第3話 アンハッピー・ピクニック

文字数 3,289文字

夜の山は僕らの想像以上に暗かった。
最初のほうはまだぽつぽつと外灯があったけど、ハイキングコースの入り口をこえるとそれもなくなり、月と星の明かりだけが続く真っ暗な山道になった。しかも月の光は木の影に遮られて、実際はほとんど見えない。たまに風にゆれる木のてっぺんからちらりちらりと見えるくらい。

暗闇のなか、僕は持ってきたライトで足元を照らしながら一歩一歩歩く。ナナオさんは僕のライトを頼りに、時々自分の携帯で足元を照らしながらそろそろと山道を登った。
最初はおどろおどろしさを感じた山道も、二人で歩けば心強い。ヒュルヒュルとふく風とガサガサする葉っぱの音、ジャーッという何かの虫の音、ホウというふくろうかなにかの音。僕らの靴音以外にも、夜の山は結構にぎやかで、僕らの足取りに色を添えた。

標識はところどころで見落としたけど、遠足できた時の記憶をつないでなんとかリカバーし、途中、もう帰ろうよとグチをいいつつ参道を見つけ、ハァハァと息を切らして石段を登ってなんとか神社についたころには23時を回っていた。
けれども、苦労した甲斐はあった。

荒い息を吐きながら神社の入り口から振り返ると、そこには今まで見たことがないような満天の星空が広がっていた。
南東の方角にはうっすらと天の川が立ち上っている。北と東の方角では神津(こうづ)辻切(つじき)センターの宝石を散りばめたような夜景が煌々と輝き、その更に南東では弧を描くように暗い海を明るい月の明かりが照らしていた。はるか先には、昔僕が住んでいた三春夜(みはるや)市の明かりもうっすらと見える。
遠足の時はこんなに山の上まで上がっていない。初めて見た夜の神津市の全景は、まるで絵のように幻想的で息をするのもはばかられ、僕とナナオさんはしばらく無言で夜景を眺めた。

しばらく後、ナナオさんはちょっとプルッとしてから、さみぃな、とつぶやいた。4月末とはいえ、夜の山はまだ寒い。

「さて、と。絵馬を探しにいかなくっちゃ」

気を取り直してナナオさんは神社側を振り返る。にぎやかで人の香りをのせた夜景とは対照的に、神社はひっそりと静まりかえり、人を拒むような静謐(せいひつ)なたたずまいを見せていた。

あまり人の手が入っていないのか、かつて朱色に塗られていたと思われる鳥居もインクは剥がれ落ち、ところどころひび割れている。下草も伸び、一見すると少し荒れているようにも思えた。
けれども、鳥居の先の本殿は、少し瓦が落ちているけど歴史のありそうな太く黒ずんだ柱や梁がしっかり地面と接続されていて、小さいながらも堂々とした姿を見せていた。そこには山裾から少し感じたおどろおどろしさはなく、安易に足を踏み入ってはいけないような、そんな神聖な感じがした。この鳥居は夢と(うつつ)の境目。どっちが夢でどっちが現かはよくわからないけど。

ふいに、僕は、登る前にナナオさんが言っていた、たくさんの悪いものを封じ込めている、という言葉を思い出す。
ハイキングコースや山道を歩いている時は感じなかったけど、鳥居をくぐった瞬間、そんな話もなんだか信じられる気がした。


でも、ナナオさんは特にそういった感銘は受けなかったようだ。

「うぉっ。怖ぇぇ」

といいつつ、両腕を擦りながらさっさと鳥居をくぐって奥に進む。境内はすぐ右手側に絵馬掛所があり、カラフルな絵馬がたくさん掛けられていた。
さらにその右奥に、社務所のような建物がある。少し新しいプレハブみたいな建物だった。

ナナオさんは、絵馬って普通、社務所にあるのかな、とつぶやいて、どんどん奥に進んでいく。けれども社務所は当然のように施錠されており、絵馬は置かれていなかった。

「うわ、まじ最悪」

よく考えたら、当然といえば当然。社務所は閉まっていた。というか、そもそもお祭りとか用がないと開けていないのかもしれない。社務所の入り口にも木の葉が積もっていて、しばらく人が立ち入ったような形跡はなかった。当然、夜中に絵馬なんか売っていない。
絵馬を掛けた人は持参しているのだろうか?

