第12話 荒ぶる魂の襲来
文字数 3,548文字
僕の名前は
今日はゴールデンウィークがあけて、学校が始まってから3日目。まだ同級生はゴールデンウィークに何をしたかっていう話題でわいわいと盛り上がっていたころ。僕は自分が封印されていることを十分に実感できていた。
封印された分だけ、僕の存在は希薄になった。
これまでたまに話しかけてきた同級生は全く話しかけてこなくなり、授業で生徒を順番にあてる先生も僕をスルーし、そしてスルーしていることに誰も気づかない。同級生に以前と同じように僕が話しかけても、華麗にスルーされてしまう。教室にさすぽかぽかとした日差しと対照に、僕はかなり落ち込んでいた。
僕が封印を解いた時に一緒にいた
そんなある意味平和な、そして少し退屈で寂しい日は、3日目のお昼休みに唐突に崩れ去った。
「ねぇ、あなた『面白そう』ね! 名前はなんていうんだっけ」
ちょうど昼ご飯から教室に帰ってきたとき。
同じクラスなのは知っていたけれど、これまで話したことのない女の子が突然僕に話しかけてきた。
その子は確か、
「えっと、僕は東矢一人。坂崎さんだっけ?」
「そうそう、アンリって呼んでっ」
坂崎さんは語尾にハートがつきそうなかわいい感じでにこりと微笑み、小首をかしげてから僕の周りを見回す。
「ふうん? このへん、なんか変な感じ。ねぇ、面白いことない?」
「えっ、面白いことっていわれても……」
僕は急な質問に混乱する。
そして、隣からの声に僕はもっと混乱した。
「おいアンリ、それじゃ意味がわかんねぇだろ」
僕はびっくりして隣の席を見る。藤友君が頬杖をついてこちらをみていた。
僕の隣は、
ここ3日、僕に話しかける人は全くいなかったのに、急に2人も話しかけられてとても驚いている。
「えっと、東矢? こいつは面白いことが好きなんだ。別になにかあって話しかけてるんじゃない。狂ってるから無視しとけ」
えぇ? 狂ってるって。無視しろっていわれても……。坂崎さんはキラキラした目で僕をみている。
「ええと、今は特に、面白いことはない、かな」
坂崎さんは、ぇぇ〜、と小さくつぶやいて、ものすごく残念そうな顔をした。僕はどうしたらいいかわからなくて、思わず藤友君の方を見る。藤友君は、巻き込むな、という感じでフィと視線を逸らした。
「えっとじゃあ、東矢君の好きなものはなにかな?」
えぇ? 坂崎さんは全然めげない。なんだかわけのわからない問答だなと思いながらも口を開く。
「ええと好きなもの、怖い話……とか?」
僕は好きなもの、というより今一番気になっていることを、考えなしに口に出した。とたんに、坂崎さんの表情はパァと明るくなる。藤友君は左眉を軽く上げて、やっちまったなこいつ、という表情で僕をみた。藤友君、顔はちょっとしか動かないのに表情がよみやすい。
「いいね! じゃあ、放課後までに『考えて』くるから待ってて」
坂崎さんは語尾にハートマークをつけながら、きた時と同じように突然去っていった。
??? なんだったんだ?
「……あー、見事に巻き込まれたな。」
隣の藤友君はなぜか僕を可哀そうなものを見る目で見つめた。その時ちょうどチャイムが鳴って、お昼休みの会話は終了。正直、何が何だかさっぱりわからなかった。
その後、放課後のチャイムが鳴ると、藤友君が真面目な顔で、普通に話しかけてきた。
えっ僕に話しかけるの? すごい。この3日の無人はなんだったんだ?
「一応忠告しとく。アンリには何を言っても無駄だ。なるべく大人しくして、不用意な発言は避けたほうがいい」
意味が分からない時間は継続していた。
なにそのアドバイス。坂崎さんってなんなの? 猛獣かなんかなの? 僕がポカンとしていると、坂崎さんがざわめきが残る教室を突っ切り、のしのしとやってきて花が咲くような満面の笑みで口を開いた。
「東矢くん、私考えたよ! 今晩、七不思議を探そう?」
「…………だそうだ」
藤友君はヤレヤレ、という顔でうなずいた。
えっと。意味がわからないんだけど。僕はたぶん、二人を間抜けな顔でぽかんと眺めていたに違いない。
坂崎さんは藤友君の前の席の椅子を引いて座り、2人は僕の返事も待たずに、僕をそっちのけで計画をどんどん立てていった。具体的には、坂崎さんが見に行きたい怪談を話す。夜中に屋上から下を見下ろすと飛び降り自殺した子の死体が見えるとか、夜中のプールの底にある藻に霊がとり憑いていて泳ぐとからまって溺れるとかいう僕も初耳のうわさ話ばかり。それを藤友君が危ない、落ちたらどうする、暗い、汚れる、足がつって本当に溺れたら困る、とかバッサバッサ切り捨てていく。
ということで、最終的にはなぜか『トイレの花子さん』が残り、坂崎さんは満足そうに微笑んだ。僕はというと、なにも発言しないまま20分ほどが経過するのを見守っていた。
「あの、それ僕も行くんですか?」
僕はおずおずと問いかけると、坂崎さんは、なにをいってるの? という驚いた顔でこちらを見た。藤友君は軽く首を左右に振りながら答える。
「……一応は善処した。たぶんこれが1番危なくない。あきらめろ」
「せっかく東矢くんのために考えたのにー」
どうしよう、この2人がなにをいってるのか本当にわからない……。僕は少し抵抗を試みる。
「でも、僕は寮だから夜は出られないんだ。管理人さんがみてるから」
「大丈夫だ、なんとかなる。俺もアンリも寮住まいだ。無視するとこいつは部屋まで迎えに行く。あきらめろ」
結局、僕の抵抗はなんの意味もなさず、今晩夜がふけてから学校に忍び込むことになった。僕の意見は聞き入れられないどころか、聞かれもしなかった。僕はそんなに押しが弱いのだろうか……?
坂崎さんは話が終わるとうきうきと楽しそうに席を立った。藤友君も立ち上がり、窓から差し込む西陽に少しまぶしそうに目をすがめ、また後で、といってポケットに軽く手を入れながら去っていった。
藤友君は座っている時の目線は僕と同じくらいなのに、立ち上がると10センチくらい僕より背が高い気がする。なんかズルい。
こうして、僕は西陽がさした教室に1人残された。
なんで僕は初めて話した2人と真夜中に学校探検をすることになったんだ?
友達が……できたのだろうか? 生まれてから、こんなにわけがわからないのは初めてかもしれない。
◇
僕は寮で晩ご飯を食べて、自室で時間までの暇つぶしに今日初めて話した2人のことを考えた。
坂崎さん。とてもかわいい子だったけど、全然話が通じなかった。ナナオさんでも一応僕の意思は聞いてくるのに、気にかけるそぶりもなかった。この間遭遇した『口だけ女』よりも話が通じそうにない。この会話のつながらなさは正直怖い。どう対応していいのか全然わからない。……狂ってる?
藤友君。これまで話したことなかったし、他の人ともあまり話してる様子じゃなかったから人付き合いをしない人だと思っていたけど、悪いひとじゃないのかもしれない。よく考えると、屋上やプールよりトイレの方が安全なのは間違いないもんな。坂崎さんと比べてだけど、段違いに僕のことを気遣ってくれていた気がする。
2人はいつもこうなんだろうか。なんだか狐につままれたような気がする。
次話【トイレ、その中身】