第28話 『僕とキーロ』の抵抗
文字数 4,706文字
どうすれはよかったんだろう。
あの蛇は無理だ。『口だけ女の子』も花子さんたちも、これまで僕が会った怪異は一応みんな会話ができた。
でも、蛇は、最初から僕と交渉する気はない。そして、サニーさんもキーロさんを逃すつもりがない。
幸いなことは、今回はナナオさんは巻き込まれていないことか。
ナナオさんには昨日先に帰ってもらって今日の放課後に相談する約束をしていた。でも、なんて話をしていいのかも見当がつかない。キーロさんが殺される? その後には僕も? ナナオさんは絶対止めようとする。僕はもうナナオさんを巻き込みたくない。
授業中、何処かで間違えたのか、なんとかする方法はないのか考え続けていたら、昼休みの初めに藤友君が話しかけてきた。
「お前、またわかりやすく呪われたな」
ぼくはびくっとして藤友君を見る。
「なんでわかったの」
「それ、昨日までなかった、そっからすげぇ嫌な感じがする。……リスク、考えなかっただろ」
藤友君は机の上で右腕を枕にしながら、ぼくの左手首のアザを指差して言う。
図星な藤友君の言葉に僕は思わず手首を隠す。藤友君は僕の様子をじっと見て、口を開いた。
「別に責めてないし、やっちまったことは仕方がない。この前も言った通り、手伝いはしないが、相談だけなら乗るぞ」
確かに、藤友君の目からは僕を心配するような感情しか感じなかった。
「飯食いながら話そう」
藤友君はさっさと教室を出た。僕は追いかける。
◇
新谷坂高校は新谷坂山の麓に建っていて町を遠くまで見通せる。屋上からの景色は、僕の不安とは無関係にいつも通り奇麗で、僕の心を少し落ち着かせた。青々と葉を広げる校庭の桜の木、上から見下ろす紅林邸の白と紺のたたずまいが明るい木々の色によく映える。
「東矢、お前、なんでこうなったかとかクヨクヨ考えてるんだろ。時間の無駄だ。今更後悔しても意味はない。そいつを喜ばせるだけだ。とっとと切り替えろ。何をやって呪われた」
藤友君は僕の心を読みながら、隣でサンドイッチをかじった。藤友君の言葉は僕を現実に引き戻す。
僕は藤友君に昨日の経緯を話す。蛇の怪異に会ったこと、怪異に呪われ、怪異が僕を殺すつもりなこと。サニーさんはキーロさんを逃すつもりがないこと。
藤友君は静かに僕の話を聞いたあと、ためらいもなく言う。
「話は簡単だ、殺される前に殺せ。殺しにきてるやつに遠慮はいらない。さて、どうやって殺すかだな」
僕があの蛇を……殺す?
僕が何かを『殺す』という単語は、妙に現実感がなかった。それにあの恐ろしい蛇を殺せるとも思えなかった。
当然のように『殺す』という単語を出した藤友君に僕は混乱する。
僕のそんな様子に気づいた藤友君は、少し、しまった、というように眉を斜めにして、僕を気遣うように見た。
「悪い、普通『殺す』とは考えないよな……。ただ、聞いた話から、そいつは人を襲う典型的なやつだ。そいつにとってお前はただの餌だ」
そう言って藤友君は自分のかじってたサンドイッチを示す。
「サンドイッチが食うなと話しかけてきても気にせず食うだろ? ……ひょっとしたらお前は違うのかもしれないが」
話しかけられたら食べられない気はする。ただ、藤友君のいうことはわかる。あいつはなん躊躇いも見せずに食べるタイプ。むしろ面白がって。
藤友君の言葉にうなずいて、同意を示す。
「なら、対策をねらなきゃな。弱点はありそうか?」
藤友君が励ますように僕の肩にポンと手を置いた。
「わからない。呪われたせいもあるんだろうけど、僕はにらまれただけで動けなくなった」
「それなら、次にあった時にも動けないと思った方がいいな」
藤友君は右手を口元に当ててじっと考える。
「腕を切り落とすことは……できないか?」
呪いがなければ追えないだろう?、と藤友君は物騒なことを当然のように言う。これ、あれだよね、花子さんの時の藤友君の発想。僕は少し警戒する。
試しだ、といって藤友君は僕の左腕をつかみ、ポケットから取り出したツールナイフの刃を立てて僕の腕に軽く当てる。刃は皮ふのスレスレで何か透明なものに弾かれた。藤友君はさらに刃を鋭角に立てて力を込める。けれどもやはり刃は僕の皮ふに刺さらなかった。
何これ、僕の体、どうなってるの?
