第50話 私とあなた

文字数 5,817文字

私は2人の男に連れられて、ビルの一室に入った。
なかなか興味深い部屋。神棚とか掛け軸は本物は初めて見る。
部屋の真ん中にある大きなソファのそばに、打撲痕がたくさんついた男の人が倒れていた。典型的な恐怖の表情。私は合わせて恐怖の表情をする。
でもこの人は、ナナオさんたちが好きなタイプのパターンとは乖離する。じゃあ、嫌いに入れようかな。嫌そうな表情をする。

「この女か?」

正面の大きな皮張りの椅子に歳をとった男が座っている。あれは不審そうな顔というパターンだ。私が朝に会った小柄な男とやりとりをしている。小柄な男は今日の依頼者で、お願いを聞いてあげることになっている。この部屋の人たちは依頼者の関係者のようだから、好きと嫌いにはいれない。

「そうです。長崎をヤりました」

「こんな姉ちゃんがか?」

「あの、信じてもらえないかもしれませんが、こいつは人間じゃありません。神津でうわさになってる、化け物の殺し屋です」

後ろに立っていた男が、ハッ、と鼻で笑う。

「兄貴、ほんとなんてす。おい、なんか変形してみ、ろ」

私は腕を触手に戻した。その瞬間、目の前の大男も後ろにいた複数の男たちも、一斉にガタガタっと後退り、それぞれナイフや鉄砲を出した。刺されるのかな? 鉄砲で撃たれたことはないけど、私は燃えないから問題ない。

「ねっ、ホントでしょ? こいつでマールムの奴らを皆殺しにしましょう」

「まて。簡単に皆殺しって言ったって、その後どうすんだよ。バックが出てきて新しいのが湧くだけだろ。組織ってのはいろいろ事情があるんだよ」

「ジンさん、今じゃないとダメです。こいつがいうことを聞くのは23時までです。うわさでは、同じ者の依頼は2度と聞かない」

「……シンデレラみたいなやつだな。閉じ込めておきゃいいだろ」

「タイの兄貴、だめです。さっきも見たでしょう? ぬるぬるになってすき間から逃げ出しちまう」

部屋が静かになった。みんなわたしを見ているけど、だれも動き出さない。

「そのマールム、という人たちを殺せばいいですか?」

「姉ちゃん、お前はなんなんだ」

「私はアイちゃんです。その人のお願いを聞きます」

依頼者を指差すと、その小柄な男はビクッと身を震わせて口走る。

「ここで逃してマールムの奴らに雇われたら、こっちが皆殺しにされかねないじゃないッスか」

部屋は再びざわついた。疑い、恐怖、怒り、いろいろな表情。
左側の壁にもたれていた背の高い男、ジンさんが私に声をかけた。

「おいお前、他の奴らの依頼を受けるなっていう依頼は可能なのか」

「駄目です。23時で終わるお願いだけっていう決まりです」

「依頼を達成した後、お前も死ねっていうのは駄目なんだろうな?」

「前にも説明しましたが、23時に新谷坂に帰らないといけないんです」

「とんでもねぇなァ? マールムの奴に聞かれちまったしな」

ジンさんは近づいてきて、床に倒れている男の横顔を踏みつけ爪先でぐりぐりと床に押し付ける。
この人はマールムの人なのかな。

「おいお前、こいつを殺して奇麗に始末しろ」

踏まれた人は何か騒いでいる。
でも私の依頼者は小柄な男の人のほうだ。
同じ人に2回会うのは珍しい。そういえばまだお名前は聞いてないな。

「この人の言うことを聞いたほうがいいですか?」

「いいッ! いいかラ早く言うことを聞、けッ!」

ジンさんが足をどけると、マールムの人の顔には靴跡がくっきり残っていた。
私は解いた腕で、その男を包み込む。血が出ていないから片付けは簡単だ。5分ほどで消化は完了する。
正面の歳をとった男がひたいに汗をかきながら私に尋ねる。これは、恐怖?

