第15話 放課後、校舎の裏で

文字数 3,520文字

午前の授業中、俺は怪異について検討する。
幽霊は手紙を出さない。幽霊は人の魂で、非物理だ。封筒には触れない。そうすると、この怪異は物理現象だ。『トイレの花子さん』は幽霊のイメージだったが、これは狐狸妖怪の類なのか?
しかし考えたら納得した。ある学校で死んだ特定の子どもの魂がその学校で幽霊としてでてくるのはありうるとしても、同じ魂が全国津々浦々の学校で出たりしない。ただ、それは『学校の怪談』という特殊な事情で、幽霊でも物理作用が可能なのかもしれない。わからないな。
そういえば東矢は怖い話が好きなんだったか。幽霊も信じてるって言ってたな。
休み時間に東矢に話しかけた。

「東矢、『トイレの花子さん』って幽霊と妖怪とどっちだと思う?」

東矢はきょとんとした顔で俺を見る。

「幽霊だと思ってたけど……。どっちかというと『学校の怪談』じゃないのかな」

「『学校の怪談』は幽霊や妖怪と違うのか」

「うーん、幽霊や妖怪は独立して存在しているでしょう? 『学校の怪談』はその中身が何かっていう以前に『学校』っていう場所が重要で、ここじゃないと成り立たないもの。学校をキーワードに仕掛けられた呪いの一種じゃないかな。」

「で、『トイレの花子さん』とか『動く人体模型』は学校という特定なフィールドが展開された時にポップするアンノウンで、学校という地形を利用して特殊効果を発動させる、的な。だからどの学校でも同じようなフィールドが展開する限り似たようなバリエーションがポップするし、学校に縛られるけど学校という状況を最大限に利用できる」

……なんか、思ったよりガチなのか、こいつ。ヤバい奴か? でもまあ、納得できることもある。あの封筒もコピー用紙も学校の備品と言われれば納得だ。
『トイレの花子さん』の中身は何であれ、『学校の怪談』なら学校でしか存在できない。それは前提として使えそうだ。それなら待ち合わせ場所は学外にした方がよかっただろうか。さりげなく昨日の話を切り出そう。

「そういえば昨日、3階のトイレで様子が変だったが何かあったのか」

東矢はしばらく難しい顔で考えた後、『トイレの花子さん』の気配がした、と言った。

「だから、藤友君も坂崎さんももう行かないほうがいい」

「それ、絶対アンリにいうな、行くっていいはるから」

東矢は慌ててうなずく。こいつ大丈夫か……? 昨日も無意識に考えたことを口に出してるよな。

「それより、藤友君も昨日トイレで何かあったの? 様子が変だったけど」

心配そうに俺に尋ねる。ぼんやりしてるようで意外と見てるな……。
俺は東矢に話したほうが得か考える。『トイレの花子さん』から手紙をもらったと言っても普通は信じない。だが、さっきからの東矢の発言は『トイレの花子さん』が存在することを前提としたものだ。そうでなければ、「だから」「

行かないほうがいい」とは言わないだろう。昨日から考えて、東矢は善良に思える。多分、物物交換が好きなタイプだ。情報を渡せば情報が返ってくる。
東矢の意見は傾聴に値しそうだ。お互い腹を探りあっても面倒だな、少し踏み込んでみるか。

「昨日、トイレで何かにつかまった感じがした。今朝『トイレの花子さん』と思われる者から放課後に呼び出しがあった。俺が把握していることはこれだけだ。知っていることがあれば教えてほしい。行くと返事を出してしまったが、やめた方がいいか?」

「それ、僕もついっていっていい?」

東矢は一瞬びっくりした顔をした後、真面目な顔で口を開く。
意図がわからない。こちらは真面目だ。興味本位でかき回されるのは困る。

「……ついてきてどうする気だ?」

「見れば何かわかるかもしれない。多分、1人より2人の方が安全だと思う。何かあったら追いかけられるし。それから、トイレから出てる時点で『トイレの花子さん』じゃない気もするんだ。追いかけてくるバリエーションもあるから確定はできないけど」

それもまぁ、納得はできる話に思える。『トイレの花子さん』はトイレで待ち受けるイメージだ。1人より2人のほうがリスクも分散できる。
東矢が何故俺の話を丸ごと信じているのかわからないが、茶化すのではなく真面目に考えていくれているように思える。面白半分には感じない。

「えっとそれから、どっちかっていうと藤友君が『トイレの花子さん』を呼び出したんだ。だから、無視するのはまずい気がする」

何? 何のことを言っている?

