第23話 『キーロ』の不安

文字数 4,742文字

翌朝10時、僕は新谷坂駅でナナオさんとキーロさんと待ち合わせしていた。
逆城駅は方角的には新谷坂の真東にある。電車で1本でいけるけど、辻切(つじき)センターで急行に乗り換えたほうが早くて、それだとだいたい新谷坂駅から30~40分くらいかな。

ナナオさんはあれからまだ半日くらいしかたっていないのに、すでにいろいろと情報を集めていた。
ナナオさんのお兄さんの友達が雑誌記者をしていて、昨夜、キーロさんの情報と引き換えに報道されていない情報を聞いたそうだ。記者さんから、キーロさんは出頭して警察に保護を求めてはどうか、という話もあったけど、キーロさんはいいところのお嬢さんのようで、警察はどうしても嫌と言ったそうだ。

公開されていない情報は下の5つ。

1つ目。
腕は右腕も左腕もあるが、いずれも違う人物の腕である。これは見た目だけではなくDNA鑑定で判明している。つまり、被害者はやはり5人いる。8人のキモオフ参加者のうち連絡がとれるのは3人。嫌なことに、人数が合致している。

2つ目。
腕には生体反応があった。つまり、生きている間に切断されていた。検死の結果、切断された順番は、発見された順と同じことがわかっている。また、血痕の付着状況から、切断されたのは発見された場所と同一で、いずれも切断から3時間のうちには発見されている。

どの腕にも人間以外のDNA情報があった。ただ、なんの動物かはわからないようだ。記者の人は、動物に襲われたのだとしたら大型の熊かなにかだとありえるかもしれないけれど、このあたりにそんなものはいないから違うと思う、と述べた。警察は犯人が犬か何かを連れていて、舐めたかなにかしたのではないかと考えているらしいと、言った。そして、でも、と言いおいて記者の人は続ける。5体の腕のどの断面からも同一の人間以外のDNA情報が検出されたらしい。結局はどういうことかはわからないけど、警察はこの点からも連続殺人と考えているようだ、と締めた。

僕は嫌な予感が浮かぶ。春の終わりに出会った『口だけ女』ならこの状況が作り出せる。彼女はおそらく、人を丸のみにできる。犯人が何らかの怪異であれば、実行は可能だ。

3つ目。
腕が布で巻かれていたということは公表されていない。でも、警察も第一発見者経由で「布で巻かれていた」程度の情報が広がっていることは認識している。報道は警察の要請に応えて、一応秘匿しているそうだ。街BBSの写真は警察でも把握していると思われるけど、誰が撮ったのかが問題だ。

もし第一発見者が写真を撮ったのでなければ、犯人が撮ったものである可能性がある。海外のサーバーを通してアップロードされたのであれば、たどり着くのは難しい。
正直、僕は犯人が撮影したとは想像もしていなかった。仮に犯人だとすれば、なぜわざわざアップしたんだろう?

4つ目。
警察は二東山のコンビニで発見された4番目の腕、つまり『でりあさんの彼氏』のみ指紋で人物を特定できているが、他の4人の特定ができていない。顔であれば歯型等で探せるようだけれども、腕だけだと指紋のデータが登録されていなければ難しい。顔のようにモンタージュもできない。確かに腕だけで人はみわけられないよね。

『でりあさんの彼氏』さんは、昔万引きでつかまったことがあり、それでかろうじて判明したそうだ。
ただし、『でりあさんの彼氏』さんはLIMEに登録していないので、おそらく警察もキモオフにたどり着いていない。
なんと、『でりあさんの彼氏』さんには年上の奥さんがいた。でも、キーロさんから言わせると、『でりあ』さんは『でりあさんの彼氏』より随分年下に見えたらしい。キーロさんは、『でりあ』さんは『でりあさんの彼氏』さんをいつも『連れ』と呼んでいたから、つきあっていたのではないのかもしれない、と言っていた。この辺、考え出すとドロドロしてくる気がするから、考えるのをやめよう。

