第24話 『よっち』の心配
文字数 5,305文字
僕は10時半ちょうどに神津駅南口改札に到着すると、ナナオさんとキーロさんが待っていた。
神津駅は神津市で1、2を争う大きな駅だ。高速鉄道の停車駅でもある。市の中心で、北口には公共施設とオフィスビルが多いけど、南口には商業施設もたくさんある。12階建ての駅ビルをはじめ3つのデパートが立ち並び、そのまま繁華街につながっていて、いつも人であふれている。僕らはにぎわう繁華街の目抜き通りを抜けて目的地に向かう。
その間に、キーロさんから昨日の夜の情報を聞いた。
昨日の夜、『よっち』さんから連絡があったらしい。
『よっち』さんはキモオフに参加して、今生き残っている3人のうちの1人。
LIMEのグループじゃなく、直接メッセージがあった。
「『サニー』さんが、襲われるのが怖いから一緒にいてほしいって連絡があったんだけど、どうしよう」
キーロさんは『よっち』さんと何回かメッセしたけど、どうもメッセじゃいまいち事情がよくわからなかった。
だから携帯番号を交換して、直接電話することにした。キーロさんは『よっち』さんと会うのが2回目だったし、なんとなく穏やかで信用できそうな人だったのもあったから。
結論として『よっち』さんは、キーロさんと『サニー』さんが話していた、『キモオフメンバーが狙われている』という話を信じていなかった。
企画の終わったLIMEグループを確認しなかったり非表示にするのは特におかしいことじゃないから、他の4人が未読スルーでもとくに気にならなかったそうだ。
それに『よっち』さんは『くまにゃん』さんの腕の写真は見ていないし、見ていても前々からの知り合いじゃなければ気づかないかもしれない。
『よっち』さんは、『神津ペッカー』さんの最後のLIMEが「助けて」っていうメッセだったことは気にはなっていた。ただ、『神津ペッカー』さんは『出会い系』の人だったっぽくて、なにか気を引こうとしただけなんじゃないかと思ったらしい。ご丁寧に現在地の表示があったから、よけいにドッキリ系のナンパかと。
そう思ったのはキモオフのとき、『でりあ』さんが『神津ペッカー』さんに、帰りがけにLIMEでナンパされたと聞いていたから。
「彼氏同伴なのにナンパとかよくやるよね」
と『よっち』さんは言っていたそうだ。
『よっち』さんは『でりあ』さんの企画に参加するのは6回目で、『でりあ』さんとも比較的仲が良いらしい。
で、『でりあ』さんは彼氏さんの車で帰宅する間、手持ち無沙汰なのか『よっち』さんに感想とかをLIMEで送ることがあるらしい。今回はナンパされたとグチが入っていたとか。『でりあ』さんが家に着くのが区切りになるのか、いつも30分くらいで突然LIMEは未読スルーになるんだって。だからグループLIMEに『でりあ』さんの返事がなくてもいつも通りだと思ってた。
そうか、そういう考え方もあるのか。キーロさんは腕が『くまにゃん』さんのだとわかったから危機感を持ったけど、そうでなければこういう反応もおかしくないのかも。
それで今回『よっち』さんがキーロさんに連絡してきたのは、『サニー』さんが怖がってるのはわかるけど、さすがに1回しか会ったことのない女の子を家に泊めるのは無理で、何もしないのに襲われたとか言われると困るから、どうしたらいいか相談したかったとのこと。
そこで、キーロさんは思い出した。一昨日ナナオさんと会う前に、キーロさんにも同じ趣旨の電話があった。キーロさんはその時ナナオさんの家に泊まる予定だったから、「今日は無理」って返事したら、『サニー』さんはわかったって電話を切った。
それを『よっち』さんに伝えると、じゃあ本当に怖がってるんだね、と心配そうに答えたそうだ。
それで今朝『よっち』さんから、「『サニー』さんと夕方に会って話だけ聞くことにした、さすがに泊まったりは無理だけど」、というメッセがあった。
万一何かの冤罪をうけたら困るからって、待ち合わせ場所も教えてもらったらしい。
そんなことを話しながら、僕らは問題の場所にたどり着く。