藤友君は次はライターを出して僕の左手をつかむ。えっちょっとまって、それ無理っ、と僕は抵抗しようとしたけど、ライターの火は皮ふに当たってもほんのり暖かいくらいで痛くもなんともなかった。藤友君は、ふぅん? と言って、次に僕の首を絞めようとしたが、やはり皮ふに触れる寸前で何が硬い感触があり、それ以上絞めることはできなかった。鼻と口をふさがれても、微妙なすき間が空くせいか、息苦しさはあっても呼吸ができないことはない。はぁ、客観的にみるとやばい絵面だな、これ。
それに僕からナイフに触って強く握っても、触ってる感覚はあるのに全然切れない。でも、制服の裾は切れた。影響があるのは僕の皮ふスレスレのようだ。
「本当に危害を加えるのは無理そうだな、他の方法を考えないと」
なんだか、僕には全然現実感がない。何が起こっているんだろう。
藤友君は考えながら、独り言のようにつぶやく。
「なにか、武器はないのか? 怪異に効くようなやつ。できれば地雷型のもの。爆弾でも作ってみるか?」
「札ならある」
急に頭の上から声が聞こえた。ぽかぽかと陽のあたる給水タンクの上から黒猫のニヤが見下ろしていた。
「札?」
僕がつぶやいてニヤを見ると、藤友君もつられてタンクの上を見て、少し目を細める。
「あれは味方、でいいのか?」
ニヤは黒猫の姿をしているが、新谷坂山の封印のふただ。僕は4月の終わりに新谷坂の怪異の封印を解いた。その時、新谷坂の封印を守っていたのもニヤで、僕とニヤの意識は少しまじり、お互い意思疎通ができるようになった。
僕は最終的に怪異を全て封印しなおし、ニヤに後を任せたいと思っている。ただしニヤは現存する封印を守ることには積極的だけど、僕が外に出したものを捕まえるかどうかは興味がなくて、僕が決めればいいと考えている。
だから、協力を求めれば協力してもらえるけれども、そうでなければ自発的な協力はあまり期待できない。ニヤは僕の意思を尊重する。今回は僕が積極的に蛇に関わりにいった。だから僕を尊重して、積極的には助けてくれない。
でも、今の発言は。
「味方かな」
「そうか……。その札、というのは蛇にきくのか? それはどういう効果があるんだ? それから、他に何か使えそうなものはあるか?」
藤友君はニヤの声は聞こえていないはずなのに、僕ではなくニヤに向かって直接訪ねた。
「ある程度は効くであろう。札は種類がある。吸収するもの、侵食するもの、崩壊させるもの、反射するもの、いろいろだ。本来は命を削って使用するものだが、蛇が守るならちょうどよかろうよ」
「ある程度は効くみたい。効果は吸収したり、侵食したり? 崩壊させたり、反射したり、いろいろあるって。蛇が僕を守ってるから、今なら負担なく使えるみたい。あとは、もう少し具体的に聞かないとだめかも」
僕はニヤの通訳を続ける。
藤友君はさらに札の詳細と使い方を聞いた。
その結果、札は必ずしも使い勝手がいいものではないことがわかる。
まず僕しか使えない。新谷坂の封印に関連するものだから。
まずはキーロさんを助けられるか、それが問題なんだけど、たとえ僕がどれかの札を使えたとしても、蛇が強大すぎてうまくいかせないだろうというのが藤友君とニヤの共通認識だった。
うまくクリアする方法はないだろうか。藤友君は考えを巡らせる。
僕は結局何の役にもたってない……。
それから、蛇の性質に話がうつる。
「その、蛇の怪異に弱点はあるか? また、物理的に攻撃をするとすればなにがいい? 刃物、とか、鈍器、とか」
「弱点かわからないけど、目は悪いみたい。あとは寒いところは苦手。うろこはとても固いから、刃物よりは鈍器のほうがいいだろうって」
