第30話 『4人と1匹』の作戦会議

文字数 6,088文字

(注記:『僕とキーロの抵抗』の真ん中あたりで、札の性質を追記しました。この話の前提を書き忘れていたので。この注意書きは、1週間ほど後に削除します。)

僕らは昼休みのあと、授業をさぼって、寮の僕の部屋に4人で集まって作戦会議をした。
机と椅子とベッドぐらいしかないワンルームなので、ギュウギュウだ。散らかっていて少し恥ずかしい。とりあえずコーヒーを入れてクッキーを出す。

「いいかな、敵は二人を無力な餌だと思ってる。反撃されるとは全く思っていない。だから、そこを突くしか生き残る方法はないと思う。東矢、お前昨日も全く動けなかったんだろう?」

藤友君が窓際の床に立て膝で座って言う。
まあ、情けないことに、そのとおり。

「どうせ次も動けない。なら、使うのは反射の札だ。他の札は効果が出るのに時間がかかるし、これなら動かなくても自動で発動する」

「ちょっと待って、何を言ってるの?」

椅子に行儀よく座ったキーロさんは言う。当然だ。だから僕らは実験してみせた。札を僕の手のひらの上に置いて上から石を落とす。石は札に落下した直後に跳ね返って落ちた距離くらいに浮き上がり、不自然に端が欠けた。

「えっ、何これ、マジックかなにか?」

「何かはわからない。でも、なんか、多分、エネルギー?、を、反射する、札? 僕も意味はよくわからないんだけど」

わけのわからない説明をキーロさんにする。妖怪とか怪異なら信じられるんだけど、魔法の札と言われると急に信じられないのは何故だろう? 呪いのアイテムと同じと言えば同じなのに。

「これで蛇の攻撃を蛇自身に跳ね返す。ただ、この札は弱点があるんだ。東矢にしか使えない」

さっき藤友君でも実験したけど使えなかった。この札は封印のために『彼の方』が作った物で、僕が使えるのは半分以上封印されてるからだと思う。理屈はやっぱりよくわからない。

「実験の結果、札は少なくとも同等以上の威力を相手に返した。だが、蛇と東矢はもともとの強さがケタ違いだ。蛇を倒すことを考えれば、おそらく東矢が一撃で死ぬような攻撃をあてないと難しいだろう」

ごくり、と息をのむ。

「だからキーロさんが襲われるときに東矢が一緒にいて、キーロさんを攻撃させずに東矢を攻撃させないといけない。ただ、蛇は東矢を簡単に殺すつもりはないから、うまく東矢とキーロさんを誤認させないといけない。前提として、敵に優先順位を変更させる必要があるだろう」

「ハルキの言うことはさっぱりわからん」

僕もナナオさんに同意。ちなみに、僕とナナオさんは並んでベッドに腰掛けている、近い。ちょっとだけドキドキ。
藤友君はどう説明したものか、と口元に手を当てる。

「いま必要なのは、蛇を殺せるような致死の攻撃を反射の札で受けることだ。少なくとも蛇を動けなくして、鈍器か別の札でとどめを刺す、これがこちらに必要な行動。次に敵の予定。敵は今、最初にサニーがキーロさんを苦しめて殺し、次に蛇がサニーを苦しめて殺し、最後に蛇は東矢を捕らえて苦しめようと考えている。ここまではいいかな」

僕らはうなずく。それはなんとなくわかる。わかりたくないけど。

「キーロさんが生き残るためというのもあるけど、キーロさんが襲われるときに蛇を嵌めないとこの作戦が成立しない。なぜなら、蛇はサニーと一体化してるから、いつでもサニーを殺せる。蛇は東矢を楽に殺したくないから、東矢だけ残れば致死の攻撃をするはずがない。今のタイミングを逃せばだれも助からない」

「だから今が蛇をハメる最後のチャンス。ただし、今の敵の計画では、結局キーロさんを苦しめて殺すことが前提だから、そのままでは致死の攻撃はこない。だから、キーロさんを即死させないと目的が達成されない状況、そして即死させたいと思う状況に持ち込む」

クッキーを片手にキーロさんがものすごく嫌そうな顔で手を止める。

「具体的には、サニーにキーロさんを即死させないと目的が達成されないと思い込ませ、蛇にはキーロさんをすぐにでも殺したいと思わせる」

キーロさんが即死しないと目的が達成されない状況?

