第13話 トイレ、その中身

文字数 5,557文字

そろそろ学校に集合の時間。
僕は学校の寮に住んでいて、寮には玄関前に管理人室がある。外に出るには管理人室前を通らないといけない。今日もいるだろうと思ってそろそろと玄関に向かうと、今日に限り何故か管理人さんが席を外していた。

いつもいるのになんで? あの二人は知ってたの?
行かない言い訳がないなと思いながら、僕はそっと扉を開けて学校に向かう。夜になり、涼しい風が吹いていた。
寮と学校はすぐ隣で、歩道に沿って5分くらい。幅3メートルほどのレンガ敷の歩道の脇には腰くらいの高さで綺麗に四角くカットされたツツジの植栽が並んでいる。歩道と植栽の間の細い路面にグランドライトが5メートルおきくらいにぽつりぽつりと設置されていて、白い光を浮かび上がらせていた。歩くのに支障はないんだけど、一人で向かう道はどこか寂しく、近づくにつれてだんだん大きくなる夜の学校の影は昼間と一味違って、なんだか不気味に見えた。



僕が約束の校舎入り口に着くと、2人は当然のように待ちうけていた。ろくに話したこともない人とこれから学校探検に行くのか……違和感がすごい。
藤友君は気にした様子もなく、いくぞ、と短くつぶやいて職員室に近い通用口に向かう。どうするのかとみていると、藤友君は入り口の近くの古びた室外機の下をごそごそとまさぐり、小さな鍵を取り出して手早く通用口を開けた。

「えっなんで知ってるの?」

「前にアンリが見つけた」

「前にも夜に入ったことあるの?」

「初めてだよっ。ドキドキするね」

何か色々噛み合っていない。なんで入ったこともない扉の鍵の場所を知ってるの?
頭が混乱するまま藤友君が早く入れと手招きするので急いで通用口をくぐり抜ける。
藤友君はポケットからペンライトを取り出して廊下を照らす。
夜の学校の廊下はしんと静まり返っている。新谷坂高校の建物は古い。コンクリート造の灰色の壁や天井は、ライトの灯に照らされて深い凹凸の陰に沈み、普段は感じられない威圧感を滲ませていた。

「アンリ、どこからいく?」

「えっトイレでしょ?」

「どこのトイレからいく? 一階から回るか?」

「うーん、そっか。東矢くんはどこからがいい?」

そういえば、学校にはトイレが何箇所かある。東の端と西の端に各階。正直どこでもいいんだけど。

「じゃあ、近いところから1,2,3階ってまわって、反対側から降りてきたらどうかな」

「オッケー、そうしよっ」

藤友君は一つうなずき、歩き出す。自然と藤友君、坂崎さん、僕の順番で歩き始めた。なんだろ、藤友君ものすごく手慣れてる。いつものことなのかな。慣れなくて落ち着かない。

まずは東階段隣の一階トイレ、ここからすぐ。
簡単に話し合い、女子トイレは坂崎さんが見て、男子トイレは僕が見ることに。藤友君はトイレへの立ち入りを強硬に拒否して、入り口で見張る役になった。
その後結局、坂崎さんが男子トイレも見たいと言い張って、ほかに人がいないからいいか、ということで坂崎さんも中を確認した。
全部見るなら同じだろ、という藤友君の発言で、以降のトイレは男女ともに全て坂崎さんが点検することになり、僕と藤友君は外で待つことになった。待っている間、僕は藤友君と話すことにした。

「あの、なんで僕がここにいるのかよくわからないんだけど」

「……理由はアンリに聞け。勝手に予定を決めたのは悪かったと思ってる。ただ、アンリは話を聞かないから、嫌だといってもいつまでも騒ぎ続ける。キリがないから結局は早めに諦めた方がいい」

やっぱり話は聞いてくれない人なのか……。そうするとさっさとまとめてくれた藤友君に感謝した方がいいのかな。

「藤友君は幽霊とか興味あるの?」

「東矢は幽霊信じるのか?」

あれ? この返事。藤友君は信じないのかな。信じないのに探検してるの? でも信じないにしてはやけに警戒しているように見えるんだけど。
藤友君は校舎に入ってから、ずっといろいろな方向を警戒しているように見えた。

「僕はまぁ、信じてるかな」

「そうか。俺は幽霊は見えない」

僕は怪異を否定できる状態じゃないけど、ぶったぎるような藤友君の話し方は、かえって好感がもてた。

「幽霊は僕もみたことないよ、坂崎さんは好きなの? 幽霊」

「アンリは……幽霊、というよりは面白いものとか変なものが好きなんだ。……お前、今日急に絡まれただろ、なにかあったのか?」

正直、『なにか』には直球で思い浮かぶことがある。新谷坂の封印のこと。どう答えたものかと考えていると、藤友君は、言いたくないなら言わなくていい、といった。
どう言ったらいいかわからないだけなんだけどな。

