。ボッチー、こっちはキーロさん。たまに一緒に廃墟とかいく」
この明るいカラーリングと廃墟がちっともつながらないけど、少し緊張しながら、よろしく、と挨拶する。
聞いてみると、ナナオさんも街BBSで開催される昼の廃墟オフには昔からちょくちょく参加していて、そこでキーロさんと何回か出会って仲良くなったらしい。
夜はさすがに親バレするとやばいから行ってないって。そりゃ、高1で外泊続きはまずいでしょ。
キーロさんも最初は初めて会う僕に緊張してたようだけど、ナナオさんはそんな場合じゃないだろっていって、どんどん話を聞き出していく。
「それで、オフ会のこと詳しく話して?」
キーロさんはきもだめしオフ会、通称キモオフに2 カ月に一回くらいの割合で参加している。
今回の『でりあ』さん主催のキモオフは2回目の参加。
逆城観光ホテルは前からいってみたかった場所だけど、車を持っていないキーロさんが夜に行くのは難しい。とはいえ知らない人の車に乗るのも危険。今回は今回はホテルのある二東山 ふもとの街道沿いのコンビニまで行けば『でりあ』さんが車に乗せてくれそうだったので、渡りに船と行ってみることにしたそうだ。会ったことのある『でりあ』さんなら安心だ。彼氏同伴だし。それに知り合いの『くまにゃん』さんもいた。
それでキーロさんはコンビニで『でりあ』さんの車に乗せてもらってホテルに向かった。21時にはキーロさん入れて8人のメンバーが集まった。
メンバーは、キーロさん、『でりあ』さん、『でりあさんの彼氏』さん(みんな彼氏さんと呼んでた)、『くまにゃん』さん、『神津ペッカー』さん、『サニー』さん、『よっち』さん、『みちとし』さんの8人。
この中で、キーロさんにとって、『くまにゃん』さんは何回もあったことがある人で、携帯も知ってる仲。『でりあ』さんと『でりあさんの彼氏』さん、『よっち』さんは会うのが2回目。他の3人は初めて会った人とのこと。意外とメンバーは被るんだな。
なお、キーロさん、『でりあ』さん、『くまにゃん』さん、『サニー』さんと半数が女性。
それでキーロさん達は割れたガラスに気をつけながらホテルの中に入っていった。さすがに真っ暗だったけど、だいたいの人は廃虚探索に慣れていて、『神津ペッカー』さん以外はみんな懐中電灯を持ってきていた。
でも、ホテルの廊下ってそんなに広いわけじゃない。8人で移動するのは大変だから、3グループにわけた。『でりあ』さんと『でりあさんの彼氏』さんが1組目、グーパーで適当に分けて、キーロさんと『よっち』さんと『くまにゃん』さんが2組目、『サニー』さんと『みちとし』さんと『神津ペッカー』さんが3組目のグループ。
それで、合流のときのために『でりあさんの彼氏』さん以外の全員でLIMEグループを作って登録した。彼氏さんはでりあさんと一緒だから、ということで入っていない。LIME自体もやっていないらしい。
「キーちゃん、探検の間は変なことはなかったのか?」
「『神津ペッカー』さんが男女同数だからカップルにしようってやたら言ってたけど、みんなで拒否したくらいかな。『よっち』さんも他のオフで1回あったことがあるし、『くまにゃん』さんはちょくちょく会うから、なんとなく安心なグループ?」
「いや、廃墟自体のほう」
「うん、暗いしガラスの破片とかたくさん落ちてるし、危ないとは思ったけど、他の廃墟と比べても特におかしなところはなかったかな」
からり、と目の前のアイスコーヒーから氷がとける音が響く。
他の廃墟っていうのもわからないけど、ともかく僕は2人の会話を静かに聞くことにした。
「あ、でも屋上の夜景はすごく奇麗だった。頂上の展望台ほどじゃないけど」
逆城観光ホテルは二東山の中腹から海に向かって建っている。海は神津海水浴場があり、夏になるとこの辺では少し有名な、白砂が長く広がる海水浴場が開かれる。その広くて静かな海と砂浜に月が照り返していて、少し先の神津マリーナっていうボートの係留所やその周辺の倉庫街からの明かりもきらめいていたそうだ。