「姉ちゃん、今まで何人殺した」

「38人です」

「さッ さんじゅゥ?」

依頼者が変な音を出す。あなたが依頼した長崎も入っています。

「なるほど確かに化け物の殺し屋だ、おいタツ覚えておけ、タダほど高いものはないんだよ。この死神が長崎を殺したせいでバランスが崩れて神津で戦争が始まった。行方不明のマサを殺ったのもこいつだよ」

「そんなッ!?」

ジンさんの声で依頼者が私を振り返る。
そうか、タツさんっていうのか。
タツさんのあの表情は確か、信じられないものをみるような顔?
でも、憎しみと困惑と……? 初めて見る複合パターン。

「ただまァ、戦争始めちまったもんはァ仕方がねぇ。後5時間で敵対してる組織のブレーンだけ殺し尽くす。オヤジ、烏合の衆ばかりならうちも食い込み易い。うちもちょうどマサが殺られたばっかりだ。うちが糸引いてるとはどこも思わねぇ。おい、急いで資料を集めろ」

 



いまジンさんはなんていった?
マサヒコさんが死んだ?
行方不明なだけじゃないのか?
何でだ? 何がなんだかわかんねぇ。
なんか、殴られた時みてぇに頭がくらくらする。
あの女がマサヒコさんを殺したっていうのか?
なんでッ? 俺、そんな奴に殺しを頼んだのか?

マサヒコさん……。
何やってもうまくいかなくて、路地裏で死にかけてた俺を拾ってくれた。
でも、あんな風に? さっきの奴みたいに殺されちまったっていうのか!?
長崎と同じように? 長崎がマサヒコさんを殺したんじゃないのか?
わけがわからねぇ。畜生ッ! 糞ッ糞がッ! ふざけやがって! なんでッ!?

「おい、タツ、どうした?」

畜生ッ マサヒコさん…… なんでっ! 糞ッ!
何だって言うんだ!?

「タツ、聞いてっか? マサの弔い合戦だ。と・む・ら・い」

痛っ。タイの兄貴に小突かれた。

「弔い? マサヒコさんを殺したのはこの女じゃねぇのか? ねぇんですか?」

「やっぱお前バカだな、こいつは鉄砲玉だよ。こいつにだれかがマサを殺せと依頼したんだろ? チャカに怒っても意味ねぇだろ」

なんでジンさんはこんなに冷静なんだ? 意味わかんねぇ。
あれ? 鉄砲玉?
この女が殺したけど、依頼したのは別のやつ?
誰なんだ? やっぱり長崎なのか?

「じゃあ誰なんだよッ……誰なんですか」

握り締めた拳に爪が食い込む。
その誰かにマサヒコさんが殺されたっていうのか?
誰なんだ?
ぜってぇぶっ殺してやる。マサヒコさんを殺したやつを。
そうだ、敵討ちだ! ジンさんが言ってる通りだ!
ボコボコにして、それから。

「マサとつるんでたのはお前だろ? 心当たりはないのか?」

最近マサヒコさんがもめてたのは……。

「そうだ、マールムと田島会だ! こいつらを皆殺しにしてこいッ」

「それはどこにいますか」

「まてタツ落ち着け、だから皆殺しはまずい、姉ちゃんも少しまて」

「なんでですかっ!?」

タダじゃすませねェ!
兄貴も今マサヒコさんの敵討ちって言ってたじゃねえか!

「タツ落ち着け、その後どうするんだ。変なのが出てきて荒れるだけだ」

変なのって、なんだ? そんなのわかんねぇよ。
荒れるってなんのことだ? マサヒコさんに関係あるのか?
……そんなことよりマサヒコさんの仇が先だろッ?
わかんねェ、わかんねえよ! 畜生!

「血がのぼりすぎだ、一旦隣で休んどけ」

俺は無理やり奥の部屋に追い出された。
腹いせに力任せに壁を殴る。
痛ぇ。マサヒコさん……。
頭も痛ぇ。
マサヒコさん、本当に死んじまったのかな。
マサヒコさんはスゲェいい人だ。いい人なんだよ!
死ぬわけねぇよ。いい人なんだから。
なんでこんなシノギやってんのかわかんねェくらいに。
なんかの間違いじゃねぇのかな。

でも、もし誰かに殺されてんだとしたら。そしたら。
畜生ッ! やっぱ許せねェ!
 