藤友君と話していると、つまらなさそうな顔をした坂崎さんが男子トイレから出てきた。
結局、2、3階のトイレもなにもなく、坂崎さんは少し不機嫌になり、藤友君は少しほっとしているようだった。

とりあえず休憩しよう、ということになり、近くの教室に入った。今まで歩いていた廊下は山側で、窓からはざわめく木の影が見えるくらいだったけど、教室は大きな窓が南を向いていて、きれいな月の明かりが差し込み、教室内をぼんやりと青白く照らしていた。

僕は持ってきたショルダーバッグからクッキーを出して2人に勧める。

「東矢くんありがとー、超嬉しい」

といって坂崎さんはクッキーをつまみ、藤友君も、わりぃな、といって受け取った。真夜中の学校で知らない人と集まっておやつを食べるって、なんだか不思議な感じ。静かな教室で僕らの座る椅子だけがキィキィ音を立てている。
そういえば僕は2人のことは何も知らないから、色々聞いてみた。2人は小学校からの幼なじみらしい。中学までは神津に住んでいて、藤友君が新谷坂高校を受験すると聞いたから、坂崎さんも受験したそうだ。
と、坂崎さんは教えてくれた。僕のことは何も聞かれなかった。まあ話すことも特にないんだけど。
僕と坂崎さんが話をする間、藤友君は話を聞くともなく聞きながら、やっぱり窓の外や廊下側を警戒しているように見えた。

「東矢くんは夜の学校は初めて?」

「先月、末井さんと忍び込んだことがあるよ。その時はどっか窓が空いてないかずいぶん探し回ったけど」

「へぇー、何しにきたの?」

「人体模型が動くっていう噂を聞いたんだ」

藤友君が机越しにコツンと僕の脛を蹴る。

「えっなにそれ! 行きたい!」

藤友君は小さくため息をついた。なんかごめん、藤友君。
『不用意な発言』の範囲がよくわからない。

「いってみたけど、なにもなかったよ、ほんとに」

「でもたまたま人体模型が休憩中だったり寝てたりしてたからかもしれないじゃない?」

「アンリ、今日はトイレだけだ。俺はもう眠い。東矢も余計なこと言うな」

「ハルくんのけちー」

そして僕らは夜の学校探検を再開する。
僕らは3階の長い廊下を歩いて、反対側、西側のトイレまで到達した。あと半分。坂崎さんは気合を入れて女子トイレに突入した。
あれ? 僕はふと、女子トイレの方を見る。このトイレはなんだか変な感じがした。すいっと何かの糸が僕の手を引っ張る感触、でもすぐに感じなくなった。

「東矢、どうした」

藤友君は僕の変化を目ざとく見つけてたずねる。僕が、何でもない、と答える前に、坂崎さんが大きな声を上げる。

「ねえっ、トイレのドアが開かないっ」

「……壊れてるんだろ? 東矢、悪いが見てきてもらえないか」

藤友君が疲れた声でいう。
……女子トイレって入るの罪悪感がある。でも坂崎さんがドアを壊しそうな勢いでガチャガチャやってる音が聞こえるし、仕方なく僕は足を踏み入れた。
女子トイレの構造は基本的には男子トイレとだいたい同じ。入ってすぐに手洗いがあって、その奥に個室。個室スペースは入り口からは見えないようになっている。確かに、入口から3番目の個室だけ白いドアが閉まっていて、坂崎さんは鈍く光るノブをつかんで激しく回していた。

「坂崎さん、ガチャガチャすると壊れちゃうよ?」

「でもここ開かないんだもん」

僕もノブに手をかけ、軽く引っ張る。すると、僕の手に糸みたいなものが絡まる感触がした。僕は急に気がついて焦る。この中、僕の解放した怪異がいる。
ここはトイレ。ここにいるのが学校の怪談の『トイレの花子さん』だとしたら、開けるには法則がある。3回ノックして花子さんに呼びかける。確かこれが正しいアクセスの方法だったはず。少なくとも今扉が開くのは回避したい。

トイレの中から嫌な感じとか強引な感じはしなくて、むしろ助けて欲しいような空気を感じるところは救いだけど、何も起きないうちにここは離れた方がいい。2人がいるのはまずい。またナナオさんの時みたいに巻き込まれるのは嫌だ。
僕は冷静を装って言う。