それでもめげないのがナナオさんだ。僕の存在なんかすっかり忘れたように、なんか代わりになるものはないかな、と呟き、地面を見ながらうろうろと探し始めた。
枝とかならともかく、さすがに絵馬に使えるような板は落ちてないんじゃないかな。
追いかけようと思ったけどナナオさんはさっさと先に行ってしまう。しかたがないので僕は神社にお参りして、鳥居の真下から改めて夜景を見直すことにきめた。

来る前に調べた神社の歴史を思い出す。新谷坂(にやさか)神社はいつからかはわからないけど、かなり昔からこの辺りに鎮守社として存在していた。昔から新谷坂村の住民が守っていたようだ。明治時代の神社合祀(ごうし)で一度廃され、その後復祀されたが、その時にこの神社のいわれや伝承なんかは失われてしまったらしい。今は同じ神津市内の結構大きな神社の宮司さんが、ここの宮司を兼任している。

そんなことを考えていると、突然右手の茂みからガサガサっという音がした。ナナオさんかと思って振り返るけど誰もいない。
不思議に思って見回していると、足下から、ニャーォ、という小さな声がした。
目を落とすと、いつのまにか僕が座るのと同じ石段に、闇から()み出たようなしっとりとした黒色をまとう猫がちょこんと座っていた。黒猫は月明かりに照らされながら、金色の目で僕を見る。

なんとなく、なにしにきたのかって聞いてるのかな、と思った。

「友達の付き添いできたんだよ。もう少ししたら帰るから」

僕が返事をすると、黒猫はまたニャーォ、といった後、フィと僕から背を向けて、神社の奥に立ち去った。
そういえばナナオさんが木切れを探しにいってからずいぶんたつな。神社の奥をのぞき込むと、しんと静かに闇が降り積もっていた。
その時、急に強い風が吹き、新谷坂神社裏手の木々がゴゥと(うごめ)き、葉がざわめいた。
そして、神社の奥から、グルルルルゥ、という獣の低いうなり声が聞こえた。

「ナナオさん!?」

僕は急いで立ち上がる。
そういえばここは、野犬が出る。

「ナナオさん!? どこ!?」

ぼくは手探りでリュックから引き出した防犯スプレーをつかみ、ひと声さけんで暗い神社の奥へ駆け出す。
ナナオさんを探して、ナナオさんを呼びながら茂みに飛び込む。
すると急に、僕の手をつかみ引っ張るものがあった。

「シッ。ボッチー静かに」

ナナオさんは僕を茂みの影に引き寄せ耳元で鋭く小さな声を出す。僕はナナオさんの隣にしゃがみ込み、小さな声で返事を返す。

「どうしたの? 何かあった?」

ナナオさんはヒリヒリとした雰囲気で頬に汗を垂らし、立てた人差し指を口に当てたまま、静かに前方の闇をにらみつけていた。

僕にはなにも見えない。

「ナナオさん、何か……」

「黙って」

ナナオさんは僕の声にかぶせるように鋭くいう。
ナナオさんの緊張がうつり、思わず僕は肩を強張(こわば)らせる。心臓の音だけ大きく響く中、身動きもせずにたっぷり100を数えたくらいのとき。
目の前の闇から、グラルゥ、という小さな音がして、何かがガサゴソと茂みの奥へ去っていく音がした。

それからさらに5分ほどがたって、音が戻ってこないのを確認したナナオさんは、フゥ、と息をはいて糸が切れたように地面にへたり込んだ。初めて見たナナオさんの疲れ切った姿からも、異常の大きさを思わせた。

「なにがあったの? 野犬がでた?」

僕はなるべくナナオさんを落ち着かせるように尋ねる。
あの犬の鳴き声のような音。でも座り込んだ僕の頭より高いところから聞こえた。多分1メートル半くらいの高さ。犬は木に登らない。何かがおかしい。風がざわめく。
ナナオさんは荒い息を整えながら言う。

「いや、あれは野犬じゃない、なんていうか……口だけ女?」


次話【大きな口の小さな口だけ女】
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

不思議系男子。

末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

圧倒的幸運の星のもとに生まれ、影響を受ける全てのものが彼女にかしづく。

藤友晴希。

8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

坂崎安離の幸運値の影響によって多少Lackが上昇するため、だいたい坂崎安離に同行し、新たな不幸に見舞われる。

サバイバル系考察男子。

赤司れこ。

twitter民。たまにつぶやく。

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