第9話 僕という怪談
文字数 4,210文字
冷んやりとした床の感触と石の固さ、僕が意識を取り戻して初めて感じたもの。
いてて、なんだか体中が強張って、痛い。
ぼんやり周囲を見回すと、すぐ隣でナナオさんが倒れていて、でも胸が微か上下していたのでほっと安心する。
見回すと、先ほどまでの井戸の底の丸い空間のようだった。水はすっかり引いていたけど、床は薄く湿って冷たい。転がって僕らを照らす懐中電灯の光以外、星の明かりも何もかも消えて、静寂が広がっている。
「気づいたか」
僕の前に黒猫がいた。さっきまでのことを思い出す。
「えっと、君が助けてくれたのかな?」
頭の中に響いた声。あれ? この声。さっきも聞いた声。
低くて艶のある、女の人の声。
「君の声?」
「そうだ。お主が封印を解いたときに少し混ざった」
「僕はやっぱり封印を解いちゃったのかな」
僕は焦って尋ねる。どうしよう。凄くまずいのかも。
「そうともいえるし、違うともいえる」
そして、僕は黒猫から僕がやったことの意味を教えられた。
昔、即身仏の人はたくさんの怪異を集め、自らの命を使って封印した。黒猫は、即身仏の人が亡くなった後も、封印がつつがなく効果を発揮するように見守るために、即身仏の人に作られた。この新谷坂山全体にさまざまな怪異が封じ込められていて、この直径5メートル程度の部屋の床がその封印のフタになっている。
僕がここに封印された怪異がどのようなものか理解しないままに手紙を渡したいと言ったので、黒猫は怪異がどんなものか僕に見せようとした。そのために昔から伝わる血を媒介とした呪いで、僕に封印の中を見えるようにしたらしい。案の定、僕は怪異を見て意思疎通なんて無理だと思った。
そこで、黒猫にとっても想定外のことが起こる。
ナナオさんが『口だけ女の子』の呪物を持って現れた。そのせいで、封印がナナオさんを怪異と認識し、ナナオさんごと封印の中に飲み込んだ。大きな『口だけ女』が呪物を呼んだ可能性もある、とも黒猫は言っていた。
僕はナナオさんを助けることを望んだ。けれども、僕とナナオさんの間は封印のふたに阻まれていた。僕がナナオさんに到達するためには封印のふたを破らなければならない。ただ、僕が封印の消滅自体を希望しているのではないことは、僕との会話の中で黒猫自身も認識していた。
そこで、封印はそのままに、拡散した僕の血と僕の願いを起点にして、封印の一部に穴を開けた。そして僕は開けた穴から封印の中に入り込み、入れ替かわりに穴からたくさんの怪異が逃げ出してしまった。逃げ出した怪異は僕が開けた穴を通って逃げたので、もう一度封印するためには縁 をつないだ僕がなんとかするしかないらしい。
「……僕には怪異を封印する力なんてないんだけど」
僕はおそるおそる尋ねる。
「封印はしなくても構わぬ」
黒猫の役目は封印を守ることで、封印から逃げた怪異に対処することではないらしい。それにそもそも、封印を解いた際に僕と怪異の間につながりができてしまっているので、僕でないと再びここに封印することはできないようだ。今は見えないけど、封印に落下したときに絡みついた繊維みたいなものが、怪異との縁らしい。
「これはお主に無断で行ったことであるが」
と黒猫は続ける。僕の3/4ほどを封印の中に置いてあるとのことだった。そういえば、僕はこの封印の下に、僕がいると感じる。意識して床に触れると僕の腕はとぷんと地面の下、封印の中に潜り込んだ。
「……これって大丈夫なの?」
黒猫は少し考えた後、答える。
「……大丈夫……ではない。それには怪異について説明する必要があるな」
怪異とは何か。それは、現世に存在し得ないものの総称である。簡単に現世と隠世というが、実際はたくさんの世界があり、その中の一つがこの現世であるだけのこと。
たくさんの世界は平行•重複して存在し、その垣根をひょいとこえてきたもの、現世のものでないものが怪異。その中で、現世に居座り災厄を振りまくものを現世から隔離し、現世に出てこないようにしているのがこの封印。