「なんだそりゃ」

「昨日の東矢との話では、サニーはおそらく自分自身、つまり蛇がキーロさんを殺してこそ復讐になると考えているように思える。多分キーロさんは自殺じゃだめなんだ。だからサニーにキーロさんが自殺すると思わせる。それを止めるためには、自殺する前に殺す、つまりキーロさんを即死させないといけないと思わせる」

なんだか話の中身がぐるぐるといったりきたりしてる気がする。

「自殺すると思わせるってそんなことができるのか?」

「東矢は昨日、『よっち』が死亡するところを見ていた。サニーが『キーロさんが自殺する』と考えることに合理性はある」

「私、まだ生きてるんだけど」

「それは東矢から詳しく状況を聞いてないからだろう。なかなか苦しそうだぞ。ちなみに失敗した場合に東矢に待ち受ける運命は、おそらくその何十倍も酷い。だから協力してやってくれ」

藤友君がバッサリ切り捨てると、ナナオさんとキーロさんは息をのみ、真剣な目で僕を見る。昨日の『よっち』さんの姿、多分全身の骨が折れていた。うぅ、あまり考えたくない。でも、あれを「なかなか苦しそう」ですませる藤友君も怖い。
藤友君はコーヒーの波紋を見つめながら静かに言う。

「そうだな、毒を飲んでいることにするのはどうかな? 毒が回る前に殺さないといけないだろ? ただ、それならとっとと死んどけ、というか今なんで生きてるんだっていう不自然さがあるから、バーターで交渉をいれよう。交渉の内容は、不自然でないならなんでもいい。サニーに他の選択肢を選ばせないために」

「他の選択肢?」

キーロさんが首をかしげる。

「考えられる最悪のパターンは毒がブラフだと気付かれること。それから、蛇だから神経毒をもっていて二人まとめて動けなくすることが可能な場合。血清をもっていて毒自体が無駄だと考えられてしまうこと。いろいろ考えられる。けど、『自殺するかもしれない』という不安を突きつけ、『交渉にのる』『のらない』という不自由な選択肢をわざと差し出せば、思考を自殺を前提とした二者択一に誘導しやすい。そうすると他のことが考えにくくなる。ようは頭がまともに働かない状態にする」

「そんなうまくいくのか?」

「少なくとも末井には極めて有効だぞ? お前、サニーに目の前でこいつらを殺すといわれたら、全員で逃げるより無意識にこいつらの前に立つだろ?」

ナナオさんは、アハハ……と乾いた笑いを響かせる。
あの、本当に前例があるからやめて。

「特に緊急で選択しないといけない、と思わせられたなら、他のことはなおさら浮かばない。そして、最終的に自殺を避けるために即死させるという決断を自ら行ったと思わせる。東矢の発言に不自然さを覚えないように。それで蛇のほうは」

藤友君はちょっと視線をさまよわせて、目をそらせたままいいづらそうに言う。

「蛇にはキーロさんを即死で殺したい思わせる。キーロさんをいたぶるより美味い餌を鼻先にぶら下げる。聞いた限り蛇はドSで、蛇にとって東矢はストライクゾーンの真ん中よりだ。だから、蛇を誘惑して、釣り上げろ。死にたくないとか、痛いのは嫌とか、助けて、とか、哀れげに必死に慈悲を乞う。こういう手合いは「殺してほしい」ってのもかなり効くかな。多分、キーロさんとサニーはどうでもよくなって、東矢しか見えなくなる」

えっ、ちょっと意味がわからないんだけど。
藤友君は今度は僕と目を合わせて真剣な声でいう。

「いいか、馬鹿馬鹿しく聞こえると思うが、まじめな話だ。そもそも蛇はキーロさんもサニーも時間をかけていたぶり殺したいと思っている。この認識を破棄させないといけない。そのためにはより魅力的な選択肢が必要だ。蛇に我を忘れさせてキーロさんとサニーはどうでもいいと思わせろ。さっきもいった通り、一撃で死ぬような攻撃でないと蛇は倒せない。失敗すれば警戒されるし、おそらく二度目はないと思う。だから、一度にどれだけ蛇を興奮させるかが勝負だ」

「それ、本気?」

「残念ながら本気だ。このタイプの怪異は案外単純だ。力に自信があるし自尊心も高いから自分が騙されるとは露ほども考えていない。多分煽り耐性も高くない。だから、2度目はないが、最初の1回を引っ掛けるのはそう難しくはない、……俺の経験上も間違いない」

微妙な沈黙が流れる。藤友君にいったい何が。

「東矢の苦痛は蛇にはマストだから、苦しまないという条件は蛇が飲むはずがない。サニーの頭を自殺に釘付ければ、選択肢も、自然と自殺を回避する他の方法、つまりキーロさんを即死させる方向に流れると思う。蛇はとっととキーロさんを殺して東矢を捕まえたい。目的は違っても意見はあう。だから、キーロさんを即死させる方向で動くと思う」

「あの、僕、自信ない……」

「わかってる、お前に咄嗟の対応は期待していない。全く。むしろしゃべると全てがダメになる予感がする」

これまでの僕の残念対応が、頭の中を次々と通り過ぎる。

「それにそもそも動けないかもしれないしな。だから録音でもしようか。東矢とキーロさんの位置を誤認させるのにも有効かもしれない。この流れはサニーにも使えそうだな。内容については……そうだな、キーロさんは東矢を巻き込んだんだから、東矢と自分が苦しまないで死ねるならあえてサニーに殺されてもよい、とかいうバーターは不自然じゃないんじゃないかな」

「ボッチーさん、本当にごめんなさい」

キーロさんが唇をかみしめて、苦しそうに視線をそらす。
別に藤友君はキーロさんを責めて言ってるわけじゃないと思うよ。
素なだけで。

その後も少し話し合ってみたけど、他にいい案は浮かばなかった。
僕もキーロさんも小柄で、根本的にあの巨大な蛇に敵うとは思えない。それならやはり、騙し討ちしかないのかも。