とても幻想的できれいだった、とうっとりとした表情でキーロさんは言う。
「その逆城観光ホテル、いくと呪われるとかいう話はないの?」
僕の質問に2人はキョトンとする。あれ? なんか変なこといったかな。
「あの、呪いのホテルとかなら他にも呪われたとかお化けとかの情報が探せばでてくるかなと思って。それと、さっきから全然怖そうな感じじゃないし」
キーロさんは。透明なグラスに水滴をきらめかせたジュースをストローでかき混ぜながら、少し考えて答える。
「逆城観光ホテルはそういううわさは聞いたことないな。どちらかというと廃墟目的の廃墟なの」
「私もあんま聞いたことないぞ、ホテルで死んだ人の幽霊が出るとかいううわさ自体はあるけど、調べた範囲じゃ誰か死んだっていう情報はないし、幽霊を実際に見たっていう話も聞かないしな。うわさが一人歩きしてるってやつだと思う」
甘酸っぱいジャムの乗ったクッキーをつまみながら、ナナオさんも答える。
廃墟目的?
よくよく聞いてみると、廃墟にいくのは大きく分けて2つの目的があるらしい。1つはきもだめしというか、お化けとかを見に呪われた廃墟に怖い思いをするためにいく廃墟。もう1つが廃墟に美しさやノスタルジーを感じる人が、それを感じるために行く廃墟。
僕やナナオさんが好きなのは最初の呪いの廃墟で、キーロさんが好きなのは後の廃墟らしい。へー、そんなのあるんだ。知らなかった。
そんなわけで、キーロさんたちは順調に廃墟を探検して何事もなく別れたそうだ。
その後、キーロさんは『腕だけ連続殺人事件』の情報を探しに街BBSをのぞいて『くまにゃん』さんの腕の写真を見つける。画像自体は消えてたけど、BBSを見せてもらった。
◇
【右腕?】腕だけ連続殺人事件速報【左腕?】 Part6
1: 神津名無市民 05/26(日) 22:19:51 ID:xsbk1w0vP4
まとめ
1腕目:5/19 男 深夜 神津、住宅街
2腕目:5/21 女 夕方 辻切センター、繁華街ではないらしい
3腕目:5/24 女 深夜~翌朝 神津、南口繁華街
4腕目:5/26 男 夜半~早朝 逆城近辺? NEW
前スレ/【右腕?】腕だけ連続殺人事件速報【左腕?】 Part5
2: 神津名無市民 05/26(日) 22:21:01 ID:8whG0TicT
2
4腕目は逆城でも二東山あたりときいたぞ
4 神津名無市民 05/26(日) 22:26:08 ID:OTGbphCWD
>>2
それどこ情報
5 神津名無市民 05/26(日) 22:30:08 ID:8whG0TicT
>>4
発見者が俺友の近所の人っぽい
朝早くにコンビニの駐車場におちてたらしい
6 神津名無市民 05/26(日) 22:33:59 ID:6fij8Mj8E
>>5
何そのご近所ホラー
トラウマ確定
7 神津名無市民 05/26(日) 22:36:27 ID:r7kcXdVhp
ひえっ
12 神津名無市民 05/26(日) 22:38:08 ID:8whG0TicT
なんか腕が布につつまれてたらしい
17 神津名無市民 05/26(日) 22:42:08 ID:a96rk8Zb0
なんぞその布って
26 神津名無市民 05/26(日) 22:45:12 ID: 9Tl1Gag2/
>>17
街BBSで見つかった腕は黄色いひまわりの柄の布に包まれてるってうわさしてる
31 神津名無市民 05/26(日) 22:48:21 ID:3wpm04jBZ
ますます猟奇的な感じキター
389: 神津名無市民 05/27(月) 10:30:21 ID:9Tl1Gag2/
URL⇒
390 神津名無市民 05/27(月) 10:32:19 ID:TwhG08Tic
>>389
ふぁっ!?