この封印は現世にないものを隔離するために作られているため、現世のものなら出ることは難しくなく、だから封印に落ちた僕もナナオさんも、封印から抜け出ることができた。
そういう趣旨のことを黒猫は話した。なんとなく、この封印はフィルターみたいなものかな、と思う。
僕は現世の生き物なので、現世から離れすぎると変調をきたす。多分このまま大部分を封印の中に置いておくと、現世の僕の体はそれほどたたずに維持できなくなって、僕の命はそう長くない。黒猫は、おそらく3年程度で存在が保てなくなるだろう、と言った。
でも、僕は解放した怪異と縁がつながっているから、僕の全てを現世に置くと、すぐに縁をたどって怪異に見つかる。解放された怪異は僕が封印できることをわかっているから、場所がばれれば僕を殺しに来る。だから半分以上をこの封印の中に隠し、居場所をたどれないようにした。
ただし、と黒猫はいう。
「怪異は地に根を張るものが多い。遠く離れれば追ってくることは少ないゆえ、遠く去るなら体を戻そう。それに怪異も必ず殺しに来るわけではない」
黒猫はそういった。僕はそもそも現世のものなので、怪異と違って完全に封印されたわけではない。今なら、封印から出すのはそう難しくはないらしい。
僕はどうするかの前に、気になることを聞く。
「ねぇ、僕の解放した怪異って、……やっぱり人を襲うんだよね?」
「襲うであろうな。襲うからこそここに封印されていた」
「僕は封印ってできるのかな」
「強引にやってやれぬことはないが、彼の方のように命を削る。ただ……お主はお主のやりようですでに怪異を二つ隠世に返している。他の方法があるのやもしれぬ」
僕はなんのことかわからず黒猫に聞く。
僕が会った『口だけ女の子』と『口だけお母さん』は、話し合って彼女らの隠世に帰ったらしい。それはどちらかというと、ナナオさんのおかげな気がする。
そうすると、ひょっとしたら話し合いとかで帰ってもらう方法もあるのかもしれない。
「僕のせいで不幸が起こるのは嫌だな。僕だけ逃げ出すのもなんだか嫌だ。それならちょっと、頑張ってみたい」
そう答えると、封印の向こうの僕は、すうっと何かに囚われた感じがした。
遠くに行くといっても当てはないし、逃げたとしても怪異は追ってくるかもしれない。追ってきたら、僕は多分殺される。それならここに残って、僕のせいで起こる不幸をできるだけ防ぎながら道を探したいと思う。
そう思ったのは、僕にはいまいち、命が短くなる実感も封印の影響も特に感じられなかったからかもしれない。ようは、あまりにおかしなことばかり起きすぎて、真剣に考えることができなかったのかもしれない。
「承知した。ならば我も力を貸そう」
「……いいの? さっき封印しなくてもいいって言ってたのに」
「我の役目は封印のふたであることだ。封印するものがあるなら封印する。ここから出たものについては封印できるのはお主であり、封印するかを決めるのもお主だ。お主が望むままに協力しよう。」
「そっか、それじゃぁ……ええと、君の名前は?」
「我に名はない。好きに呼ぶが良い」
ええっとじゃぁ……ニャーニャーなくからっていうと怒られそうだし。
「新谷坂を守ってるからニヤでどうかな。しばらくよろしく」
僕はニヤに向かって手を差し出す。
ニヤは戸惑ったように黒い右足を差し出し、僕の右手に触れた。
◇
その後、しばらくたってからナナオさんは意識を取り戻した。ナナオさんに『口だけ女の子』はお母さんと会えて一緒に家に帰れたというと喜んでいた。
ナナオさんが持ってたのは『口だけ女の子』からお母さんに宛てた手紙だったらしい。僕が井戸の中にいるとき、メモ帳を投げて書いてもらったんだそうだ。
その途中、急に井戸が光って、『口だけ女の子』がお母さんがいるって慌てだしたから、何かあると思って思わず踏み込んだんだそうだ。