ともあれ、キーロさんをはじめ8人の関係は未だ警察も把握していない。

5つ目。
3番目の腕(くまにゃんさん)の特徴的なブレスレットについては、警察が調査をしているようだ。いろいろな金属加工場に問い合わせているけれども、該当するものはみつかっていないらしい。また、他に腕には装飾品をつけているものはなかったため、そこから人物の特定を行うことはできないようだ。

そういう話を聞いていると、いつのまにか逆城駅にたどりついた。なんだかものすごく濃い30分で、現場に向かう前から結構消耗した感じ。話をしていたのはナナオさんだけで、キーロさんはナナオさんにピッタリくっついてうつむいていた。キーロさんにとってはかなりショックな内容。特に2つ目の話は衝撃的で、僕も警察に保護を求めたほうがいいんじゃないかと思う。
でも、そう言っても、キーロさんはきりりと奥歯をかみしめてうつむくばかりだった。

ただ、せっかくの情報からも、犯人(?)や犯人から逃れるためのヒントは見当たらない。
そんな話をしながら逆城駅の南口のロータリーに出た。逆城の北側は古い町並みで有名で、南側は海水浴場につながっている。だからなのか、逆城の駅舎は結構おしゃれだ。
ここからはバスに乗る。夏休みになると結構にぎわうようだけど、今日はまだオフシーズンで、バスに並ぶ人も1人くらいしかいなかった。

問題の『逆城観光ホテル』は、逆城駅から二東山展望台行きのバスに乗って、途中下車して、そこから少し歩いたところにある。
がたんがたんと山を登るバスにのっていると、ふいに木々の切れ目から青い海が見えた。まだ泳ぐには早いだろうけれど、サーフィンをしている人たちが豆粒のように小さく動いている。バスの窓から吹く風は少しの塩の香りをはらんで僕のそばを通り過ぎていく。これから行く廃墟のことを考えなければ、とてもよい遠足日和だ。そう思って振り向くと、キーロさんの顔色は相変わらず悪く、僕は風を気持ちよく感じていたことに罪悪感を感じた。ナナオさんは僕の後ろの二人掛けの席で、ずっとキーロさんの肩を抱いていた。

そのうちバスはキキという小さな音を立てて山道を斜めに止まり、僕らはバスを降りる。しばらく左手に海を眺めながら山道を下ると、すぐに鬱蒼と藪が茂った道に続く分かれ道が現れた。
藪はしばらく先で林に変わり、林の合間を進んでいくと、私有地立ち入り禁止、と書かれたひび割れたカラーコーンが置かれていて、その先に潮風でもろく傷んだブロックの塀と赤茶に錆びた鉄の門が見え、さらに足を進めると灰色に汚れた白い建物が見えた。

廃墟。

僕は昼の廃墟は初めてだ。夜にナナオさんといったことはあるけど、夜とは全然雰囲気が違う。
『逆城観光ホテル』は闇に紛れることなく僕らの前に堂々と姿を現し、しかも周りの風景と溶け込むことを強く拒む。
大切なところもそうでもないところも、何もかも少しずつ均等に欠けていて、その不確かさがどこか気高く、まるで忘れ去られた誰かの大切な思い出のよう。妙に幻じみていで、触れるとすぐに壊れてしまいそうで、断りなく立ち入るのはためらわれる。そんな存在の危うさ。

「ボッチーさんも廃墟好きな人?」

「ボッチー、ぼんやりしてないでとっとと入るぞ」

同時に正反対の言葉が聞こえて我にかえる。そうだ、僕はここを調べに来たんだった。でも、キーロさんのいう「廃虚」も、僕はひょっとしたら好きかもしれない。僕はちょっと不思議な特別な気分でホテルに足を踏み入れた。



キーロさんから聞いたように、ホテル入り口のガラスは完全に割れて床に散らばっていた。僕は持ってきた軍手をはめて、フレームだけのドアを押す。ロビーの床は割れたガラスの他にも、木の破片やゴミが散らばっていた。これはスニーカーとかじゃないと無理だよね。

