第2話 新谷坂山のヤッバイ封印
文字数 3,055文字
「えっ何それ! どんな話?」
僕はナナオさんに問いかける。
「ほら、学校の裏の新谷坂 山。ここ、なんかヤッバイのが封印されてるんだって。この話ってもうしたっけ?」
ナナオさんは地元出身で、僕の知らないような地元の七不思議や怪談をたくさん教えてくれる。
ナナオさんは山のある廊下側を指し示す。新谷坂高校は新谷坂山のふもとと中腹の間くらいにたっている。ちょうど今は夕方で、4月頭じゃまだ窓のある校庭側、南側は明るい陽がさしているけど、新谷坂山の方を向いた北側は、もうすでにうっすらと暗くなっているはずだ。
「それまだ聞いてないよ、教えて」
ナナオさんの情報はこうだ。
何十年か前、新谷坂に住宅地を作ろうとして山を削ろうとしたら、『なんかよくわかんないけど』悪いことがいっぱいあったらしい。
でも、それよりずっと前の戦前にも新谷坂山にトンネルを掘る話があって、そのときも『なんかよくわかんないけど』悪いことがあったから中止になったんだって。
で、もともと新谷坂山はいい山で、昔えらい人が超悪いのをたくさん封印して、その後も悪いことがおこんないように見守る山だったんだって。
そんで、今でも山頂の新谷坂神社のあたりはパワースポットになってるの。
だから、下手に山を削ろうとすると、『なんかよくわかんない』けど悪いことが起こるんだって。
ナナオさんのお話は『なんかよくわかんない』が多くて要領を得ないけど、おおよその話はわかった。
神津 は戦前から栄えていた街だけど、新谷坂近辺は昭和の始め、戦後から開発が始まった。
もともと新谷坂自体は戦前は田舎で、田んぼと多少お金持ちの別荘地があるだけだったけど、そこに資本をつぎ込んで神津市と隣市のベッドタウンとして作られたのが新谷坂町。
現在の新谷坂町は完全に平地部分にあるけれども、もともとは山まで開発しようという計画があった。けれども、山裾の工事に着手すると悪いことが起こった。
もともと新谷坂山は霊験あらたかな山で過去に悪いものが封印され、その後も鎮守の役割を担っていた。けれども開発工事のせいで封印が解けるのを防止するために、神様かなにかがやめさせようとして悪いことを起こしてた、ってことかな。
ナナオさんは怪異については調べる人だ。『なんかよくわかんない』の部分は、工事関係者が秘匿して外に出ないようにしている情報な気がする。そういう隠ぺいはよくあるってこと。
新谷坂山は昔から霊山とかそういうたぐいなのかな。
でも山自体は比較的標高が低く、ハイキングルートなんかもある。僕らも春の遠足で1回上ったけど、ピクニックに最適な景色がいい緑の多い山で、封印とか、そんな怖そうな話がある雰囲気ではなかった。
「そんでね、今度、真夜中に新谷坂神社にいってみない? きもだめしかねて」
なんと深夜のデートのお誘い。まあ、デートっていう感じでもないけど。
多分ナナオさんには一緒に遊ぶ友達は多いけど、『真夜中に一緒に神社に行ってくれそうな友達』はいないんだろうな。つまり僕は、ぴったりはまった余剰人員。
よくよく聞いてみると、ナナオさんの目的は封印じゃなくてパワースポットのほうだった。どうやら新谷坂神社の絵馬に深夜に好きな人の名前と『仲良くなりたい』と書いて奉納すると願いがかなうらしい。友達づてに聞いたとか。
でも多分、『恋の絵馬』じゃ僕が一緒にいかないから、セットで『ヤッバイ封印』の話をしたんだろう。
ゴールデンウィーク初日に、夜のピクニックを約束する。ナナオさんは「やたっ」と小さくつぶやいて、嬉しそうにキュッと手を握りしめた。
そして、あそうだ、と言って、思い出したように怪談を一つ付け加える。
「もひとつ、これは怪談じゃなくて事件かな。その工事しようとして以降、不審死がいっぱい出てるんだって。野犬か何かに喰われたみたいな死体が何年かに1件出てる。一応襲われるのはいつも一人でいる人で、複数人いるときには被害者は出てないようだけど、気をつけような」
ナナオさんは最後に爆弾を落として教室を出て行った。ちょっと、そっちの方がよっぽど重要なんじゃないの? ひょっとして僕の役目は野犬除けなのかな。
ナナオさんが教室から出るためにガラリと開けたドアから廊下側の窓が見えた。
たまたまなのか、そこを歩く人影はなく、日が陰った新谷坂山の斜面はちょっとだけ不気味に見えた。
実は、僕とナナオさんは、4月の間も深夜に2度ほどでかけている。
首狩りライダーの出るといううわさの新谷坂山の峠道と、人体模型が動くはずの深夜の理科室。
深夜の理科室までくるとさすがに半分冗談で、本当に人体模型が動いていたら怖いより面白いと思う。
どっちも、懐中電灯を持ってしばらくうろついたあとに、
「なんもなかったね」