ちゃんと待っててっていったのに。でも『口だけお母さん』がメモに向かって行ったのも納得だ。子供が書いたものってわかったのかもしれない。
その後、僕らは井戸を登った。これは正直大変だった。まず、ナナオさんに登ってもらう。降りてくる時はあんなに一瞬だったのに、ナナオさんは怖い怖いとギャーギャーいいながらずいぶん長い時間をかけて登った。登ったころには空の端が明るくなっていた。明るくなりかけたところで途中で下を見てしまったのも悪かったんだと思う。
10メートルって結構高い。
その後、僕はナナオさんを教訓に、目をつぶって汗だくになりながら急いで井戸を登った。明日は筋肉痛間違いなしだ。登り切ると、近くの木の上でこちらを静かに眺めるニヤと目があった。
参道から東を見ると、昨晩見た風景が、夜景から日の出にかわっていた。南東の海岸から登った太陽が晴れた空と薄青い海、それから白っぽい街並みを静かに照らしている。
僕らの夜は明けた。
「あっ絵馬!」
ナナオさんが思い出したように言う。僕が、また今度絵馬を持ってこようよ、っていうと、そうだな、ってことになった。
その後、ニヤは僕の寮の部屋に住みつくようになった。僕はニヤにオレンジ色の座布団を進呈した。結構気に入っているようだ。
ニヤに新谷坂神社にいなくていいのか聞いたら、本体は封印のところにいて、今僕の目の前にいるのは仮初の姿だから問題ないらしい。
こんなわけで、僕は新谷坂の怪談に仲間入りをした。
封印への影響を実感したのは、日常に戻ってからだった。現世の僕の存在は1/4になり、その結果、新谷坂で一緒にいたナナオさん以外から、存在をほとんど認識されなくなった。ナナオさんの他に僕に話しかけてくるのは、係とかで僕に何か用がある人と、他何人かしかいない。
高校デビューは完全に失敗。
そんなわけで、僕は現世と隠世の狭間で生きながら、新谷坂の怪異を追うことになる。
次は、こんな風になった僕に普通に話しかけてくる、数少ない二人との出会いについて話をしようかな。
次話【第2章 幕間 不幸な俺の日常 2/2】
いてて、なんだか体中が強張って、痛い。
ぼんやり周囲を見回すと、すぐ隣でナナオさんが倒れていて、でも胸が微か上下していたのでほっと安心する。
見回すと、先ほどまでの井戸の底の丸い空間のようだった。水はすっかり引いていたけど、床は薄く湿って冷たい。転がって僕らを照らす懐中電灯の光以外、星の明かりも何もかも消えて、静寂が広がっている。
「気づいたか」
僕の前に黒猫がいた。さっきまでのことを思い出す。
「えっと、君が助けてくれたのかな?」
頭の中に響いた声。あれ? この声。さっきも聞いた声。
低くて艶のある、女の人の声。
「君の声?」
「そうだ。お主が封印を解いたときに少し混ざった」
「僕はやっぱり封印を解いちゃったのかな」
僕は焦って尋ねる。どうしよう。凄くまずいのかも。
「そうともいえるし、違うともいえる」
そして、僕は黒猫から僕がやったことの意味を教えられた。
昔、即身仏の人はたくさんの怪異を集め、自らの命を使って封印した。黒猫は、即身仏の人が亡くなった後も、封印がつつがなく効果を発揮するように見守るために、即身仏の人に作られた。この新谷坂山全体にさまざまな怪異が封じ込められていて、この直径5メートル程度の部屋の床がその封印のフタになっている。
僕がここに封印された怪異がどのようなものか理解しないままに手紙を渡したいと言ったので、黒猫は怪異がどんなものか僕に見せようとした。そのために昔から伝わる血を媒介とした呪いで、僕に封印の中を見えるようにしたらしい。案の定、僕は怪異を見て意思疎通なんて無理だと思った。
そこで、黒猫にとっても想定外のことが起こる。
ナナオさんが『口だけ女の子』の呪物を持って現れた。そのせいで、封印がナナオさんを怪異と認識し、ナナオさんごと封印の中に飲み込んだ。大きな『口だけ女』が呪物を呼んだ可能性もある、とも黒猫は言っていた。