しばらく経ってジンさんに呼ばれて、こいつらがマサヒコさん殺した奴らだって言われたから、あの女にリストの人間を殺すように言った。
それで俺はまた追い出された。なんなんだ、畜生ッ!






その後、どうなったのか、よくわかんねぇ。
それから3日くらい、街は一触即発っていうのか? 誰も彼もがイラついて騒がしかった。
けどよ、いつのまにか普段に戻ってた。
マールムと田島会の下っ端の奴らも街で見かけるようになった。
タイの兄貴にどうなったか聞いた。
あの女に殺しを頼んだやつはキッチリ殺して仇は打ったっつってたけど、何がどうなったのかさっぱりわからねぇ。知らねぇ名前ばっかりだったしな。

結局誰だったんだ? マサヒコさんの殺しを依頼したのは。全員が依頼したのかな、よくわかんねぇ。
タイの兄貴に聞いても教えてもらえなかった。組織にはいろいろあるって言われても、わかんねぇよ。
ほんとに、わかんねぇよ……俺が頭悪りぃから?
俺はマサヒコさんの敵が討てたのかな。なんだかさっぱりわかんねぇ。

敵を討ったのはあの女なんだよな……。化け物の女。
殺したんなら知ってるよな。敵を討てたかどうかって。
俺はあの女、アイちゃんに聞きてぇ。ちゃんと落とし前はついたのかって。
それから……アイちゃんはなんでマサヒコさんを殺したんだ?
凄ぇいい人だったのに。
聞いて、それから。

俺は前にアイちゃんに連絡した掲示板を探したが、見つからなかった。
メールの履歴もなんでか消えてた。
畜生、どうしたらいいッ!?
そういえば、アイちゃんは新谷坂を散歩してるっていってた。一緒にいたガキもアンリとかいう化け物もニヤ高の制服だった。
新谷坂を張ってれば、会えるかな。





今日、僕はアイさんとデートすることになった。
デートなのかな、よくわからないな。アイさんは好きな人とはデートをするものではないのですか? と言っている。
まあ、まちがってはいないような?
とりあえず校門でアイさんと待ち合わせて町に出る。デートと言っても今日のアイさんの姿は同年代だけど百キロくらいはありそうな体格のいい男子の姿だから、ますますデート感はない。坂崎さんの部屋になんでこの姿に合う服があるのかわからないよ。開いた傘がとても小さく見えて、アイさん自身がパラパラと雨をはじいているように見える。まあ、いいけど。
デートといえばカフェ? 僕もお茶好きだし、またライオ・デル・ソルに行こうかな? ルバーブケーキおいしかったし。でも単品で頼むと600円くらいするんだよね、うーん。

「おい、兄ちゃん」

坂道で突然声をかけられて振り返る。
そこにはこの間アイさんを連れて行った小柄なチンピラ風の男がいた。でも、前に見たよりずいぶん薄汚れていて、リーゼントぽい頭までボサボサで、血走った目の下には深いクマが刻まれていた。
下から卑屈にねめ上げる視線には、警戒と焦燥がにじんでいた。
僕も用心しながら応じる。

「なんでしょうか」

「この間の女のことで聞きたいことがある。手間は取らせねぇ」

どうしようかと、アイさんと目を合わせる。

「私に用事ですか?」

「そっちの小さいやつと内密な話がしたい、あんたは悪りぃが遠慮してほしい、ちょっと話を聞くだけだ」

えーと。

「あの、この人が、あなたがいう『この間の女』の人なんですけど。アイちゃんを探しているんでしょう?」

男は目を丸くした。





話を聞かれたくない、ということでカラオケに入った。
男が聞きたかったのは、マサヒコさんという人をアイさんが殺したのか。殺したのだとすると、誰が殺しを依頼したのか。