そこは繁華街の終点近く。1階にそれぞれ喫茶店と整骨院が入った灰色の5階建のビルのすき間にある幅2メートルほどの細長い路地。路地内にはそれぞれのビルの非常口が一つずつあるくらいで、他には配管や室外機くらいしか置かれていない。路地の外には人の流れがあるけど、この路地には誰も見向きもせず、まるでここだけぽつんと空間が切り取られて、生臭くて生温い、そんな空気が堆積しているように感じた。
僕はその路地に入る前から強い怪異の存在を感じていた。キーロさんのストラップから感じた気配と同じもの。ここは危険だ。空気が震えるほどの害意と悪意に満ちている。気持ち悪い。
「ここ、やばい。キーロさんは入らないほうがいいかも」
僕の声にキーロさんはびくっとする。
「でもここにキーちゃん一人で置いとけないよ、ボッチー悪いけど見てきてくんないかな」
「わかった、ちょっとまってて」
僕はフッと息を吐いて覚悟を決める。
路地は狭く、昼なお薄暗い。路面のアスファルトはひび割れ、そのひび割れに沿って汚れた水が溜まっている。目を横に移すと、屋上まで真っすぐに灰色の壁が続き、まるで細長い牢獄のように僕を閉じ込めようとしていた。路上の室外機からは生暖かい風が漏れ、足を一歩踏み入れると、はき出された空気が地面を滑ってぬるりと足首に絡みついてくる。
視線を奥に向ける。路地は10メートルほど続き、違う通りに抜けていた。けれども、僕は路地の真ん中あたりで視線を止める。そこにあるのは、まるでナメクジがはいずまわったような、ふつふつとしたよどみ。その濃厚なよどみからは新谷坂の封印の気配を感じた。僕は腰をかがめて、一帯に視線を這わせる。しばらくそのよどみに動きがないのを確認して、ようやくほっと一息つけた。
「ナナオさん、今はもういないから大丈夫だと思う」
僕は路地の入口に声をかける。二人が恐る恐る入ってくる。
「なんかここ、気持ちわりぃ」
ナナオさんの指摘は正しい。ここはなんていうか、最近呪われた場所なんだ。ただ、よどみ自体はそのうち風に散らされて、もとの状態には戻るとは思う。
キーロさんは小さく、あっ、と言って、震える手である一点を指し示す。
「ここに『くまにゃん』さんの腕があった」
そこは壁にロゴのような落書きが描かれている以外何もない場所だったけど、よどみのちょうど真ん中あたりで、路面に灰色の染みができていた。
はっきりしたことは、事件の原因が怪異だってこと。そしてそれは新谷坂に封印されていたものだってこと。
藤友君はなんていってたっけ、確か、怪異から逃れるために共通点を探すこと。僕はこの路地を目に焼き付ける。路地の全景、そして『くまにゃん』さんの腕があった場所。こういう場所に立ち入らない方がいいのかな。
僕らは次の場所に移動する。『神津ペッカー』さんの位置情報が示す場所だ。
同じ神津駅南口でも、こちらは夜の街方面だった。さすがにまだ午前中だからひっそりと静まり返っていて、夜になると明るく騒がしい電飾も、陽の光の下ではうらぶれてさびれて見えた。さっきと同じく人通りはない。
位置情報の場所は『くまにゃん』さんの腕があったのと同じような幅2メートルくらいの路地で、薄暗くじめじめしていて雰囲気もよく似ていた。違いといえば置かれたポリバケツから生ごみの臭いが少しするところくらいだろうか。
そして、『くまにゃん』さんの時よりさらに濃い怪異の臭いがして、よどみはさらに深かった。
位置情報しかなかったから腕がどこにあったのかはわからないけれども、よどみの中心には、誰かがそなえたのか赤い小さな花が飾られていた。『神津ペッカー』さんが好きな花だったのかな。
そこはやはり路地の中ほどの壁よりのところにあった。
このあとは逆城のコンビニ。ちょうど正午になったので、僕らはお昼にする。キーロさんおすすめの喫茶店でLIMEの履歴を見せてもらった。お昼ご飯はあんまり味がしなかった。
◇
5/27(月)
キーロ:今街BBSで腕だけ殺人事件の写真があがってるんだけど、くまにゃんさんの腕じゃない? 11:30 既読3
キーロ:ブレスレットがくまにゃんさんのだった気がする 11:31 既読3
サニー:やっぱりそう? 私も見た。 間違いないと思う 向日葵の柄の布に包まれてるよね 11:32