僕はナナオさんを助けることを望んだ。けれども、僕とナナオさんの間は封印のふたに阻まれていた。僕がナナオさんに到達するためには封印のふたを破らなければならない。ただ、僕が封印の消滅自体を希望しているのではないことは、僕との会話の中で黒猫自身も認識していた。
そこで、封印はそのままに、拡散した僕の血と僕の願いを起点にして、封印の一部に穴を開けた。そして僕は開けた穴から封印の中に入り込み、入れ替かわりに穴からたくさんの怪異が逃げ出してしまった。逃げ出した怪異は僕が開けた穴を通って逃げたので、もう一度封印するためには
「……僕には怪異を封印する力なんてないんだけど」
僕はおそるおそる尋ねる。
「封印はしなくても構わぬ」
黒猫の役目は封印を守ることで、封印から逃げた怪異に対処することではないらしい。それにそもそも、封印を解いた際に僕と怪異の間につながりができてしまっているので、僕でないと再びここに封印することはできないようだ。今は見えないけど、封印に落下したときに絡みついた繊維みたいなものが、怪異との縁らしい。
「これはお主に無断で行ったことであるが」
と黒猫は続ける。僕の3/4ほどを封印の中に置いてあるとのことだった。そういえば、僕はこの封印の下に、僕がいると感じる。意識して床に触れると僕の腕はとぷんと地面の下、封印の中に潜り込んだ。
「……これって大丈夫なの?」
黒猫は少し考えた後、答える。
「……大丈夫……ではない。それには怪異について説明する必要があるな」
怪異とは何か。それは、現世に存在し得ないものの総称である。簡単に現世と隠世というが、実際はたくさんの世界があり、その中の一つがこの現世であるだけのこと。
たくさんの世界は平行•重複して存在し、その垣根をひょいとこえてきたもの、現世のものでないものが怪異。その中で、現世に居座り災厄を振りまくものを現世から隔離し、現世に出てこないようにしているのがこの封印。
この封印は現世にないものを隔離するために作られているため、現世のものなら出ることは難しくなく、だから封印に落ちた僕もナナオさんも、封印から抜け出ることができた。
そういう趣旨のことを黒猫は話した。なんとなく、この封印はフィルターみたいなものかな、と思う。
僕は現世の生き物なので、現世から離れすぎると変調をきたす。多分このまま大部分を封印の中に置いておくと、現世の僕の体はそれほどたたずに維持できなくなって、僕の命はそう長くない。黒猫は、おそらく3年程度で存在が保てなくなるだろう、と言った。
でも、僕は解放した怪異と縁がつながっているから、僕の全てを現世に置くと、すぐに縁をたどって怪異に見つかる。解放された怪異は僕が封印できることをわかっているから、場所がばれれば僕を殺しに来る。だから半分以上をこの封印の中に隠し、居場所をたどれないようにした。
ただし、と黒猫はいう。
「怪異は地に根を張るものが多い。遠く離れれば追ってくることは少ないゆえ、遠く去るなら体を戻そう。それに怪異も必ず殺しに来るわけではない」
黒猫はそういった。僕はそもそも現世のものなので、怪異と違って完全に封印されたわけではない。今なら、封印から出すのはそう難しくはないらしい。
僕はどうするかの前に、気になることを聞く。
「ねぇ、僕の解放した怪異って、……やっぱり人を襲うんだよね?」
「襲うであろうな。襲うからこそここに封印されていた」
「僕は封印ってできるのかな」
「強引にやってやれぬことはないが、彼の方のように命を削る。ただ……お主はお主のやりようですでに怪異を二つ隠世に返している。他の方法があるのやもしれぬ」
僕はなんのことかわからず黒猫に聞く。
僕が会った『口だけ女の子』と『口だけお母さん』は、話し合って彼女らの隠世に帰ったらしい。それはどちらかというと、ナナオさんのおかげな気がする。
そうすると、ひょっとしたら話し合いとかで帰ってもらう方法もあるのかもしれない。