「『トイレの花子さん』のテンプレートは、3階の3番目のトイレで3回ノックして花子さんを呼び出すこと。藤友君、昨日トイレのドアを3回叩いたでしょう、指で。それから「花子さん」って言った」

叩いた……か? ノックでなく指で? 記憶が全然ない。それに俺は『トイレの花子さん』を否定したのだが。

「幽霊なら会話の内容で判断するかもしれないけど、『学校の七不思議』ならキーワードの発生だけで条件が満たされる可能性がある」

まじか……。まさか自分で種を巻いた可能性があるとは。しかし『トイレの花子さん』じゃない可能性もある。まだ話を鵜呑みにするほどの確証はない。


昼休み、東矢に誘われて屋上に向かい、東矢と対策会議を行う。
あまり屋上に上ることはないが、思った以上に景色はいい。さすがに昨日のアンリからの話からも端によろうとは思わないが、灰色のパネルが張られた屋上からは、学校全体が見渡せた。少し乾燥した心地よい風が吹いている。

「呼ばれたのは俺だから、東矢は一緒に行くんじゃなくどこかで見ててほしい。その方が自然な状態を観測できる。待ち合わせ場所は保健室の裏だ」

「ああ、あのトイレの真下あたり」

トイレのある方向を指さす。校舎は北側で新谷坂山に接しており、校舎と山のすき間には通り抜けられる通路がある。トイレの窓は校舎の北側に面していて、万一トイレに何か反応があれば、怪異を『トイレの花子さん』と確定できそうに思える。
待ち合わせに使うGPSアプリを東矢の携帯に入れる。

「俺の位置情報が東矢の携帯に入るようにしておいた。会うときは通話にして内容がわかるようにしておく。他に気をつけることはあるか」

まあ、怪異に巻き込まれるときは電話なんて繋がらないことが多いが。

「ええと、そうだね。何かの許可を求められるかもしれないけど、返事はうかつにしない方がいい。特に相手の言うことを肯定する場合は。『赤紙青紙』の話は知ってるでしょう? 赤の紙と青の紙どっちがいいか聞かれるやつ。赤だと出血死で青だと失血死。人間と怪異は言葉の定義が同じじゃない」

なるほど、人でも勝手に解釈されてこじれることがある。怪異ならますます言葉は通じないだろう。

「ただ、今回は藤友君が呼び出した扱いなら、無言は承諾ととられるかもしれない。申し入れをしたのは藤友君だから、相手の応答だけで何らかの契約が成立する可能性がある。だから返事はした方がいい。難しいかもだけど」

「返事をする、だな。まあ、アンリよりは話が通じることを期待しよう」

東矢は微妙な、妙に納得したような顔をする。さて、今の時点で検討できることはこの程度だろうか。







放課後17:30。
俺は緊張しながら保健室の裏に向かう。山と校舎にはさまれた狭いスペースだが前後に逃げ道は確保できる。日の入りはまだ先だが、山と校舎の陰ですでに薄暗くなっている。時間はもっと早いほうがよかっただろうか。東矢は少し離れた後方の木の影に待機している。
コードレスのイヤホンマイクを耳にかけ、東矢に電話する。

「東矢、聞こえるか? 何か気づいたことがあれば教えてくれ。つきあわせてすまないな」

「大丈夫」

今のところ通話状況は良好だ。
校舎の影を回ると、保健室裏に女性が立っていた。おかっぱというよりはレイヤーボブ、白いシャツを着て赤っぽいスカートをはいている。ただし、小学生ではなく高校生くらいの女性だ。成長したした『トイレの花子さん』を思わせる。こいつはいったい何だ?

「靴箱に手紙を入れた人?」

「そうです!」

「用件は何かな?」

花子さん(仮称)はもじもじしてから言う。

「あの……私とつきあってください!!」

はい? 予想外の言葉に思わず固まる。
付き合う? 憑きあう? 承諾はだめ、無言もだめ。ええと

「すまない。つきあえない。もうつきあっている人がいる」

だが、俺の声は俺より大きな声にかき消された。


次話【背中、容赦なく蹴飛ばされる】
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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