第48話 私は人間?
文字数 4,157文字
ナナオさんとお茶してから、僕とアイさんは部屋にもどった。
アイさんはパッドを見たいというのでパッドを渡したけど、延々とパッドを見続けるアイさんと部屋で二人きりというのはなんだか気づまり。この状況を続けている藤友君はある意味すごいな。
でもせっかく集中しているんだから、邪魔しないほうがいいのかな、うーん。
とりあえず、お茶を入れてみた。今日は好みの分かれるタイプのほうじ茶。
「アイさん、このお茶どうかな? 僕の好きな香りなんだけど」
「シス3ヘキセノールを基礎とした青臭が中心となり、ピラジン類の火香、特徴としてインドールが含まれますので、苦味成分を強く感じます」
「そうだね、ちょっと普通のお茶より苦味があるかも。でも僕は結構好きだし、藤友君も苦いお茶の方が好きじゃないかな」
ほわほわと白い湯気が立ち昇る。お茶の香ばしい香りが部屋に充満する。急須を傾けると優しい茶色が少し黄色みのある陶器の湯飲みに注がれる。
「好きとは『心を引かれるさま』とありました。心は、『人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになるもの。また、働きそのものをひっくるめていう。精神。心情』とありました。何を意味するのでしょうか」
アイさんは手に持った湯飲みを眺めながら、心を感じさせないフラットな視線で僕に尋ねる。
「心も好きも、人によってちがうんじゃないかな。僕の心も僕の好きも、藤友君ともナナオさんとも違うから。考えてみたんだけどさ、人って最終的には好き嫌いで動いてると思うんだ。客観的な良い、悪いっていうのは度外視してでも。だから、好きとか嫌いがないと、真似するのは難しいかも」
「どうするのがよいでしょうか」
「うーん、好きか嫌いかっていうのは、多分、小さい頃からのちょっとした経験から、深い理由もなく枝分かれしていくものだと思うから、何もないところから始めるのは難しいかもしれないね」
最初に好きになるのは本能的に母親なんだろう。好きなものが1つできると、似たものが好きになっていく。その中で好き嫌いから外れるといった変化はでてくるだろうけど、それは色々なものを関連づけていく作業の結果で、時間がかかる。
「アイさんにはあまり時間がないから、自分で好きなものを決めていったらどうかな? さっきのタルトが好き、そうすると、他の食べ物よりタルトを、タルトがなければ似た食べ物を優先しよない? よく似たタルトタタンを食べてリンゴを好きになるのもいいかもね。僕としてはナナオさんを好きに入れるのがおすすめ。ナナオさんは交流も広いし、行動範囲も広いから」
僕は無意識にアイさんを最初の特異点の先に追いやった。
「それに、ナナオさんはみんなに好かれるから、アイさんが求めている『人間』の好きなものに、アイさんの好きを近づけられるかもしれない」
「わかりました。では、私はナナオさんとハルくんと、それから2人が好きなトウヤも好きになります。どうしたらいいでしょう」
えっ、そんなつもりではなかったのだけど。でも、関連性を増やすというのは、つまりそういうことか。
「ええと……。ナナオさんについては、ナナオさんが何を喜ぶか観察すればいいと思う。それで好きを増やしていけばいいんじゃないかな。藤友君は難しいな、多分今のままの状態がいいと思う。僕は……どうしようか」
じゃあ、お話ししながらゲームでもしようかと思って、ポケットオセロをだしたら1戦目から盤上が真っ黒になってしまった。なんかずるくない?