「なるほど、普通の蛇と同じような特徴を持つのか。ピット器官、温度を感知する能力はあるか? あと、毒はあるかな」
「温度でも見分けているみたい。毒は知らないって」
「そうか。ありがたい。それを前提にもう一度考えよう。ピット器官をもつならおそらく出血毒も持っていると考えたほうがいいだろう。あれは……いや、そもそも怪異だ。どんな毒を持っているかわからないな。捕まると恐らく逃げられない。接触はNGか……」
藤友君は口元に手を当てて、もう一度考え始める。僕の事なのに、僕は全然役に立ってないな……。
僕と藤友君はいろいろ話し合って、おおよその方向性について検討した。
「あとは、どれだけ成功率をあげられるか、だな。その蛇とサニーが話したことをなるべく詳しく話せ」
僕はなるべく正確に思い出して藤友君に話す。途中から藤友君は不快そうに顔を歪める。
「ろくでもねぇな。ただまぁ、お前が舐められてることは十分わかった。東矢、……そいつに捕まるなら、死んだほうが楽だぞ。花子さんの時とは全然違うからな? キーロが殺されるところにうまく入ればうまく死ねる可能性はある」
「僕も捕まりたくないよ。でも、比較楽に逃げるだけならまあ、なんとかなると思う、僕は僕のためにキーロさんを危険な目に合わせたくない」
藤友君は微妙な顔をした。そもそもキーロに巻き込まれたんだろ、という視線。でも、そもそもを言うと、僕が新谷坂の封印を解いたからキーロさんが危険に陥っているんだ。順番は逆なんだ。
僕は体の半分以上はすでに新谷坂に封印されている。昨日試したけど、封印に入ることはできそうだった。蛇の呪いも作動しなかった。僕が封印に逃げ込んで全部封印されてしまえば、少なくともヘビにつかまって殺されることだけは防げるような気はする。まあ、呪いが解除されるものなのかもわからないし、全部入っちゃうと封印から出られなくてそのまま死ぬかもしれないけど。
いつ蛇が仕掛けてくるか、に話はうつる。これまでは犠牲者がでるたびに1日はインターバルが開いていたけど、蛇は僕を5日後に迎えに来るといっていた。今日を入れてあと4日。その間にキーロさんとサニーさんを殺すとすれば、今日キーロさんを殺しに来てもおかしくない。
蛇の性状とサニーさんの今の考えから、こちらが複数人で待ち構えていたとしても、計画を取りやめたりはしないだろう。サニーさんは残りはキーロさんさえ殺せれば、死んで終わりなんだから。
時間帯はおそらくこれまでの傾向からも夜の可能性が高いだろう。よっちさんは夜に会うのを拒否したみたいだから多分例外。さすがに後を考えないとしても、日中は通報されたら邪魔が入るもんな。最短で、今日の夜。遅くとも、明日の夜には蛇はキーロさんを殺しに来る。
もう時間はない。だから、僕と藤友君はナナオさんとキーロさんを呼び出し、授業をさぼって作戦会議をすることになった。
結果、キーロさんも、苦しんで殺されるよりは、少しのチャンスにでもかけたい、と言った。
最終的な打ち合わせを終えて、ナナオさんは、巻き込んで本当にごめん、といって僕をぎゅっと抱きしめた。藤友君は、運命は変えられる、と言って僕の背中をたたいた。そしてナナオさんと藤友君は立ち去った。
僕はキーロさんの手を取って歩き出す。
あの蛇は無理だ。『口だけ女の子』も花子さんたちも、これまで僕が会った怪異は一応みんな会話ができた。
でも、蛇は、最初から僕と交渉する気はない。そして、サニーさんもキーロさんを逃すつもりがない。
幸いなことは、今回はナナオさんは巻き込まれていないことか。
ナナオさんには昨日先に帰ってもらって今日の放課後に相談する約束をしていた。でも、なんて話をしていいのかも見当がつかない。キーロさんが殺される? その後には僕も? ナナオさんは絶対止めようとする。僕はもうナナオさんを巻き込みたくない。