サニー:どうしよう、さっきでりあさんとみちとしさんに電話したけど電話でない。最初と2番目の腕だけ殺人事件は二人じゃないかな 11:33
キーロ:うそうそまじで? 私も今くまにゃんさんに電話したけど全然繋がらない 11:42 既読3
サニー:やぱいって、キモオフ行った人が狙われてたりするんじゃない!? 11:43
キーロ:まさか。 11:43 既読3
サニー:警戒したほうがいいかも。 11:44
よっち:ないない。気のせいっしょ 12:25
サニー:絶対くまにゃんさんのだって 12:26
よっち:心配しすぎ 12:32
サニー:だりあさんの彼氏とも連絡とれないんだよ!? 12:34
よっち:なんで彼氏さんの携番しってるの 12:38
サニー:ストラップ渡したときにきいたもん 12:40
よっち:仕事中じゃない? 12:42
サニー:絶対おかしいって 12:43
ペッカー:おはよ~サニーちゃん俺にも電話頂戴♪ 14:10
キーロ:私もくまにゃんさんのブレスレットだと思う 16:12 既読3
サニー:やっぱそうだよね? それに既読も3しかつかない 16:17
5/28(火)
ペッカー:サニーちゃんから連絡なくて俺さみしいです 05:10
よっち:ペッカーさんしつこいと嫌われますよ 12:17
5/30(木)
ペッカー:助けて 0:12
ペッカー:(位置情報) 0:12
キーロ:ペッカーさんどうかした? 0:18 既読2
キーロ:ペッカーさん? 0:26 既読2
サニー:まさかペッカーさんも襲われたんじゃ 2:16
◇
「こんな感じ。それで『でりあ』さんと『サニー』さんに電話したんだ。『でりあ』さんに電話したらお母さんが出て、『でりあ』さんがいなくなったって聞いた。『サニー』さんとは腕はやっぱり『くまにゃん』さんので、キモオフメンバーが狙われてるんじゃないかっていう話をしたの」
キーロさんのLIMEの画面を写メって保存する。
『よっち』さんは気にしなかったみたいだけど、なんだかペッカーさんのメッセは生々しい。これを見ちゃったらサニーさんが心配するのもわかる。キーロさんにはナナオさんがいたけど、サニーさんには誰もいないのかもしれない。すごく心細くてあんまり知らない『よっち』さんに頼ろうとするのもわかる。
とりあえず、早く調査してサニーさんとも合流したほうがいいかもしれない、ということになって、僕らは逆城に急いだ。昨日と同じく展望台行のバスにのって、ふもとで降りる。コンビニは街道沿いにぽつんとあり、車が10台くらい停まれる広い駐車場があった。ここもアスファルト敷きで、所々舗装が痛んで陥没したところに水たまりができていた。
ここにも怪異の足跡はあったけれども、場所が開けているせいかその気配はだいぶん薄らいでいた。
僕らはコンビニでジュースを買って駐車場の車止めに座り、共通点を話し合う。
神津の2つは狭いところだったけど、コンビニは広い。かろうじて、人の気配がないくらいしか共通点は見出せない。
場所にあまり共通点はないのだろうか。3人で少し途方にくれた。藤友君ならなにかわかるかもしれないっていう話になった。昨日からの『よっち』さんとのやりとりと今日わかったこと、さっきのLIMEと一緒に藤友君にメールした。
そうすると、10分もたたずに藤友君から着信と、答えがあった。
「犯人または協力者はおそらく……」
◇
夜半、妹から電話がかかってきた。
不自然に呂律も、そして頭も回っていなかった。
妹はいま、どこかに隠れているらしい。車に飛び込み、アクセルを踏み抜く。場所は神津アリーナ近くの廃墟のはずだ。
スピーカーをオンにして、もどかしく状況を聞き出す。ピクルスと名乗る男に渡された飲み物を飲むと、意識が朦朧としたそうだ。うかつな。
ピクルスは他の参加者に介抱すると伝えてオフは解散となり、何人か残った。そのあとアリーナまで連れて行かれ、ふいをついて逃げた。
もうすぐアリーナだ。
そこで、電話口から、いたぞ、あそこ、という複数の声が聞こえ、やめて、という妹の声を最後に、ぽちゃりという水音とともに通信は途絶えた。