393: 神津名無市民 05/27(月) 10:33:30 ID:TwhG08Tic
>>389
通報した
グロ注意 開くな
394: 神津名無市民 05/27(月) 10:33:52 ID:rpkcXd7Vh
ひえっ
402: 神津名無市民 05/27(月) 11:12:44 ID:WAG6ItpAd
>>393
なになになんなの
あけちゃだめ?
405: 神津名無市民 05/27(月) 11:33:01 ID:rpkcXd7Vh
よくわからんけどなんか血塗れになった腕の写真
肘のとこを布で巻いてるからコラかもしれん
本物だったらやばい
409: 神津名無市民 05/27(月) 11:33:01 ID:hkcXWArpG
血ぼたぼたですやん
◇
そのあとはしばらくBBSは荒れていた。
「12時くらいには写真は消えてたけど、写ってた腕は『くまにゃん』の腕っぽかったし、『くまにゃん』のブレスレットだった」
思い出したのか、キーロさんは目の端に涙をにじませて青い顔をする。ナナオさんはそっと机の上に置かれたキーロさんの手を握る。やっぱり、だいぶん無理して明るく振る舞っていたのかも。キーロさんは不安にあふれた目で、上目遣いでナナオさんを見る。
「ねぇ、私も殺されちゃうのかな」
「大丈夫だよ、私らがいるだろ」
ナナオさんはキーロさんの肩をガシッと抱いて、いつもの太陽みたいな笑顔で言う。キーロさんはナナオさんを見て、うん、ありがと、と小さくうなずいた。
身長もナナオさんの方が高いし、ナナオさんのほうがお姉さんっぽい。
「それにしても、共通点はキモオフにいったことだけか? 『くまにゃん』とはもともと知り合いだったんだろ?」
「一番最初の腕の人は『みちとし』さんらしいの。そういば『みちとし』さんと『サニー』さんは単独で廃墟に行くことはあっても、キモオフは初めてっていってた。あと今生きてるのは『よっち』さんと『サニー』さんと私だけだけど、みんな『みちとし』さんには初めて会ったみたい。一昨日の腕は『神津ペッカー』さんだけど、この人は『出会い』BBSのほうの常連ぽくて、たぶん廃墟自体も初めてだと思う。廃墟探検用の準備、懐中電灯とか動きやすい格好とか、そういうの全然わかってなかったみたいだし」
いまのところ、これ以上の共通点はわからなさそう。
「いずれにしても、いまのところの共通点は『逆城観光ホテル』だけだから、一度調べに行った方がいいかもしれない」
キーロさんは僕の発言にビクッとした。でも、今のところ他に手掛かりは思いつかない。
「キーちゃん大丈夫。明日昼間に一緒に行こ。それにボッチーがいれば少なくともホテルが原因かどうかはわかる、と思う」
ナナオさんは、だよな? という顔で僕を見る。
この怪異が始まったのは5月。僕が新谷坂の怪異の封印を解いてからだ。これまで『逆城観光ホテル』に怪奇現象が発生していないなら、原因は僕が解放した怪異である可能性が高いと思う。
僕が解放した怪異と僕は、封印から紡がれる細い糸でつながっている。新谷坂の怪異であるならば僕はすぐにわかるはずだ。
「たぶん、わかると思う。危険だと思ったらすぐ逃げるから大丈夫」
僕はなるべくキーロさんが落ち着くように、ゆっくりと語りかける。ナナオさんもキーロさんの背中をよしよしとさすってなだめる。
明日は土曜日。キーロさんは今日はナナオさんの家に泊まって、明日一緒にホテルへ向かうことになった。
そういえば、と思って少し落ち着いたキーロさんに僕は尋ねる。
「廃墟から帰るとき、廃墟から何か持って帰ったり、廃墟を壊したりはなかったの?」