授業中、何処かで間違えたのか、なんとかする方法はないのか考え続けていたら、昼休みの初めに藤友君が話しかけてきた。
「お前、またわかりやすく呪われたな」
ぼくはびくっとして藤友君を見る。
「なんでわかったの」
「それ、昨日までなかった、そっからすげぇ嫌な感じがする。……リスク、考えなかっただろ」
藤友君は机の上で右腕を枕にしながら、ぼくの左手首のアザを指差して言う。
図星な藤友君の言葉に僕は思わず手首を隠す。藤友君は僕の様子をじっと見て、口を開いた。
「別に責めてないし、やっちまったことは仕方がない。この前も言った通り、手伝いはしないが、相談だけなら乗るぞ」
確かに、藤友君の目からは僕を心配するような感情しか感じなかった。
「飯食いながら話そう」
藤友君はさっさと教室を出た。僕は追いかける。
◇
新谷坂高校は新谷坂山の麓に建っていて町を遠くまで見通せる。屋上からの景色は、僕の不安とは無関係にいつも通り奇麗で、僕の心を少し落ち着かせた。青々と葉を広げる校庭の桜の木、上から見下ろす紅林邸の白と紺のたたずまいが明るい木々の色によく映える。
「東矢、お前、なんでこうなったかとかクヨクヨ考えてるんだろ。時間の無駄だ。今更後悔しても意味はない。そいつを喜ばせるだけだ。とっとと切り替えろ。何をやって呪われた」
藤友君は僕の心を読みながら、隣でサンドイッチをかじった。藤友君の言葉は僕を現実に引き戻す。
僕は藤友君に昨日の経緯を話す。蛇の怪異に会ったこと、怪異に呪われ、怪異が僕を殺すつもりなこと。サニーさんはキーロさんを逃すつもりがないこと。
藤友君は静かに僕の話を聞いたあと、ためらいもなく言う。
「話は簡単だ、殺される前に殺せ。殺しにきてるやつに遠慮はいらない。さて、どうやって殺すかだな」
僕があの蛇を……殺す?
僕が何かを『殺す』という単語は、妙に現実感がなかった。それにあの恐ろしい蛇を殺せるとも思えなかった。
当然のように『殺す』という単語を出した藤友君に僕は混乱する。
僕のそんな様子に気づいた藤友君は、少し、しまった、というように眉を斜めにして、僕を気遣うように見た。
「悪い、普通『殺す』とは考えないよな……。ただ、聞いた話から、そいつは人を襲う典型的なやつだ。そいつにとってお前はただの餌だ」
そう言って藤友君は自分のかじってたサンドイッチを示す。
「サンドイッチが食うなと話しかけてきても気にせず食うだろ? ……ひょっとしたらお前は違うのかもしれないが」
話しかけられたら食べられない気はする。ただ、藤友君のいうことはわかる。あいつはなん躊躇いも見せずに食べるタイプ。むしろ面白がって。
藤友君の言葉にうなずいて、同意を示す。
「なら、対策をねらなきゃな。弱点はありそうか?」
藤友君が励ますように僕の肩にポンと手を置いた。
「わからない。呪われたせいもあるんだろうけど、僕はにらまれただけで動けなくなった」
「それなら、次にあった時にも動けないと思った方がいいな」
藤友君は右手を口元に当ててじっと考える。
「腕を切り落とすことは……できないか?」
呪いがなければ追えないだろう?、と藤友君は物騒なことを当然のように言う。これ、あれだよね、花子さんの時の藤友君の発想。僕は少し警戒する。
試しだ、といって藤友君は僕の左腕をつかみ、ポケットから取り出したツールナイフの刃を立てて僕の腕に軽く当てる。刃は皮ふのスレスレで何か透明なものに弾かれた。藤友君はさらに刃を鋭角に立てて力を込める。けれどもやはり刃は僕の皮ふに刺さらなかった。
何これ、僕の体、どうなってるの?