静かになった車内で、私は大声で叫び続けていたことに気がついた。
神津駅は神津市で1、2を争う大きな駅だ。高速鉄道の停車駅でもある。市の中心で、北口には公共施設とオフィスビルが多いけど、南口には商業施設もたくさんある。12階建ての駅ビルをはじめ3つのデパートが立ち並び、そのまま繁華街につながっていて、いつも人であふれている。僕らはにぎわう繁華街の目抜き通りを抜けて目的地に向かう。
その間に、キーロさんから昨日の夜の情報を聞いた。
昨日の夜、『よっち』さんから連絡があったらしい。
『よっち』さんはキモオフに参加して、今生き残っている3人のうちの1人。
LIMEのグループじゃなく、直接メッセージがあった。
「『サニー』さんが、襲われるのが怖いから一緒にいてほしいって連絡があったんだけど、どうしよう」
キーロさんは『よっち』さんと何回かメッセしたけど、どうもメッセじゃいまいち事情がよくわからなかった。
だから携帯番号を交換して、直接電話することにした。キーロさんは『よっち』さんと会うのが2回目だったし、なんとなく穏やかで信用できそうな人だったのもあったから。
結論として『よっち』さんは、キーロさんと『サニー』さんが話していた、『キモオフメンバーが狙われている』という話を信じていなかった。
企画の終わったLIMEグループを確認しなかったり非表示にするのは特におかしいことじゃないから、他の4人が未読スルーでもとくに気にならなかったそうだ。
それに『よっち』さんは『くまにゃん』さんの腕の写真は見ていないし、見ていても前々からの知り合いじゃなければ気づかないかもしれない。
『よっち』さんは、『神津ペッカー』さんの最後のLIMEが「助けて」っていうメッセだったことは気にはなっていた。ただ、『神津ペッカー』さんは『出会い系』の人だったっぽくて、なにか気を引こうとしただけなんじゃないかと思ったらしい。ご丁寧に現在地の表示があったから、よけいにドッキリ系のナンパかと。
そう思ったのはキモオフのとき、『でりあ』さんが『神津ペッカー』さんに、帰りがけにLIMEでナンパされたと聞いていたから。
「彼氏同伴なのにナンパとかよくやるよね」
と『よっち』さんは言っていたそうだ。
『よっち』さんは『でりあ』さんの企画に参加するのは6回目で、『でりあ』さんとも比較的仲が良いらしい。
で、『でりあ』さんは彼氏さんの車で帰宅する間、手持ち無沙汰なのか『よっち』さんに感想とかをLIMEで送ることがあるらしい。今回はナンパされたとグチが入っていたとか。『でりあ』さんが家に着くのが区切りになるのか、いつも30分くらいで突然LIMEは未読スルーになるんだって。だからグループLIMEに『でりあ』さんの返事がなくてもいつも通りだと思ってた。
そうか、そういう考え方もあるのか。キーロさんは腕が『くまにゃん』さんのだとわかったから危機感を持ったけど、そうでなければこういう反応もおかしくないのかも。
それで今回『よっち』さんがキーロさんに連絡してきたのは、『サニー』さんが怖がってるのはわかるけど、さすがに1回しか会ったことのない女の子を家に泊めるのは無理で、何もしないのに襲われたとか言われると困るから、どうしたらいいか相談したかったとのこと。
そこで、キーロさんは思い出した。一昨日ナナオさんと会う前に、キーロさんにも同じ趣旨の電話があった。キーロさんはその時ナナオさんの家に泊まる予定だったから、「今日は無理」って返事したら、『サニー』さんはわかったって電話を切った。
それを『よっち』さんに伝えると、じゃあ本当に怖がってるんだね、と心配そうに答えたそうだ。
それで今朝『よっち』さんから、「『サニー』さんと夕方に会って話だけ聞くことにした、さすがに泊まったりは無理だけど」、というメッセがあった。
万一何かの冤罪をうけたら困るからって、待ち合わせ場所も教えてもらったらしい。
そんなことを話しながら、僕らは問題の場所にたどり着く。