マサヒコさんの写メを見せてもらうと、その姿はアイさんのデータにあった。そして、アイさんが殺した。
それを聞いた男は一瞬刺すような目でアイさんをにらみつけ、震える拳を上げて、そして力なく下ろしてうなだれた。

「マサヒコさんを、殺すよう、依頼したのは、だれだ」

男はギリギリと歯を食い絞って、蚊の鳴くような声を出す。
アイさんは、見知らぬ背の高い男の姿になって口を開く。
男の声で、アイさんは答える。

「こいつを消してくれ。行方不明がいい」

「ジンさん……? なんでッ!?」

男はガタリと席から立ち上がり、口を開きっぱなしにして呆然とアイさんを眺め、机をたたいて、血を吐くような声を上げた。

「畜生ッ! 何がどうなってるんだよッ。さっぱりわかんねえ! ジンさんがなんでマサヒコさんを殺すんだよ!?」

「理由はきいていません」

「なあ、あんたもなんでマサヒコさん殺ったんだよ!? スゲェいい人だったんだよ!? そりゃ、怒ったら怖ェけどよう」

「1日に1度、お願いを聞くことにしています」

「どんな願いだって聞くのかよッ!?」

「私にできることなら」

男は理解できない、と呆然とアイさんを眺める。

「お願いを聞くのはいいことではないのですか?」

あ、アイさんてそういう認識だったんだ。
でもその返答に男は激高する。

「良くねぇよ!? 時と場合によるだろ!?」

「どう違うのでしょうか」

「マサヒコさんはいい人なんだよ! 殺しちゃダメなんだよ!」

「よくわかりません。あなたが私に頼んだ長崎と何が違うのでしょう?」

「全然違ェよ、あいつは悪いやつなんだよ!」

「どこで見分ければいいのでしょうか」

「どこでって……みたらわかる、だろ?」

男は眉間にしわを寄せて言葉に詰まる。
アイさんはふと、何かに気づいたかのように動きを止める。

「あなたにとって、マサヒコさんは好きで、今朝の長崎さんは嫌い、ということなのでしょうか?」

「お前、何、いってんだ?」

「この国では、人を殺してよいと認識していました。よく人は殺されていますし、さまざまな組織がいろいろな方法で人を殺しています。特に、生命を奪う以外の方法を利用して嫌いな者や不利益な者の存在を消すことは一般的に思えます。好きな者を殺さない、という情報もありましたが数が少なくエラーと認識していましたので、考慮に入れていませんでした」

男はうろたえ、口をぱくぱくと動かしている。
最終的には好き、嫌い。確かに僕はアイさんにそう話したけど。
それに、当然すぎて「好きな人は殺してはならない」とわざわざ言ったりもしない。

「殺してはいけない場合があるなら、どのように見分ければよいのでしょうか」

「何、言ってるか、全然、わかんねぇ」

男は青い顔でそういって、伝票を持って部屋をふらふらと出て行った。一応、支払いはしてくれるらしい。

「カラオケしますか?」

カラオケ? そんな気分でもないなぁ。帰ろっか。
僕らはカラオケ店を出て傘をさす。雨は本降りになってきた。

「アイさん、普通は人を殺したりしないんだよ。僕は藤友君の不運を消費するためにやってると思ってたんだけど」

「アンリは人間を知るには、お願いを聞くのが1番早いと言っていました。ハルくんの不運を押し付けるのにも丁度いいと聞きました」

どうするのがいいのかな。溝は一見埋まっているようで、あまり埋まっていないのかもしれない。
新谷坂高校前の坂は、降り続ける雨でぼんやりとくすんでいた。
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登場人物紹介

東矢一人。

新谷坂の封印を解いた代わりに、自身の半分以上を封印される。再度封印を施すため、新谷坂の怪異を追っている。

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末井來々緒。

「君と歩いた、ぼくらの怪談」唯一の良心。姉御肌の困った人は見過ごせない系怪談好きギャル。

坂崎安離。

狂乱の権化。ゆるふわ狂気。歩く世界征服。

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8歳ごろに呪われ、それからは不運続きの人生。不運に抗うことを決めた。

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