この日から、アイさんは夕方僕やナナオさんといろいろ話したり出かけたりしてから、藤友君の部屋に戻るようになった。
◇
「アイちゃんさぁー? こないだより歌下手くなるのは上手くなったんだけど、なんか違うんだよな?」
「どう違う?」
ナナオさんはゆるゆると降る雨の中で傘をくるくると回しながら、新谷坂町に向かう長い坂道を降りる。最近はアイさんと放課後に校門で待ち合わせてどこかに行くことが多い。
「うーん、歌ってのは魂の叫びだろ? もっと魂を込めて?」
うわ、ハードル高すぎくない? 僕も無理だよ、それ。
「わかった、やってみる」
アイさんは小さい声で、メロウな曲にこぶしをいっぱい聞かせて歌った。小さな声なのは、この間大声で道端で歌ってナナオさんに怒られたから。それから、完全コピーすぎる曲はつまらないから、オリジナリティを出せという無茶振りな宿題も出ていた。
「おっ? それなんか面白いな」
「えへへ、ありがと」
おそらく、アイさんのデータベースから、「魂を込める」で演歌がヒットしたのだろう。アイさんは演歌の発声パターンを抽出したものにノイズとゆらぎをかけて元の曲に加えたんだと思う。
ナナオさんと出かけだして4日くらいたつと、アイさんは急速に人間に近づいた気がした。未だ個性といえるほどのものは見えないけれど、応用が利くようになって、多分短時間の付き合いじゃ違和感を覚えないようには進化したと思う。
人間関係っていうのは、長い時間をかけて作るものだと思うけど、こういう役目は藤友君やコミュ力の低い僕には無理っぽい。
今日はナナオさんの買い物に付き合う予定。
でも、その前に僕らは足を止めた。
「タイの兄貴、あの真ん中の女です」
「あぁ? ほんとにあれか?」
「間違い無いっス」
「おぅ、ちょっとツラかせや」
遊歩道の先に2人の柄の悪い男が道をふさいで立っていた。短い髪が燃えるように赤く、首元からトカゲの刺青がのぞく190センチありそうな大柄な男性に、見るからに安物のサングラスと無精髭の小柄な男。
ナナオさんは無意識にアイさんをかばうように前に出る。でも、アイさんはするりと前に出た。
「ちょっと行ってくるね、知ってる人なの」
「あっ、ちょっとまってアイちゃん!」
「ナナオさん、これはアイさん独自の交流関係で、アイさんは大丈夫だから」
僕はナナオさんの肩を引く。ナナオさんは困惑して、男たちと話すアイさんと僕を見比べる。
「ほんとに大丈夫なのかよ?」
「大丈夫、アイさんが物理的に傷つくことはありえないから。それにこれはアイさんが自分から関わってることなんだ」
坂崎さんはおそらくアイさんが嫌がったら紹介はしないはずだ。だからこれはアイさんが望んで認容している行為。
「……そう、なのか?」
そうこうしている間に、男たちはアイさんの手首をつかんで連れて行こうとする。
「おいちょっとまて。アイちゃん、ちゃんと帰ってこれるんだよな?」
「うん、23時くらいには帰るよ」
背の高いほうの男は、アイさんの答えを聞いて、アイさんを小馬鹿にするように見下ろしている。でも、アイさんは帰るといえば、おそらくあの男たちを皆殺しにしてでも帰ってくるだろう。
アイさんの家は藤友君の部屋なんだから。
心配そうに見つめるナナオさんの耳元で、もう一度、大丈夫、とささやいた。
◇
僕らはいきつけのライオ・デル・ソルに腰を落ち着けると、ナナオさんはすぐに僕をとがめる。
「ボッチー、あれ、どういうことだよ?」
「あっちは坂崎さんの関係なんだ。だから、僕ではどうしようもない。アイさんも納得してることだから僕らが邪魔するのも違うと思う。ナナオさんは見たことなかったと思うけど、アイさんの本体はスライムみたいなもので、物理的には無敵に近い。だからアイさんの身の安全は保証できるし、銀行の金庫室レベルで密閉されていない限り、どこからでも抜け出せる」
ナナオさんは、そういうことを言いたいんじゃないんだけどな、とつぶやく。
「まあ毎回姿が違うしな」
今日は黒髪の三つ編みに細いストライプシャツとジーンズというシンプルな服装だけど、日によって男性だったりもするし、一度はおばあちゃんだった時もあった。アイさんのその日の容姿は毎朝坂崎さんがコーディネートしている。坂崎さんの部屋を一度見せてもらったことがあるけど、足の踏み場もないほど物にあふれていた。服もかなり持っているんだと思う。