呪われるパターンで一番多いものはこれ。
「……思い当たるものはないかな、他のグループはわからないけど、少なくとも私と『くまにゃん』さんと『よっち』さんのグループはふつうに廃墟を見て回っただけで、壊したり持って帰ったりしてないと思うよ」
そこで、キーロさんはふとなにかを思い出したように、視線を宙にさまよわせる。
「あ、持って帰ったといえば、『サニー』さんに珊瑚のストラップもらったよ。『サニー』さんはストラップを作る仕事をしてる人で、みんなに宣伝のついでっていって配ってたの。その時、注文歓迎っていって『サニー』さんの連絡先教えてもらったの」
そういって、血のように赤い欠片に銀色の金属がツタのように絡みついた小さなストラップをカバンから取り出して見せてくれた。
「えっこの色、めちゃめちゃ高いやつだぞ」
そうなの? アクセサリーは値段が全然わからない。
「あ、うん。『でりあ』さんもそう言ってた。血赤珊瑚っていって最高級なんだってね。でもこれは砕けたりした価値のないものだから、安く仕入れて作ってるんだって、この欠片も小さいから安いっていってた」
「へぇ、私も注文してみようかな」
でも、僕はそう言うナナオさんを止めた。
このストラップからは、新谷坂の怪異の匂いがした。この3人の中で、封印に半分以上囚われている僕にだけわかる感覚。
小さな赤い欠片からうっすら感じる薄い怪異の糸は、どこか遠くにつながっているようだった。
ここは新谷坂高校から20分ほど歩いたところにある遊歩道沿いの北欧風カフェ。白い壁に青いドアというさわやかな色合いのお洒落なカフェで、店内もオーク材の色合いを残した雲形の机が広々と設置され、落ち着く雰囲気のお店だ。学校からもそれなりに離れているし、少しお高めのカフェなので、新谷坂の学生はあんまりこない。秘密は守れそう。
僕とナナオさんが飲み物を頼んで待っていると、カラカランというベルの音とともに女性が入ってきた。
ウェーブのかかった明るい茶色の髪、白いサマーニットに萌黄色のフレアスカートの大学生くらいの女性。服は明るい色相なのに、その表情は暗かった。
「キーちゃんこっち」
ナナオさんが大きく手を振る。飲み物を追加で注文して、まずは自己紹介。ナナオさんの友達っていうからなんとなく同年代だと思ってたけど、予想に反してキーちゃんさん、キーロさんは神津の大学に通う女子大生だった。
「キーちゃん、こいつボッチー。私とちょくちょく探検行くし、怖い話とか詳しいから連れてきた。ボッチー、こっちはキーロさん。たまに一緒に廃墟とかいく」
この明るいカラーリングと廃墟がちっともつながらないけど、少し緊張しながら、よろしく、と挨拶する。
聞いてみると、ナナオさんも街BBSで開催される昼の廃墟オフには昔からちょくちょく参加していて、そこでキーロさんと何回か出会って仲良くなったらしい。
夜はさすがに親バレするとやばいから行ってないって。そりゃ、高1で外泊続きはまずいでしょ。
キーロさんも最初は初めて会う僕に緊張してたようだけど、ナナオさんはそんな場合じゃないだろっていって、どんどん話を聞き出していく。
「それで、オフ会のこと詳しく話して?」
キーロさんはきもだめしオフ会、通称キモオフに2 カ月に一回くらいの割合で参加している。
今回の『でりあ』さん主催のキモオフは2回目の参加。
逆城観光ホテルは前からいってみたかった場所だけど、車を持っていないキーロさんが夜に行くのは難しい。とはいえ知らない人の車に乗るのも危険。今回は今回はホテルのある
それでキーロさんはコンビニで『でりあ』さんの車に乗せてもらってホテルに向かった。21時にはキーロさん入れて8人のメンバーが集まった。