そこは繁華街の終点近く。1階にそれぞれ喫茶店と整骨院が入った灰色の5階建のビルのすき間にある幅2メートルほどの細長い路地。路地内にはそれぞれのビルの非常口が一つずつあるくらいで、他には配管や室外機くらいしか置かれていない。路地の外には人の流れがあるけど、この路地には誰も見向きもせず、まるでここだけぽつんと空間が切り取られて、生臭くて生温い、そんな空気が堆積しているように感じた。
僕はその路地に入る前から強い怪異の存在を感じていた。キーロさんのストラップから感じた気配と同じもの。ここは危険だ。空気が震えるほどの害意と悪意に満ちている。気持ち悪い。
「ここ、やばい。キーロさんは入らないほうがいいかも」
僕の声にキーロさんはびくっとする。
「でもここにキーちゃん一人で置いとけないよ、ボッチー悪いけど見てきてくんないかな」
「わかった、ちょっとまってて」
僕はフッと息を吐いて覚悟を決める。
路地は狭く、昼なお薄暗い。路面のアスファルトはひび割れ、そのひび割れに沿って汚れた水が溜まっている。目を横に移すと、屋上まで真っすぐに灰色の壁が続き、まるで細長い牢獄のように僕を閉じ込めようとしていた。路上の室外機からは生暖かい風が漏れ、足を一歩踏み入れると、はき出された空気が地面を滑ってぬるりと足首に絡みついてくる。
視線を奥に向ける。路地は10メートルほど続き、違う通りに抜けていた。けれども、僕は路地の真ん中あたりで視線を止める。そこにあるのは、まるでナメクジがはいずまわったような、ふつふつとしたよどみ。その濃厚なよどみからは新谷坂の封印の気配を感じた。僕は腰をかがめて、一帯に視線を這わせる。しばらくそのよどみに動きがないのを確認して、ようやくほっと一息つけた。
「ナナオさん、今はもういないから大丈夫だと思う」
僕は路地の入口に声をかける。二人が恐る恐る入ってくる。
「なんかここ、気持ちわりぃ」
ナナオさんの指摘は正しい。ここはなんていうか、最近呪われた場所なんだ。ただ、よどみ自体はそのうち風に散らされて、もとの状態には戻るとは思う。
キーロさんは小さく、あっ、と言って、震える手である一点を指し示す。
「ここに『くまにゃん』さんの腕があった」
そこは壁にロゴのような落書きが描かれている以外何もない場所だったけど、よどみのちょうど真ん中あたりで、路面に灰色の染みができていた。
はっきりしたことは、事件の原因が怪異だってこと。そしてそれは新谷坂に封印されていたものだってこと。
藤友君はなんていってたっけ、確か、怪異から逃れるために共通点を探すこと。僕はこの路地を目に焼き付ける。路地の全景、そして『くまにゃん』さんの腕があった場所。こういう場所に立ち入らない方がいいのかな。
僕らは次の場所に移動する。『神津ペッカー』さんの位置情報が示す場所だ。
同じ神津駅南口でも、こちらは夜の街方面だった。さすがにまだ午前中だからひっそりと静まり返っていて、夜になると明るく騒がしい電飾も、陽の光の下ではうらぶれてさびれて見えた。さっきと同じく人通りはない。
位置情報の場所は『くまにゃん』さんの腕があったのと同じような幅2メートルくらいの路地で、薄暗くじめじめしていて雰囲気もよく似ていた。違いといえば置かれたポリバケツから生ごみの臭いが少しするところくらいだろうか。
そして、『くまにゃん』さんの時よりさらに濃い怪異の臭いがして、よどみはさらに深かった。
位置情報しかなかったから腕がどこにあったのかはわからないけれども、よどみの中心には、誰かがそなえたのか赤い小さな花が飾られていた。『神津ペッカー』さんが好きな花だったのかな。
そこはやはり路地の中ほどの壁よりのところにあった。
このあとは逆城のコンビニ。ちょうど正午になったので、僕らはお昼にする。キーロさんおすすめの喫茶店でLIMEの履歴を見せてもらった。お昼ご飯はあんまり味がしなかった。
◇
5/27(月)
キーロ:今街BBSで腕だけ殺人事件の写真があがってるんだけど、くまにゃんさんの腕じゃない? 11:30 既読3
キーロ:ブレスレットがくまにゃんさんのだった気がする 11:31 既読3
サニー:やっぱりそう? 私も見た。 間違いないと思う 向日葵の柄の布に包まれてるよね 11:32