「アイさんを見分けられたってことは、今日の午前中会った人だと思う。坂崎さんなら連絡先がわかるから、ちょっと電話してみるよ」
物凄く気が進まないけど。
◇
「……もしもし坂崎さん?」
「東矢くんだぁ♪ 電話くれるなんて珍しー。猫でも捕まえた?」
「捕まえてないよ。今日のアイさんの頼まれごとって何? さっき多分、今日の頼まれごとの人に連れて行かれた」
「えっ? うーん、なんだったかな、あ、そうそう、殺してほしい奴がいるっていってたよー?」
「頼んだのはどんな人だったかわかる?」
「えっとねー、逆さハトサプレっぽい人かな?」
ハトサプレ? わからない。そういえば小柄な方が、ハトサプレを逆さにしたような形のリーゼントだったような気もする。
「アイちゃんは付いていっても大丈夫だよね?」
「大丈夫じゃない? じゃあ、あとで私迎えに行くねー」
ツーツーツー。
唐突に電話は切られた。
「坂崎さんが迎えに行くから大丈夫みたい」
そういうと、ナナオさんは大きくため息をついて安堵した。
「アンリもよくわかんないよな」
心底同意。
「アイさんはちょっとずつ人間っぽくなってると思う?」
「うーん、どうだろうな。よくわかんない。なんか、Sili っぽい? 携帯の」
「ああ、まあそうだよね、でも的外れなことを言うことは少なくなってきた気がする」
「そうだなぁ」
ナナオさんはゆっくりと回る天井の白いファンを見上げて考えている。
「このまま学習していくと、人になれるかな」
「うーん、どうだろう? ハルキくらいにならなれるんじゃないか?」
藤友君、そっけないから誤解されやすいけど、本当はすごくいい人なんだよ?
「ナナオさんはアイさんのこと、好き?」
「うーん、好きだし、愛着湧くけど、正直言うと人間っていうよりモノっぽいからよくわかんない。ゲームのキャラっぽいかも」
「何があったら人間になれるかな」
「うーん……魂?」
うーん、魂……。
「アイちゃんは、楽しそうにしてるけど、楽しいってのがどういうのかわかってない気がする。なんつーの? ワクワクしたりする感じ」
ああ、なんとなく、わかるかも。
これはでも、どうしたらいいのかな。この特異点は越えられないかな。
突然ナナオさんは僕の両方のほっぺたをつねって引っ張って、笑え、という。フガフガする。
「アイちゃんだったらニコニコ笑うと思う」
アイさんはパッドを見たいというのでパッドを渡したけど、延々とパッドを見続けるアイさんと部屋で二人きりというのはなんだか気づまり。この状況を続けている藤友君はある意味すごいな。
でもせっかく集中しているんだから、邪魔しないほうがいいのかな、うーん。
とりあえず、お茶を入れてみた。今日は好みの分かれるタイプのほうじ茶。
「アイさん、このお茶どうかな? 僕の好きな香りなんだけど」
「シス3ヘキセノールを基礎とした青臭が中心となり、ピラジン類の火香、特徴としてインドールが含まれますので、苦味成分を強く感じます」
「そうだね、ちょっと普通のお茶より苦味があるかも。でも僕は結構好きだし、藤友君も苦いお茶の方が好きじゃないかな」
ほわほわと白い湯気が立ち昇る。お茶の香ばしい香りが部屋に充満する。急須を傾けると優しい茶色が少し黄色みのある陶器の湯飲みに注がれる。
「好きとは『心を引かれるさま』とありました。心は、『人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになるもの。また、働きそのものをひっくるめていう。精神。心情』とありました。何を意味するのでしょうか」
アイさんは手に持った湯飲みを眺めながら、心を感じさせないフラットな視線で僕に尋ねる。
「心も好きも、人によってちがうんじゃないかな。僕の心も僕の好きも、藤友君ともナナオさんとも違うから。考えてみたんだけどさ、人って最終的には好き嫌いで動いてると思うんだ。客観的な良い、悪いっていうのは度外視してでも。だから、好きとか嫌いがないと、真似するのは難しいかも」
「どうするのがよいでしょうか」