藤友君は次はライターを出して僕の左手をつかむ。えっちょっとまって、それ無理っ、と僕は抵抗しようとしたけど、ライターの火は皮ふに当たってもほんのり暖かいくらいで痛くもなんともなかった。藤友君は、ふぅん? と言って、次に僕の首を絞めようとしたが、やはり皮ふに触れる寸前で何が硬い感触があり、それ以上絞めることはできなかった。鼻と口をふさがれても、微妙なすき間が空くせいか、息苦しさはあっても呼吸ができないことはない。はぁ、客観的にみるとやばい絵面だな、これ。
それに僕からナイフに触って強く握っても、触ってる感覚はあるのに全然切れない。でも、制服の裾は切れた。影響があるのは僕の皮ふスレスレのようだ。
「本当に危害を加えるのは無理そうだな、他の方法を考えないと」
なんだか、僕には全然現実感がない。何が起こっているんだろう。
藤友君は考えながら、独り言のようにつぶやく。
「なにか、武器はないのか? 怪異に効くようなやつ。できれば地雷型のもの。爆弾でも作ってみるか?」
「札ならある」
急に頭の上から声が聞こえた。ぽかぽかと陽のあたる給水タンクの上から黒猫のニヤが見下ろしていた。
「札?」
僕がつぶやいてニヤを見ると、藤友君もつられてタンクの上を見て、少し目を細める。
「あれは味方、でいいのか?」
ニヤは黒猫の姿をしているが、新谷坂山の封印のふただ。僕は4月の終わりに新谷坂の怪異の封印を解いた。その時、新谷坂の封印を守っていたのもニヤで、僕とニヤの意識は少しまじり、お互い意思疎通ができるようになった。
僕は最終的に怪異を全て封印しなおし、ニヤに後を任せたいと思っている。ただしニヤは現存する封印を守ることには積極的だけど、僕が外に出したものを捕まえるかどうかは興味がなくて、僕が決めればいいと考えている。
だから、協力を求めれば協力してもらえるけれども、そうでなければ自発的な協力はあまり期待できない。ニヤは僕の意思を尊重する。今回は僕が積極的に蛇に関わりにいった。だから僕を尊重して、積極的には助けてくれない。
でも、今の発言は。
「味方かな」
「そうか……。その札、というのは蛇にきくのか? それはどういう効果があるんだ? それから、他に何か使えそうなものはあるか?」
藤友君はニヤの声は聞こえていないはずなのに、僕ではなくニヤに向かって直接訪ねた。
「ある程度は効くであろう。札は種類がある。吸収するもの、侵食するもの、崩壊させるもの、反射するもの、いろいろだ。本来は命を削って使用するものだが、蛇が守るならちょうどよかろうよ」
「ある程度は効くみたい。効果は吸収したり、侵食したり? 崩壊させたり、反射したり、いろいろあるって。蛇が僕を守ってるから、今なら負担なく使えるみたい。あとは、もう少し具体的に聞かないとだめかも」
僕はニヤの通訳を続ける。
藤友君はさらに札の詳細と使い方を聞いた。
その結果、札は必ずしも使い勝手がいいものではないことがわかる。
まず僕しか使えない。新谷坂の封印に関連するものだから。
まずはキーロさんを助けられるか、それが問題なんだけど、たとえ僕がどれかの札を使えたとしても、蛇が強大すぎてうまくいかせないだろうというのが藤友君とニヤの共通認識だった。
うまくクリアする方法はないだろうか。藤友君は考えを巡らせる。
僕は結局何の役にもたってない……。
それから、蛇の性質に話がうつる。
「その、蛇の怪異に弱点はあるか? また、物理的に攻撃をするとすればなにがいい? 刃物、とか、鈍器、とか」