サニー:どうしよう、さっきでりあさんとみちとしさんに電話したけど電話でない。最初と2番目の腕だけ殺人事件は二人じゃないかな 11:33
キーロ:うそうそまじで? 私も今くまにゃんさんに電話したけど全然繋がらない 11:42 既読3
サニー:やぱいって、キモオフ行った人が狙われてたりするんじゃない!? 11:43
キーロ:まさか。 11:43 既読3
サニー:警戒したほうがいいかも。 11:44
よっち:ないない。気のせいっしょ 12:25
サニー:絶対くまにゃんさんのだって 12:26
よっち:心配しすぎ 12:32
サニー:だりあさんの彼氏とも連絡とれないんだよ!? 12:34
よっち:なんで彼氏さんの携番しってるの 12:38
サニー:ストラップ渡したときにきいたもん 12:40
よっち:仕事中じゃない? 12:42
サニー:絶対おかしいって 12:43
ペッカー:おはよ~サニーちゃん俺にも電話頂戴♪ 14:10
キーロ:私もくまにゃんさんのブレスレットだと思う 16:12 既読3
サニー:やっぱそうだよね? それに既読も3しかつかない 16:17
5/28(火)
ペッカー:サニーちゃんから連絡なくて俺さみしいです 05:10
よっち:ペッカーさんしつこいと嫌われますよ 12:17
5/30(木)
ペッカー:助けて 0:12
ペッカー:(位置情報) 0:12
キーロ:ペッカーさんどうかした? 0:18 既読2
キーロ:ペッカーさん? 0:26 既読2
サニー:まさかペッカーさんも襲われたんじゃ 2:16
◇
「こんな感じ。それで『でりあ』さんと『サニー』さんに電話したんだ。『でりあ』さんに電話したらお母さんが出て、『でりあ』さんがいなくなったって聞いた。『サニー』さんとは腕はやっぱり『くまにゃん』さんので、キモオフメンバーが狙われてるんじゃないかっていう話をしたの」
キーロさんのLIMEの画面を写メって保存する。
『よっち』さんは気にしなかったみたいだけど、なんだかペッカーさんのメッセは生々しい。これを見ちゃったらサニーさんが心配するのもわかる。キーロさんにはナナオさんがいたけど、サニーさんには誰もいないのかもしれない。すごく心細くてあんまり知らない『よっち』さんに頼ろうとするのもわかる。
とりあえず、早く調査してサニーさんとも合流したほうがいいかもしれない、ということになって、僕らは逆城に急いだ。昨日と同じく展望台行のバスにのって、ふもとで降りる。コンビニは街道沿いにぽつんとあり、車が10台くらい停まれる広い駐車場があった。ここもアスファルト敷きで、所々舗装が痛んで陥没したところに水たまりができていた。
ここにも怪異の足跡はあったけれども、場所が開けているせいかその気配はだいぶん薄らいでいた。
僕らはコンビニでジュースを買って駐車場の車止めに座り、共通点を話し合う。
神津の2つは狭いところだったけど、コンビニは広い。かろうじて、人の気配がないくらいしか共通点は見出せない。
場所にあまり共通点はないのだろうか。3人で少し途方にくれた。藤友君ならなにかわかるかもしれないっていう話になった。昨日からの『よっち』さんとのやりとりと今日わかったこと、さっきのLIMEと一緒に藤友君にメールした。
そうすると、10分もたたずに藤友君から着信と、答えがあった。
「犯人または協力者はおそらく……」
◇
夜半、妹から電話がかかってきた。
不自然に呂律も、そして頭も回っていなかった。
妹はいま、どこかに隠れているらしい。車に飛び込み、アクセルを踏み抜く。場所は神津アリーナ近くの廃墟のはずだ。
スピーカーをオンにして、もどかしく状況を聞き出す。ピクルスと名乗る男に渡された飲み物を飲むと、意識が朦朧としたそうだ。うかつな。
ピクルスは他の参加者に介抱すると伝えてオフは解散となり、何人か残った。そのあとアリーナまで連れて行かれ、ふいをついて逃げた。
もうすぐアリーナだ。
そこで、電話口から、いたぞ、あそこ、という複数の声が聞こえ、やめて、という妹の声を最後に、ぽちゃりという水音とともに通信は途絶えた。
静かになった車内で、私は大声で叫び続けていたことに気がついた。