「うーん、好きか嫌いかっていうのは、多分、小さい頃からのちょっとした経験から、深い理由もなく枝分かれしていくものだと思うから、何もないところから始めるのは難しいかもしれないね」
最初に好きになるのは本能的に母親なんだろう。好きなものが1つできると、似たものが好きになっていく。その中で好き嫌いから外れるといった変化はでてくるだろうけど、それは色々なものを関連づけていく作業の結果で、時間がかかる。
「アイさんにはあまり時間がないから、自分で好きなものを決めていったらどうかな? さっきのタルトが好き、そうすると、他の食べ物よりタルトを、タルトがなければ似た食べ物を優先しよない? よく似たタルトタタンを食べてリンゴを好きになるのもいいかもね。僕としてはナナオさんを好きに入れるのがおすすめ。ナナオさんは交流も広いし、行動範囲も広いから」
僕は無意識にアイさんを最初の特異点の先に追いやった。
「それに、ナナオさんはみんなに好かれるから、アイさんが求めている『人間』の好きなものに、アイさんの好きを近づけられるかもしれない」
「わかりました。では、私はナナオさんとハルくんと、それから2人が好きなトウヤも好きになります。どうしたらいいでしょう」
えっ、そんなつもりではなかったのだけど。でも、関連性を増やすというのは、つまりそういうことか。
「ええと……。ナナオさんについては、ナナオさんが何を喜ぶか観察すればいいと思う。それで好きを増やしていけばいいんじゃないかな。藤友君は難しいな、多分今のままの状態がいいと思う。僕は……どうしようか」
じゃあ、お話ししながらゲームでもしようかと思って、ポケットオセロをだしたら1戦目から盤上が真っ黒になってしまった。なんかずるくない?
この日から、アイさんは夕方僕やナナオさんといろいろ話したり出かけたりしてから、藤友君の部屋に戻るようになった。
◇
「アイちゃんさぁー? こないだより歌下手くなるのは上手くなったんだけど、なんか違うんだよな?」
「どう違う?」
ナナオさんはゆるゆると降る雨の中で傘をくるくると回しながら、新谷坂町に向かう長い坂道を降りる。最近はアイさんと放課後に校門で待ち合わせてどこかに行くことが多い。
「うーん、歌ってのは魂の叫びだろ? もっと魂を込めて?」
うわ、ハードル高すぎくない? 僕も無理だよ、それ。
「わかった、やってみる」
アイさんは小さい声で、メロウな曲にこぶしをいっぱい聞かせて歌った。小さな声なのは、この間大声で道端で歌ってナナオさんに怒られたから。それから、完全コピーすぎる曲はつまらないから、オリジナリティを出せという無茶振りな宿題も出ていた。
「おっ? それなんか面白いな」
「えへへ、ありがと」
おそらく、アイさんのデータベースから、「魂を込める」で演歌がヒットしたのだろう。アイさんは演歌の発声パターンを抽出したものにノイズとゆらぎをかけて元の曲に加えたんだと思う。
ナナオさんと出かけだして4日くらいたつと、アイさんは急速に人間に近づいた気がした。未だ個性といえるほどのものは見えないけれど、応用が利くようになって、多分短時間の付き合いじゃ違和感を覚えないようには進化したと思う。
人間関係っていうのは、長い時間をかけて作るものだと思うけど、こういう役目は藤友君やコミュ力の低い僕には無理っぽい。
今日はナナオさんの買い物に付き合う予定。
でも、その前に僕らは足を止めた。
「タイの兄貴、あの真ん中の女です」
「あぁ? ほんとにあれか?」
「間違い無いっス」
「おぅ、ちょっとツラかせや」
遊歩道の先に2人の柄の悪い男が道をふさいで立っていた。短い髪が燃えるように赤く、首元からトカゲの刺青がのぞく190センチありそうな大柄な男性に、見るからに安物のサングラスと無精髭の小柄な男。
ナナオさんは無意識にアイさんをかばうように前に出る。でも、アイさんはするりと前に出た。
「ちょっと行ってくるね、知ってる人なの」
「あっ、ちょっとまってアイちゃん!」
「ナナオさん、これはアイさん独自の交流関係で、アイさんは大丈夫だから」
僕はナナオさんの肩を引く。ナナオさんは困惑して、男たちと話すアイさんと僕を見比べる。
「ほんとに大丈夫なのかよ?」