メンバーは、キーロさん、『でりあ』さん、『でりあさんの彼氏』さん(みんな彼氏さんと呼んでた)、『くまにゃん』さん、『神津ペッカー』さん、『サニー』さん、『よっち』さん、『みちとし』さんの8人。
この中で、キーロさんにとって、『くまにゃん』さんは何回もあったことがある人で、携帯も知ってる仲。『でりあ』さんと『でりあさんの彼氏』さん、『よっち』さんは会うのが2回目。他の3人は初めて会った人とのこと。意外とメンバーは被るんだな。
なお、キーロさん、『でりあ』さん、『くまにゃん』さん、『サニー』さんと半数が女性。
それでキーロさん達は割れたガラスに気をつけながらホテルの中に入っていった。さすがに真っ暗だったけど、だいたいの人は廃虚探索に慣れていて、『神津ペッカー』さん以外はみんな懐中電灯を持ってきていた。
でも、ホテルの廊下ってそんなに広いわけじゃない。8人で移動するのは大変だから、3グループにわけた。『でりあ』さんと『でりあさんの彼氏』さんが1組目、グーパーで適当に分けて、キーロさんと『よっち』さんと『くまにゃん』さんが2組目、『サニー』さんと『みちとし』さんと『神津ペッカー』さんが3組目のグループ。
それで、合流のときのために『でりあさんの彼氏』さん以外の全員でLIMEグループを作って登録した。彼氏さんはでりあさんと一緒だから、ということで入っていない。LIME自体もやっていないらしい。
「キーちゃん、探検の間は変なことはなかったのか?」
「『神津ペッカー』さんが男女同数だからカップルにしようってやたら言ってたけど、みんなで拒否したくらいかな。『よっち』さんも他のオフで1回あったことがあるし、『くまにゃん』さんはちょくちょく会うから、なんとなく安心なグループ?」
「いや、廃墟自体のほう」
「うん、暗いしガラスの破片とかたくさん落ちてるし、危ないとは思ったけど、他の廃墟と比べても特におかしなところはなかったかな」
からり、と目の前のアイスコーヒーから氷がとける音が響く。
他の廃墟っていうのもわからないけど、ともかく僕は2人の会話を静かに聞くことにした。
「あ、でも屋上の夜景はすごく奇麗だった。頂上の展望台ほどじゃないけど」
逆城観光ホテルは二東山の中腹から海に向かって建っている。海は神津海水浴場があり、夏になるとこの辺では少し有名な、白砂が長く広がる海水浴場が開かれる。その広くて静かな海と砂浜に月が照り返していて、少し先の神津マリーナっていうボートの係留所やその周辺の倉庫街からの明かりもきらめいていたそうだ。
とても幻想的できれいだった、とうっとりとした表情でキーロさんは言う。
「その逆城観光ホテル、いくと呪われるとかいう話はないの?」
僕の質問に2人はキョトンとする。あれ? なんか変なこといったかな。
「あの、呪いのホテルとかなら他にも呪われたとかお化けとかの情報が探せばでてくるかなと思って。それと、さっきから全然怖そうな感じじゃないし」
キーロさんは。透明なグラスに水滴をきらめかせたジュースをストローでかき混ぜながら、少し考えて答える。
「逆城観光ホテルはそういううわさは聞いたことないな。どちらかというと廃墟目的の廃墟なの」
「私もあんま聞いたことないぞ、ホテルで死んだ人の幽霊が出るとかいううわさ自体はあるけど、調べた範囲じゃ誰か死んだっていう情報はないし、幽霊を実際に見たっていう話も聞かないしな。うわさが一人歩きしてるってやつだと思う」
甘酸っぱいジャムの乗ったクッキーをつまみながら、ナナオさんも答える。
廃墟目的?