「『神津ペッカー』さんはかっこいいサンダルで来たんだよ?」

ふふ、と笑いながらキーロさんは言う。それは無謀だなぁ。『神津ペッカー』さんに廃墟経験は本当になさそう。

「ボッチー、変なところあるか?」

緊張した声が走る。ナナオさんが言う「変なところ」とは怪異の残滓だ。そう言われて、改めて気にして見回してみたけど、新谷坂の怪異の気配は見当たらなかった。

「とりあえず、変な感じはしないと思う」

キーロさんはちょっとほっとしていた。
ナナオさん、昨日何か新谷坂の封印について話したのかな。ナナオさんは僕が新谷坂の封印を解いた時に一緒にいたから、僕と封印の関係、それから僕が新谷坂の怪異を見つけられることを断片的には知っている。

僕らはキーロさんのキモオフの日の足取りに従って調査を開始した。ロビーを出て1つずつ順番に部屋を巡る。キーロさんは元気はないものの少し調子を取り戻し、ナナオさんは心なしかワクワクしていた。
注意深く壊されたところはないか見て回った。破損した部分や落書きは散見されたけど、どれも自然に壊れたか、壊されたとしても昔のもののように思えた。ナナオさんがいろいろなところをつつこうとするのを止めたりもした。
散らかって人のいない荒れた客室や厨房は、時間に無理やり侵食されて、抵抗もできずに壊れ崩れる将来の姿を思い起こさせ、背徳的な感じがした。

最後に屋上に上がると、白い雲のたなびく空と海が晴れ渡り、その光景は先ほどバスで見たより鮮やかで、海から吹く強い風が僕らの髪を吹き飛ばした。僕は振り返ってキーロさんと向かい合う。

「キーロさん、このホテルにおかしなものは何もない、と思う」

キーロさんはようやく小さく微笑んだ。キーロさんの明るい髪は、この空と風によく似合っている。

でも、そうすると、この廃墟には結局手掛かりはなかったことになる。スタートに戻ってしまった。
何が原因なんだろう。
僕たちは、明るい初夏の日差しを浴びながら、どうしたらいいんだろう、と途方に暮れた。

「ホテルが関係ないとしたら、他に何か共通するところは思い浮かぶ?」

帰りのバスでそう問いかける。

「わからない……。LIMEでグループは作ったけど『でりあさんの彼氏』さんは入ってなかったし。どこかできもだめしスポットが被ったのかもとか思ったけど、やっぱり『神津ペッカー』さんはきもだめしするタイプじゃなさそうだし、全然思いつかない」

「廃墟の雰囲気は夜と昼とで変わらない?」

「うーん、夜は暗くて少し怖かったかもしれないけど、そのくらいで他は特には……」

キーロさんは眉をよせる。原因はどこにあるんだろう。
途方にくれた僕らは、とりあえず今夜一晩考えよう、ということになった。今日はキーロさんの家にナナオさんが泊まることになったようだ。
明日は日曜日だから、まだ動ける。今日の夜か明日の朝に方針を決めることにした。







薄暗い路地で目の前に腕が落ちてくるのを見ていた。
これは復讐だ。
せいぜい恐怖してから死んで行っただろうか? せいぜい苦しんだだろうか?

これで3人目だが、死んでしまえばもう興味はない。腕自体にはなんの感慨も湧きはしないが、残せば役に立つかもしれない。

目の前には1本の腕がある。まだ十分に暖かく、ぎざぎざの断面からは赤い血が滴り落ちている。
達成した記念に腕に布を巻きつける。
慎重に、外れないように。
そうだ、今日はブレスレットを残しておこう。他の奴らにもメッセージは伝わるだろうか?
誰も逃すつもりはない。

まだ残りは多い。
背後ではぞりぞりと這いずる音と、咀嚼音が続いている。

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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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