「弱点かわからないけど、目は悪いみたい。あとは寒いところは苦手。うろこはとても固いから、刃物よりは鈍器のほうがいいだろうって」
「なるほど、普通の蛇と同じような特徴を持つのか。ピット器官、温度を感知する能力はあるか? あと、毒はあるかな」
「温度でも見分けているみたい。毒は知らないって」
「そうか。ありがたい。それを前提にもう一度考えよう。ピット器官をもつならおそらく出血毒も持っていると考えたほうがいいだろう。あれは……いや、そもそも怪異だ。どんな毒を持っているかわからないな。捕まると恐らく逃げられない。接触はNGか……」
藤友君は口元に手を当てて、もう一度考え始める。僕の事なのに、僕は全然役に立ってないな……。
僕と藤友君はいろいろ話し合って、おおよその方向性について検討した。
「あとは、どれだけ成功率をあげられるか、だな。その蛇とサニーが話したことをなるべく詳しく話せ」
僕はなるべく正確に思い出して藤友君に話す。途中から藤友君は不快そうに顔を歪める。
「ろくでもねぇな。ただまぁ、お前が舐められてることは十分わかった。東矢、……そいつに捕まるなら、死んだほうが楽だぞ。花子さんの時とは全然違うからな? キーロが殺されるところにうまく入ればうまく死ねる可能性はある」
「僕も捕まりたくないよ。でも、比較楽に逃げるだけならまあ、なんとかなると思う、僕は僕のためにキーロさんを危険な目に合わせたくない」
藤友君は微妙な顔をした。そもそもキーロに巻き込まれたんだろ、という視線。でも、そもそもを言うと、僕が新谷坂の封印を解いたからキーロさんが危険に陥っているんだ。順番は逆なんだ。
僕は体の半分以上はすでに新谷坂に封印されている。昨日試したけど、封印に入ることはできそうだった。蛇の呪いも作動しなかった。僕が封印に逃げ込んで全部封印されてしまえば、少なくともヘビにつかまって殺されることだけは防げるような気はする。まあ、呪いが解除されるものなのかもわからないし、全部入っちゃうと封印から出られなくてそのまま死ぬかもしれないけど。
いつ蛇が仕掛けてくるか、に話はうつる。これまでは犠牲者がでるたびに1日はインターバルが開いていたけど、蛇は僕を5日後に迎えに来るといっていた。今日を入れてあと4日。その間にキーロさんとサニーさんを殺すとすれば、今日キーロさんを殺しに来てもおかしくない。
蛇の性状とサニーさんの今の考えから、こちらが複数人で待ち構えていたとしても、計画を取りやめたりはしないだろう。サニーさんは残りはキーロさんさえ殺せれば、死んで終わりなんだから。
時間帯はおそらくこれまでの傾向からも夜の可能性が高いだろう。よっちさんは夜に会うのを拒否したみたいだから多分例外。さすがに後を考えないとしても、日中は通報されたら邪魔が入るもんな。最短で、今日の夜。遅くとも、明日の夜には蛇はキーロさんを殺しに来る。
もう時間はない。だから、僕と藤友君はナナオさんとキーロさんを呼び出し、授業をさぼって作戦会議をすることになった。
結果、キーロさんも、苦しんで殺されるよりは、少しのチャンスにでもかけたい、と言った。
最終的な打ち合わせを終えて、ナナオさんは、巻き込んで本当にごめん、といって僕をぎゅっと抱きしめた。藤友君は、運命は変えられる、と言って僕の背中をたたいた。そしてナナオさんと藤友君は立ち去った。
僕はキーロさんの手を取って歩き出す。