よくよく聞いてみると、廃墟にいくのは大きく分けて2つの目的があるらしい。1つはきもだめしというか、お化けとかを見に呪われた廃墟に怖い思いをするためにいく廃墟。もう1つが廃墟に美しさやノスタルジーを感じる人が、それを感じるために行く廃墟。
僕やナナオさんが好きなのは最初の呪いの廃墟で、キーロさんが好きなのは後の廃墟らしい。へー、そんなのあるんだ。知らなかった。
そんなわけで、キーロさんたちは順調に廃墟を探検して何事もなく別れたそうだ。
その後、キーロさんは『腕だけ連続殺人事件』の情報を探しに街BBSをのぞいて『くまにゃん』さんの腕の写真を見つける。画像自体は消えてたけど、BBSを見せてもらった。
◇
【右腕?】腕だけ連続殺人事件速報【左腕?】 Part6
1: 神津名無市民 05/26(日) 22:19:51 ID:xsbk1w0vP4
まとめ
1腕目:5/19 男 深夜 神津、住宅街
2腕目:5/21 女 夕方 辻切センター、繁華街ではないらしい
3腕目:5/24 女 深夜~翌朝 神津、南口繁華街
4腕目:5/26 男 夜半~早朝 逆城近辺? NEW
前スレ/【右腕?】腕だけ連続殺人事件速報【左腕?】 Part5
2: 神津名無市民 05/26(日) 22:21:01 ID:8whG0TicT
2
4腕目は逆城でも二東山あたりときいたぞ
4 神津名無市民 05/26(日) 22:26:08 ID:OTGbphCWD
>>2
それどこ情報
5 神津名無市民 05/26(日) 22:30:08 ID:8whG0TicT
>>4
発見者が俺友の近所の人っぽい
朝早くにコンビニの駐車場におちてたらしい
6 神津名無市民 05/26(日) 22:33:59 ID:6fij8Mj8E
>>5
何そのご近所ホラー
トラウマ確定
7 神津名無市民 05/26(日) 22:36:27 ID:r7kcXdVhp
ひえっ
12 神津名無市民 05/26(日) 22:38:08 ID:8whG0TicT
なんか腕が布につつまれてたらしい
17 神津名無市民 05/26(日) 22:42:08 ID:a96rk8Zb0
なんぞその布って
26 神津名無市民 05/26(日) 22:45:12 ID: 9Tl1Gag2/
>>17
街BBSで見つかった腕は黄色いひまわりの柄の布に包まれてるってうわさしてる
31 神津名無市民 05/26(日) 22:48:21 ID:3wpm04jBZ
ますます猟奇的な感じキター
389: 神津名無市民 05/27(月) 10:30:21 ID:9Tl1Gag2/
URL⇒
390 神津名無市民 05/27(月) 10:32:19 ID:TwhG08Tic
>>389
ふぁっ!?
393: 神津名無市民 05/27(月) 10:33:30 ID:TwhG08Tic
>>389
通報した
グロ注意 開くな
394: 神津名無市民 05/27(月) 10:33:52 ID:rpkcXd7Vh
ひえっ
402: 神津名無市民 05/27(月) 11:12:44 ID:WAG6ItpAd
>>393
なになになんなの
あけちゃだめ?