と言って笑って家路についた。肝は試されたけど、何もない。そんな平和な夜の散歩。冒険は、なんだか楽しい。
でも今回の冒険はちょっと大がかりだ。
新谷坂神社は、新谷坂山の山頂を少し下ったところにある。
ハイキングコースから別れた参道から登っても多分片道2時間くらい、真っ暗だろうからもっと時間がかかるかも。
大人だったら側道を通って車で山頂にすぐ着くんだろうけど、僕らは高校生で、遠足でも上ったハイキングコースから登山道に入るしかないと思う。
だから多分、一泊コースだ。美人の同級生と一泊。でも全然ドキドキしない、なんだこれ。
まぁナナオさんだし、恋の絵馬を掛けにいく付き添いだもんな。
懐中電灯とか、おかしとか、念のための折りたたみ傘とか、遠足の時と、父さんと昔一泊キャンプに行った時のことを思い出して荷物をリュックにつめる。スポーツブランドのロゴの入った、カッコいいけどたくさん入る四角いやつ。防水のすぐれもの。それからネットで調べて、念のため野犬除けに防犯スプレーも持った。万一に備えて。
それから、寮にも外泊届も出さないといけない。今回は父さんに会いに行く、ということにしようかな。ナナオさんは地元民だから夜中に家から抜け出すんだろうけど、大丈夫なんだろうか。
そんなことを思いながら、とうとう当日の夜が来た。
19時。僕は指定されたハイキングコースの入り口で、ナナオさんを待っている。昼と夜の顔はだいぶん違って、昼は明るく太陽に照らされ人でにぎわっていたコース入り口の看板も、外灯に照らされてその凹凸やひび割れが寂しく浮かび上がり、なんだか少しおどろおどろしく思えた。
それほどまたずに、ナナオさんは携帯のライトを点灯させてながら、驚くほどの軽装でやってきた。
「だって大きな荷物とかもってくとばれるしー?」
スキニージーンズの上に膝丈までのグレーのロンT、それに薄手だけど膝下くらいまである白くて長いニットカーディガン。それから薄黄色のキャップ。メモ帳と財布と携帯がギリギリ入る小さなチェーンのバッグを肩からかけている。
街に遊びに行くならともかく、正直、あんまりハイキングに向かない服だ。カーディガンとか木の枝が引っ掛かりそう。
「すぐに願いがかなって、降りてくるときバッタリあえたら困るじゃんか」
ナナオさんはニカッと笑う。まあ、たしかにかわいいとは思うけど、ここで言い合っていてもらちがあかない。
僕たちは真っ暗な新谷坂山を見上げ、登り始めることにした。
次話【アンハッピー・ピクニック】
僕はナナオさんに問いかける。
「ほら、学校の裏の
ナナオさんは地元出身で、僕の知らないような地元の七不思議や怪談をたくさん教えてくれる。
ナナオさんは山のある廊下側を指し示す。新谷坂高校は新谷坂山のふもとと中腹の間くらいにたっている。ちょうど今は夕方で、4月頭じゃまだ窓のある校庭側、南側は明るい陽がさしているけど、新谷坂山の方を向いた北側は、もうすでにうっすらと暗くなっているはずだ。
「それまだ聞いてないよ、教えて」
ナナオさんの情報はこうだ。
何十年か前、新谷坂に住宅地を作ろうとして山を削ろうとしたら、『なんかよくわかんないけど』悪いことがいっぱいあったらしい。
でも、それよりずっと前の戦前にも新谷坂山にトンネルを掘る話があって、そのときも『なんかよくわかんないけど』悪いことがあったから中止になったんだって。
で、もともと新谷坂山はいい山で、昔えらい人が超悪いのをたくさん封印して、その後も悪いことがおこんないように見守る山だったんだって。
そんで、今でも山頂の新谷坂神社のあたりはパワースポットになってるの。
だから、下手に山を削ろうとすると、『なんかよくわかんない』けど悪いことが起こるんだって。
ナナオさんのお話は『なんかよくわかんない』が多くて要領を得ないけど、おおよその話はわかった。
もともと新谷坂自体は戦前は田舎で、田んぼと多少お金持ちの別荘地があるだけだったけど、そこに資本をつぎ込んで神津市と隣市のベッドタウンとして作られたのが新谷坂町。
現在の新谷坂町は完全に平地部分にあるけれども、もともとは山まで開発しようという計画があった。けれども、山裾の工事に着手すると悪いことが起こった。
もともと新谷坂山は霊験あらたかな山で過去に悪いものが封印され、その後も鎮守の役割を担っていた。けれども開発工事のせいで封印が解けるのを防止するために、神様かなにかがやめさせようとして悪いことを起こしてた、ってことかな。
ナナオさんは怪異については調べる人だ。『なんかよくわかんない』の部分は、工事関係者が秘匿して外に出ないようにしている情報な気がする。そういう隠ぺいはよくあるってこと。
新谷坂山は昔から霊山とかそういうたぐいなのかな。