「それじゃ、次は作戦決行における注意事項のすりあわせをしようか。時間があまりないからな」

「注意事項?」

藤友君はさっさと話を進める。

「東矢に攻撃を当てるには東矢とキーロさんを誤認させないといけない。それは可能なのか。蛇はもともとほとんど目が見えない。だから東矢とキーロさんを視覚で見分けない、東矢、『よっち』が死んだ路地は真っ暗だったんだろ?」

「うん。ただでさえ暗かったところに何か闇が積み重なって結界になってた。何かが動いているくらいしかわからなかったよ」

「なら、おそらくサニーも視覚を重視していない。暗いところで待ち受ければ、視覚はごまかせそうだ。もし懐中電灯を持ってきてたら、まあ、運がなかったと思ってあきらめるしかないな。後はどうやって他の五感をごまかすかか……。蛇は舌で臭いを判別している。東矢は顔舐められたんだろ? ばっちり臭いを覚えられてるから少なくとも塩水で水垢離でもして臭いを除去するとか、なにか香料でもかけておくのがいいかな」

お塩。そんなにあったかな。ミント系の制汗剤はあった気がする。

「音については……、蛇は皮ふでも音を感じるから、なるべくごまかせるところはないかな」

「僕に心当たりがある。新谷坂山のふもとに洞窟がある。そこだと凹凸もそれなりにあるし、音が結構ハウリングするんだけど、どうかな」

最初、蛇を待ち受ける場所として、井戸の底に隠された新谷坂の封印のふたの上を考えた。でも、封印するには一番だけど、蛇は警戒して入ってこないと思った。ふたは井戸の底にあって入り口が一つ、僕らが死ぬか弱るまで待ってから入ってくればいい。
僕はニヤと相談した結果、2番目に蛇を封印しやすい場所として、以前新谷坂山に封印されていた『口だけ女』が封印から逃げ出すときに開けられた新谷坂山の横穴を使うことにした。蛇は封印から出るときは井戸の底から出たから、この横穴は恐らく知らないだろう。ここであれば、封印に接していて怪異の再封印がしやすく、万一僕が蛇に囚われそうになった場合はキーロさんと一緒に封印に逃げ込みやすい。

「悪くないかもしれない。少なくとも人の耳はごまかせそうだ。サニーと蛇が入ってきたら、極力動かず振動を発生させないほうがいいかな。動き方でばれるとまずいから。それから、におい避けに入り口に蛇用の忌避剤をまいとくのもアリだな。あと蛇に特殊なのは赤外線センサー。丁度二人とも同じくらいの背丈だから、なんとかごまかせる気はする。なるべく大きめの似た服を着て体型をごまかそう」

僕とキーロさんはうなずく。

「さて、最後にごまかす方法だけど、東矢の声を録音してキーロさんが持って流すのはどうかな。相手は体温と声の聞こえる位置で判断するだろうから、あとは極力動かないようにすればなんとかなる気がする。後は何かあるかな」

にゃぁ、という声がする。

「呪いの強度でばれる可能性があるって。吸収の札をまいたら、一定は吸収されたりしないかな」

僕のつぶやきにナナオさんが左手首のアザの上に吸収の札を巻いてくれた。三枚巻いたところで、蛇の匂いがずいぶん薄くなったと感じる。でもそれが限界で、それ以上は薄くならなかったけど。ニヤに確認すると、僕の方がキーロさんより気配は薄いらしい。

「じゃぁ、最後に録音を作ろうか。何パターンかのシナリオと、汎用的に使える言葉をいくつか録ろう。東矢、お前の余生の悲惨さがかかっているんだから真面目にやれ」

そこからは、なんというか、生まれてこの方一番恥ずかしい時間だった。
「苦しまないでいいなら何でもする」とか、「ひっ。こっちにこないで」とか、「お願い、助けてください、何でもするからぁ」、とか、果てはすすり泣きまで録音された。しかも本気のナナオさんの熱心な演技指導付きで。藤友君は気の毒そうに僕を見てたけど、時々小さく吹きだしている。ひどい。
おかげで、物凄く哀れっぽい、なさけない録音集が完成した。その頃には3袋のクッキーが消費されていた。藤友君の8割いけるというお墨付きとともに、お前すげぇな、と言ってくれたけど、これが黒歴史か……。

「まかせて。私、妄想力には自信がある、絶対自然な感じで録音を流す」

キーロさんは録音の順番を必死で覚えて、真っ暗の中でも任意の声を再生できるように練習した。多少のノイズは洞窟のハウリングで紛れるに違いない。
でも再生の度に僕の声が流れて、もう、死んでしまいたい……。
でも、僕がうまくやれなかったら、3人と会えるのはこれが最後だったんだろうな。

そして、この録音作戦は恐ろしく成功した。
録音を想定の半分も使わないうちに、蛇は釣り上げられた。
やっぱり藤友君はすごい。……経験の差なのか?

次話第3章最終話【さよなら『サニー』】
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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