405: 神津名無市民 05/27(月) 11:33:01 ID:rpkcXd7Vh
よくわからんけどなんか血塗れになった腕の写真
肘のとこを布で巻いてるからコラかもしれん
本物だったらやばい
409: 神津名無市民 05/27(月) 11:33:01 ID:hkcXWArpG
血ぼたぼたですやん
◇
そのあとはしばらくBBSは荒れていた。
「12時くらいには写真は消えてたけど、写ってた腕は『くまにゃん』の腕っぽかったし、『くまにゃん』のブレスレットだった」
思い出したのか、キーロさんは目の端に涙をにじませて青い顔をする。ナナオさんはそっと机の上に置かれたキーロさんの手を握る。やっぱり、だいぶん無理して明るく振る舞っていたのかも。キーロさんは不安にあふれた目で、上目遣いでナナオさんを見る。
「ねぇ、私も殺されちゃうのかな」
「大丈夫だよ、私らがいるだろ」
ナナオさんはキーロさんの肩をガシッと抱いて、いつもの太陽みたいな笑顔で言う。キーロさんはナナオさんを見て、うん、ありがと、と小さくうなずいた。
身長もナナオさんの方が高いし、ナナオさんのほうがお姉さんっぽい。
「それにしても、共通点はキモオフにいったことだけか? 『くまにゃん』とはもともと知り合いだったんだろ?」
「一番最初の腕の人は『みちとし』さんらしいの。そういば『みちとし』さんと『サニー』さんは単独で廃墟に行くことはあっても、キモオフは初めてっていってた。あと今生きてるのは『よっち』さんと『サニー』さんと私だけだけど、みんな『みちとし』さんには初めて会ったみたい。一昨日の腕は『神津ペッカー』さんだけど、この人は『出会い』BBSのほうの常連ぽくて、たぶん廃墟自体も初めてだと思う。廃墟探検用の準備、懐中電灯とか動きやすい格好とか、そういうの全然わかってなかったみたいだし」
いまのところ、これ以上の共通点はわからなさそう。
「いずれにしても、いまのところの共通点は『逆城観光ホテル』だけだから、一度調べに行った方がいいかもしれない」
キーロさんは僕の発言にビクッとした。でも、今のところ他に手掛かりは思いつかない。
「キーちゃん大丈夫。明日昼間に一緒に行こ。それにボッチーがいれば少なくともホテルが原因かどうかはわかる、と思う」
ナナオさんは、だよな? という顔で僕を見る。
この怪異が始まったのは5月。僕が新谷坂の怪異の封印を解いてからだ。これまで『逆城観光ホテル』に怪奇現象が発生していないなら、原因は僕が解放した怪異である可能性が高いと思う。
僕が解放した怪異と僕は、封印から紡がれる細い糸でつながっている。新谷坂の怪異であるならば僕はすぐにわかるはずだ。
「たぶん、わかると思う。危険だと思ったらすぐ逃げるから大丈夫」
僕はなるべくキーロさんが落ち着くように、ゆっくりと語りかける。ナナオさんもキーロさんの背中をよしよしとさすってなだめる。
明日は土曜日。キーロさんは今日はナナオさんの家に泊まって、明日一緒にホテルへ向かうことになった。
そういえば、と思って少し落ち着いたキーロさんに僕は尋ねる。
「廃墟から帰るとき、廃墟から何か持って帰ったり、廃墟を壊したりはなかったの?」
呪われるパターンで一番多いものはこれ。
「……思い当たるものはないかな、他のグループはわからないけど、少なくとも私と『くまにゃん』さんと『よっち』さんのグループはふつうに廃墟を見て回っただけで、壊したり持って帰ったりしてないと思うよ」
そこで、キーロさんはふとなにかを思い出したように、視線を宙にさまよわせる。
「あ、持って帰ったといえば、『サニー』さんに珊瑚のストラップもらったよ。『サニー』さんはストラップを作る仕事をしてる人で、みんなに宣伝のついでっていって配ってたの。その時、注文歓迎っていって『サニー』さんの連絡先教えてもらったの」
そういって、血のように赤い欠片に銀色の金属がツタのように絡みついた小さなストラップをカバンから取り出して見せてくれた。
「えっこの色、めちゃめちゃ高いやつだぞ」
そうなの? アクセサリーは値段が全然わからない。
「あ、うん。『でりあ』さんもそう言ってた。血赤珊瑚っていって最高級なんだってね。でもこれは砕けたりした価値のないものだから、安く仕入れて作ってるんだって、この欠片も小さいから安いっていってた」
「へぇ、私も注文してみようかな」
でも、僕はそう言うナナオさんを止めた。
このストラップからは、新谷坂の怪異の匂いがした。この3人の中で、封印に半分以上囚われている僕にだけわかる感覚。
小さな赤い欠片からうっすら感じる薄い怪異の糸は、どこか遠くにつながっているようだった。