でも山自体は比較的標高が低く、ハイキングルートなんかもある。僕らも春の遠足で1回上ったけど、ピクニックに最適な景色がいい緑の多い山で、封印とか、そんな怖そうな話がある雰囲気ではなかった。
「そんでね、今度、真夜中に新谷坂神社にいってみない? きもだめしかねて」
なんと深夜のデートのお誘い。まあ、デートっていう感じでもないけど。
多分ナナオさんには一緒に遊ぶ友達は多いけど、『真夜中に一緒に神社に行ってくれそうな友達』はいないんだろうな。つまり僕は、ぴったりはまった余剰人員。
よくよく聞いてみると、ナナオさんの目的は封印じゃなくてパワースポットのほうだった。どうやら新谷坂神社の絵馬に深夜に好きな人の名前と『仲良くなりたい』と書いて奉納すると願いがかなうらしい。友達づてに聞いたとか。
でも多分、『恋の絵馬』じゃ僕が一緒にいかないから、セットで『ヤッバイ封印』の話をしたんだろう。
ゴールデンウィーク初日に、夜のピクニックを約束する。ナナオさんは「やたっ」と小さくつぶやいて、嬉しそうにキュッと手を握りしめた。
そして、あそうだ、と言って、思い出したように怪談を一つ付け加える。
「もひとつ、これは怪談じゃなくて事件かな。その工事しようとして以降、不審死がいっぱい出てるんだって。野犬か何かに喰われたみたいな死体が何年かに1件出てる。一応襲われるのはいつも一人でいる人で、複数人いるときには被害者は出てないようだけど、気をつけような」
ナナオさんは最後に爆弾を落として教室を出て行った。ちょっと、そっちの方がよっぽど重要なんじゃないの? ひょっとして僕の役目は野犬除けなのかな。
ナナオさんが教室から出るためにガラリと開けたドアから廊下側の窓が見えた。
たまたまなのか、そこを歩く人影はなく、日が陰った新谷坂山の斜面はちょっとだけ不気味に見えた。
実は、僕とナナオさんは、4月の間も深夜に2度ほどでかけている。
首狩りライダーの出るといううわさの新谷坂山の峠道と、人体模型が動くはずの深夜の理科室。
深夜の理科室までくるとさすがに半分冗談で、本当に人体模型が動いていたら怖いより面白いと思う。
どっちも、懐中電灯を持ってしばらくうろついたあとに、
「なんもなかったね」
と言って笑って家路についた。肝は試されたけど、何もない。そんな平和な夜の散歩。冒険は、なんだか楽しい。
でも今回の冒険はちょっと大がかりだ。
新谷坂神社は、新谷坂山の山頂を少し下ったところにある。
ハイキングコースから別れた参道から登っても多分片道2時間くらい、真っ暗だろうからもっと時間がかかるかも。
大人だったら側道を通って車で山頂にすぐ着くんだろうけど、僕らは高校生で、遠足でも上ったハイキングコースから登山道に入るしかないと思う。
だから多分、一泊コースだ。美人の同級生と一泊。でも全然ドキドキしない、なんだこれ。
まぁナナオさんだし、恋の絵馬を掛けにいく付き添いだもんな。
懐中電灯とか、おかしとか、念のための折りたたみ傘とか、遠足の時と、父さんと昔一泊キャンプに行った時のことを思い出して荷物をリュックにつめる。スポーツブランドのロゴの入った、カッコいいけどたくさん入る四角いやつ。防水のすぐれもの。それからネットで調べて、念のため野犬除けに防犯スプレーも持った。万一に備えて。
それから、寮にも外泊届も出さないといけない。今回は父さんに会いに行く、ということにしようかな。ナナオさんは地元民だから夜中に家から抜け出すんだろうけど、大丈夫なんだろうか。
そんなことを思いながら、とうとう当日の夜が来た。
19時。僕は指定されたハイキングコースの入り口で、ナナオさんを待っている。昼と夜の顔はだいぶん違って、昼は明るく太陽に照らされ人でにぎわっていたコース入り口の看板も、外灯に照らされてその凹凸やひび割れが寂しく浮かび上がり、なんだか少しおどろおどろしく思えた。
それほどまたずに、ナナオさんは携帯のライトを点灯させてながら、驚くほどの軽装でやってきた。
「だって大きな荷物とかもってくとばれるしー?」
スキニージーンズの上に膝丈までのグレーのロンT、それに薄手だけど膝下くらいまである白くて長いニットカーディガン。それから薄黄色のキャップ。メモ帳と財布と携帯がギリギリ入る小さなチェーンのバッグを肩からかけている。
街に遊びに行くならともかく、正直、あんまりハイキングに向かない服だ。カーディガンとか木の枝が引っ掛かりそう。
「すぐに願いがかなって、降りてくるときバッタリあえたら困るじゃんか」
ナナオさんはニカッと笑う。まあ、たしかにかわいいとは思うけど、ここで言い合っていてもらちがあかない。
僕たちは真っ暗な新谷坂山を見上げ、登り始めることにした。
次話【アンハッピー・ピクニック】