「僕のせいで不幸が起こるのは嫌だな。僕だけ逃げ出すのもなんだか嫌だ。それならちょっと、頑張ってみたい」
そう答えると、封印の向こうの僕は、すうっと何かに囚われた感じがした。
遠くに行くといっても当てはないし、逃げたとしても怪異は追ってくるかもしれない。追ってきたら、僕は多分殺される。それならここに残って、僕のせいで起こる不幸をできるだけ防ぎながら道を探したいと思う。
そう思ったのは、僕にはいまいち、命が短くなる実感も封印の影響も特に感じられなかったからかもしれない。ようは、あまりにおかしなことばかり起きすぎて、真剣に考えることができなかったのかもしれない。
「承知した。ならば我も力を貸そう」
「……いいの? さっき封印しなくてもいいって言ってたのに」
「我の役目は封印のふたであることだ。封印するものがあるなら封印する。ここから出たものについては封印できるのはお主であり、封印するかを決めるのもお主だ。お主が望むままに協力しよう。」
「そっか、それじゃぁ……ええと、君の名前は?」
「我に名はない。好きに呼ぶが良い」
ええっとじゃぁ……ニャーニャーなくからっていうと怒られそうだし。
「新谷坂を守ってるからニヤでどうかな。しばらくよろしく」
僕はニヤに向かって手を差し出す。
ニヤは戸惑ったように黒い右足を差し出し、僕の右手に触れた。
◇
その後、しばらくたってからナナオさんは意識を取り戻した。ナナオさんに『口だけ女の子』はお母さんと会えて一緒に家に帰れたというと喜んでいた。
ナナオさんが持ってたのは『口だけ女の子』からお母さんに宛てた手紙だったらしい。僕が井戸の中にいるとき、メモ帳を投げて書いてもらったんだそうだ。
その途中、急に井戸が光って、『口だけ女の子』がお母さんがいるって慌てだしたから、何かあると思って思わず踏み込んだんだそうだ。
ちゃんと待っててっていったのに。でも『口だけお母さん』がメモに向かって行ったのも納得だ。子供が書いたものってわかったのかもしれない。
その後、僕らは井戸を登った。これは正直大変だった。まず、ナナオさんに登ってもらう。降りてくる時はあんなに一瞬だったのに、ナナオさんは怖い怖いとギャーギャーいいながらずいぶん長い時間をかけて登った。登ったころには空の端が明るくなっていた。明るくなりかけたところで途中で下を見てしまったのも悪かったんだと思う。
10メートルって結構高い。
その後、僕はナナオさんを教訓に、目をつぶって汗だくになりながら急いで井戸を登った。明日は筋肉痛間違いなしだ。登り切ると、近くの木の上でこちらを静かに眺めるニヤと目があった。
参道から東を見ると、昨晩見た風景が、夜景から日の出にかわっていた。南東の海岸から登った太陽が晴れた空と薄青い海、それから白っぽい街並みを静かに照らしている。
僕らの夜は明けた。
「あっ絵馬!」
ナナオさんが思い出したように言う。僕が、また今度絵馬を持ってこようよ、っていうと、そうだな、ってことになった。
その後、ニヤは僕の寮の部屋に住みつくようになった。僕はニヤにオレンジ色の座布団を進呈した。結構気に入っているようだ。
ニヤに新谷坂神社にいなくていいのか聞いたら、本体は封印のところにいて、今僕の目の前にいるのは仮初の姿だから問題ないらしい。
こんなわけで、僕は新谷坂の怪談に仲間入りをした。
封印への影響を実感したのは、日常に戻ってからだった。現世の僕の存在は1/4になり、その結果、新谷坂で一緒にいたナナオさん以外から、存在をほとんど認識されなくなった。ナナオさんの他に僕に話しかけてくるのは、係とかで僕に何か用がある人と、他何人かしかいない。
高校デビューは完全に失敗。
そんなわけで、僕は現世と隠世の狭間で生きながら、新谷坂の怪異を追うことになる。
次は、こんな風になった僕に普通に話しかけてくる、数少ない二人との出会いについて話をしようかな。
次話【第2章 幕間 不幸な俺の日常 2/2】