「大丈夫、アイさんが物理的に傷つくことはありえないから。それにこれはアイさんが自分から関わってることなんだ」
坂崎さんはおそらくアイさんが嫌がったら紹介はしないはずだ。だからこれはアイさんが望んで認容している行為。
「……そう、なのか?」
そうこうしている間に、男たちはアイさんの手首をつかんで連れて行こうとする。
「おいちょっとまて。アイちゃん、ちゃんと帰ってこれるんだよな?」
「うん、23時くらいには帰るよ」
背の高いほうの男は、アイさんの答えを聞いて、アイさんを小馬鹿にするように見下ろしている。でも、アイさんは帰るといえば、おそらくあの男たちを皆殺しにしてでも帰ってくるだろう。
アイさんの家は藤友君の部屋なんだから。
心配そうに見つめるナナオさんの耳元で、もう一度、大丈夫、とささやいた。
◇
僕らはいきつけのライオ・デル・ソルに腰を落ち着けると、ナナオさんはすぐに僕をとがめる。
「ボッチー、あれ、どういうことだよ?」
「あっちは坂崎さんの関係なんだ。だから、僕ではどうしようもない。アイさんも納得してることだから僕らが邪魔するのも違うと思う。ナナオさんは見たことなかったと思うけど、アイさんの本体はスライムみたいなもので、物理的には無敵に近い。だからアイさんの身の安全は保証できるし、銀行の金庫室レベルで密閉されていない限り、どこからでも抜け出せる」
ナナオさんは、そういうことを言いたいんじゃないんだけどな、とつぶやく。
「まあ毎回姿が違うしな」
今日は黒髪の三つ編みに細いストライプシャツとジーンズというシンプルな服装だけど、日によって男性だったりもするし、一度はおばあちゃんだった時もあった。アイさんのその日の容姿は毎朝坂崎さんがコーディネートしている。坂崎さんの部屋を一度見せてもらったことがあるけど、足の踏み場もないほど物にあふれていた。服もかなり持っているんだと思う。
「アイさんを見分けられたってことは、今日の午前中会った人だと思う。坂崎さんなら連絡先がわかるから、ちょっと電話してみるよ」
物凄く気が進まないけど。
◇
「……もしもし坂崎さん?」
「東矢くんだぁ♪ 電話くれるなんて珍しー。猫でも捕まえた?」
「捕まえてないよ。今日のアイさんの頼まれごとって何? さっき多分、今日の頼まれごとの人に連れて行かれた」
「えっ? うーん、なんだったかな、あ、そうそう、殺してほしい奴がいるっていってたよー?」
「頼んだのはどんな人だったかわかる?」
「えっとねー、逆さハトサプレっぽい人かな?」
ハトサプレ? わからない。そういえば小柄な方が、ハトサプレを逆さにしたような形のリーゼントだったような気もする。
「アイちゃんは付いていっても大丈夫だよね?」
「大丈夫じゃない? じゃあ、あとで私迎えに行くねー」
ツーツーツー。
唐突に電話は切られた。
「坂崎さんが迎えに行くから大丈夫みたい」
そういうと、ナナオさんは大きくため息をついて安堵した。
「アンリもよくわかんないよな」
心底同意。
「アイさんはちょっとずつ人間っぽくなってると思う?」
「うーん、どうだろうな。よくわかんない。なんか、Sili っぽい? 携帯の」
「ああ、まあそうだよね、でも的外れなことを言うことは少なくなってきた気がする」
「そうだなぁ」
ナナオさんはゆっくりと回る天井の白いファンを見上げて考えている。
「このまま学習していくと、人になれるかな」
「うーん、どうだろう? ハルキくらいにならなれるんじゃないか?」
藤友君、そっけないから誤解されやすいけど、本当はすごくいい人なんだよ?
「ナナオさんはアイさんのこと、好き?」
「うーん、好きだし、愛着湧くけど、正直言うと人間っていうよりモノっぽいからよくわかんない。ゲームのキャラっぽいかも」
「何があったら人間になれるかな」
「うーん……魂?」
うーん、魂……。
「アイちゃんは、楽しそうにしてるけど、楽しいってのがどういうのかわかってない気がする。なんつーの? ワクワクしたりする感じ」
ああ、なんとなく、わかるかも。
これはでも、どうしたらいいのかな。この特異点は越えられないかな。
突然ナナオさんは僕の両方のほっぺたをつねって引っ張って、笑え、という。フガフガする。
「アイちゃんだったらニコニコ笑うと思う」