「……壊れてるだけだと思うよ、何も音がしないもの」

坂崎さんはバッと個室のドアに耳を当て、真剣な顔で耳をすます。僕は気が気ではなかったけど、坂崎さんがドアから耳を離すまで、3分ほど、無言の時間が続いた。

「むぅ、確かに音はしないけど、何かいる気がするっ」

でも、坂崎さんは引きそうにない。どうしよう。坂崎さんが再びガチャガチャとノブを回し始めた時。

「おいアンリ、壊れるからやめろ。さすがに壊すのはまずいだろ?」

いつの間にかトイレに入ってきていた藤友君が、坂崎さんの手を掴んで止めた。ナイス藤友君。僕はほっとして大きく息を吐く。

「えぇ、だってー」

藤友君は人差し指でトイレのドアをトトトンと軽く叩く。

「ここに花子さんはいない、いても寝てるか休憩中だ。ドアが壊れてるだけかもしれない。明日、先生にでも聞いてみたらどうだ?」

ピリッと静電気が流れたような気がした。
あれ? 今のってひょっとして。藤友君が首筋をかきながら個室のドアを鋭く睨む。

「眠いからとっとと調べて帰ろう?」

藤友君が坂崎さんの肩をそっと押してトイレから出るのについて行く。僕は最後に後ろを振り返って、トイレのドアが開いていないことを確認する。大丈夫……だよね?

そのあと、坂崎さんは2階、1階のトイレを点検したけど何もなくて、寮に引き上げることになった。帰りに3人で寮の入り口を通る時も管理人さんはいなかった。なんでだ?

坂崎さんは不満そうに、明日先生に聞いてみる、と言って部屋に戻って行った。僕は部屋に戻る前に藤友君に呼び止められ、『トイレの花子さん』について知っていることを聞かれた。

トイレの花子さんは、おかっぱの白いブラウスに赤いスカートを着た小さな女の子の幽霊で、トイレで殺されたからトイレにいるらしい。花子さんに会うと、トイレに引きずりこまれる。これを基本にいくつかバリエーションがある。

藤友君は、だよな、と言って少し考え込んだあと、じゃおやすみ、と言って部屋に戻った。





藤友君たちと別れた一時間後、僕は再び学校に戻った。
1人で外に出ようとすると管理人さんがいたので、部屋の窓をガラリと開けて出る。僕の部屋は一階だから、窓から出てぐるっと回れば実は外に出られるんだ。前にナナオさんと探検した時もこのルート。
今回は黒猫のニヤと一緒だ。ニヤは猫の姿をしているけれども、新谷坂山の怪異を封印している、神様のようなものだ。新谷坂の怪異には一番詳しい。

さっきの探検と違って月明りもすでに雲で隠れ、時間のせいか道を照らすライトも消灯していた。僕の照らす懐中電灯の明かりは細くて頼りなく、その明かり一つに浮かび上がる学校はすっかり闇に包まれていて全容は見渡せない。毎日通う学校なのに、今では大きなお化け屋敷のように僕を飲み込もうとしていた。

僕は通用口の室外機から鍵を取り出して鍵を開けて学校に足を踏み入れる。さっきは3人で来たからかあまり感じなかったけど、通用口を閉めるときのドアのキィという軋みや風でガタガタ揺れる窓とか、何もかもが不気味に思える。僕はビクビクしながら中に入り、西側3階の女子トイレまで走る。
たどり着くと、さっきは個室のドアが閉まっていたのに、今はドアが開いていた。中は普通の洋式トイレ。薄暗いトイレは雰囲気は怖いけど、特に異常も感じないし、何かが絡まる感じもしなかった。

「ニヤ、僕はさっきここに怪異がいる感じがしたんだ」

「ならばその時はいたのであろう」

「今どこにいったかわかる?」

ニヤはきょろきょろとトイレの様子を眺める。

「遠く離れてはいないように思えるが……複数存在を感じるゆえ、お主がまみえたのがいずれかはわからぬな」

この学校は僕が封印を解いた新谷坂山の裾と中腹の間くらいに建っている。僕が封印を解いてまだ半月もたってない。以前解放されていた『口だけ女』も、封印が解かれた後、この山裾のあたりに何十年もいたらしい。だからこの辺に怪異が複数いてもおかしくない。なんとなく、学校全体がますます不気味に、得体の知れないものになったかのように思えた。
でもトイレにいないってことは、さっきのは花子さんじゃなかったのかな。

「いずれにせよ強い気配はないようだ。さほど気にかける必要はないのではないかね」

「うーん、また会ったら考えようか」

なんとなく、トイレであった時に怖がってるような気配を感じたから、あんまり悪いものではないのかな。

「そういえば、ニヤは『トイレの花子さん』って知ってる?」

「我は怪異の名は知らぬ」

「だよね」

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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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